表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/10

追想 1

なんだか(比較的)真面目で暗い内容になった。

でも1話につき1おっぱいは必ず言うよ!




学校から直接目的地に向かっても良かったのだが

教科書やノートが入っているカバンはそれなりに重いし

何より女性物の下着が入っているカバンを持ち歩いていて

万が一があっては困る。

とても、困る。


運悪く近所で下着ドロでも出ていて

巡回している警察に呼び止められてみろ。

カバンの中身を見られたら即行連行されてしまう。


普段は保健室に預けてあるのだが

明日から連休が始まる。

金庫の中なんて密閉された空間に

何日間も空気に触れることすら許されず

閉じ込めていては下着たちがかわいそうだ。

然るべき手入れをして

メンテナンスが必要ならば施さなければいけない。


そう思い持ち帰ったのだが

これは……なかなかに肝が冷える。


親か姉に車で迎えに来て貰えば良かった

と後から気付いた。


まぁ、何事もなかったし良いんだけど。



カバンを自室に放り置き

制服から私服に着替え

それをハンガーにかけ除菌スプレーを掛けるのも忘れない。

不衛生は女性を不快にさせるからな。

抜かりはない。


目薬を持ち歩くのも面倒だと思い

洗面台へと向かい、コンタクトを外す。


幼い頃を振り返った時、昔の自分の将来の夢が

“王子になること”

だったのを思い出し

鏡に映った自分の姿を見て、苦笑する。


昔は、見た目だけで自分が王子になれると信じて疑っていなかった。

見目の良し悪しではなく。


視界に入るだけで

他者を不快にさせるような見た目では確かにないが

誰もを骨抜きに出来る程

整った顔をしているだなんて

そんなナルシーなことは思っていない。

確かに、悪くはないと思うが。

むしろ、どちらかといえば良い方なのではないかとも思うが。


そうではなく。


部分的に緑がかったようにも見える水色の瞳。

普段は、詮索されるのが面倒くさいので

カラコンで隠している空色。

昔は、髪の色も金に近い色で

よくハーフに間違えられた。


実際は母の祖母?曾祖母?がハーフだったのかな。

確かに外国の血は入っているが

いわゆる先祖返り的なもので

僕を構成している大半の要素は国産だ。


世にあふれているお姫様が登場する物語は

金髪碧眼の王子様がセットだろ?

だから、その見た目があれば

自分も王子になれると信じて疑ってなかった。


そうそう。

あの子が綺麗な黒髪で

肌も色白く唇は鮮やかな紅色をしていたから

白雪姫のようだと例えたことがあったな。



一度記憶の扉を開けば

些細なことでもどんどん思い出せる。

忘れたことにしていただけで

本当はあの子のことをずっと

思い出したくて堪らなかったんだろうな。


……本当に、好きだったから。


成長とともに

髪の色は濃くなってしまったが

流石に目の色は変わらない。


今でも、僕はあの子の王子になれるのだろうか。


そんな少女漫画のようなことを想像するが

現実はそうはいかない。

”皆んなのおっぱい王子”

に成り果ててしまっている。


はぁ…なんでよりにもよって

王子の上についているのが

”おっぱい”

