邂逅 3
彼女は死んだ。
何年も前に。
そう……僕が、殺した。
な〜んて手に汗握るサスペンスな展開にはならない。
ただ、ミステリーの要素は孕んでいる。
僕の中で該当している女の子が
先ほどの敷香咲良と同一人物なら疑問がいくつか浮かんでくる。
まず、あの子はもっと表情豊かだった。
屈託のない笑顔の印象が強く残っている。
思い出が美化されていると言う可能性もあるが
あんな…呪いだとか言って人を
ガクブルさせるような魔女のように冷ややかな笑みは浮かべない。
思い出のあの子は
妹達と並ぶ程の天使っぷりを発揮している。
周囲を浄化するような笑みが
あんな変貌を遂げてしまうだなんて思えない。
100歩譲って
それが時間経過のなせるものだったとしても。
あの子は僕と同年だ。
流石に年の差までは変えることは出来ない。
名前が違えば
『姉妹か、もしくは親戚か』
とも思えるが、全く一緒だし。
僕と同様、珍しい氏名だから
同姓同名の別人と言うこともないだろう。
もしそうだったとしても
赤の他人が何故あの子のフリをして僕に近づくんだ?
と言う疑問がさらに浮かぶことになる。
確率として限りなくゼロに近いし
全くの別人と言う考えは捨ておこう。
今…そう、今更。
僕の前に姿を現した理由も掴めない。
最後にあの子の姿を見てから何年経っている?
突然姿を消し
十数年間も音沙汰がなかったのに、なぜ??
…なぜ、生きているのだろう。
正直言って、あの女の子が生きていたのなら
メチャクチャ嬉しい。
死んだものだと思っていたから。
時代は、幼稚園の頃まで遡る。
当時から女性の下着やおっぱいに
並々ならぬ執着を示し
しかし今と違い加減も制御も知らず
フェミニズムが皆無だったせいで
時には先生を泣かせるようなことまでしていた
問題ありまくりのエロガキだった、僕。
そしてあまり外に出るような遊びはせず
教室の片隅で大人しく
お姫様が出てくる絵本を読んだり
絵を描くことを何より好んだ、あの子。
接点なんて同じクラスということ以外全くなかった。
何がきっかけだったっけ…
あの子を失ったことが辛くて、悲しくて
忘れていたからなのだろう。
なかなか思い出せない。
ただ、そう。
あの子がきっかけで形成された
今の僕の要素が沢山あることは思い出すと同時に自覚できる。
初恋、だったんだ。
絵を、そう、絵を褒めたんだ。
雨が降っていて外で遊ぶ事ができず
暇を持て余していた時に
あの子が描いていた絵が目に入りそれを褒めた。
『じょうずね』
『きれいだね』
そう言って。
キョトンとした目を見開いた表情も
『ありがとう』と言って微笑んだ顔も
全てが心に雷が落ちたかのような衝撃を受けて
僕はあの子に夢中になった。
あの子に好意を持ってもらいたくて
あの子に失望されたくなくて。
何ができるのか必死に考えた結果
酒が入ると雄弁になり感情を露わにする
母や母の友人に恐怖を感じ
逃げ回っていたがそれをやめ
女性の喜ぶことや嫌がることを積極的に学んだ。
どんな些末で一見馬鹿馬鹿しいと思うようなことに
気を取られ感情を揺さぶられ悩むのか。
表面を取り繕い笑顔の裏でどんな
毒孕む畜生なことを考えているのか。
物理的問題の解決法ではなく
感情的な整理を何より男性に求めると言うこと。
強くたくましい一面があるのに
そのくせ酷く弱く脆い生き物であること。
成長とともに身体の造形にどのような差が出るのか
そしてその際のリスクや身体的な負担も。
多面的で感情的。
理不尽かつ繊細。
守り慈しむべき愛しい存在。
それが女性である、と。
そんな幼い子になんてことを教えるんだ!?
