苛立つ男
「……ねぇ、少し聞きずらいことなんだけど、ちょっと聞いていいかしら?」
リビングで本を読んでいると、アリスが唐突にそう話を切り出した。
「なんだ? 質問によっては言えないこともあるが、ある程度は答えるぞ」
「最近……いや、ちょっと前から気になってたんだけど、白髪が生えてきたわよね。なにかあったの?」
「あー……やっぱり気になるよなぁ」
自分でも最近悩んでいることなのだが、白髪が生えてきた。
……いや、実際のところ今に始まったことではない。かなり前ではあるが、小学三・四年生頃から白髪が生えてくるようになっていた。
ここに来る前は白髪染めでごまかしていたんだが、最近はめっきり使ってなかったからな……。
「よければでかまわないんだけど、なんでか教えてくれないかしら?」
「……過去にな、いろいろあってこうなったんだ。染めてたけど最近はノータッチだったからな……。あと、これでも治ってきてるんだぞ?」
小学高学年の頃はもっとひどかった。今でさえ生え際とかはヤバいが、前はもっと真っ白だったしな。
「そう……なにがあったのかは聞かないでおくわ」
「そうしてくれると嬉しい。あぁそういえば、白髪染めとかって売ってないのか? 一回も見たことがないんだが」
これまでに何度か美容関係の店に行った……連れていかれたことがあるが、白髪染めどころか髪を染めるカラーリング剤は一度も見たことがなかった。
だからこそ、俺は髪染め自体が無いのかと疑問に思った。
「いちおう髪染めを売っているところは知ってるけど、まず普通の人は髪を染めたりしないからかなり高価よ。それに定期的に染めないと意味がないし、あまりおすすめはしないわ」
「ちなみにだが、どれくらいする?」
「安いので白金貨一枚はするんじゃないかしら? まぁ、私はよく知らないからもっと安いのがあるかもしれないけど、安価なのは髪や頭皮が痛まないか心配ね」
俺は一か月半ほどに一度染めていたのだが、例えそれが何回か使えるものだったとしても、白金貨一枚というのはさすがにためらう。
それに、安いので白金貨一枚だ。もしそれが体質に合わなければもう少し高いのを……それも合わなければさらに高いものを……と、こうなることは目に見えている。
事実、俺が最終的に使うようになったのは、決して安いとはいないような金額のものになっていた。
「……今ばかりはアルバニアがうらやましいな」
「あれは元々だけどね」
あそこまできれいに白かったら悩まなくて済むんだがなぁ……。いっそのこと完全に真っ白になってほしいものだ。
結局染めるのは諦め、俺は自然に治るのを待つことにしたのだった。
―― ―― ―― ―― ――
高く、我こそが頂点であると屹立する帝城。そして、その裏手に立つ帝城とは相反するように無骨な小屋には、二人の男がいた。
「――ほんで、俺はさっそく実戦に投入されるってわけか」
「はい、カイル殿下から直接のご指名です。様子を見るに、どうやら期待されているようです」
「そりゃそうだ、なんたって俺はこの国では一番の腕利きだからな。たぶん、例のあの『勇者』ともタメ張れるぜ、俺は」
テーブル越しに、執事服と無地の服を着た者が向かい合っている。
執事服を着た者は背筋を伸ばして姿勢よくすわっているのだが、無地の服を着た者はテーブルに頬杖をついていた。
「そうですか。それで日時についてなのですが、十日後にここを発つ予定となっております。『早めに準備しておくように』と、殿下はおっしゃっていました」
「けっ、まあいい。準備するつっても元々荷物は少ないし、いつでもいけるぞ」
「かしこまりました。それでは確かに伝えましたので、これにて」
そう言うと、執事は小屋から出ていった。あくまでも仕事だからであり、男には一切興味がなかったのだろう。
確実に執事がここからいなくなったのを確認すると、男は近くにあったソファーにドカッと腰を下ろした。
「ちっ、やっぱりあいつなんかむかつくな。あのすかした面をいっぺんぶん殴ってやりてぇぜ」
男は不愉快そうに顔をゆがめながら、拳をソファーに振り下ろした。するとボフッと音がたち、拳がソファーにめり込む。
「あーたくっ! ほんと気に入らねぇ!」
男は壁に立てかけてあった巨大な剣――『グレートソード』を手に、外へと出ていく。そして小屋の横に設置されているワラでできたカカシに向けて、思いっきり振り下ろした。
ドスンッ! という地をゆらす音と共に、カカシはバラバラになる。
「……足りねぇ。この気持ちを晴らすために、今すぐにでも王国の奴らを片っ端からぶっ殺してやりてぇぜ」
不満そうな顔を男は浮かべたが、次第にそれは不敵な笑みへと変ったのだった。




