不穏の兆し
俺は魔法の練習をするため、屋敷の庭にいた。
レナード帝国に行ったのに当たって、俺は不便に思ったことがある。それは『移動手段』だ。
歩いて行ったのもあるが、往復で一ヶ月半ほどもかかってしまった。
乗合馬車を使えば、六日でレナード帝国に一番近い町まで行けたそうだが、歩いて行くと十六日もかかってしまったのだ。途中何ヶ所も近道をしたのにもかかわらず、だ。
たぶん、正規の街道を使っていたら二十日くらいはかかっていたんじゃないだろうか?
さすがにそれでは不便なので、俺は何件かの本屋で便利そうな魔法を探してみた。
いくつかそれらしい魔法を見つけたのだが、あまり利便性が高いとは思えないものが多かった。しかし、俺はある魔法に目が留まった。
それは、飛行魔法――《フライ》について書かれた本だった。
飛行魔法を使っている者は何度か見たことがある。ベヒモスを討伐する際にも飛行魔法を使っていた者を何人か見たことがあったしな。
飛行魔法の利便性はかなり高い。機材をなに一つ使わずに空を自由に飛び回ることができるようになるのだ。
空を飛ぶことができると地上にある障害物を無視して目的地まで一直線に向かうことができるようになある。習得しな手はない。
もちろん俺に適正がなく習得することができない場合もあるが、それでも挑戦してみる価値はあるだろう。すでに飛行魔法について書かれた本は完全に読み切っているので、いつでも練習可能だ。
俺はさっそく、飛行魔法を練習してみることにした。
……結論から言っておこう。
飛行魔法は問題なく発動することができたが、まともに維持することはできなかった。
「――うぉっ!?」
俺は空中でバランスを崩し、後方に倒れ込む。
「まず――っ!」
今度はバランスが前方へと崩れ、地面に転がった。
なんというか、どうやったとしても維持することができないのだ。出力がまったく安定せず、振り回されてる感じである。
俺は細かい魔力の操作は苦手で、いつもは大雑把に魔法を発動させているのだが、今回ばかりはそうはいかない。
魔力の操作に集中すれば浮遊することさえ難しいし、かと言って魔力の操作をおろそかにすれば先ほどのようになってしまう。
飛行魔法が使える者に教わろうにも、身近に飛行魔法使いはいない。
……というかそもそもの話、魔力の操作は人に教われるものではないのだ。それは魔力の操作方法は人によって感覚やイメージが全然違うためである。
魔力を水としてとらえ、それを流動させるようにして操作する者。
魔力を複雑なエネルギーとしてとらえ、それを様々な物に伝導・対流・放射させるようにして操作する者など、人によってまったく違ってくるのだ。
ちなみに、この考え方は前者がアリスで後者が俺のものである。
つまりどれだけ魔力の操作が得意だとしても、人に教えることは難しいのだ。人によって感覚は違うし、向いているイメージも違う。
要するに、魔力の操作が苦手な俺は誰かに教わるよりも、絶えず練習していた方が身のためになるのだ。
こればかりはどうしようもない。いくら得意な者に教わったところで、魔力の操作は上手くならないのだ。地道に練習を続けるほかない。
魔力の操作を上達させる方法はいくつかある。
絶えず緻密に魔力を練り上げ続ける方法や、魔法をできるだけ少ない魔力で発動できるように練習する方法などと色々あるが、俺はそのどちらもこれまでに全然やってこなかった。
別にやらなくても魔法は発動できたし、それよりも様々な魔法を習得する方に重きを置いていたのだ。
いくら魔力の操作が上達したところで魔法の威力が劇的に変わるわけではない。それに俺はかなりの魔力を持っているので、多少魔法を効率化したところでさほど利点は無いと思っていた。
だがしかし、中には細かい操作が要求される魔法もあり、このまま下手を放っておくわけにはいかなかった。細かい操作が要求される魔法を習得しようとする度につまずいていたのではきりがないからな。
俺は飛行魔法の習得を延期すると、魔力を上手く操作する練習を始めるのだった。
―― ―― ―― ―― ――
レナード帝国の帝城にある一室。そこには二人の男がいた。
一人はフォーマルなスーツを着込んだ執事。もう一人は絢爛豪華で見るからに高そうな服を着込んだ者。その服には細々とした純金製のボタンや、金銀の糸で縫われたツタや花をかたどった見事な模様がいくつもあった。
「――それで、『父上』を殺した者はまだ見つかっていないのか?」
「申し訳ありません、裏でも探らせていますが今のところ……」
豪華な服を纏った者の名は、『カイル・メルキオール・ヒドルストン』。
第一皇子で、軍事関係に精通しており次期皇帝に望む者も少なくない。
「なら目ぼしい情報はないのか?」
「そうですね……霧魔法を使える者は我が国にも少数存在しますが、今回陛下を殺害した者は他国の者である可能性が高いかと」
「ふむ、続けろ」
カイルは興味深そうに先をうながした。
「陛下を殺害する際に使われた霧魔法の術者と同じと思われる者が、城壁を無断で通過したと思われる報告が上がってきております。なんでも、城壁付近が突然霧に包まれたことが二度もあったそうです。どちらもすぐに晴れたそうですが、一人の兵士が霧の中を走る何者かを目撃したそうです。詳しい容姿は見ることができなかったそうですが、確実に人型であったようです。……そして二度も霧に包まれたのは、『ベネット王国』の方角にある城壁でした」
「なるほど、そうかそうか。クックックッ……!」
心底楽しそうにカイルは笑い声を上げる。そこには父親を殺されたにもかかわらず、一切の憂鬱さが見当たらなかった。
「お前はこれがベネット王国の策略だと思うか?」
「確証はありませんが、可能性は高いかと」
「そうか、だがこの時期だったのは僥倖だったな!」
カイルが言ったこの時期とは、『秋』のことである。
秋は冬に備えるために資源を多く溜め込む。レナード帝国は年に一度、この時期にベネット王国と戦争を起こすのだ。
すべては貴重な資源を奪うために、ベネット王国の国力を落とすために。
「では、予定通りに?」
「あぁ、例年通りに戦争を起こす、それもいつもの倍以上の規模でだ。父上が前もって準備をしていたから手間がはぶけるしな。それに大義名分は充分にある。反対する者は少なかろう」
「はっ、かしこまりました。ではそのように」
「……いやまて」
執事は部屋から出ていこうとしたが、カイルはそれを制止する。
「この戦争だが、あれも参戦させろ」
「『あれ』と言いますと、カイル殿下が確保なさいました『転移者』のことでしょうか?」
「そうだ、肥えさせるだけでは金の無駄だからな」
「かしこまりました、それでは」
執事は部屋から出ていった。
「……本当に、本当にこの時期に父上が死んでくれたのは僥倖だったな!」
一人となった部屋でカイルは天を仰ぎ、ひどく楽しそうに笑った。その顔は邪悪そのもので、とても人に見せられるようなものではない。
「俺が次期皇帝となるのだっ! 決して誰にも邪魔をさせるか! ――くふっ、くははっ、くははははははっ!!」




