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邂逅 2




この女性は、一体誰なのだろう?


保健室に向かう道中、全くの無言。

視線を合わせることもなく僕の3歩どころか

5歩も6歩も後ろを歩いているため

顔色も分からないし様子もイマイチ掴めない。

ついて来てくれているあたり

僕に触れられるのは嫌だが

連れ立って歩くこと自体はやぶさかではないようだ。


あぁ、いや。

吝かではないと言う言葉の本来の意味は

喜んで〜する

だったか。

古文で習ったばかりだ。

誤用を広めてはいけない。


余所事を考えてみたら、何かしら思い至れる糸口になるかも

と思って全く無関係な事に思考を逸らしてもみたが

改めて窓ガラスに映るその姿を見ても

やはり記憶の中から該当する女性を探さないでいる。


ふと、ガラス越しに目が合う。


すぐに視線を外されるか

嫌そうな顔をされるのかと思ったら

むしろ、ニッコリと微笑まれた。


咄嗟に窓から顔を背けることになったのは僕の方だった。


顔が、熱い。


僕はこの女性に一目惚れでもしてしまったのだろうか?

全くの無自覚だが。


見目は確かに整っていると言える。

一般的には。

しかし美しいも綺麗も可愛いも

より僕の観点から見た時上位に来る人達は沢山いる。

可愛いに関しては妹2人に勝る存在は

この世には存在しないと断言できるほど

彼女たちは天使のように愛らしい。


…まぁ、確かにこの人も可愛いけれど。

彼女が何者なのか

興味を引かれているのは間違いない。


肉体的なもので僕好みか否か

と考えても残念ながらイマイチ分からない。


なぜか。

彼女が身体のラインを隠しているからだ。

全裸でそこにいる訳じゃないのだから当然だろう

と言われるかもしれないが

僕の唯一の特技とも言える

服の上からでもスリーサイズが大体判る

が彼女には通用しない。


なぜか。

たぶんサラシのようなもので胸部を潰している上

腹部も臀部も結構な厚着をしているために

おおよそですらサイズが把握できないのだ。

春とは言えもう随分と暖かくなって来ている。

衣更えの時期にはまだ遠いが

暑がりなヤツなんかは既にジャケットを脱いでしまっている。

そんな中、腹巻きや毛糸のパンツでも履いているのだろうか。


なぜか。

……全く不明だ。


意味深な発言をする割には

その理由は愚か僕と口をきこうともしないため微塵も解らない。

『自分で考えろ』

と言うことだとしても、もう少し何かしらヒントが欲しい所だな。



結局一言も言葉を交わさないまま保健室に着いてしまった。


扉は開けっ放し。

空気の入れ替えのために開けてある窓もそのまま。

外出中の札もかけてない。


なのに、そこの主は不在だった。


珍しいな。

ガンちゃんはオネェの気質故か意外と几帳面な性格で

保健室から離れる際は最低でも外出中の札を下げていくのに。

中に誰もいない時は

例え数分席を外すだけでも、わざわざ鍵もかけていく。


それが、なぜ?


今日は疑問に思うことが多いな。

脳みそが煮えそうだ。


「顔彩先生は外出中のようですが、どうしますか?」


保健室を訪れた目的は、今回採寸ではない。

別に女生徒と2人きりになろうが咎められることはない。

が。

いらん誤解や噂が立ってしまっては彼女に申し訳ない。


僕はね、まぁ、既に色々方々から言われてしまっているから今更だし。


「問題ありません。」


端的に質問へ答え利用者名簿の方へと向かう。


入学して間もないだろうに、既に保健室を利用したことがあるのか。

物静かそうな雰囲気とは裏腹に

実は意外とお転婆で怪我の常習者とか?

