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領主との対談

 その男は部屋に入ってくると、俺の前にあるソファーに座った。


「まずは自己紹介といこう。私の名前は『アベル・ライマン』、このチェイスで領主をやっている」


 やっぱりか、俺の正面に座ったからそうだろうとは思ったが。

 直接会った印象は、どこか戦士のようだ。

 体格がしっかりとしており、体が引き締まっている。老練の戦士と言われても納得してしまうほどだ。


「あー、初めまして。冒険者をやっています、ソータです」


 不慣れな敬語を使ったため、言葉がギクシャクしてしまった。

 俺はどうにも敬語が苦手なのだ。


「ふっ、そうかしこまるな、ここ公の場ではないのだ。それに敬語なんて使わなくてもよいぞ、私はそんなことは気にしないからな」


 アベルはニヤリと笑う。

 なんというか、すごく豪快な人だ。


「……そうか、じゃあそうさせてもらう」


 俺がそう答えた途端、突然扉がノックされる。

 アベルが軽く返事をすると、先ほども来たメイドが入ってきてアベルに紅茶を入れた。

 俺の飲み終わったティーカップにも紅茶を入れると、一礼して部屋を出ていく。


「――さて、早速だが本題といこうか。まず、騎士団長の方からお前が大変活躍したと聞いた。ベヒモスの討伐において多大に貢献してくれたこと、感謝する」

「まぁ、ベヒモスがこっちに来られると俺としても困るからな、必要に駆られただけだ」


 アベルは俺に頭を下げる。

 領主であり辺境伯という爵位を持っており、俺よりも明らかに権力があるのにもかかわらず頭を下げてくるというのは、正直驚いた。

 俺は少し謙遜しておくことにした。少しでも印象はよくしておいた方がいいだろう。


「それでもだ。お前がどうにかしてくれなかったら、さらに犠牲が増えていただろうとも聞いている。だからこれを」


 アベルは上着のポケットから白い袋を取り出して俺に渡してくる。

 袋を受け取ると、しっかりとした重みが手に伝わってきた。


「これは?」

「俺からの謝礼金だ、中を見てみろ」


 袋の紐を解いて中にある硬貨を手の平に出した。

 青い硬貨で、それが十枚。


「なっ、ミスリル硬貨!? こ、こんなにもらってもいいのか?」


 袋に入っていたのは、なんとミスリル硬貨が十枚だった。その価値は推して知るべしである。


「かまわないとも、俺はお前にそれだけの活躍をしてくれたと思っている。是非とも受けとってほしい」

「……まぁ、そういうことならありがたく受け取っておくことにする」


 俺はミスリル硬貨を袋に戻し、ストレージに収納した。


「それでなんだが、一つ話を聞いてくれないか?」


 アベルは紅茶を口にすると、そんなことを言った。


「なんだ?」

「よければでかまわないんだが、私の部下にならないか?」


 やっぱり来たか。

 俺はここに来る前に、アリスからこんな話を聞かされていた。

 『貴族とは、つねに先のことを考える生き物よ。一つ一つの言動になにかしらの意味があるから、相手が何を考えているのかつねに予想しながら対処しなきゃダメね』と、アリスは言っていた。

 俺にはアベルがなにを考えているのかは正直分からないのだが、あまり従いすぎるのはよくないだろう。


「そう言ってくれるのはうれしいんだが、俺は誰かの下に付いたりせずに冒険者を続けてたい。だから、その話は断らせてくれ」

「そうか、それは残念だな」


 アベルは思ったよりも早く手を引いた。

 もっと粘ると思ったんだがな。


「そういえば、ソータは確か宿に泊まっていて家を持っていなかったよな?」

「あぁ、そうだが」


 アベルはまた、突拍子もないことを言いだした。


「実は住宅街の貴族街に近いところに一軒、買い手がつかない家あってな。そこに住まないか?」


 アベルはポケットから紙を一枚取り出して、俺に見せてくる。

 そこには住宅街の地図が描かれており、一ヶ所に赤い点が打ってあった。

 ……えらく準備がいいな。もしかして、最初からこれが狙いか? だが、なにが目的だ?


