邂逅 1
結局食べ損ねた弁当は授業の合間の短時間休憩の時に胃袋に収めた。
大抵ゆっくり味わって食べる事が叶わないからと
弁当を作ってくれる下の姉にはパンで充分だと言ってあるのだが
『成長期に食べないでどうする』
と分割して食べやすいように
ごはんはおにぎりにして、おかずはスティックに刺して
毎日用意してくれている。
面倒だろうに、ありがたいことだ。
良いお嫁さんになると思うのだけど…
なぜ、あぁも男運に恵まれないのか。
口を滑らせると次の日の弁当の中身が
おかかがイナゴの佃煮に
ケチャップがデスソースになりかねないので
決して口には出せない。
下駄箱に行くまで油断は出来ないが
朝に続き放課後もフィッティングの予定は入っていない。
上級生も同級生も、大半の女生徒に一度はカウンセリングをしている。
昼の図書先輩のような人は稀だし
一年にそう何度もフィッティングをする必要はない。
下級生に関しては、まだ学校生活に馴染めていない時期だ。
そんな中で怪しさ満載のあだ名で呼ばれている先輩を呼び出して
自分に合った下着を見繕って貰う
なんて猛者は早々居ない。
今日来た子たちは、なかなか肝が据わった女性達、という事だな。
友人知人、姉妹に僕が過去見た人が居たとか
そういう理由でもない限り下級生は、特に直接呼出しに赴くことはない。
あっても、手紙の確率が高い。
上級生の教室に顔を出すというだけで難易度が高いのに
その上あのあだ名で呼び出さなければならないのだ。
一種の苦行である。
僕の本名が浸透していないばっかりに申し訳ないなぁ。
是非とも尻込みしてこの悪しき伝統を断ち切って貰いたいものだ。
後学の為と思えば決して悪い事だとは思わないし
色んなおっぱいと触れ合えることは僕にとっても至福の時間と言える。
それで女性が喜んでくれるならウィンウィンだし
良い事尽くめと言えるだろうが……
暫くは、ゆっくり過ごせる日が続くのだろうか。
ぼんやりそんな事を考えながら一人残った教室で外を眺める。
将来勤める事になるであろう会社の社長から直々に
インティメイトアドバイザーの資格を取るよう仰せつかっているので
その勉強の時間は必要だ。
学生の本分である、学業だって疎かにしてはならない。
決して悪くない成績とは言え
順位や点数が下がればお小遣いをカットされるし
赤点を取って放課後の時間や休日を潰すなんて絶対に嫌だ。
貴重な時間を割いて、
光栄にも僕を望んでくれる女性の為にも
下着の流行に敏感でありたいから情報収集だって怠れない。
なにより、女性をより美しく魅せるための技術を向上させたい。
自分の中にあるイメージを紙ではなく実物におこすための特訓もしたい。
しなくては、と言う使命感や義務感に駆られる物事も多いが
したいと思う事も同時に多い。
時間はいくらあっても足りない、と感じる。
フィッティングの時間は楽しい。
快感も得られるし目の保養にもなる。
料理の下ごしらえと例えたがまさしくその通りで
ここで手を抜いては
その上から着る衣服もなし崩しになってしまう。
基礎である身体のラインが崩れた状態では
せっかく着飾ってもその美しさが半減してしまう。
他の誰かの手に任せるくらいなら僕自身で採寸して
土台からしっかり携わって”魅力的な女性”を完成させたい。
今、僕が出来るのはその、下ごしらえまでだ。
それがもどかしいと感じている。
もっとこうしたい、ああ出来たなら。
フィッティングが終了し、
シンデレラフィットとも言える程
採寸をした女性に適した下着をあてがえられたとしても
その上から衣服を着てしまった時の
あの美しさを隠され消されてしまったかのような喪失感。
制服は仕方ない部分もある。
それでも、
『その制服サイズ合っていないですよね!?』
採寸した責任者呼んで来い!!