いや、どちらか言うなら

病気がちでよく熱を出す、と言う理由の方がしっくりくるか。


保健室を利用する場合

備品管理やベッドの空き状況をガンちゃんが把握しやすいように

あとは授業の病欠証明のため

学年・名前、利用理由を生徒が書く事を義務付けられている。


僕も採寸を始めた当初は書いていた。

余りにも連日利用しに訪れるものだから

『紙がもったいない!』

という事ですぐ免除されるようになったけど。

毎日朝昼放課後の3回利用することの方が多かったのだ。

確かに紙の無駄遣いも良いところだ。


しかも利用理由の欄に毎度

『女性◯名の採寸のため』

とか書いていたものだから

それを見た人たちがガンちゃんに事の詳細を尋ね

興味を持った人に呼び出され

また採寸のために保健室をりようし…

とその繰り返し。

そのせいで一時は採寸の予約待ちが出来たほどだ。


丸一年休む間なく採寸をすることになったのは

この台帳のせいだと言っても過言ではないだろう。



呼び出しまでの時間つぶしや、採寸後に

利用料と称して散々ガンちゃんの手伝いをさせられて来ているので

備品がどこにあるのかある程度把握している。


湿布は冷蔵庫の中。

包帯は鍵のかかっていないガラス戸の中だ。


それぞれ彼女が記帳を済ませている間に用意する。


冷蔵庫の中に置いてある

ガンちゃんの私物のあれやこれやからは目を逸らし

目的の湿布を取り出す。


あ、最後の一枚だ。

書置きでも残しておくか。

内ポケットからいつもの小さな紙を取り出し

メモ書きをしてスタンドに挟んで机の上に置いておく。


そんなこんなしている内に記帳を終えたのだろう。

しかし彼女は処置用のイスではなく

なぜかベッドの上に座っていた。


『誘っているのか!?』

と誤解を招くような行動は辞めて頂きたい。


普段やっていてもうんともすんとも言わないくせに

ちょっとそっち方面の妄想をするだけで

何故か彼女には息子が反応してしまう。


何故だろう。

いわゆる恋愛フィルターというものを

通して見ているが故にこうなってしまうのか?

ドキがムネムネするようなことは全然ないのに。

息子ばかりが反応する。


正直、痛い。


僕は精通を迎えたばかりの小中学生か!?

と精神的にも痛いし

実際、股間も痛い。

朝の挨拶以外にはとんと反応を見せないものだから

刺激に敏感すぎるのだ。


学校のトイレは使いたくないしどうしたものか。


まさか長年EDで悩んできたこの僕が

『どうやって暴走している息子を鎮めれば良いのか

しかも学校で』

なんて考える日が来ようとは。


それこそ何年ぶりだよって覚えていないくらいに

久しぶりに見た朝以外の息子の起床だし

刺激に脆弱なのだからすぐ終わるだろうし

洋便使っても後ろ指刺されるような誤解も受けにくいだろうし

何より放課後だから生徒も殆ど校舎内には残っていないから

全く問題なくないか!?

3擦り半で終わるなら普通に用をたすよりも早く終わる!!


…虚しい。

自分で自分に追撃を行ってしまった。


とりあえず、ナニをするよりも先に彼女の手当てをしなくては。

幸い、先程とは違い半勃ち程度だから見た目では

息子の現状は判らないだろうし。

僕が冷静でいるよう努めれば良いだけだ。


「それじゃあ、右手出して下さい」


中央のフィルムをペリペリ剥がしながら言うと

彼女は困ったように眉尻を下げた。

実は皮膚が弱くて湿布かぶれを起こしてしまうとか?


あ、さっき自分が転ぶことになってでも

僕に触れられることを良しとしなかったし

湿布を貼ろうとすれば触れることになる可能性がある。

それを嫌がっているのだろうか、


でも、記帳していた時の事を考えれば右手が利き手のようだし

右手に貼るのは難しいだろう。

そもそも利き手に貼る云々関係なく片手で湿布貼るのは難易度が高いぞ。


……あれ?

捻った方の手で、記帳、してたよ…な……??


「私は構わないのですが…

先輩はよろしいのですか?」


ん?なにが??

浮かんだ疑問を熟考出来ないままさらなる疑問が浮かぶと同時に


「条件を満たさないまま私と触れ合うと

先輩の病気、一生そのままですよ?」


可愛らしい笑顔とギャップの激しいセリフにより

一瞬で思考が停止した。


え…えぇっとぉ??