なんて単語なんだよ。

いや、”なんて”と言う言葉こそ使ったが

おっぱいを馬鹿にしている訳ではない。

おっぱいは偉大だ。

正義だ。


しかし大衆的に

特に女性に受け入れられる単語かと言えば

そうではない。


学校中からもてはやされる眉目秀麗な

誰もが王子と認めるような人物になれていれば

片りんも思い出せなくても

王子であることに自信を持って

白馬に乗る訳にはいかないが

連休後にでも彼女の教室に赴き迎えにいけたのに。


そして謝罪して仲直りの要求でなんでも出来たのに。


……流石にそれは傲慢か。

落ち度は僕にあるのに

こちらの要望を上から要求するとは

僕は何様だ、と言う話だ。


要求云々は無しにしても

こんな肩書きの僕が教室に行こうものなら

彼女が後ろ指さされることになるかもしれない。

悲しませ失望させている上で

更に迷惑までかけるわけにはいかない。


そうなってはこちらの弁明を聞いてもらったり

彼女の話を聞くことはおろか

口さえ聞いてもらえなくなりそうだ。


それだけは嫌だ。

せっかく再会できたというのに。


頭を振りそれを回避するためにも

出来るだけあの子のことを

あの子と交わした約束を思い出す。


深呼吸をして気合いを入れ直し

スマホと財布だけポケットに突っ込んだ。



出かけぎわ、リビングに母がいたので

出かける旨と遅くなる可能性があることを伝える。


門限を特に設定されているわけではないが

こんな世の中だし。

男だろうと関係なく

事件に巻き込まれる可能性を否定できない。

どこに何をしに行くのかを告げ

いつでも電話を取れるようにすると言って置く。


流石に


『EDを一生抱えて行くのは嫌なので

その呪いを解く糸口を探しに

幼稚園児の頃の思い出散策に行ってきます。』


とは言えないので


『幼稚園の頃の友人と再会したは良いが

その頃のことをあまり覚えていないため

話がイマイチ盛り上がらなかった。

次会った時のために

思い出しがてら散歩をしてくる。』


と言っておいた。

うん、嘘はついていない。


母は詳細を聞くこともなく見送ってくれた。

僕が戻ってくるまでに

卒園アルバムを出しておいてあげる

と進言までしてくれた。


そうだな。

当時の写真を見て

何か思い出せることもあるかもしれない。


宜しく頼んで足早に門をくぐった。



自転車を使うことも考えたのだが

頭を働かせながらの運動は

ウォーキングくらいがちょうど良いのだと

何かの本で読んだことがある。

それ以上に激しい運動だと脳に血が行かないし

速度が早すぎると視覚からの情報処理に

脳の使用領域が割かれてしまって

思うように頭を働かせられないんだとか。


思いを馳せながら各所巡るには

足を止めることもあるだろうし歩くのがベストだろう。



登園にはバスを使っていたが

この歳になり歩いてみると

バスの窓から見えた

遠くまで続いているように感じた世界は狭く

意外と近いと言うことがわかる。


思い出したくなかったが故に

卒園後はこちらの方に足を運ぶことが全然なかった。

用事もないし。

小中高とそれぞれ家を中心に見た時

完全に反対方向だ。

校区的にも

こちら方面から通っている人は居なかったし。


理由がなければ、そんなものだよな。

犬を飼って居る訳でもないし

健康寿命を考えるような歳でもない。

いちいち自由時間を割いてまで

散歩に繰り出すような人間ではないし。


幼稚園が終わった後は徒歩で長い道のりを歩いて帰った。

時に友達とかけっこをしながら。

時に寄り道をして泥だらけになりながら。



たまに、本当にごくごくまれに

あの子の身体の調子が良い時限定で訪れた

