天災の化身(2)
あたりは光に包まれる。次に襲いかかって来るのは、強烈な爆音。
それは一瞬だったが、かなりの被害をもたらした。
ベヒモスの近くにはそれを直接受けたのか、地面に崩れ落ちて動かなくなった者もいる。
なにが起こったのか分からずに周囲を見渡していると、途中で折れ幹が裂けて炎上している木をいくつか見つけた。
俺はそれに見覚えがあった。
「そうか、落雷か!」
以前学校で習った教科書の写真に、非常に酷似したものがあった。
どうやらベヒモスはなんらかの方法を使い、雷を意図的に落したらしい。
あらためて、『ランクS+』の魔物が常識では測れない存在なんだと思い知らされた。
「ガアアアアアアアアアァッ!!」
ベヒモスは再び咆哮を轟かせた。すると、ベヒモスの周囲には雷がいくつも落ちる。
攻撃していた者たちはすでに離れていたため被害はないが、これでは近づくことができない。
「総員撤退っ!!」
バナンが撤退するように命令を出したため、皆が一目散にベヒモスから離れる。
軽装な者は倒れている者を背負ったりして、一丸となって撤退し始めた。しかし、ベヒモスは俺たちを追ってくることはなかった。
――なぜなら、ベヒモスは周囲にいる動けない者を捕食しているからだ。
時々、ここまで悲痛な慟哭じみた絶叫が聞こえて来る。
バナンを見ると、なにか考え事をしているようだった。
ベヒモスの方を睨むような目つきで見ながら腕を組み、ブツブツとなにかをつぶやいている。
近寄ると、どんなことを言っているのかが聞こえてきた。
「このまま放置するのは愚策……だが、どうすれば……」
どうやら、次にどうすればいいのか決めかねているようだ。
焦燥感に駆られるように、歯を食いしばっている。
「……なぁ」
「ん? ソータ殿か。すまないがもう少し待っていてくれ、今作戦を考えている途中なのだ」
「結局のところ、落雷があって迂闊に近づけないから撤退させたんだよな?」
「あぁそうだ、迂闊に攻撃させてはいたずらに被害を増やすだけだからな、仕方がなかった」
確かに、あのまま攻撃していたとしても近づくことができず、ただ被害のみが増えるだけだっただろう。
バナンの判断は間違っていないはずだ。
「じゃあ、俺が攻撃しに行ってもいいか?」
「其方がか? どういうことだ」
バナンは胡乱げな様子で俺に尋ねた。
睨むように目を鋭くさせ、真っ直ぐと俺の目に眼差しを向ける。バナンの周りにいた者たちも、俺を鋭い目つきで見てきた。
まぁ、こういう目で見られても仕方のないことを言っている自覚はある。
「俺は防御魔法が使えるから落雷くらいなら防ぐ事ができる……はずだ。それに討伐するのは無理だとしても、足止めくらいはできるだろうしな」
アリスに勧められて防御魔法を覚えておいたかいがあったな。
このままぐずぐずしていても、そのうちベヒモスの方からこちらに移動して来るだろう。次の作戦を考えるにしろ前線を下げるにしろ、ベヒモスを足止めしておいた方がいいはずだ。
なにもしないで手をこまねいているよりは、圧倒的になにかしらの行動に移した方がいいのは目に見えている。
「…………」
バナンは顎に手を当て目をつむり、なにかを考え始めた。そして、しばらくするとどうするか決めたのか目を開く。
「すまないが、頼めるか?」
「あぁ、任せろ」
俺はバナンのいる簡易的なテントから出ていった。
できるだけ時間は稼ぐが、正直勝つことは難しいだろう。
いくらなんでもあれほど巨大な魔物に致命傷をあたえられる攻撃は、あいにくと持ち合わせていない。再生力を上回る速度でダメージをあたえ続ければ討伐は可能だろう。だが、それはいろいろと難しい。
第一ベヒモスが限界をむかえる前に、俺が先に力尽きてしまうはずだ。
バナンには早急に決断してもらいたい。
「――話は聞いたわ、私も行く」
ベヒモスの方へ走り出そうとするとアリスが話し掛けてきて、そんな突拍子もないことを言ってくる。
