森を駆ける者
俺は宿の食堂で本を読んでいた。
すでにこの町に来てから五日が経過しており、その間に二組の増援部隊が合流し、戦力は合計十八万人になっている。
しかし、帝国軍が本気で仕掛けてこない限り、俺たち襲撃部隊は動くことができない。
待機している間は暇なのだ。たまに体を動かしたり本を読んでいたりもするが、さすがにそろそろ飽きが近い。
作戦の影響でうかつに宿を離れるわけにもいかず、そろそろ帝国には動き出してほしいところだった。
「――ん? ……来たか」
そんなことを考えていると、突然鐘の音が連続的に鳴り響く。それは事前に聞いていた、帝国軍の襲撃を知らせる警鐘だった。
侵攻してくる帝国軍の規模で鐘の音が変わり、今のは規模がかなり大きいときに鳴らされるものである。――つまり、襲撃作戦開始の合図だ。
俺たちは襲撃作戦に参加するので町の中にいるが、それ以外の帝国軍と直接戦う者たちは、城壁の外でいつでも対応できるようにテントを張って待機している。
現在は帝国軍と向かい合っているところだろうか。
「ソータ! 準備はできてる!?」
階段からアリスとアルバニアがおりてきて、俺のいるテーブルに小走りで近づいてきた。
この宿は食堂とエントランスが一体化しており、宿泊部屋は二階にあるという構造だ。
「あぁ、問題ない」
俺は本に栞をはさんでストレージに収納し、椅子から腰を上げた。すると同タイミングに、階段から何人もの男女が下りてくる。
そして、その中のヴァルが俺に話しかけてきた。
「よっ、準備はできてるみたいだな」
「あぁ、そっちも問題はなさそうだな」
「おぉ、こっちも万全だぜ? そこの鎧なんて見る限りずっとアーマーを着てるしな、多分いつでも戦えるんじゃないか?」
「……無論だ、戦場ではなにがあるともわからん。つねに警戒してなくば、『死』あるのみ」
ヴァルが軽口を叩くと、ヘクターがそれに大真面目で答えた。するとヴァルは調子を狂わされたのか、微妙な表情を浮かべた。
「……お前は相変わらずだな」
ヴァルはあきれたような声を上げる。
俺はヘクターと長い付き合いではないが、確かにそれでもその様子は相変わらずといえるものだった。
俺たちはしばらく待っていると、宿の入口から一人の男が入ってきた。
その男はこの町の副騎士団長であり、その腰には使い込まれたロングソードが携えられている。
「皆さん準備は万全のようですね」
「あぁ、それで一つ聞きたいことがあるんだが、作戦は開始ってことでいいんだよな?」
ヴァルが副騎士団長に念のためか確認を取った。
「はい、予定通りに開始いたします。あまり遅れるわけにもいきませんので、さっそくではありますが出発いたしましょう」
俺たちは副騎士団長に従い、宿を後にした。
そして戦いの火ぶたが切られたようで、町の外へと向かう途中に爆発などの戦闘音が聞こえてくるのだった。
―― ―― ―― ―― ――
俺たち襲撃部隊は帝国軍本陣を目指し、できるだけ目立たないように馬で森の中を駆けていた。
俺たちがいるのはフレッドがある平原のまわりに存在する森の中だ。
よく人が入ってくるようで、高い草が少なく日もよく差し込んできている。そのため、森の中でも馬を走らせることができたのだ。
すでに王国軍は帝国軍と衝突しているため、俺たちのいるここまで爆発音が聞こえてきていたりする。
ここからは見えないが、戦場とはそれなりに距離があるはずだ。それなのに爆発音が聞こえてくるって、どんだけ大きな規模で爆発させてるんだか。
どっちがやっているのか知らないが、これは確実に死人が出てるな。……まぁ、戦争で衝突すれば死人が一人も出ないなんてことはありえないんだが。
それと、俺はいまベヒモスのときと同じようにアリスと一緒に馬に乗っていた。今回も俺は後ろに座っており、アリスは前で手綱を握っている。
相変わらず滑稽な姿だが、こればかりはどうしようもない。アリスはなぜか俺を後ろに乗せたがるのだ。
それに、俺は乗馬の才能がこれっぽっちもないしな。
よくわからないが、俺は小さい頃から動物に嫌われる体質なのだ。
通りすがる犬には必ず吠えられ、猫には威嚇されるかあからさまに避けられる。なので俺は動物と触れ合ったことはかなり少なかった。
だからか俺が馬に乗って命令したりすると、無視されるか最悪振り落とされたりするのだ。
いったい俺のなにが不服なのか知らないが、いま俺たちが乗っているこいつもあからさまに俺のことを嫌っている。