幼稚園からほど近い公園にたどり着く。


時間にして、15分程度。

駅に行くよりも近い。


もう陽も傾いている時分だし

流石に公園には誰もいなかった。


広いと感じた砂場は記憶の中のそれよりもコンパクトで

コンクリで埋め立てられてしまっていた。

大きいと感じた遊具は殆ど撤去されて

跡形もなくなっている。


雑草も結構生えているし

そもそも利用する人が今ではあまりいないのかもしれない。


少子化により最近の公園は

年寄りがゲートボールをする場に変わり

遊具による事故が多いから沢山の遊具が

使用禁止になったり撤去されたりしていると

ニュースで見た事があるが、ここまで顕著か。

すべり台も鉄棒すらなくなっているとは。


……あの不気味なキャラクターが描かれている

スプリング遊具は残っているのが解せない。


こんな様変わりされてしまっては

思い出すことも出来ないじゃないか。


への字に口を結びながら中へ入ると

うっそうと茂る草の陰から塗装の剥げた

『ポイ捨て禁止』

『不審者を見かけたら110番』

のどこでも見るお馴染みの看板が顔をのぞかせ

地面から斜めに生えていた。


当時既に結構ボロかったベンチは

新しくなってはいたが

それも年数経過により劣化している。


10年。

10数年か。


時間の経過と言うのは素直だ。


流れに逆らうことなく

不要なものは捨てられ排除され

必要なものはどんな形であれ残される。


プラスチックで出来たベンチに腰を下ろし

頬杖を付きながらあの頃に思いを馳せる。


無くなった事にはショックを受けたが

ジャングルジムに登ったり

ブランコで遊ぶようなことはしなかったため

それらに思い出はない。


あの子が、運動が出来なかったから。


僕が友達に誘われてそちらへ行こうとすれば…

……そう。

僕があの子と彼女を

イコールで結びつけることが出来ずにさせた

あの酷く傷つき悲しんだ、あの顔をされた。


それから、あの子と公園を訪れた時は

誘われても頑なにあの子と離れる事を良しとしなかった。

いたずらに

サッカーボールをこっちに蹴ってきたり

野球ボールを投げてくるようなやつがいた時は

憤って怒鳴り追いかけ回したりもしたが。

あの子が静止の言葉をかけて来たり

僕の怒りが落ち着けばすぐにあの子のもとへと戻った。

まるで、犬のようだな。


なんと呼ばれていたっけな。

えぇっと…マンモス?

そう、マンモスだ。

今はない、丸太で組まれた遊具の日陰になる所で

あの子の話をたくさん聞いた。



元気になったら何をしたいか

将来の夢は何なのか

好きな絵本の話やその日何をしていたか。


死を感じて生きていたからなのか

あの子は僕より随分と大人で

たくさんの物を見て考えていた。


僕は身体を動かすことが好きだったし

目の前で楽しそうにはしゃいでいるのを見たら

あっちへ行きたいな

と思いもしたが

別にあの子に嫌われたくなくて機嫌を取るために

悲しい顔を見たくないから嫌々話に付き合っていたわけでは無い。


単純に、僕よりも沢山のことを知っている

沢山のことを考えている

あの子の話を聞くことが楽しかった。


あの子の話を聞くたびに

無知な自分が少し賢くなれた気になれた。


同じ時間を過ごせることが嬉しかった。



話している最中に

苦しそうにしていたことが多々あった。


そう……

あの子の具合が悪くなると駆け込んだ先があったな。


来た道を全速力で走って戻り

幼稚園、ではなく

その裏手にある教会に助けを求めた。


……なんでだっけ?


確かに幼稚園よりも教会の方が

公園からは近いけど

そこまで距離は変わらない。

いや、当時は小さかったから

その距離すら遠く感じたのか?