「前の持ち主は?」

「三十代の夫婦で、殺人の罪で両方とも『無期鉱山刑』に処されている」


 無期鉱山刑とは、このチェイスのあるベネット王国で採用されている、重い罪を犯した者に科せられる刑罰の一つである。

 終身鉱山刑とも言い、簡単にいえば死ぬまで鉱山で強制労働させるというものだ。

 当然、そんなことをさせていたら病気にかかる者がたくさんいるそうだが、鉱山刑を科せられた者に人権など一切ないらしく、鞭を打って死ぬまで働かせるらしいのである。


「……で、いくらでその家はくれるんだ?」

「無料でかまわない。どうだ? もらってくれるか?」


 アベルの考えていることはさっぱり分からないんだが……まぁ、タダでもらえるならもらっておくに越したことはないだろう。

 『タダより高いものはない』という言葉もあるが、それでも利は確実にあるはず。


「もらえるなら、喜んでもらっておくよ」

「そうか、じゃあ少し待ってくれ、それに関する書類を作らせよう」


 アベルは机の上に置いてあったベルを鳴らした。


 ――  ――  ――  ――  ――


「――行ったか」


 アベルはそうつぶやき、すでに冷めてしまった紅茶を飲み干した。


「……思っていたよりも若かったな」


 アベルがソータを領主館へ呼び出した目的はいくつかあった。


 まず一つ目は、ソータと顔を合わせておくためだ。

 今後なんらかの事情があり、ソータに指名依頼をしたい場合にスムーズに事が運ぶようにしたかった。


 そして二つ目に、実際に会ってどのような者か確かめ、信用に足るかのか見定めるという目的もあった。

 性格があまりにも悪いようであれば、信用して依頼を任せることができないためである。その点、ソータは合格点に達していると言えた。


 最後に三つ目の目的は、ソータをチェイスに留まらせるためだ。

 冒険者というのは、十中八九各地を点々としている。冒険者の中には腕の立つものが一定数おり、そういう者を自身が治めている町に留まっていてほしいと思うのは必然であった。


 腕の立つものが多くいれば、有事の際にも非常に大きな戦力になってくれるのは間違いない。そういう者を部下にしたり家をあたえて町に住まわせるというのは、とても有効な手段だった。

 誰しも定住している場所が危険にさらされたら、その危険を排除しようとするだろう。


 それにもう一つ、いい印象を抱かせておくという目的もあった。

 チェイスでは非常に高級な小麦を使ったクッキーや、領主館の庭園で栽培されている茶葉の中でもかなり飲みやすく、上から数えた方が早いほどの高級な物を使用した紅茶を出したのはそのためだ。


 それに、アベルがミスリル硬貨十枚という大金を出したり家をあたえたのは、ソータに懐が深いと思わせるためというのもある。

 アベルはミスリル硬貨を百枚単位で扱うこともあり、これくらいの出費なら懐は全然痛まなかった。それどころか、一回の出費で町を守ってくれる強力な戦力を確保でできるなら、むしろ安上がりといえる。


 ソータは色々と考えアベルにいいようにされないように努力をしていたが、結局は為す術もなくまんまとアベルの術中に陥っていた。

 アベルは見かけによらず策略を得意としており、今回はそれが功を奏した形だ。……ソータの立場から見ればそうではなかったが。

 しかし、今回はソータも得をしているので、結果的に双方に利益があったのは間違いなかった。


「さて、気分転換もできたしそろそろ仕事に戻るか」


 アベルはそうつぶやくと、ベルを鳴らしてメイドに空になったクッキーの入っていた皿とティーカップを下げさせて、自身の執務室へと歩き出した。

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