と叫びたくなることが多い。
将来の進路希望を提出するにあたり改めて真面目に考えた時
両親を尊敬しているし
社長である母が許可してくれるなら雇って貰いたいと思った。
ただ、僕が将来したいと望んでいることは
フィッティングでも下着作りでもデザインを起こすことでもなく
一人の女性を最も魅力的に、完璧と言える状態までもっていき輝かせることを
一から十まで全て自分の手で行いたいという事だ。
いわゆる、トータルコーディネート。
……の下着を選ぶ所から。
それは、ほら。
おっぱい好きだし。
下着も好きだし。
しかし、そんなことを事業にしてしまったら、身体がいくつあっても足りない。
あれもこれもと手を出したら手を抜くわけではなくても
どこかしら穴が出来てしまい僕の希望から遠ざかる。
僕好みに着飾らせたい訳ではない。
相手の要望に沿い、寄り添いその上で自信たっぷりに
『私、綺麗でしょう?』
と言って歩ける女性が溢れる世の中になって欲しい。
内に閉じこもらずに積極的になれる女性が増えて欲しい。
昔気質な人が多いせいか
男尊女卑が根付いてしまっているせいか
女性を卑下す男性は未だ多いし
そんな社会で育ってしまったせいもあるのだろう。
胸を張って自信満々に生きられる女性が少ないと感じる。
無理矢理性的なはけ口にされ道具扱いされる人もいるし
女性に敬意を表されたいと望みながら
女性には敬意を払わない野郎が多すぎる。
僕は、その、ちょっとで良い。
自信を持つための力添えが出来るようになりたいと思うのだ。
数多くのおっぱいと触れ合う事で
この一年で自信も付いてきたし前よりも技術だって向上している。
姉からも上手だと太鼓判貰ったし。
あとは、口で言うだけにならないよう
まだ出来て居ない所に着手しようと思っている。
トータルコーディネート、と言うよりはプロデュースか?
それをしたいと希望するにあたって
僕はどの程度こなすことができるのか
僕に不向きな事は何なのか
僕に一番向いていることは何なのか
まだ時間に余裕があるとされる学生のうちに
それは見極めておきたい。
なので、フィッティングとカウンセリングに心血注ぐのは
ここらで辞めようと思っている。
勿論要望があればするし、するからには責任もって行うが
今日みたいにおっぱい熱に火が付き時間に余裕があったのにも関わらず
暴走してその限りある時間を棒に振っていては
いつまでも先に進むことが出来ない。
告知をして……
そうだな。
保健室にでも貼り紙して貰うか。
『おっぱい王子のフィッティング教室は昼休み先着〇名様まで!』
みたいな。
……自分でおっぱい王子を自称する事になるのが許せないな。
どうしたものか。
その程度、些細な事と処理してしまえれば楽なのだが
いかんせん不名誉なそのあだ名だけは受領できない。
僕はおっぱいが好きだし愛しているし
おしりよりもおっぱい派であるのは事実だけれども!
敢えていうなら女性が好きなのだ!!
女性の神秘的なあの曲線美を愛しているのだ!!!
おっぱいだけ切り取られて渡されても困る。
その上王子の要素が微塵もないのでプリンス呼ばわりされるのもなぁ…
あぁ、王子要素。
先祖がえりのせいで一つあるか。
これで金髪だったら完璧だったんだがな。
伸びてきた前髪を気にしながら廊下へ出る。
夕暮れ時の陽に当たると、昔のような髪色になるな
なんて思いながら前をろくに見ずにいたら、誰かとぶつかってしまった。
既に放課後。
部活動に勤しんでいた誰かが、忘れ物をしたからと
教室に戻ってきたのだろうか。
感触的に女性だ。
しまった。
守るべき対象に危害を加えてしまうなんて。
今日の僕は間が抜けているにも程がある。
慌てて、僕とぶつかった反動で倒れ込みそうになる女生徒に手を伸ばす。
が。
「触らないでっ!」
大きな声で拒否をされたので咄嗟に手を引っ込めてしまう。
余程僕に触られるのが嫌だったのだろうか。
身をよじらせ僕の伸ばした手から逃げたために
変な恰好でその女生徒は倒れ込んでしまう。
いくら変なあだ名で呼ばれていても
許可なくおっぱいに触ろうとなんてしないよ。
純粋に助けようとしただけだよ。
傷つくぞ。
泣いちゃうぞ。
……うん、まぁ。
あらわになった太ももと純白の三角形には
ついつい思わず目が行ってしまうが。
「ご、…すいません。
お怪我はありませんか?」
決して『ごちそうさま』と言おうとしたわけじゃない。
ごめん、と言おうとしたが言い直しただけだ。
その言葉じゃ謝罪として軽い印象を受けさせる。
拒否の言葉はグサリと僕の胸を刺したが
そもそも前方不注意をしなければぶつかることも
そんな言葉を言われる事もなかったのだ。
全面的に、どう考えても僕が悪い。
起き上がるのを手伝おうと手を差し出したが、それも拒否され
女生徒は立ち上がり制服についた埃を掃う。
え、なに。
僕っては誰彼かまわず隙あらばおっぱいを触る変態
って噂以外にも
触られたらそれだけで妊娠する
とでも言われてしまっているのだろうか。
そんな馬鹿な。
妊娠するようなこと自体、息子の元気がないせいで出来ないと言うに。
「平気です。
それよりも……瀬能志栖佳、先輩。
私の事を、覚えていらっしゃいますか?」
!?