アリスだから言うことを聞いているが、俺だったら確実に無視するだろうな。俺が乗ると嫌そうにしてたし。
……ダメだな、暇だからか思考があらぬ方向にいってしまった。
いまは戦争中なんだし気を引き締めないとな。まぁ、そうは言っても帝国軍の本陣に着くにはあと三十分くらいはかかるんだが。
それまでは暇だし、周辺でもながめておくことにするか。
俺は森の方へと視線を移し、時間をつぶすことにしたのだった。
「――ん?」
俺の耳に妙な音が聞こえてきた。
それは馬が駆けるような地面を蹴る音だったが、それとはまた少し違った。もっとどしどしと、馬よりも重いなにかが地を駆けるような音だ。
明らかに人間の出せる音ではない。
俺は音が聞こえてくる方向を観察する。襲撃部隊の面々も、大半がさっきから聞こえてくる異様な音に気がついたようだ。
もしかすると、なんらかの魔物がこちらに向かって来ているのかもしれない。
しかし、ここら辺に魔物はあまりいないと聞いている。それにここに来てからこのあたりのことをある程度調べたのだが、こんな音を出す魔物はどこにも書かれていなかった。
次第に音はこちらに近づいてきている。そして、それは姿を現した。
「……はっ!?」
俺は自分の目を疑った。
そこには、全長二メートルほどもあるグレートソードを片手で持ち、馬よりもはやい速度で駆ける、小太りの男がいた。
男の持つグレートソードは異様に肉厚だった。重量は軽く百キロを超えるだろう。
襲撃部隊の者たちもその男を見てあっけにとられている。それほど男の姿が異様だったのだ。
二メートルもあるグレートソードを持てることにも驚きだし、それを持ちながら馬よりも速い速度で走るなど、人間のできることをはるかに超えている。
「おらぁっ!!」
男はこちらに近づいて来ると、一片の容赦もなくグレートソードを横薙ぎに振るった。
「――っ!」
「ちょっ、ソータ!?」
俺は咄嗟に馬から飛び降りるとストレージからバスタードソードを取り出し、男のグレートソードを受け止めた。
「ぐぅっ!?」
「……へぇ?」
俺はあまりの衝撃で吹き飛ばされそうになるが、なんとか耐える。
「ちょと!? ソータっ!」
「こいつは俺が食い止める!! あとで追いつくから、先に行っててくれ!」
襲撃部隊の者たちは馬を止めたが、俺は先を急がせた。
こいつの相手をするのなら仲間はいない方がいい。仲間をかばいながらこいつと戦うのはさすがに無理だ。グレートソードが重すぎて受け止めきれないし、リーチが長すぎる。
それに、本来の目的を遂行するためにも戦力を割くのはやめておきたいところだった。
「死ぬんじゃねえぞ!!」
「……御免」
ヴァルとへクターが俺に一言をかけて、馬を走らせていった。
「――っ! 気をつけてよねっ!!」
俺の意図を汲み取ってくれたのか、襲撃部隊は帝国軍の本陣の方へと駆けていった。
「いいのか? 仲間がいなくてよ」
「……あぁ、お前を相手にするならその方がいいだろ」
男はグレートソードを引くと、振り下ろしてくる。俺はそれをバスタードソードで受け止めた。だが、さっきとは比べものにならないほどの衝撃と重量が俺に襲い掛かる。
俺は歯を食いしばり、なんとかそれに耐えた。
「やるじゃねぇか! おらぁっ!!」
「ぐはぁっ!?」
そして、男は続けざまにグレートソードを横薙ぎに振るう。俺は衝撃を受け流すことができず、真横に吹き飛ばされた。
なんとか受け身を取ったが、無傷ではない。どうやら手首を痛めてしまったようで、ずきずきと痛む。
俺は《ヒール》を自身に掛け、痛みを和らげた。
「おいおい、その程度かぁ?」
男は俺の吹き飛んだ姿を見てせせら笑った。
俺とこいつでは、俺の方が分が悪い。俺がどれだけ攻撃を受け流そうとしてもあまりに攻撃が重すぎるため、衝撃が完全に受け流せないのだ。
さっきからずっとひりひりと手がしびれている。これではまた手首を痛めるのは時間の問題だろう。
「……お前が例の転移者か」
グレートソードを扱うことが一致しているし、事前に聞いていた身体的特徴も一致している。こいつが例の転移者で間違いないはずだ。
「あぁそうだ! どうした? もしかして怖気づいてんのか?」
「いや、ただの確認だ」
身体強化の魔法を使っているんだろうが、どんだけ力があるんだ。正直言って、気味が悪いぞ。
「……んぁ? お前、もしかして転移者か?」
男は俺を見ながら、唐突にそうつぶやいた。




