扉の先
本棚が動いた先にあったのは、黒い頑丈そうな扉だった。
いきなり表れた扉を訝しみつつも、俺は取手を引く。すると、扉はすんなりと開いた。
中には地下へと続く階段が伸びていた。階段自体は暗いがその奥は明るく、どこかへと通じているようだ。
俺は奥になにがあるのかを確かめるべく、階段を下りる。
――奥にあったのは、大量の本棚に様々な道具が置いてある、明るい部屋だった。
本棚には本がぎっしりと収められており、ほかの棚には魔法陣のような、幾何学的な模様の描かれたランタンなどが、ところせましと陳列されていた。
そして、不思議なことにこの部屋はかなり明るいのにもかかわらず、照明の類は一切見当たらなかった。
「おぉ……すごいな、よゆうで一万冊はあるんじゃないか?」
全部もらってもかまわないよな……?
俺は本や道具をストレージに収納していく。時々気になった本を流し読みしたりはしたが、体感で二時間くらいで全ての物を収納し終えた。
そして、その頃になってお腹が空いていることに気づく。
いろいろと予想外なことがあって忘れていたが、そういえば昼はちょっとしか食べてなかったな。
確か広場に果物がなっていたはずだ。それで少しは足しになるだろう。
広場に戻ると上部に開いていた穴からはオレンジ色の夕日が差し込んでいた。後少ししたら完全に日は沈み、真っ暗になることだろう。
俺は少し急ぎながらハートフルーツという果物を収穫し、ストレージに収納した。そして隠し部屋の中に戻り、置いてあった机と椅子の近くに来た。しかし机と椅子は埃が積もっており、とても座れる状態じゃない。
だが、こういうときに便利な魔法があったはずだ。
「《クリーン》!」
俺がそう唱えると手先から風が吹き、その風に当たった埃がキラキラと風に乗って消えていく。
きれいになった椅子に座って、俺は机に先ほど収穫した果物をストレージから取り出した。
「いただきます」
俺はハートフルーツを口につける。
あんな場所に植わってるんだし、毒とかはないだろう。
感想としては、思っていたよりもおいしかった。
ほどよく甘く酸味のないさくらんぼのような味で、普通に美味しく食べることができた。ただ、結構量を食べたが満足はできなかった。
おいしかったのだが、どうしても途中で肉が食べたくなってしまったのだ。
……まぁ、デザートとして食べる分にはいいかもしれないな。ここを出る時にもう一度収穫しておくか。
食べることができなかった種なんかはとりあえずストレージに収納しておいた。あとでどうにか処理するとしよう。
俺は椅子から立ち上がると、部屋のすみに置いてあったソファーへと腰かけた。
時間を確認するために上着のポケットからスマホを取り出す。
「――ん? ……電源がつかない」
何度も電源ボタンを押してみたり長押ししてみたりするが、一向に電源がつくことはなかった。
電池切れ……か? でもおかしいな、前に見た時はまだ六十パーセントぐらい残ってたんだがな……。
俺はスマホをストレージに収納すると、かわりに後ろ側に魔法陣の描かれた懐中時計を取り出した。
時間を確認すると、針は七時半を示している。
――なお、この世界でも一日は二十四時間らしく、時計の作りも全く同じだった。本に書いてあったので、間違いないだろう。
一年が三百六十五日かは分からなかったが、この感じだとたぶんそれで合っているだろう……うるう年があるかはわからんが。
「……寝るのには、まだ早いか」
俺はストレージから適当な本を取り出し、時間をつぶすことにした。
三時間ほど本を読んでいると、ほどよい眠気を感じてきた。俺は読んでいた本をストレージに収納すると、寝やすいようにガントレットを外して横になる。
そして、十分ほどすると俺は眠りについたのだった。
―― ―― ―― ―― ――
「――ん? ここは……?」
目をこすりながら周囲を見回す。見えてくるのは、窓も無くあまりにも無機質な一室だった。
「……あぁ、そうだったな。そういえば俺の部屋で寝たんじゃなかった。『目が覚めたら元の世界に帰れている』、なんて事はなかったか。はぁ……」
俺はそのことを残念に思いながらも、ストレージからガントレットを取り出して身につけた。
あんな骸骨がいるんだ、もっと危険なのが出てきても何らおかしくない。備えておくに越したことはないだろう。
今日もここを探索することにしよう。まだ全然見きれてないからな。
俺は書斎から出て、廊下にあった違う扉を次々と探索していく。多くの部屋は物置のようだが、時々厨房や私室のような部屋もあった。
私室のような部屋にあったクローゼットを開けてみる。
「マントと……外套か。少し寒かったし、もらっておくか」
俺は適当に黒色の外套を取り――少しかび臭かったので、《クリーン》を掛けてから羽織った。長さは問題ない。
ほかの外套やマントは、クリーンを掛けてからストレージに収納しておいた。持っておいて損はないだろう。
探索を再開し、引き続き部屋を見てまわる。
廊下にあった部屋をすべて探索し終えると、広場にあった違う扉の先も探索する。多くは同じような場所だったが。
執務室のような場所を探索していると、執務机の引き出しの中に『怪しい仮面』が入っているのを見つけた。
その仮面は灰色で、うっすらと不気味な笑みを浮かべている。
「……いちおう、もらっておくか」
仮面をストレージに収納し、探索を再開する。しかし、これ以降目ぼしい物は見つからなかった。
懐中時計を取り出して、時間を確認する。
「十時すぎか。この時間なら町を探すのにここを出ても、暗くなる前には戻ってこれそうだな」
元いた世界に帰るにしろ、この世界に定住するにしろ、まずは町に行かなくては話にならないだろう。
情報を集めるなら、町に行く事は必須事項と言える。
どのみち、帰る方法を探すにしても時間が掛かるだろう。なら、兎にも角にも態勢を整える必要がある。
とりあえずはこの世界に慣れることが先決だろう。
俺は広場にあった、光の漏れている扉を開いた。