邂逅
※グロテスクな描写があります。
――そこは、鬱蒼とした森の中だった。木々が生い茂り、地面には様々な草花が生えている。
よく見ると石畳のようなものが見えるが、分厚い苔に覆われており、一見しただけでは石畳と認識することは困難と言える。
俺はさっきまでいた建物を見た。
どうやらかなり昔に建てられたものらしく、所々が風化している遺跡のような建物だった。
石造りで、遺跡の大部分は切り立った崖の中に埋まっている。そして見えている部分の壁は、かなりの部分がツタで浸食されてしまっていた。
遺跡の周囲を見回していると、俺はあることに気がついた。
「……おいおい、本当になにがあったんだ?」
草や木々で見えにくかったのだが、いたるところに無数の人間のものと思われる骸骨がゴロゴロと転がっていた。
頭を矢で打ち抜かれている者がいたり、頭蓋を砕かれている者もいる。
俺はこいつらに襲われたらまずいと思い、ストレージからバスタードソードを取り出した。
石畳を踏みしめる。すると、石畳に生えていた苔からふくんでいた水が染み出してきて、俺の靴をぬらす。
ぐちゅぐちゅと気持ちわるい感触だが、腰くらいまで高さのある草が生えた石畳の外を歩くのは、いろんな意味で怖かった。
石畳の外には人の骨や、打ち捨てられた馬車とそれを引いていたと思われる馬の骨や、武具などが数え切れないほど散乱していた。
俺にそんな場所を歩く勇気は、あいにくと持ち合わせていなかった。
落ちているプレートアーマーを見ると、『剣に翼が生えたような絵が描かれた盾』の紋章が背中に掘られたものが、複数転がっていた。
たぶんだが、同じ組織の人間だったんだろう。
「……本当に、気味悪いな」
俺は苔で滑らないように気をつけながら、早歩きで歩き続ける。次第に落ちている残骸の数は少なくなっていき、しばらく歩いているとそれらも見られなくなった。
そんな道を、俺は周囲を警戒しながらひたすら歩き続けた。
―― ―― ―― ―― ――
俺は苔の生えた石畳を歩く。
すでに遺跡を出発してから一時間は経っており、ずっと歩き続けてはいるが一向に町は見えてこなかった。
道沿いに歩いて行けばどこかしらには着くと思ったんだが……見事になんもないな。
見渡す限り森しかなく、景色はなに一つ変わっていない。
ここまでくると、ありえないことなのだが町が一つも存在しない気さえしてきた。
それからしばらく歩いていると、なぜか石畳や木々に血が飛び散っている場所を見つけた。
しかもかなり最近のもののようで、乾いておらずまだ赤々としている。
近くに何かがいるのかもしれない。そう思っていると、少し遠くの方から何か硬いモノを砕く音が聞こえてきた。
「……行ってみるか」
できるだけ音を立てないようにするために、バスタードソードをストレージに収納した。
少しずつ物音がした方向へと近づいていく。しばらくすると、ぐちゃぐちゃという気持ちの悪い音が聞こえてきた。
ゲル状の物をまぜているような、そんな音。
俺は木陰から、そっと音のする方をのぞく。見えてきたのは、白い皮膚を持つ一メートルほどのカエルだった。
不気味なことに、極端に露出した鋭い牙や異様な大きさの鉤爪を持ち、巨大な単眼をその頭にたずさえていた。
「こいつは……」
俺はこの化け物に見覚えがあった。確か、館の中で本を収納している時だ。
たまたま開いた『魔物大全』なる本に、この化け物のことが書かれていたはず。
この化け物は『ブレインイーター』という名前だ。
『魔物』というくくりに分類されるらしく、その中でも一般人では勝つことはまず不可能に近いという強さの『ランクC』にあたるらしい。
ランクCというのがどれほどの強さなのかは分かりかねるが、『多少戦いに自信のある者でも、見かけたらすぐにでも撤退することを強く勧める』と、本の一文に記載されていたぐらいである。
ここで無意味に戦うのは危険だ。
ちなみに最も弱い魔物につけられるのは『ランクG』だ。
その強さは一般人でも一対一ならば、よゆうで勝てるほどの強さしかないという。
そして、最も高いのが『ランクS』。
なにも対策を練っていなければ一夜にして都市を滅ぼしねないほどだそうだ。
あと、特殊なランクとして『S+』なるものもあるらしい。
……まぁそれはともかく、ブレインイーターはまだ俺には気づいていない。だが、俺はすぐに引き返すことはしなかった。
