パンの香り
バートンに到着した翌日の朝。俺たちは次の町に移動するために、今日も乗合馬車に乗っていた。
城門はチェイス方面と反対方向の二基存在しており、俺たちはチェイスとは反対方向の城門から出発した。
俺たちが次に行こうとしている町とバートンは、距離的にはそんなに離れているわけではない。だがその間にはちょうど山があり、街道はそれを迂回するように敷かれているのだ。
山の中を歩けば三時間ほどで次の町に行くことができるらしいが、乗合馬車に乗って迂回すると五時間はかかるらしい。
まぁ、俺たちは『三時間も山を歩き続けるのは面倒だ』という理由で乗合馬車に乗っているのだが。
「おぉー……綺麗だな」
「あら、本当ね」
「静かですし、いい場所ですね」
迂回地点に差し掛かったときに外を見てみると、そこにはきれいな湖があった。
水はかなり透き通っており、水底の水草や魚の群れなどが遠くからでもくっきりと見ることができた。
ほとりを見ていると水鳥の群れがいたり、鹿の魔物が水を飲んでいるのが見えた。
湖の奥には夏であるにもかかわらず雪の積もった山がそびえ立っており、日の光で山は紫色にかすんでいる。
なんというか、幻想的な光景だ。
「ちょうどいい時間だし、今から弁当でも食べるか」
「確かに気がついたらお腹が空いてきているわね」
「ですね、外の景色も素敵ですし絶好の場所です」
ストレージから事前にバートンで買っておいた弁当を三つ取り出して、二人にも一つずつ渡した。
ストレージに入れてある間は時間が経過することはないため、いつでも出来立ての料理を食べることができる。
この弁当は月光亭で買ったものだ。そのため丁寧に時間を掛けて作られており、非常に満足のいく味だった。
そんなこともありつつ馬車は順調に進んでいき、五時間ほどすると次の町『フェルダ』に到着した。
ここは草原地帯になっており、それをぐるりと囲むようにして三メートルほどの高さの城壁が存在し、所々に監視塔が立ち並んでいる。
監視塔には弓兵がそれぞれ一人ずつおり、周囲を警戒していた。
身分確認が行われ、門の中へと入って行く。中には、広大な農業地帯が広がっていた。
たわわに実ったライ麦の穂が、風に吹かれて波打つようにしてなびいている。所々に畑で作業をしている農民がいたりもした。
ここ、フェルダは周辺の町にパンを届ける重要な場所であるらしい。そのためチェイスよりも町の面積は広いが、人口はそれほど多くないみたいだ。
道の両端に麦畑のある道を進んでいき、しばらくするとこの町の中心部に着いた。
建物は全体的に低く、最大でも三階建てのものしかない。
俺たちはよさそうな宿を見つけ、そこへ泊るためにその中に入っていった。
―― ―― ―― ―― ――
翌日の早朝、俺はパン屋に来ていた。
なんでも、早朝に来れば蒸し風呂に入ることができるらしい。
どういうことかというと、パンを焼き上げるときに出た蒸気を利用して蒸し風呂をつくり、それで汗を流して身支度を整えるらしい。
窯から出る蒸気を利用するため、蒸し風呂はパン屋の二階にあった。
俺は服を脱いで蒸し風呂の中にあった横に長い椅子に腰かけた。俺のほかにはこの町の住民だろう者たちも数人いる。
パンを焼いたときに出る蒸気を利用しているためか、蒸し風呂全体がこうばしいパンの香りがする。
これ、絶対パンの香りが体に着くよな……。 蒸し風呂を出たあとは《クリーン》を使って体をきれいにしようと思っていたのだが……ちゃんとパンの匂いも落ちるよな?
「……パンが食べたくなってくるな、帰りにいくつか買って帰るか」
俺はそうつぶやき、しばらく蒸し風呂を堪能するのだった。
中世ヨーロッパにはパンの焼き窯を利用した蒸し風呂があったそうです。
不潔という印象もありますが、意外と衛生観念は高かったんですね。