病気と聞いて思い至れるのなんて一つしかない。

僕は断じて“気味”程度のものとして

そうだとは認めていないが。

この10年ほど夢精以外で射精したことは確かにないけど!

その夢精すらろくにないけれど!!


イヤだって、さっき無事復活してたし。


今この瞬間にションボリと縮こまってしまったが。

素直すぎるぞ、息子よ。


()()()()()私のことを覚えていらっしゃらないんですよね?」


嫌味満載な口調で嫌悪対象を見下すような素振りをしながら

彼女は足を組み、言葉を続ける。


「過去私たちは交友関係にありました。

そして、その際交わした盟約があります。

それが果たされない限り、私に触れれば先輩は

生涯勃起不全のまま過ごすこととなるでしょう。」


どう言うことかを問う前に

硬直して動けない僕の疑問に答えてくる彼女。


勃起とか女性が口にしてはいけません!

とか普段ならツッコミを入れるところだろうに

唐突に告げられた言葉に何の反応も返せない。


過去、いつかは分からないが

やはり彼女と僕は会ったことがあるらしい。

しかも友人関係にあったと。


自慢じゃないが女性の知り合いも

触れてきた数も多い僕だが

女友達と言う存在は、ぶっちゃけゼロだ。


綺麗な肉体を作り維持するための

知識や技術があるために便利道具として

召喚されることは多々あるが

気兼ねなく対等な存在として語らい学び合うような

そんな存在は居ない。

キッパリ言おう。

居ないのだよ!


非リア舐めんな!!

そんな存在がいたなら心の支えとして

生涯大切に忘れぬようスマホに

自分のカードとして登録しとるわ!!!

流石にそれは紛失した時に

面倒なことになるからしてはいけないか。


まぁ、確実に電話番号登録する時

関係性の欄をテンション高めにハートマークをつける

なんて気持ちの悪いことをしてしまうのだろう。


実際にはそんな存在がいないので

やるかどうかも分からないけど。



過去…そうだな。

随分遡り幼稚園児時代なら

まだ周りの女性陣も

“かわいい”“きれい”に興味はあれど

自分がそうなるために心血注ぐ

という考えの人はいなかった。


そのため一緒に駆けっこしたり絵本読んだり

異性ともごくごく普通の遊びに興じていた。


しかし、学級が違う子と遊んだ覚えはないのだが。

人違い…ではないだろう。

僕の特殊な名前がそうさせない。

近所では僕の家しかこの苗字の家庭はないし

名前もどちらかと言えば珍しいからな。


「僕の…病気が治らないって言うのは

どう言うこと?」


かろうじて出てきたのがこの疑問だったあたり

僕はなじられ責められても仕方ない。


彼女は僕が忘れてしまったことに傷ついている。


教室の前での問いに答えた時の表情が

それを雄弁に物語っている。

基本的に淡々とした口調で無表情

もしくは、愛らしくも

見ようによっては人を凍てつかせるような

作った笑顔を浮かべることが多いのに

あの時はそれが崩れていた。

取り繕えないほどの衝撃を与えてしまったと言うことだろう。


それが分かっているにも関わらず

僕は自分の身に関する疑問を口にしてしまった。


いや、だってさ…

『治ったのかも!?』

と光明が見えたと思ったらそこから一転

『一生治らない』

宣言されたんだよ!!?

焦るだろ!!!??

そして気持ちが急いてついつい自分の事を

優先させてしまったのですよ。


名も知らなぬ女性よ、申し訳ありません。


そう言えば、彼女は僕の名前を認識しているが

僕自身は彼女の名前すら聞いていなかったんだよな。

今更だが気付いた。


彼女は

『そうですね…』

と口元に人差し指を持っていき

少し考えるそぶりを見せてから


「言うなれば、呪いです。」


あの愛らしい笑みを浮かべながら

その様とは正反対の物騒な言葉を吐いた。


「の、のろい!?」


予想だにしていなかった余りにも非現実的かつ非科学的な発言に

思わず素っ頓狂な大声が出る。


「ちょっと瀬能く〜ん?

