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『黒白の鎧』

 今日の朝、イグネイシャスからの使いが来た。なんでも頼んでいた防具が完成したそうだ。

 というわけで、俺はさっそく防具を受け取りにイグネイシャスの工房へ来ていた。


「――あっソータ君、いらっしゃい」

「防具が完成したって聞いてきたんだが、間違いないか?」


 工房の中に入るとイグネイシャスは椅子に座っており、俺が来たことに気がつき椅子から立ち上がった。


「あぁ間違いないさ。ついて来てくれ、奥の部屋に保管してあるんだ」

「わかった」


 俺はイグネイシャスの後ろをついていき、工房の奥にある部屋へと入っていく。

 その部屋にはなんに使うかよくわからない機材や、さまざまな色の薬品などの得体の知れない物がたくさん保管されていた。だが、その部屋の中心にはひときわ目立つものが置いてある。


「……へぇ、これがそうなのか?」

「うん、そうだよ!」


 それは立派な防具だった。

 その防具を見て俺の頭に浮かんだ言葉は、『対極』。胸部などの場所を覆っている金属は黒いのだが、その正反対に布の部分は白い。

 ほかにも赤色のヒモが使われていたりするが、白色と黒色の印象の方が強かった。

 いささか派手すぎる気もするが……まぁ、これよりも派手なのはいくらでもあるしな、これでも地味な部類になるのか。


「いやーなかなか苦労したよー。どうしても防御力をもとめれば重くなるし、動きずらくなる。構想を固めるのに少し時間が掛かったんだけど、ふと妙案が浮かんでね。まぁ、それは順を追って説明するよ」


 イグネイシャスは頼んでもいないのに解説を始めた。

 いま気がついたが、イグネイシャスのテンションが前に会ったときよりも高い。よほど自信作なんだろう。


「まず黒い金属の部分だけど、そこには『黒色魔鉄鋼(こくしょくまてっこう)』を三十二倍に濃縮したものを使っているんだ」

「黒色魔鉄鋼ってなんだ?」


 聞きなれない単語があったため、イグネイシャスに聞いてみた。


「黒色魔鉄鋼っていうのは、マサクルタイラントの外骨格を構成する魔法金属のことだよ。鏖殺の外骨格を構成していた黒色魔鉄鋼は、通常のものよりも上質で初期濃度が八倍も高くてね、そのおかげで想定していたよりも工程をいくつか省くことができたんだ」

「……なるほど、なんとなくわかった」


 途中で専門的な単語も出てきたが、なんとなく意味は理解した。

 要するに鏖殺はいろいろと特殊だったということだろう。


「よし、それじゃあ続けるね。次に白い布の部分だけど――」


 イグネイシャスは長々と防具の構造を語りだす。


 なんでも、この防具の白い布の部分は多重構造になっているそうだ。

 第一層目は『アンブッシュスパイダー』の糸で作られた防刃性の高い布を使っているらしい。かなり強靭な糸であるらしく、これで編んだ布はそう簡単には破けないそうだ。


 次に第二層目だが、ここにはかなり苦戦させられたらしい。

 ここは八倍に濃縮した黒色魔鉄鋼を糸状に細長くして、それを布状に織ったものを使っているんだそうだ。これによって従来ではありえないほどの防刃性を引き出すことに成功したらしい。

 金属を糸状にし、それを布状にするって一体どれだけ手間をかけたんだ……、俺にはいまいち想像つかない。


 最後に第三層目だが、ここは第一層目と同様の布を使っているそうだ。

 ……本当に、いくらなんでもやりすぎだと思う。それだけ熱心に制作してくれたのはうれしいが、どれだけこれに時間を(つい)やしたのか……。


「苦労かけたみたいだな、すまない」

「いやいやソータ君が謝ることじゃないよ、これは僕が勝手にやったことだからね。責めらはしても、謝られるいわれはないよ。双方に利があってのことさ、僕もいくつか学んだことがあったからね」