と今となっては思わなくもない。
目に見えているものとのギャップに
恐れおののいて知恵熱を出したこともある。
が、その周りの教育の甲斐あって
今では女性至上主義のこんな人間になりましたとさ。
全て、か弱そうに見えた
人魚姫のように泡となって消えてしまいそうな
儚さを持っていたあの子だからこそ
他でもない僕が助けに、力になりたかったが故に。
お姫様になりたいと言っていたあの子のために
何ができるのかを必死に学んだんだ。
優しくて頼りになる、物語の王子様になる方法を。
女性は時として王子より自分を変身させてくれる魔女を選ぶ
と教えられたから
あの子をお姫様にできる魔女になる方法も。
全ての女性に対して丁重にしているのは
あの子に対して失敗をしたくないから
練習台になって貰おうという打算的な理由が始まりだ。
そして今ではそれが根付き癖になってしまっているだけ。
争いを生まずに済むし
怒られるよりは喜ばれたい。
女性はもれなく好きなので都合が良かった。
それに、あの子が姫になるなら僕は王子でいなくてはならない。
王子は万人に愛され、万人を愛さなくてはいけない。
そういう意味でも、都合が良い。
ただ、それだけ。
全ては、あの子に愛される自分になるために。
あの子が望む僕になるために。
なのに、あの子は消えた。
卒園を待たずに。
突然。
前触れこそはあったが。
遠いところに行くと……
…そうだ。
手術をすると言っていた。
手を繋いでダンスを踊ることはおろか
ドレスの似合う歳まで生きられるか分からないから。
私はお姫様になれないまま死んじゃうんだ。
そう言って泣きじゃくるあの子を慰めた時のことだ。
死ぬということをイマイチ理解できていなかった僕には
どうやって女の子を励ませば良かったのか皆目見当もつかず
とにかく必死に自分の語彙力を総動員して
あの子を泣き止ませることに躍起になった。
泣き止んだあの子は
無事に終わったら手紙を書くと
そう言っていた。
そして、そのまま。
次の日からあの子は登園しなくなった。
その後、何の連絡もなかった。
何も。
毎日家に帰るたびにポストを開き
自分宛の手紙がないか確認した。
あると気持ちを高揚させ中身を見ては落胆し
季節をいくつ巡っても
望んだ手紙がポストに届くことはなかった。
だから、てっきり死んだものだと……
手術できなかったのか
したが失敗したのか
それすら考えたくなくて
戻ってくる時に手紙を書くと言ってくれた
その言葉が実現しなかった事実が
つまりあの子は死んだのだという現実を
嫌でも叩きつけて来ているようで。
辛くて苦しくて
何よりあの子がもうこの世に居ないのだと
あの笑顔をもう2度と見る事が叶わないのだと
考えるだけで胸が張り裂けるほどに哀しくて。
そして、忘れた。
現実を見たくなくて。
「咲良は…まだ、心臓悪いの?」
「なんだ、アンタ知ってたの?