なぜなら、俺はブレインイーターの奇行……いや、蛮行を見てしまったからだ。
ブレインイーターは目を細めながら、おいしそうにすでに死んだ男の脳をすすっていた。
男の顔は恐怖に歪んでおり、右腕と横腹にはひどい切り傷がある。
どうやら、最初に聞こえてきたなにかを砕く音は、ブレインイーターが男の頭蓋を無理やり砕いた音だったらしい。
俺は凄惨な光景を目の当たりにし一瞬思考が止まったが、すぐにどうするかを考え始めた。
幸い、まだ俺には気がついていない。
……気がつかれないようにゆっくりと逃げるか。
俺はそう決めると、ゆっくりと後ろへ下がっていく。しかし、突然足元でパキッ! という音が鳴り響いた。
ブレインイーターが脳をすする音よりも小さかったが、やけにその音は大きく聞えた。
俺は足元を確認する。
すると、そこには一本の折れた細い木の枝が落ちていた。
「――っ!? しまっ――!」
「グギュウゥ? グギャアアァッ!!」
『しまった』、そう言おうとして慌てて言葉を噛み殺す。しかし、それはすでに意味のない事だった。
ブレインイーターは俺に気がつくと、耳障りな叫び声を上げた。
保護色のつもりか、ブレインイーターの体色はみるみるうちに緑色にかわっていき、周囲とは見分けのつきづらい色へと変化する。
そして、ブレインイーターは俺に跳びかかってきた。
俺は後ろにとんでブレインイーターの攻撃をよけると、ストレージからバスタードソードを取り出した。
今すぐにでも逃げ出したいのだが、どうにもそうはさせてくれそうにない。仕方がないので、俺はブレインイーターを倒すことにした。
俺は走り出して、バスタードソードを横薙ぎに振るう。だが、ブレインイーターは高く跳んで俺の攻撃をよけると、俺を引き裂こうと右爪を振り上げた。
俺はわざと近づいて、振り下ろされる爪をよけながら、すれ違いざまにブレインイーターの横腹を切り裂く。
「グギャアアアアッ!?」
ブレインイーターが悲鳴を上げながら後退していく。横腹は完全に斬り裂かれており、不気味な色の体液が噴き出した。
普通の生物なら明らかに致命傷のはずだ。しかし、次第に流れる体液の量が目に見えて少なくなっていき、しばらくすると傷は完全に塞がった。
俺はそんな光景に啞然としていた。
「おいおい……どういう体のつくりだったらそうなるんだ……?」
俺の疑問をよそに、傷を完治させたブレインイーターが再び俺に跳びかかってくる。
俺はバスターソードをストレージにしまい、横へよけた。そして、手に《クリエイトストーン》で石を作り出す。
「これでもくらえっ!!」
石を振りかぶり、ブレインイーターの眼球めがけて思いっきり投げる。
狙い通りにブレインイーターの大きな単眼に直撃すると、目玉が爆ぜて体液をまき散らした。
「グギャアアアアアアッ!?」
目玉を再生される前にけりをつけるべく、俺は再度バスタードソードを取り出した。そして、ブレインイーターの首元に振るい、首を斬り裂く。
ブレインイーターは首を深く斬り裂かれたにもかかわらず、ジタバタと暴れ始めた。
俺はブレインイーターの生命力の高さにあきれていたのだが、しばらくしてブレインイーターは力尽き、完全に動かなくなった。
「ふぅ……やっと死んだか。……回収しておけばなにかには使えるか?」
ストレージに生き物を入れることはできない。しかし、それがすでに死体となっているのであれば、収納することができた。
俺はブレインイーターをストレージに収納しようと思い、触れようとする。しかし、体表がつねに粘液でヌルヌルしていることを思い出した。
どうしようかと思っていたのだが、ちょうど俺はバスタードソードを手に持っていた。もしかしたら直接触らなくても、バスタードソードを通してなら収納できるかもしれない。
俺は試しにバスタードソードをブレインイーターに当てて収納しようとする。すると、ブレインイーターは光となって消えていった。
つまり、収納に成功したということである。
「……早く離れた方がよさそうだな」
俺はブレインイーターにむさぼられていた男を見る。
あたりには形容しがたい臭いが漂っていた。このままではほかの生き物が臭いに引き寄せられてきてもおかしくはないだろう。
人がいるということは、近くに町なり村なりがあるはずだ。今日は暗くなる前にそこへ行くとしよう。
俺は元来た方向へ引き返した。