「……そうか、感謝する」

「ふふふっ、どういたしまして」


 イグネイシャスは満足そうに笑った。


「――それにしても、すごくきれいだな」


 俺は防具を眺める。預けていたガントレットも黒色と白色になっており、全体的に一体感が出ていた。

 ずっと眺めていても飽きないほど、この防具にはどこか惹かれるものがある。


「ふふっ、まさかこの防具はきれいなだけだと思っているのかい?」

「ん? それはどういうことだ?」

「まぁ少し待ってくれ」


 イグネイシャスはそう言い、部屋にあった灯りを消しカーテンを締めていく。そして全てカーテンを締める終わると、部屋が薄暗くなった。


「ほら、防具を見てみなよ」


 俺はイグネイシャスの言った通りに防具へと視線を戻した。

 ――そこにあったのは、『漆黒』。なぜかつい先ほどまで白色だった布は黒色に変色しており、全体的に真っ黒になっていた。

 赤色のヒモまでもが黒くなっており、白色の面影(おもかげ)は一切見当たらない。


「これは……どうなっているんだ?」

「ふふふっ、気になるかい? これはね、アンブッシュスパイダーの防刃布を使用しているおかげなんだ。アンブッシュスパイダーの糸には光を受けていない状態だと透明になる性質があるのさ。そのおかげで暗闇ではより目立ちにくいようになっているはずだよ」

「へぇ、すごいな……!」


 見る限りかなり黒く、闇と同化している。これは魔物相手だけではなく、人間相手でも実力を遺憾なく発揮しそうだ。


「赤いヒモはちょっと特殊な加工をしてあるんだ。だからここも黒くなっているんだよ。それと、もちろんこの状態でも防御力は変わらないよ、そこは安心してね」

「あぁ、わかった」


 イグネイシャスは締めていたカーテンを全て開けた。それにより再び光が差し込み、布の部分が白色に変わる。


「さぁさっそく着てみてほしい、感想を聞きたいんだ」


 俺はイグネイシャスに着る順番などを聞きながら防具を着込んでいく。

 すべて着終わったが、特に不具合はない。それどころか、想定していたよりも防具の重量が軽かった。だが、決してもろいと言うわけではなく、かなり頑丈に作られている。


「どうだい?」

「かなりいい。思っていたよりも軽かったが、動くのにも支障はないし、サイズも問題ない」

「それはよかった」


 軽く体を動かしてみるが、違和感は全然なく快適だ。

 そして体を動かしてみて驚いたことがある。それは音全然がしなかったことだ。


 普通、金属で作られた防具は動くとカチャカチャと音がするものだろう。しかし、この防具は多少金属同士が擦れる音は聞こえるが、全然音がたたなかった。

 これほどまで音が出ないようにするのは、並外れた技術がないとできないことだろう。


「『黒色(こくしょく)の鎧』っていうマサクルタイラントの素材を使った防具を参考に作ってみたんだ。どう? 満足してもらえた?」

「あぁ、いい意味で期待を裏切られた。大満足だよ」


 『冥府の短剣』を受け取ったときも思ったが、やっぱりイグネイシャスはとんでもない腕を持っている。オーウェンがチェイスで一番腕がたつと言っていたのも理解できた。

 今後なにか作ってほしいものがあったら、真っ先にここへ来ることとしよう。


「ちなみに名前はまだ決まってないんだ、今回もソータくんにお願いするよ」

「そうだな……じゃあ、黒色をもじって『黒白(こくびゃく)の鎧』でどうだ? 俺にはこれ以上凝った名前は無理だぞ」

「ふふっ、それじゃあ『黒白の鎧』で決まりだね」


 イグネイシャスは気に入ったようだが、ちょっと身もふたもない名前になってしまった気がする。

 ……まぁ、噂ではイグネイシャスもネーミングセンスはないらしいからな、どっちが決めてもさほど変わりはなかっただろう。


「ありがとう、また来るよ」

「うん。あと、できれば一ヶ月に一度は来てほしいな。防具にはメンテナンスが必要だからね」

「あぁ、わかった。またな」


 俺は防具を着たまま工房から出ていった。

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