空を切る三条の炎
俺たちは銀狼亭の食堂にいた。
アリスに町を案内してもらうのを一旦中断し、食事をするために銀狼亭に戻ってきているのだ。
「それにしても、この町は本当に広いな」
四・五時間ほど町を見て回ったが、まだ一割も回りきれていない。
遠くから見たときはそんなに広く見えなかったが、実際に色々と回ってみるとかなり広かったことに気がつかされた。
――このチェイスは、大まかに五つの区画に分かれている。
『貴族街・商業街・産業街・住宅街』、そして『スラム街』だ。
貴族街は町の中心部にあり、多くの貴族が住んでいる場所だ。
その中心には、この町の領主が住んでいる領主館がある。
領主の名前は、『アベル・ライマン』辺境伯。
五十歳ほどの男で、堅実にこの町を治めているらしく、人気があるそうだ。
次に商業街・産業街・住宅街だが、これらはその名の通りの場所になっている。
商業街は小売店やレストランに宿などが建ち並ぶ場所だ。冒険者ギルド・銀狼亭・城門のある大通りは商業街の中心を通っている。
産業街は様々な工場が建ち並ぶ場所だ。鍛冶師や錬金術師など、技術者の多くはここに住んでいるらしい。
住宅街は普通の一般人が住んでいる場所だ。貴族街へ近いほど並ぶ建物は豪華になっていき、裕福な者が住んでいるそうだ。
そしてスラム街だが、ここは明確に区画として存在するわけではなく、自然発生的に生まれた場所らしい。
商業街と産業街の間に位置し、そこでは法はあってないようなものらしく、暴力は日常茶飯事だ。殺し合いも珍しくなく、なにも知らない者以外は、絶対に入らない場所らしい。
「そうね、このベネット王国でもチェイスほどの町は王都を抜いても、十町もないしね」
『ベネット王国』とは、今いるチェイスがある国だ。
大国一つとして数えられてはいるらしいが、特別なにかに秀でているわけではない。しかし、資源が豊富で国内にいくつも鉱山があり、そのせいか隣接している国と毎年小規模な戦争しているらしい。
「まぁ、その分散策する甲斐があるんだけどな」
そんな取り留めのない話しながら食後に果実水を飲んでいると、なにやら鐘の音が聞こえてきた。
それは時間を知らせるものではなく、連続的に鐘が鳴らされている。
「……なんだ?」
「これは、確か魔物の襲撃を知らせる鐘ね」
「魔物の襲撃か……これ、どうすればいいんだ?」
「冒険者で戦える状態の者は、できるだけ戦闘に参加しなければならないわね」
そうこうしているうちに、食堂にいた冒険者の大半は急いで外へと出ていった。
俺たちも参戦した方がよさそうだ。
「二人とも行けるか?」
「大丈夫よ」
「問題ありません。ソータさんは?」
「俺も問題ない。じゃあ、行くぞ!」
俺たちは銀狼亭の外へと出る。大通りにいた戦えない者たちは最寄りの店などに避難しているようで、大通りは前と様子が全く違った。
談笑する声は一切なく、代わりに聞こえてくるのは悲鳴と戸惑いの声。
周囲を見回すと、産業街の方にある城壁の上から赤く色のついた狼煙が上がっているのが見えた。
「どうやら、産業街の方から襲撃されているみたいね」
城壁をよく見ると、矢や魔法が町の外へと絶えず放たれていた。確実に、魔物がこちらへ向かって来ている。
「……急いだ方がよさそうだな」
「そうですね、私たちも向かいましょうか」
俺たちは産業街の方へと走る。
しばらくすると産業街へと入り、様々な工場が見られるようになってきた。
「本当にこの町は広いな!」
それなりの速度で走り続けているが、一向に城壁に着かなかった。
道に沿って走っているというのもあり、一直線に向かっているというわけではなかったが、それでもこの町の広さを嫌というほど実感する。
「ていうか、二人はよくこのペースについてこれるな!」
ずっと走り続けているが、二人に息が切れた様子はまったくなかった。
「身体能力強化の魔法を使っているもの! これくらいはどうってことないわ!」
「私は純粋に鍛えていますので!」
そんな話をしていると、城壁の上から男の叫び声のようなものが聞こえてきた。そして、城壁の上に現れたのは――三条の炎。
「――っ!? あの炎は……っ!」
「知っているのか?」
「えぇ、あんなファイアブレスを吐くことのできるのは――」
「ギャアアアアアアアアアァッ!!」
アリスの言葉を遮るようにして、魔物の叫び声が響き渡る。
そして、姿を現したのはドラゴンのように全身が鱗で包まれており、前脚と翼が一体化している――そう、『ワイバーン』だ。
それも、赤や青に緑などの色をした者が五頭。
「ワイバーン……ランクAの魔物が五頭も、か」
俺たちは走るのをとめて、その光景を呆然と眺めていた。
ワイバーンたちは町の中に入ってくると、ゆっくりと高度を下げていく。城壁の上から矢や魔法が飛んでくるが、ワイバーンたちに気にしている様子はあまりなかった。
「っ……! お二人とも、行きましょう!!」