あの日走った道を歩く。


道中あった公衆電話は撤去され

駄菓子屋だった場所はコンビニになっていた。

何屋だったかな。

思い出せない、利用したことのない店は

潰れ看板が取り外されていた。


部活帰りの中学生だろうか。

自販機前でたむろする

すれ違うと恐怖を感じたはずの

学生服の大人たちを見下ろしながら

随分遠くまで来てしまった気分になる。


距離的な問題ではなく。

心情的な話だ。



あの子のことを思い出すために訪れたはずなのに

自分自身が置き忘れてしまった大切な何か

それを必死になって手繰り寄せようとしている。

そんな感覚に陥る。


抜け落ちた記憶を取り戻そうと

自分の中にある空虚を満たそうと

あの子のためと言いながらその実

自分のためだけに動いているのではないかと

言う疑問が浮かび

当時の純粋な自分を思い出すと

面映く目を背けたくなるような

感覚に支配される。


ただあの子に好かれたかった

当時の自分。

ただひたすら純粋で必死だった

あの頃の自分。



今の自分はどうだろう。

彼女に好かれたいのか

と問われたら疑問が生じる。


10年以上経過している上に

僕はあの子が死んだものだと思っていた。

久しぶりに再会したからと言って

当時のような恋愛感情を持っているのかと聞かれたら

否と答える。


あの子に惹かれる理由が

5歳の頃の恋愛感情以外に見当たらない。

もう、過去の話だ。


彼女は突然僕の前に現れ

いきなり呪いだとか言い出す子だ。

息子は何故か反応したし

可愛いとも思うが、それだけだ。


冷静に考えれば引く理由はあれども

惹かれる理由がない。


思い出をいくら振り返った所で

この10年以上の時間の穴は埋められない。



女性至上主義を掲げ

本音を隠し体面を取り繕うことに

慣れすぎてしまったせいで見落としていた

いや

目を背けていたが

謝罪をする事や罪滅ぼしをすることが僕の目的ではない。


許して怒りを鎮めて貰い

呪いというものが本当にあるのならそれを解いてもらうこと。


それが僕の本当の目的だ。


体裁整えて理由をこじつけた所で

彼女のためといった所で

事実は変わらない。



……最低だな。

先回りして言い訳して

責任を他者に押し付けて。


自分と向き合う時間を作ると

己の狭量さ加減を嫌でも自覚する事になる。



学校でも、

自分が忘れていた事に対して言い訳を散々して

彼女が手紙を出さなかった事を責めたしなぁ…


僕の程度なんて、こんなもんだ。


王子とは程遠い。

あの子との想い出と対峙する事が憚られるくらいに

矮小な存在だ。


昔の僕の方が余程できた人間じゃないか。

打算的な事を考えず

ただただひたすら実直だった。



いつのまにかたどり着いた教会の前で

懺悔するかのように思考を巡らせる。


自分の本心と向き合った今

この後どうすれば良いのかが分からない。


思い出を振り返り辿ることは出来ている。


眩いほどに尊い

忘れてしまっていた長い時間を惜しいと思うほどに

大切なものばかりだ。


でも、彼女の言う盟約は思い出せないまま。


約束事を多くしすぎたのだ。

その中のどれなのかが正直分からない。


元気になったらしたい事を挙げ列ねられれば

『それじゃあいつかしよう!』

と約束し

将来の夢を語られれば

『僕が叶えるよ!』

と誓いを立てる。


そんな事が10や20じゃ足りない。


馬鹿か

当時の僕よ。


いや。

愚かだが、打算も何もない

ただ好いた子のためにできる事をしたい

と思う気持ちは

今の僕にはないものだ。


それに、本当にあの時は全て叶えられると

そう信じていたのだ。

その気持ちに嘘はない。


当時は約束をするだけして

何1つ叶えられなかったけれど…

今の僕ならそれらを叶えるくらいはできるのだろうか。


叶える理由は?

そのメリットは?


どうしてもソレを考えてしまうあたり

嫌な大人になってしまったものだと

ため息をつきたくなる。



日も落ちてきた。


一旦、帰るか

それとも、もう少し足を延ばして

幼稚舎だけでも見ておくか。


ズボンのポケットに親指をひっかけ

ガラ悪く斜に構え

どうしようか考えていると


「おや、礼拝か罪の告白をご希望ですか?」


教会の扉が開かれ詰襟を着た熟年の男性から声をかけられる。

服装的にも、雰囲気的にも教会の関係者かな?


長い時間うろうろ前でしていたために

不振がられたのだろうか。


「いえ…」


「まぁまぁそう言わず。

 営業終了までまだ少し時間もありますし。

 お茶でも飲んでいきなさい。」


営業て。

お茶て。


否定をしたのにも関わらず

来い来いと手招きをしてくる

にこやかな笑みに抗う事が出来ず

困惑をしながらも

僕は10数年ぶりに教会へと足を踏み入れた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