おっぱい王子でもおっぱい先輩でもなく
名前で呼ばれた!!!??
覚えているも何も、モデル系のこの身体つきは昼に会ったばかりだ。
この数時間で忘れてしまったら
僕はEDよりも痴呆の懸念をしなくてはならなくなる。
「昼にフィッティングした子の付き添いをしていましたよね?」
言うと、ひどく悲しそうな
いや、どちらかというと傷ついたような顔をした。
まさかの双子の姉妹とかそう言う理由で人違いでした
と言うオチでも待っているのか?
双子の見分けは妹たちのおかげで鍛えられているのだが。
「はい。
昼は友人がお世話になりました。」
言って目の前の女性は恭しく頭を下げた。
良かった、ご本人だったようだ。
顔を再び上げた時には無表情になっていたので
先ほどの表情は気のせいか、見間違いだったのかも?
とそう思わせるくらいに何事もなかったような表情だった。
いくら真っ先におっぱいの大きさ測ってしまうような僕でも
おっぱいに気を取られていて顔をろくに見ていなかったし気のせいなのだろう
だなんて思わないぞ。
『自分の事を覚えているか?』
と彼女は問うてきた。
つまり、昼のフィッティング以前に僕は彼女と会ったことがある
そういう事なのだろうか。
過去にカウンセリングをした人ならおっぱいを見れば一発で解るのだが。
膨らみ方やトップの位置は
どれだけ成長してもその人それぞれの個性がある。
なにより
日に当たらない所のホクロの位置や大きさはそうそう変わるものじゃないし。
だからって
『おっぱい見せて』
なんて即刑務所行きが確定する事言えるわけがない。
しかし、彼女の様に見目の整っている子は早々いるもんじゃない。
僕ですら肉体のラインを見るより先に顔に目が行ったほどだ。
会った事や見かけた事があれば覚えていると思うんだけどなぁ…
女性の知り合いは母・姉3人・妹2人の
交友関係の分だけ広がりを見せているので随分多い。
流石に全ての人の名前と顔とおっぱいを覚えて居る訳では決してないが
一度でも会ったことがあれば
『あ、見覚えあるな』
程度の認識は出来ると思うのだけど…
……だめだ。
全然思い至れない。
記憶の中から断片すら拾えない自分の脳みその不出来さに辟易していると
彼女の顔が苦痛にゆがんだ。
転ばせてしまった時に手首をひねったのだろうか。
「何か用があるようでしたら、立ち話もなんですし保健室に移動しましょうか。
この時間ならまだ先生もいるでしょうし
手首、冷やした方が良いでしょうから」
2人っきりにはならないよ
安全だよ
と言う意味を込めてガンちゃんが居るアピールは怠らない。
もしひねったのなら、悪化する前に冷やさなければ。
「……そう、ですね…
先輩も、そんな状態では帰れないでしょうし。」
何の事だ?
疑問を持った僕と、彼女の視線は交わらない。
言った彼女の視線は、僕の顔ではなく、そこよりもずいぶん下に向けられている。
胸よりも、腹よりも更に下……
……ん゛ん!?えぇ!!?
