激昂
俺たちは商業街の細道を走る。
すでに日は沈みかけ、あたりは暗くなってきていた。後一時間もすれば真っ暗になるだろう。
「本当にこっちなのか!?」
「間違いないわ! アリスちゃんを攫った奴らは『スラム街』で待つって言ってたもの!」
この方向に行くと、もう少しでスラム街に入ってしまう。
できることならスラム街にはいきたくなかった。
走りながらクレアになにがあったのか詳しい話を聞いたのだが、どうやらアリスはクレアが見ていない間に複数人で襲われたらしい。
クレアが気づいたときにはすでに気を失っていたらしく、アリスを小脇に抱えていた男は『ソータという男をスラム街に連れてこい。従わなくば、この娘の命はない』と言ったそうだ。
クレアはそのときにアリスを助けようとしたらしいが、首には短剣を突きつけられていたらしく、抵抗すれば即座に殺すと言われたらしい。
これを聞いていて感じたのは、明らかに計画性がある。
アリスを誘拐した奴らは俺に用があるらしいが、俺をおびき出すためにアリスを誘拐したり、特にクレアを使って俺を呼びに行かせたりするのは、俺の周りを詳しく調べてなければ思いつかないはずだ。
ただ、なぜクレアを使ったのかはまるで分らなかったが。
クレアに誘拐犯たちの容姿を聞いたのだが、目立たない顔や服装と毒が塗られた短剣に只者ではない動作などと、前に俺を襲った奴らと非常に酷似してた。
どうやら、誘拐犯たちは俺を襲った男たちと同じ組織の者らしい。
クソッ! ……迂闊だった。もっと警戒しておけば今回のことは未然に防ぐことができたかもしれなかったが、もう遅い。
焦燥感が募る。ひとまず、今はアリスを無事に助け出すことが先決か。
俺たちはスラム街へと入った。
別に建物の様式が変わったりはしないが、街灯が一切なくなり建物が全体的に老朽化している。
そして、先程から建物の影や中からこちらをうかがっている者を時折見かけた。だが、そういう者たちの容姿は一様に汚らしく、たぶんだがアリスを誘拐した奴らとは関係ないだろう。
しばらく走っていると、急に屋根から男たちが降りてきて俺たちの前後にそれぞれ三人ずつ着地した。
男たちにこれといった特徴はないが、十メートルほどもある場所から飛び降りて無傷なのを見れば、只者ではないことはすぐに分かった。
「――っ! あなたたちは……っ!」
クレアは男たちを鋭く睨む。その様子は気迫に満ちていた。
「……こいつらか?」
「……えぇ、アリスちゃんを攫った奴らよ」
クレアはレイピアの柄を握り、俺の質問に答える。すると、一人の男がクレアへと話し掛けた。
「約束通り例の男を連れてきたようだな」
「早くアリスちゃんを帰して!!」
「まだ駄目だ。……来い、話はそれからだ」
男たちは俺たちを誘導する。
どこに行くかはわからないが、こいつらのアジトに案内してくれるのなら願ったり叶ったりだ。
少しばかり歩き、ある建物の中へと入る。そしてたどり着いたのはその建物の中庭だった。そこには無数の男女がおり、状況から考えてこいつらは全員同じ組織の奴らなんだろう。
周囲を眺めていると、あるものを見つけた。
「アリスっ!!」
そこには気を失ったアリスが椅子へ縛り付けられていた。
目立った外傷は見当たらないが、かなり大きな声で呼びかけたにもかかわらず何ひとつ反応がない。
「――無駄だ、睡眠毒で眠らせれているから数時間は起きないだろうよ」
アリスの横にはニタニタと気持ちの悪い笑みを浮かべた男がいた。そいつは汚い手で髪を上げると、アリスの寝顔を俺たちに見せつける。
「……お前、いまなにしてんのか分かってるか?」
「あぁ? んなこたぁどうだっていいんだよ。そんなことよりも、目的はお前だ。お前の持っている魔剣、それを早く俺たちによこせ。なぁ? 今も持ってるんだろ?」
……やっぱり、目的は俺の魔剣か。
「お前らは……そんなことのためにアリスを誘拐したのか?」
「そうだ。だからよ……早く魔剣を寄越せ、こいつの命が惜しければな。ひひひっ、ひははははっ!!」
「……」
「さぁ、お前の答えを聞かせてもらお――」
俺は言葉を言い終わる前に転移魔法を発動し、男の目の前におどり出る。男は驚愕を顔に貼りつけ、素早く腰から剣を抜こうとした。
この男もそれなりにできるのだろう。しかし、防御は間に合わない。
「ごはぁっ!?」
俺は男の顔面を力の限りぶん殴った。
男は後方へ吹き飛び壁に激突すると、気絶して動かなくなる。
「それが答えだクソ野郎っ!! 二度と汚い手でアリスを触るんじゃねぇ!!」
俺は気絶した男へ憎悪の目を向け、そう吐き捨てた。
周囲にいた者たちは素早く反応し、腕に取りつけられているボウガンから矢を俺めがけて放つ。建物の窓からもさらに増援が降りてくる。
まずいっ!! このままだとアリスにも当たる……っ!