万が一のことがあるといけないからって
親御さんからヨロシク言われているだけよ。
って言っても、色々大変なのは変わらないみたいだけどね」
ペラペラと台帳を見ながら
ガンちゃんにカマかけのようなものをする。
僕の中ではまだ
彼女=あの子
だと確信が持てなかったのだが……
うん、やっぱり
彼女はあの子なんだな。
いくら現状の彼女と
思い出の中のあの子のイメージが違っていても
やはり、面影はある。
同じクラスの子が怪我で保健室を利用する頻度が高い時間に
必ずある彼女の名前。
手術をしても、激しい運動が出来ないために
体育の授業になると保健室に赴いているのだろう。
今の時期はグラウンドが騒がしいことが多い。
晴れの日は外での授業になるだろうし
屋内でなら見学もできるのだろうが
直射日光を浴びて心拍数をいたずらにあげてはいけない。
屋外授業ではそれすら出来ないような状態ということか。
捻挫の処置をする時
まっすぐベッドへ向かったのも
保健室を利用する時の癖だっただけなのかもしれない。
台帳に名前を書いたらガンちゃんの邪魔にならないよう
奥のベッドに引っ込みのが常なのか。
『もしかして誘ってる!?』
とか変なこと考えてすみませんでした。
身体のラインが分かりにくいのも含め
彼女の病気の事を考えればあれこれ頷ける。
自律神経が乱れやすく体温調節がうまく出来ないのだろう。
のぼせて暑くなれば脱げば良いし
アイスノンとか使って
外部から身体を冷ますことも可能だが
寒い時は彼女は体温を自力であげることが難しい。
しかし年頃の女の子なわけだし
あからさまに季節外れの浮いた格好はしたくないだろう。
だから、見えない所で厚着をしていた。
表情を崩さず淡々としていたのも
心拍数を上げて心臓に負担を掛けないためか。
幼い頃は声を出して笑うたびに苦しそうにしていたもんな。
たくさん喋って少しでも興奮すれば息が上がっていた。
思い返せば、ずいぶん重い病気なのだろう。
心臓の病気なのだ。
そりゃそうか。
学年が1つ違う理由も容易に想像できる。
手術や入院の都合
また術後経過観察のために1年留年したのだろう。
今は、昔よりはマシになったのだろうか。
そうだと良いのだけど。
しかし……呪いって、なんだ??
生きていてくれたことは大変喜ばしいが
約束守ってくれないと一生EDって
どんな呪いだよ。
と言うかそもそも。
最初に約束守ってくれなかったのそっちじゃん!
初恋相手は不治の病で死にました
って三文小説にもならない設定抱えて
こっちは生きて来たんだぞ。
いや、さっきまで忘れていたんだけどさ。
手紙が出せない状況にあったのか。
そもそもその約束を向こうが忘れていたのか。
住所は、何せ家が会社しているから調べれば分かるし。
引っ越しだってしてないし。
住所不明のために出せませんでした
と言うことはないだろう。
手紙だけ書いて親御さんに託す事だって出来たはずだ。
心臓が弱い
だから手術が必要
それを遠くでする
と言うことだったけど
心臓が弱いと一言で言っても
それが移植手術が必要なのかバチスタだっけ?
ドラマで有名になった手術があるけど
あぁいう外科手術が必要なのか。
程度が判らん。
程度の差はあれど難しい手術なのには違いないし
今も身体に負担はかけられないようだ。
それは事実だし僕の感情論で彼女を責めるのは良くないな。
場合によってははドナーが見つからなくて
薬による延命治療を続けていて
『まだ手術をしていないしお手紙書けませんでした』
ってこともあるのかな?
…と、思ったけど。
ガンちゃんの言葉から考えると
無事に手術自体は終わっているし
万が一の危険性はどうしてもつきまとうし無理もできないが
今は容態は安定している。
そう言うことで間違いないだろう。
やはり、向こうは向こうで約束を忘れてしまっている
と言うことなのか。
…寂しいな。
しかし、彼女は僕のこと自体は覚えていてくれた。
僕は自分の保身のために彼女を忘れた。
同じ約束を忘れている
と言う状況でもの差は大きい。
まずは、謝罪を。
そしてすれ違うに至った経緯の真相解明のため
話し合いの場を設けて貰おう。
そして生きててくれたこと
再会できたことを喜び、祝いたい。
呪い云々はもちろん気になるさ。
優先して良いなら真っ先に問い詰めたい。
僕だって人並みに性欲くらいあるし
彼女ができた時にアレしたいコレしたいと
ムフフな妄想を繰り広げることだってある。
ただEDの疑いがある以上
どうやっても妄想ですら行為に至れない。
えちえちな御本を読んでも
主人公を羨むことはあれども
自分を重ねてヌく事すら出来ない。
感覚はある。
しかし息子は起きない。
あっても少しの反応を見せるだけ。
精通してからこっち
夢精以外で射精の経験なし。
ってコレはずいぶん重症なんじゃないだろうか。
何故か保健室の冷蔵庫に冷やしてある
TEN◯Aを見つけてしまった時に
話の流れでガンちゃんに相談したことがあるのだが
『日本の基準では
性欲、勃起、性交、射精、極致感の
どれかが欠けるもしくは不十分な物だと
性機能障害と診断が降りるのよね〜 』
という事で病院に行ったら完全に診断が降りる
と言う現実を突きつけられている。
性欲以外全部無いんだぜ。
つまりEDどころかもっとタチの悪い
SDの診断が下される事が確定である、と。
現実って非情だ。
『メスになれば良いんじゃ無いかしら!?