ど、どどどdどう言うこっちゃ!!!??
視線の先にはちょっとやそっとどころか
大抵の刺激にはうんともすんとも言わないはずの息子がチョモランマ状態。
いや、そんなデカくないけどさ
イメージだよ、イメージ!
イメージだとしても盛り過ぎだと言う文句が出るなら
アンナプルナとでも言えば良いんでしょうかね!?
確かに勃起すれば豊穣の名に恥じないよう
何年も溜まっている分ハッスルするつもりですがね!!
姉妹が沢山いる家に育ったから自分も沢山子供欲しいと思っていますし!!!
でも女神って言うよりナニは雄神でしょうよ!!!??
※世界第10位の高さを誇るアンナプルナ山は豊穣の女神と言う意味。
余りに唐突過ぎる、長年の悩みが予期せぬ所で解決してしまったことにより
かなり頭は大混乱中。
いや、ってかさ。
こんなさ
後輩の前で特にエロい事考えていないにも関わらずさ
なんで息子氏は勃起なんぞしているのかな??
恥ずかしいとか何でって疑問も勿論そうなんだけど
こんな状態で居たらそこに立っているだけで
セクハラしているようなものじゃないですか。
しかもタイミング的に
この目の前の後輩さんとぶつかったから
と言われても仕方がない。
性的な接触は微塵もないとはいえ、実際、それ位しか原因が思い至らない。
『そんなに盛ってるの?
おっぱい王子なんてあだ名で呼ばれて
昼夜おっぱいにまみれて生きているにもかかわらず??
後輩女子にぶつかっただけで勃起させるとか??
どんだけ溜まってんですか??
ぷふーwww』
とか、次の日に電光石火の如く全校に僕の痴態が晒されてしまう。
女性ばかりのこの学校でセクハラと解釈できる行動を起こしたら
即行、村八分にされる。
今はまだ文句を言いつつも雑談に興じてくれる野郎連中も
中には英雄と讃えてくれるようなゲスもいるかもしれないが
大半は批難の目を向けなじって来るだろう。
そして僕の居場所は無くなってしまう。
自分のおっぱいのこととなると
暴走しがちな性格を分かっているから散々気を付けて来たのに!
意図せぬ所でそんな事になりたくない!!
「あの……先輩?」
ひぃっっ!!
嫌な想像をグルグルしていたら背後から声をかけられる。
誰からって当然、モデル系後輩からだ。
「保健室、移動するなら行きましょう?」
…………え?
後輩の顔色を見るに、
『訴えてやる!』とか
『この童T猿以上に発情してやがるwww』とか
そういう僕を卑下す類の物ではなく、単純に
『なにしてんだ?こいつ??』
みたいな疑問しか浮かんでいない。
電車内で隙あらば冤罪を押し付ける女性も居るというのに
あからさまに変態行為を目の前で見せつけられたのにも関わらず
何も言ってこない、だと…!?
この子こそ女神か!!?
「えぇっと…わざとじゃ決してないのですが…
目の前でこういう状態になっているの見て、不快にさせませんでしたか?」
今スルーして貰えたとしても、後々問題提起されても困るので
斬首台に上がる囚人の気分で疑問を口にする。
真綿でじりじり首を絞めるくらいなら
いっそのこと一思いにちょん切って下さい。
ナニを、ではなく首を。
普段機能不全でも息子と離れ離れにはなりたくないです。
断罪されても良いのでそれだけは許してください。
モデル系後輩さんはひねったらしい右手ではなく、左手を口元に持っていき
小首を傾げながら僕の言葉を反芻し、そのすぐ後に
その首をふるふると左右に振りながら
ふわりとほほ笑んだ。
かわいいな。
こんな状況にもかかわらず思わず見とれてしまった。
「いいえ?
どちらかと言うと嬉しかったですよ?」
え、セクハラされて??特殊性癖の人??
自分の息子の状態を棚に上げて失礼なことを考えたその瞬間。
僕は認識してしまった。
『身体の方は覚えていてくれたみたいで』
と小さな声で足された言葉と
可愛いと印象を受けた表情から一転。
女帝たちがよくする、寒気を覚えるような含みのある笑みを。