「《ウィンドバリアー》!!」
再び転移しアリスのそばに来ると、まわりから強風を発生させて俺たちに向かってくる矢をすべて地面に落した。
魔法が発動している間にアリスを縛っている縄を解体用ナイフで切ってほどき、俺はアリスを抱えた。そして二人のいる場所へ向かおうとしたが、いつのまにか俺たちとの間やまわりには短剣を持った者たちが立ちふさがっており、二人がいる場所には行くことができない。
そうこうしている内に、俺たちへと襲いかかってきた。俺はアリスを片手で抱え、ストレージから冥府の短剣を取り出して構える。
「ショックウェーブ!」
俺は前と同じように周りから衝撃波を発生させて、襲いかかってきた者たちを吹き飛ばした。そして、乱雑にウィンドカッターを何度も放つ。
いくつも外れはするが、かなりの数が命中し四肢や体を斬り裂いた。
それで絶命する者もいるが、ほとんどの者は戦闘不能まではいっていなかった。
俺は様々な魔法を放ち、近づいてきた者は冥府の短剣で斬り裂く。アルバニアとクレアもレイピアやダガーを抜き、男たちと激しい戦闘繰り広げていた。
アルバニアのダガーが首を掻き切り、クレアのレイピアが首元に突き刺さり両目を斬り裂く。
アリスを攫った奴らの数は最初の頃よりもかなり減ってきており、後十人もいなかった。
訓練されているようでそれなりには強いが、どれだけ訓練していようともどれだけ群れをなそうとも、圧倒的な質には敵わない。所詮、烏合の衆はその程度だ。
クレアはAランクの冒険者で、実力はその辺にいるような冒険者とは一線を画す。俺とアルバニアの実力だって決してクレアに負けているわけではない。
喧嘩を売る相手を見誤ったな。
「――撤退っ!!」
「逃がすか!! アイシクルアロー!!」
一人の男がそう叫ぶと、誘拐者たちは一斉に逃げ出した。しかし俺は氷の矢を放ち、誘拐者たちの裏膝へ打ち込んだ。
「ロックシュート!!」
そして裏膝に矢が刺さりバランスを崩した誘拐者たちへ岩を射出し、頭部を破壊した。
完全に誘拐者たちを倒しきり、あたりには静寂が流れる。
……なんとかなったか。
「アリスっ!!」
アルバニアは急いで走ってくると、アリスの額に手を当てたり、手首に指を当てて脈が正常か確かめた。
「……よかった、ただ眠っているだけで」
アルバニアは心底安堵した様子でアリスの頭を撫でた。クレアもほっとしている。
「アルバニア、アリスを頼む」
「あっ、はい、わかりました」
俺はアリスをアルバニアにあずけた。俺がずっと抱えているよりも、アルバニアのほうが気が休まるはずだ。
「すまないが、クレアはアルバニアたちを連れてさきに屋敷へ帰ってくれないか?」
「ソータ君はどうするの?」
「俺はそこの奴とお話しないといけないからな、帰るのは遅くなりそうだ」
俺は最初に殴り飛ばした男を見た。クレアは俺の真意に気がついたのだろう。
「……わかったわ、二人をソータ君たちの家に送り届けたら警備隊に今回の事を報告しに行くわ」
「了解、それじゃあ二人を頼む」
「気をつけてね」
クレアたちは速足で中庭から出ていった。
「――さて、それじゃあ俺はそこのクソ野郎とお話しを始めようか」
俺は気を失っている男にある魔法をかけた。
その際に俺の口は弧を描いていたが、それは誰の目にも映っていなかった。