いたって真剣な表情であり、決してふざけて言っているようには見えなかった。
「いいのか? 絶対に危ないぞ」
「覚悟の上よ!」
アリスの意志は固いようだ。
あまり時間はないし、説得するよりはついて来てもらった方がいいはずだ。それに、戦力はできるだけ多い方がいい。
「アリス、本当に行くのですか?」
「えぇ」
アルバニアがアリスに話しかける。
意志を確かめるように、アルバニアは鋭い眼差しをアリスに向けた。その場にはしばらくの沈黙が流れる。
「……わかりました、では私もご一緒させていただきます」
「姉さん?」
「妹が危険な場所に行くのに黙って見ているというのは、姉として失格ですからね」
アルバニアはアリスの頭を撫でた。
こういう状況でなければしばらくは待っていてもいいんだが、いかんせん今は時間がない。
「あまり時間もないし、そろそろ行くぞ!」
「えぇ!」
「はい!」
俺たちはベヒモスの方へと走り出した。
ベヒモスはちょうど死体や動けなかった者たちを食い終わったのか、再び移動を開始した。
「させるか!」
俺は丁度その足に体重がかかるときにバスタードソードで何度も斬りつける。転倒させるほどではないが、足止めには充分だ。
そこへ、アルバニアが放った矢がベヒモスの失明していないほうの眼球に突き刺さる。
失明はしていないだろうが、あれはかなり痛いはずだ。
「ガアアアアアアァ――グギャアアアアアアアアァァァッ!?」
ベヒモスが咆哮しようとしたが、そこへベヒモスを誘導して来た誘導班が飛行魔法を使って空を飛んできて、火の玉を放った。
火の玉はベヒモスの口の中に入っていくと、強烈な爆発を引き起こす。
ずっとベヒモスの様子を観察していたのだが、落雷はすべてベヒモスが咆哮した後にしか落ちてきていない。
現に咆哮が中断されたことによって、今回は雷は落ちていないのだ。
誘導班もそのことに気がついたのだろう。
「俺たちは咆哮するのを食い止める! あんたはそっちを頼む!」
茶髪の男が俺に叫んだ。
ベヒモスは誘導班の者たちに噛みつこうとする。しかし、三人は軽々とよけた。
「これでも食らいなさい!!」
そこへアリスが《ウォーターカッター》を放つ。
水の刃はベヒモスの眼球に直撃し、完全に視力を奪った。
ベヒモスは痛みに耐えかねてか暴れ出し、地震のように地面が揺れる。これはできるだけ早く大人しくさせた方がいいだろう。
「これならどうだっ!!」
俺はバスタードソードに魔法を使い、魔力を纏わせてブレードを延長しベヒモスの足首を斬り裂いた。
ベヒモスは転げるように倒れ込み、地面に横になる。俺は隙だらけになったベヒモスの首を斬り裂く。
首を大きく斬り裂いたことにより、ベヒモスからは今までにないほどの血が噴き出した。
ベヒモスは一切声を出す事ができずにじたばたと暴れるが、暴れることによってさらに噴き出す血の量が増え、地面に血の海が出来上がる。
やがてベヒモスは動かなくなり、噴き出てくる血の量が少なくなった。
今使った魔法は《マジックブレード》という魔法だ。
剣に魔力を纏わせることでブレードを延長したり、鋭さを上げることができる。
ただ、この魔法には重大な欠点がある。
それはこの魔法の性質上、非常に多くの魔力を使うことだ。
例えば、《クリエートストーン》は魔力を変換し、石を構成する物質にしているのだが、マジックブレードは魔力を変換せずに物質化させているため、多くの魔力が必要になるのだ。
直接魔力を物質化するのは、何か違う物質にするよりもより多くの魔力を消費する。
しばらくするとテントの方から一人の男が走って来て、ベヒモスを調べ始めた。
「ベヒモスの死亡を確認!!」
『うおおおおおおおおおぉっ!!』
その男が前線基地の方へ叫んだ。すると、地を揺るがすほどの大声が周囲に響き渡った。
ある者は仲間と抱き合い、またある者は地面に倒れ込む。
「――! 空が……」
突然明るくなったので上の方を見てみると、暗雲が晴れ曇りない青空が見えてきたのだった。