後ろ開発してあげるわよ!!』
と意気揚々と手をワキワキ絶妙な動きをされた時には
半ベソかきながら断った。
だって僕は女の子が好きなんだ!
柔らかいおっぱいが大好きなんだ!!
あんな大胸筋が盛り上がってる
硬い雄っぱいなんて愛せない!!!
流石に学校ではこんな会話してないぞ。
酒入ってる席で言われただけだからな。
あれ?
そう言えばあの時は恐怖で一杯一杯だっから気づかなかったが
ガンちゃんってあの口調なのにタチなのか??
いやまぁ、女性で攻めでドSの人だっているんだし
厳ついいかにもなオッサンが受けと言う場合もあるそうだし
オネェ口調は関係ないか。
全てが呪いのせいだと言うのなら
早く解呪して貰いこの苦悩から解放されたい
と切望する。
男としての自信をこの歳から感じれないなんて
結構辛いものがある。
だが、あの子のために培ってきた
王子のような僕
を彼女に対して崩すわけにいかない。
順序を間違えたり感情を暴走させてはいけない。
ついでにEDが一生モノにならないよう
息子も暴走させてはいけない。
加減がわからないし貞操帯でも買った方が良いだろうか?
いくら下着分類になるとはいえ
流石に親に作ってくれというのは気がひける。
まずは
彼女もそれを望んでいるようだし
言う“盟約“を果たそう。
約束を守れない嘘つきは王子としてふさわしくない。
格好悪いしな。
それが何なのか
未だに詳細思い出せないでいるが
話し合い折り合いをつけて貰い
その約束を果たせるなら果たし
どうしても出来ないなら
代替案で勘弁して貰おう。
一刻も早く呪いを解いて貰いたいし。
いかん、本音が出た。
せっかくあの子に好かれたいと思い
長年体面を取り繕ってきたのに
そしてそれが自然と行えるほどに
癖付けされたと言うのに
なぜよりによって彼女のこととなると
それが剥がれてしまうのだろうか。
気をつけなければな。
思い至ったが吉日。
いくら知り合いだとしても
流石に先生に聞いても住所を教えてくれはしないだろう。
彼女から聞かなくても盟約とは一体何なのか
思い出せるのなら自力で思い出してみせたいし
足が遠のいていた思い出の地を散策しながら
少しずつ思い出してみよう。
傷つけた詫びを少しでもしたい。
両親に聞いてみても良いかもしれない。
幼かった僕が把握していなかっただけで
親は何かしら事情を知っているかも。
あの子が突然消えた理由なんか
その最たるものだ。
「ガンちゃん、僕、帰るよ」
「そうね〜
今日はおっぱい王子のお呼び出し無いみたいだし。
…青春していらっしゃい」
ニヤニヤした下世話な顔から一転
真面目な顔をして見送りをされた。
乙女の勘よりもオネェの勘の方が鋭いと聞くが
今のやりとりだけで何を察したのだろう。
男の勘?
そんなものは存在しない。
男は論理的かつ現実主義が多く
非論理的な第六感というもの基本信じないし
頼りにすることもない。
そもそも、男は表情を読んだり
空気を読むことが不得手だ。
勘というものを働かせられない輩が多いのだよ
僕を含め、ね。
でも…青春。
そうだな、青春だな。
初恋の子と再会を果たして
その思い出の地を巡る
とか最高にアオハルしてるな。
無事に和解できたなら
その時にはあの子とも行きたい。
踊るは実技的な面で難しいかもしれないが、
手を繋いで。
一緒に。