アタシがいない時勝手に保健室使わないで…って、あら?」


僕の声は存外響いたらしく

近くまで戻って来ていたらしいガンちゃんは

足早に近づいてくる音とともに

無断利用をしていたことを咎める言葉を言いながら

保健室を覗き込んできた。


しかし、想像していたものと

違う光景が目に飛び込んできたようだ。


主不在のままフィッティングをしていて

トラブルが起きて口論をしていたか

昼に引き続きまた暴走しているとでも思ったのだろう。


僕はちゃんと言いつけを守る良い子ですよ。


ガンちゃんは僕ではなく彼女の方を見て青い顔をした。


え、彼女が僕にあんなことやそんなことをされたとでも

勘違いなさってます??

流石にそれは失礼じゃないか??


「あ、アンタ…

発作でも起こした!?」


「いいえ。

瀬能先輩は怪我をした私を介抱してくださっただけです。

失礼します。」


言ってガンちゃんに向かって一礼した後

彼女は保健室から退室していった。

僕には何もないのね。

当然か。

彼女からしてみれば

僕は自分のことを忘れてしまっている薄情者なのだから。


それにしても、ガンちゃんめ。

これから質疑応答を始めますって時だったのに。

イヤなタイミングで戻って来やがって。


まぁ、最悪どう言うこっちゃと

彼女の腕を掴んだり組み敷いたり

乱暴な扱いをしてでも問いただそうとする結果に

陥っていたかもしれない。

乱入者が来たおかげで

そうならずに済んで良かったと思おう。


と、いうか。

発作?

記帳し慣れているようだったし

やはり身体が弱いのだろうか?


「アンタ…あの子に何したの?」


「何もしていませんよ。

手首を捻ったらしく手当に来たのですが…

どうやら、法螺だったようです」


結局、彼女の手首に巻かれる予定だった湿布は

未だに僕の手の中にある。

フィルムを剥がしてしまっているし

使わないわけにいかないがどうしたものか。


そんな瑣末なことはどうでも良くて。

いや、勿体無いしどうでも良いってことはないのだが

それよりも優先すべきことがある。


「ガンちゃん、彼女何て名前?」


「あら、珍しい。

女の子はスリーサイズ以外興味ないんじゃないの?」


失敬な。

確かにスリーサイズの把握と下着のフィット感以外

基本的に女性の情報収集をしようとは思わないが

女体の造形以外に興味がないわけではない。

ただ、関心を引くような人がいないだけで。


それに、女性の名前を

僕の方から尋ねる時だってたまにはあるぞ。

今日の図書先輩とか。

後日改めてフィッティングをする時や

経過観察のために必要だからと聞いておいた。


あぁ、そうか。

純粋に業務関連外となる女性に対して

興味を持つことが少ないのか。


…家族を除くと

過去、皆無と言っても良いかもしれない。


「シスカ」


「ん?

なに??」


ガンちゃんが名前を呼んでくるなんて珍しい。

普段は生徒は皆アンタと言うか苗字呼びだ。

母さんの知り合いって事で

何度か家に来たことがあるので

その時に名前で呼ばれることはあったが

学校では初めてじゃないだろうか。

いや、だって。

家族全員“瀬能”だから。

苗字で呼んでたら誰を指してるのかわからないじゃん。


「違うわよ。

あの子の名前。

シスカ サラって言うのよ」


ガンちゃんの告げた名前に、一気に脳みそが活性化される。

その名前に聞き覚えがあったからだ。


慌てて保健室利用履歴の台帳を見る。

最新の、一番下に書かれた名前。


1年3組敷香咲良(しすかさら)


間違いない。

僕の記憶と照合された女の子の名前と一致する。


だけど……嘘だろ?


彼女は……死んだはずだ。




保存する前に再読込してしまいこの続きのデータ消えた(馬鹿)

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