アリスとぬいぐるみ
イルーゼに来てから三日がすぎた。
場所が変わってもやることは変わらない。狩りをしたり、魔物を解体したり、町を散策したりしている。
いま泊まっている宿にも多少だが慣れてきた。
俺は現在キースの森に来ている。
昨日イルーゼにある本屋に行ってみたのだが、そのときある物に目がとまった。
それは、《転移魔法》について書かれた本だった。
買って昨夜にすべて読んだので、さっそく習得するためにあまり人のいない場所にやって来たのだ。
「うーん……やっぱりずれてるな」
転移することには成功したのだが、目的の場所と俺がいる場所とは三メートルほどずれていた。
この転移魔法はあまり便利とはいえないもので、一度行った場所へ一瞬で行けるとかそういったことはできない。
転移魔法で転移可能な範囲は、目視五十メートル以内かつ間に障害物が無い場合にかぎり転移することができる。なので目をつぶっていると使えないし、目線の方向にしか基本的に転移することができない。
それに、障害物がガラスのように透明だとしても、なにか障害物がある時点でその障害物の前で止まってしまうのだ。
なので、転移というよりは『瞬間移動』にどちらかというと近い。ただ、魔法名は《テレポーテーション》というのだが。
「まだずれてるし……」
すでに練習を始めてから一時間が経過しているのだが、一向に転移先のずれが直らない。
……いや、少しずつだが徐々にずれが狭まっており、次第に発動も早くなってきてはいる。だが、それも誤差の範囲だ。
「ふぅ……魔力が切れてきたか……」
さすがに一時間も魔法を練習していると疲労感や倦怠感、それに眠気のようなものも感じてくる。
今日はこれぐらいにしておくとしよう。
俺は練習を中断し、イルーゼに帰えるのだった。
―― ―― ―― ―― ――
イルーゼに来てから五日がすぎた日のこと、俺はアリスとイルーゼを散策していた。
チェイスには売られていない物があったり物価が違ったりして、見ているだけでも退屈はしない。
「――あっ、見てソータ! あのぬいぐるみ可愛いわ!」
急にアリスに服のすそを引っ張られ、俺はアリスの指差す方向を見た。すると、そこには窓際に様々な動物のぬいぐるみが所狭しと飾ってあった。
どうやらここはぬいぐるみの専門店みたいだ。……ぬいぐるみだけで生計を立てられるのかは甚だ疑問ではあるのだが。
これは最近気がついたことなのだが、どうやらアリスは可愛いものに目がないらしく、度々ぬいぐるみなんかを買っている姿を見ることがあった。
前に一度アリスの部屋に入れてもらったことがあるのだが、なんというかものすごいメルヘンな部屋だった。
ベッドには小さなぬいぐるみがたくさん置かれており、ソファーにも中くらいのぬいぐるみが座っていたり、部屋のすみには巨大な熊のぬいぐるみが鎮座していたりもした。
一体ぬいぐるみにどれだけのお金を使ったのだろうか?
「入ってみるか?」
「もちろん!」
もちろんなのか……。
扉を開き、店の中へと入る。
中には様々なぬいぐるみが机や棚などの上に所狭しと並べられ、部屋の奥にはなにかを縫っている二十代前半ほどの女性がいた。
「あっ、いらっしゃいませ!」
女性は手を止め、こちらに頭を下げてくる。元気よく声を上げ、なかなか活発そうな人だ。
アリスは早速ぬいぐるみを手に取ってながめだした。俺は店員のいる方へと歩いて行く。
「ここに売ってるぬいぐるみって、全部あんたが作ったのか?」
「はい、ここにあるぬいぐるみは全て私が縫い上げたものになります!」
俺はぬいぐるみを一つ手に取って、ぐるぐると見回してみる。
訂正に縫われているようで、糸がほつれているようなことはない。
さすがにすべて手縫いではないだろうが、好きじゃないとこの量を一人で縫うのは無理だろうな。
「よくできているな」
「ありがとうございます! 一つ一つ丁寧に縫っていますので!」
女性は嬉しそうに笑った。
「店員さん、これをお願いするわ!」
「は、はい! わかりました!」
後ろからアリスの声が聞えたので、俺は振り返った。すると、そこには一抱えほどもあるぬいぐるみの山があった。
そのぬいぐるみの山はアリスが持っているのだが……どんだけ持ってきてるんだ。
女性はアリスが持ってきたぬいぐるみの合計金額を計算していく。
「合計で白金貨二枚になります!」
アリスはウエストポーチから白金貨を二枚出し、店員の女性に渡した。
この世界において娯楽に関するものは軒並み高価な傾向にある。
具体的に日本円に換算することはできないが、俺の感覚で白金貨二枚は二十万円ってところか。
このぬいぐるみ、一見かなり高いようにも思えるが、実はこれでも安い方だ。
アリス曰く、腕の立つ職人がいい生地を使って作った物などは、最低でもミスリル硬貨はするらしいからな。
「ねぇソータ、悪いけどこの子たちをしばらく預かっててもらえないかしら?」
「絶対最初からそのつもりだっただろ……」
俺は苦笑しながらストレージにぬいぐるみを収納した。