「え、えぇ、分かったわ」
「……あぁ」
アルバニアが走り始めた。俺とアリスもそれについて行く。
俺は、正直ビビっていた。
ランクBのバンダースナッチは無傷で倒すことができたが、ワイバーンはランクAだ。しかも、今回はそれが五頭もいる。
勝てるのだろうか? いや、ここは町だ。だったら俺たち以外の冒険者も当然いるし、なんならこの町には騎士もいる。
どうにかすることは難しくないはずだ。
俺たちは懸命に走る。
その間に、子供を抱えた女や必死の形相で逃げる男とすれ違った。
そして、ワイバーンが暴れている場所へと到着する。
――そこは、まるで地獄だった。
あたりはワイバーンのファイアブレスによって炎に包まれており、プレートアーマーをまとった騎士やレザーアーマーなどをまとった冒険者などの死体が、無造作に数え切れないほど転がっている。
騎士や冒険者が応戦してはいるが、苦戦しているようだ。
「二人は後ろから援護を頼む!」
「ソータさんは?」
「撃ち落として叩っ切る! ロックシュート!!」
俺は後ろを向いていた赤いワイバーンに、《ロックシュート》を打ち込んだ。
少しでも多くのダメージをあたえるために、いつも以上に魔力を込めて硬度や速度を上げた一撃。
「ギャアアアアアアアァッ!?」
それは、翼の付け根部分に当たり、ワイバーンはそれ以上飛ぶ事ができずにバタバタともがきながら地面へと落下した。
俺は地面に落ちて隙だらけになったワイバーンの首を、バスタードソードを振り下ろして斬り裂いた。
ワイバーンの首からは大量の血が噴き出す。噴き出した血は水溜りを作り上げ、周囲に強烈な鉄臭を放った。
「ははっ、油断大敵だ――っ!?」
なんの抵抗もなく一方的に首を斬り裂く事ができたために、俺はいい気になってしまった。だが、数秒後にそれは致命的な隙となる。
ワイバーンは首を斬られたにもかかわらず、起き上がると俺に尾を横薙ぎに振るってきた。俺はあまりの出来事に呆気に取られ、反応が遅れる。
避けられない!! 俺はそう確信し、バスタードソードで尾を受け止めた。
「ぐあっ!?」
しかし完全に勢いを殺すことはできず、俺は空中に吹き飛ばされた。
吹き飛ばされた衝撃で内蔵が揺れ、不快感を覚える。
空中で体を捻りなんとか着地しようとするがそれはできず、俺は地面に叩きつけられた。三メートルほどからしか落下しなかったが、それでも充分痛い。
なんとかバスタードソードを手放す事はしなかったが、もう少し防御が遅れていたら攻撃をまともに受けていた。
過度に図に乗ったり慢心するのは、確実に身を亡ぼすと痛感した。以後、気を付けなければ。
俺は起き上がりワイバーンを見たが、すでに息絶えていた。どうやら、俺を道ずれにする気だったようだ。
「ちょっとっ!? 大丈夫!?」
「あ、あぁ、なんとかな」
アリスが俺に手を差し伸べてくれたので、俺はその手を取った。
……本当に、あまりいい気になるものじゃないな。かっこ悪いところを見せてしまった。
周囲を見回すと、まだ戦闘は続いていた。
弓使いや魔法使いたちが飛んでいるワイバーンに矢や魔法を放っているが、ワイバーンは素早いうえに当たったとしてもあまり効いている様子はない。
このままの状態が続くのは、あまりよくないだろう。
「とりあえず、地面に下した方がよさそうだな」
「そうね、《ウォーターカッター》!!」
「《ウィンドカッター》!!」
俺とアリスは水と風の刃を数え切れないほど放つ。
精密な操作などは度外視し、威力と数を重視した攻撃。
その攻撃は少ながらずワイバーンたちへと当たり、鱗は表面を少し削る程度だが翼に当たった刃は飛膜をズタズタに切り裂いた。
ワイバーンたちはそれ以上飛ぶことはできなくなり、地面へと落ちていく。
「今だ、かかれぇっ!!」
男の声が周囲に響いた。すると、今まではなす術がなかった兵士や冒険者が群がるようにしてワイバーンを攻撃し始めた。
しかし、ワイバーンもただやられるだけではない。
毒のある尾を振り回し、ボロボロになった翼を地面に叩きつけ、ブレスを周囲にまき散らす。
ワイバーンの攻撃に巻き込まれ死んでしまう者もいるが、兵士や冒険者は一心不乱に応戦する。
「――これでも食らいなさいっ!!」
そんな中、聞き覚えのある声がしたので俺はそちらを見た。すると、そこではクレアがいた。
前に見たレイピアとマン・ゴーシュではなく、ミスリルだと思われる青い金属でできた『ハルバード』を持っている。
クレアはブレスなどの攻撃をよけながらワイバーンの近くへ到達すると、首目がけてハルバードを振り下ろした。すると、ワイバーンの首はいとも容易く切断される。
「流石はAランク冒険者だな」
俺の口から自然と感嘆の声が漏れた。
そんなこともあり、しばらくしてワイバーンは騎士や冒険者たちによってすべて討伐された。
――あたりに甚大な被害を残しながらも。




