天災の化身(1)
空には厚く黒い雲が覆いかぶさり、周囲を黒に染め上げる。
暗雲はベヒモスを中心に台風のように渦巻いている。だが、不自然なことに一切風が吹いておらず、不気味なほど周辺の温度が低下していた。
すでに俺たちとベヒモスの距離はかなり縮まっており、後五分もすればここに到着するだろう。
ズシンッ……ズシンッ……と、ベヒモスが地を踏みしめる振動がここまで伝わってくる。いったいどれだけの重量があればここまでの振動が出せるのだろうか?
しばらくして、ベヒモスが俺たちから約百メートルほど先まで到達した。
少し前まで遠くにいて正確な大きさは分からなかったが――でかい、体高は二十メートルほどもある。
これで成体ではないって話なんだから、成体は一体どれだけ大きくなるんだか。
体のいたるところには太い血管が無数に走っており、異常なほど脈動している。
ベヒモスを誘導して来た班は、予定通りに一気に加速しベヒモスから離れた。
「弓隊、魔法攻撃隊……放て!!」
バナンが騎士たちに指示を出す。すると、整列された弓隊や魔法攻撃隊から矢や魔法が放たれた。
的が大きいこともありそのほとんどがベヒモスへ命中するが、矢は刺さる事はなくはじかれた。魔法の火の玉は体毛を焦がすのみで、全くダメージにもならない。
運よく血管があり、皮が薄くなっているところに矢が当たり出血させたが、五秒もすると血が止まり皮膚が再生する。
「おいおい……どんだけ堅いんだよ」
弓隊の使っている矢の鏃は石や骨ではなく金属で作られており、当たり所がよければ固い甲殻や外骨格のある魔物でも貫けるほどの威力が出せる。
ベヒモスに外骨格などはなく、普通であれば矢は突き刺さるはずだった。
攻撃された事によって、ベヒモスは標的を俺たちに移す。
「グガアアアアアァァァッ!!」
ベヒモスは咆哮すると、より一層歩く速度を上げた。
口からは血の混じった唾液をダラダラと垂れ流しており、舌なめずりをしている。
「弓隊と魔法攻撃隊は下がれ! 歩兵隊、第一攻撃隊かかれっ!!」
弓隊と魔法攻撃隊は俺たちの後ろに下がった。そして騎士で構成された歩兵隊と、冒険者で構成された第一攻撃隊がベヒモスの方へと走り出す。
冒険者で構成された攻撃隊は、全部で第三まである。
俺たちのパーティーは第三攻撃隊に組み込まれていた。
『うおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!』
歩兵隊と第一攻撃隊は雄叫びを上げる。
ベヒモスの足元へ到着すると、剣や槍などを使ってベヒモスの足へ攻撃を放った。だが、その刃は体毛を切り裂いたのみで、表皮や肉をまともに斬ることができている者はかなり少ない。
「――や、やめろぉっ!?」
ベヒモスへ突撃していった一人の不運な冒険者が、ベヒモスの口に咥えられた。
「嫌だっ!! 死にたくないっ!! 嫌だあああ――っ!!」
その冒険者は言葉を最後までいい終えることはできず、噛み砕かれてベヒモスに捕食された。
凄惨な光景を目視し戦意をそがれた者もいるが、ベヒモスがかまうことはない。
違うところでは踏みつけられて絶命している者がいたり、蹴とばされて動かなくなった者もいる。
「第二攻撃隊かかれ!!」
待機していた第二攻撃隊が、ベヒモスの方へと走り出す。
だが多少人数が増えたところで、状況は変わらない。まともにダメージを与えることができず、被害だけがただ増えるのみだ。
強烈な攻撃を受けベヒモスがよろける事もあるが、依然としてこちらが劣勢の状況は崩れない。
「第三攻撃隊、かかれ!!」
俺たちのパーティーが組み込まれている第三攻撃隊に出撃命令が出た。
第三攻撃隊は第一・第二攻撃隊と比べ、AやBランクなどの高ランクの冒険者が比較的多く配属されている。これで少しは状況が好転するはずだ。
「それじゃあ行くわよ!」
「はい!」
「あぁ!」
俺たちはベヒモスの方へと走り出した。すでにベヒモスとの距離は五十メートルもない。
ベヒモスの足元に到着すると、ストレージからバスタードソードを取り出す動作と同時にベヒモスの前足へ剣を振るう。
筋肉はかなり硬質なようで、斬るのにかなり抵抗がある。しかし身体強化の魔法を使い全力で斬りつけたため、刃が途中で止まることもなくベヒモスの足に大きな傷を作り出し、大量の血が噴き出し周囲を赤く染めた。
「グガアアアアアアアァァッ!?」
ベヒモスは悲鳴を上げ、動きを止める。
違う場所では高ランクの冒険者と思われる者がグレートソードを振るっていたり、魔法使いの放った風の刃がベヒモスの目を失明させたりしていた。
攻撃を受けるたびに、ベヒモスからは鮮血が噴き出す。
俺は一度だけでは終わらずに、何度もベヒモスの前足を斬りつけた。ベヒモスの足からは絶えず血が噴き出している。
体が大きいため致命的な影響はないだろうが、それでも着実にダメージは与えられているはずだ。
そして、ベヒモスは自重を支えきれなくなったのか、体勢を崩して地面に横たわった。その際にかなり大きな振動が発生し、俺は地面に手をつく。
「今だ攻めろっ!!」
一人の冒険者が声を張り上げる。それを合図に皆が少しでもダメージを与えようと攻撃を始めた。
俺は先程まで高い所にあり攻撃できなかった首を斬りつける。
足より首の方が比較的軟らかく、先程よりも深い傷をつけ鮮紅色の血が噴き出した。
だが、ベヒモスはしばらくするとおもむろに起き上がる。足の方を見ると、すでに傷が再生していた。
「――ガアアアアアアアアアァッ!!」
「……ん?」
ベヒモスが天を仰ぎ、強烈な咆哮を上げた。その咆哮は山々からやまびこのように跳ね返り、残響となる。
先程までつねに聞こえていた雷鳴がピタリと止まった。
周囲にいる者たちも異変を感じたのか、俺たちは攻撃を止めてベヒモスから離れる。
――その判断は正しかった。
「ぐっ……!?」
次の瞬間、あたりは光に包まれた。




