憚る巨体(1)
森に入ってから三十分ほどした頃、俺は周囲を警戒しながら森を歩いていた。
「……いないな」
少し前に小さな子供のような足跡を見つけたので、それに沿って歩いているのだが、未だにゴブリンを見つけることはできていない。
聞いていた通りであれば、十分も歩けば一匹ぐらいは出会うという話だった。
だが、なぜか見つけることができていない。
それからしばらく歩いていると、なにやら叫び声のようなものが聞こえてきた。
俺は声のした方へ、できるだけ音を立てないように歩いて行く。
声は次第に大きくなっていき、鮮明に聞こえるようになってきた。
「この感じ……一匹や二匹じゃないな」
そして、俺の目に見えてきたのは、身長が一メートルほどの醜い顔の魔物だった。
「……いた」
そこには、ゴブリンが六匹いた。
ゴブリンたちはウサギのような小さな魔物を貪るように食べている。
食事中だからか、かなり油断しているようだ。
ゴブリンたちは崖の下におり、俺は崖の上にいる。今なら奇襲ができそうだ。
ストレージからバスタードソードを取り出して、俺は崖を飛び下りた。ゴブリンたちはそのことには気づいていない。
俺はウサギを食べる事に夢中になっているゴブリンの首を斬り裂いた。
「ぎゃっ――!?」
ゴブリンは首を斬り裂かれ、短い悲鳴を上げて絶命した。
「ぐぎゃあああぁっ!?」
「がぎゃあぁっ!!」
急に仲間が絶命し、ゴブリンたちはパニック状態になった。しかし、それをやった俺を発見すると、ゴブリンたちは口々に叫び声を上げる。
ゴブリンたちは、近くに置いてあった粗末な木の棒を拾い上げた。
「……そんな棒で戦うつもりなのか?」
俺の言葉をゴブリンは理解できないことはわかっていたが、思わずそうつぶやいてしまった。
ゴブリンの一匹が俺に木の棒を振り下ろしてくる。
その攻撃はかなり大振りであり、簡単に見切れてしまう。
俺は横にとんでよけ、まえのゴブリンと同じように首を斬り裂いた。すると、今度はゴブリンたちが一斉に襲い掛かかってきた。
だが、俺がバスタードソードを横薙ぎに振ると、ゴブリンたちはよけることができず、全て同時に斬り裂かれた。
ゴブリンが弱いとは知っていたが、ブレインイーターと比べると明らかに弱すぎるな。
これが『Gランク』の魔物か、手ごたえがなさすぎる。
俺は少し物足りなく感じつつも、ゴブリンの右耳を切り取ってストレージに収納していく。
「……ナイフを買っておくべきだったか、バスタードソードだとやりにくいし」
ゴブリンの右耳を全てストレージに収納し終え、俺はバスタードソードをストレージに収納した。
なお、ゴブリンは素材としては使い物にならそうで、証明に必要である右耳しか必要ないらしい。
死体はほかの魔物が捕食して処理してくれるようで、迷惑にならない場所であれば捨てておいてもかまわないとされている。
「さて、ゆっくり帰るか――」
「ガァァァァ……」
チェイスへ帰ろうとすると、遠くから獣の咆哮が聞こえてきた。
それもかなり大きな体からしか出すことができないほどの、大きな咆哮だ。
「……」
一応、見に行ってみるか。
俺は咆哮のした方へと歩いて行く。そして、しばらくすると獣の声だけではなく、人の声のようなのも聞こえてきた。
「誰かいるのか……?」
草木の影から声のする方をのぞいてみる。すると、そこには二人の女の子がいた。
一人はセミロングの金髪に碧色の目で、十歳ぐらいの容姿をしている。
薄緑色のローブをまとっており、手には青い金属で作られた『魔法の杖』を持っていた。
そして、もう一人は十代後半ぐらいだ。
背中には『コンポジットボウ』を背負い、両手にはダガーを握っている。
そして、きれいなミディアムの白い髪に、琥珀色の目をしていた。
明らかに魑魅魍魎がのさばる森の中では、ひどく浮いた存在。
確か、十歳くらいの子は銀狼亭の食堂で見たことがある。その時は一人だったが、仲間がいたのか。
二人はかなり疲れているようだ。
息を切らし、すぐにでも休まなければ立っていることすら危ないような感じだ。
そして、その二人と対峙しているのは――。
「……は?」
俺は自分の目を疑った。
そこには熊のように巨大な、筋骨隆々の体躯をした体長三メートルほどという、異形な狼の姿があった。
黒い毛皮を持ち、背中には灰色の斑模様がある。
そのまなざしは、女の子たちを殺さんと鋭く殺意を帯びていた。
……ブレインイーターよりも強そうだ。
こんなのがここにいるなんて、俺は聞いてない。
「アリスっ!! もうそろそろ限界ですっ!」
「逃げることはできないの!?」
「無理です!! そんなことをしたら、すぐに殺されてしまいますっ!!」
ダガーをかまえた白髪の女の子は、自身の限界を告げる。
金髪の女の子は逃げの選択を取りたいようだが、それができない状況にあるらしい。
どうやら、女の子たちは好き好んで戦っているわけではないようだ。
「じゃあどうするのよ!?」
「隙を狙って逃げましょう!」
「隙を狙うっていっても、そんなのまったくないわ!!」
「今はとにかく耐えるしかありませんっ!!」
助けた方がよさそうだな……でも、二人を庇いながら戦うのは無理だ。
だが、二人を逃がすことができるなら、あるいは勝つことができるかもしれない。
「《ファイアボール》!!」
俺は草木の影から出て、炎弾を狼の体目掛けて打ち込んだ。
狼はすぐに俺に気がつくと、後ろに跳んでいとも簡単によけた。
「あ、あなたは!?」
「そんなこと後だ!! 俺がこいつを引き付けるから、あんたらはその間に逃げろ!」
「そんなの無茶よっ!!」
「いいから早く逃げろっ!! 取り返しのつかないことになるぞ!!」
ストレージからバスタードソードを出してかまえる。
狼はそんな俺に、明確な敵意を向けてきた。思わず萎縮してしまいそうになるが、歯を食いしばりなんとか戦意を保つ。
「……っ! 分かりました、後ろはお願いします!」
「姉さん!? でも……っ!」
「……できるだけ時間は稼ぐ、もし倒すことができたらなにか合図を出そう」
「ありがとうございます! ほら、アリス!! 行きますよ!」
白髪の女の子はダガーを鞘に収めると、アリスという女の子の腕をつかんで走り出す。
「ちょっ、ちょっと姉さん!!」
「ガアアアアァッ!!」
狼が吠え、逃げる女の子たちを追いかけようと駆け出す。
先ほどまで俺のことを殺気交じりに見ていたはずなのだが、今は眼中にないようだ。
「ロックシュート!!」
隙だらけになった狼の横腹に、岩を打ちこんだ。
岩は見事横腹に命中し、『ギャンッ!!』という悲鳴をあげさせて、狼を怯ませる。
攻撃が効かないわけじゃない。なら、油断しなければどうにかなるはずだ。
「……お前の獲物は俺だ。いったいどこへ行く気だ?」
「グルルルル……ッ!」
狼は今の一撃で腹が立ったのか、殺意の孕んだ眼差しを俺に向けてきた。




