表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/10

日常 1




今日も今日とて上級生から下級生から”お呼出し”がかかる。


4限目の授業が終わり

早くこの飢えを満たせと言わんばかりに

せっついてぐぅぐぅ鳴くお腹をようやく鎮められる。


そう思ったのに。

珍しく朝は平穏だったので、油断した。


大きいノックの音とほぼ同時にガラガラと響く

教室のドアを開ける音。

それに負けず劣らず大きな声で

僕の聞き間違えようのない不名誉な通称が叫ぶかのように呼ばれる。


勢いよく開かれたドアの前には、合計2組5人の人影。


偉そうに仁王立ちしている上級生と

その後ろに隠れるように控えている、たぶんこちらも上級生。

仁王立ちをしている先輩は陸上部なのだろうか?

日焼けし程よく締まった肉体とポニーテールにしている長い髪から覗く

うなじのバランスが素晴らしい。

なるほど。

この見た目ならば、

しおらしくしているよりも快活で偉そうな様の方が堂に入っている。


その先輩を盾にしている女の子、と思ってしまいそうな先輩は、

いかにも図書委員が似合いそうなおとなしい雰囲気の眼鏡の似合う人だ。

隠れてしまっていて肉体を見る事は叶わないが…

まぁ、後で嫌でも見る事になる。

チラと見える分には、太っていると言う事も無し

痩せていると言う事も無し。

あえて言うならぽっちゃり、と言う形容になるだろう。

健康的で大変よろしい。


その横には身長の高い子を中心にし

その両端に1人ずつ、もじもじと身を縮こませて

2人組の上級生とこちらを交互に見ている下級生たち。

2人はまだ中学生に毛が生えた

と言う程度の幼さを残しており肉体の発育もまだまだ途上だ。

幼児体型という名の蛹から大人の女性の肉体へと羽化しようとしている。

ある意味、この時期にしかお目にかかれないであろう

貴重なひと時を僕に提供してくれるだなんて…

と感激出来たら良かったのだろうが、残念ながら何の感慨も感銘も受けない。


もう、似たような状況に何度も遭遇しているせいで

慣れきってしまっているのだ。

仕方ない。

事情を知っていたとしても

聞く人によっては後ろから刺して来かねないセリフになってしまった。

だが、事実なのだから仕方ないのだ。


靴の色は他の2人と同じだが、中央の子は早熟なのか、随分と大人びて見える。

すらりと伸びた手足とメリハリのついた体形。

顔を見ると大衆向の顔立ちで、モデルでも出来そうだ。

どこもかしこも成長しきっており、これ以上の発展は余程の事が無い限りなさそうである。

いや……キッチリと着た厚手の制服の上からでも解る、その違和感。

むしろ、この5人の中では、一番伸びしろがあるようにも思える。

育て甲斐がある、と言う意味ではなく

すでに完成されている芸術品にさらに手を加えて

より自分好みに仕上げ甲斐があると言うか。

ガ◯プラ的な。

いや、女性を例えだとしてもプラモデルに見立ててはいけない。

物じゃないんだから。


直接、見てみないと正確には判らないけどな。


しかしどちらのグループも、目的は同じだろう。


同性からは尊敬と嫉妬の眼差しを向けられ、やれ

『帰ってきたら感想を聞かせろ』

だの

『いつかシメる!』

だの好き勝手な事を言われる。

これも呼び出しと同様、いつもの事だ。


要望通り、今日は手取り足取り教えてやろうじゃあないか。

僕は慣れているから平気だが

同級生からの憐れみと軽蔑の混ざった、

精神的ダメージの大きい視線による

無言の攻撃でも喰らうが良いさ。


僕はため息を1つついて、貴重な昼休みを潰される覚悟をした。

2件。

なら、少ない方だ。

早く終わらせて、ゆっくりご飯が食べたい。


いや、もしかしたら。

この5人全員が僕をご所望なのかもしれない。

そうしたら、弁当を食べている余裕なんぞ微塵もない。


万が一食べ損ねてしまった時にジュースだけでも買えるように

小銭入れだけケツポケットに突っ込み、呼び出しに応じる為に席を立った。


「いってらっしゃ~い、おっぱい王子!」


「そのあだ名で呼ぶな!!!」


ふざけた、不名誉な二つ名を呼んできた友人に憤る。

しかしその他同級生は笑うでもなく、怒鳴り返された奴も理不尽に怒り返して事も無い。


何を今さら、と肩をすくめるのみである。

いつものことだから。


そう、いつも呼ばれてしまうから

僕=おっぱい王子

この方程式が学年中

いや、全校生徒の間で定着しきってしまっている。


このあだ名に不慣れなのも、定着出来ていないのも

校内では当事者である僕一人だけかもしれない。



○○王子、なる二つ名?通称?が

マスコミの間で一昔も二昔も前に流行ったのは知っている。

連日野球少年がホームランを打てば

年少ゴルファーが優勝をすれば

連日王子の単語が新聞を飾ったのは、十年ほど前か?

その波に乗って学校で王子と呼ばれもてはやされ

天狗になった男子も多かったことだろう。


ただ、僕に付けられたのはこんな○○。

同じ不名誉でもスク水とは訳が違う。

余りにも直接的すぎる言葉だ。


王子と言う現実離れした

通称としては時代遅れ過ぎる階級を押し付けられ

しかもその上、公共の場で言う事を憚れるような言葉が

その頭に付けられているのだ。


学校外で、空気と場の読めない奴に大声で呼びとめられてみろ。

社会的地位を失う事間違いなし、だ。


どうしてこうなった…


勿論、事の発端は覚えている。

覚えているさ。

自業自得だと言う、認識もしている。

だけど……

あんまりじゃないか?


おかげで僕は、元女子高と言う女子の割合が高い

その分と言わんばかりに偏差値も高い

男子が入るのにはかなりの難関と言われた高校に

猛勉強して入ったと言うのに

バラ色の学生生活を送る事が出来ないでいる。


ギャルゲーみたいにきゃっきゃウフフと女子と戯れ

勉強せずともそこそこ勉強が出来てモテて彼女をとっかえひっかえしたい

だなんて、そんな贅沢は言わない。


だが、せめて。

高校在学中に一人くらいは欲しい!

女子の割合9割だぞ!!

男1に対して女が9!!!

思春期の恋に恋する乙女たちなら

こぞって先を争うようにめぼしい男をキープするだろ!!!??


さすがにこれは偏見か。

上の姉に文句を言ってくれ。


母は元モデル。

姉や妹達ももれなく人の前に立つ仕事をしている。

その血を引いているのだ。

見目は悪くない。

勉強も、まぁ、真ん中はキープしているし

運動だってものによっては不得手なものもあるが

決して運動神経が切れているレベルに酷い訳ではない。

ぶっちゃけて言おう。

一年時の成績は上から数えた方が早い。

通知表もAやBが多かった。


少女マンガのように

何でも完璧!

きゃ~、抱いて!!

みたいな事はないが、普通レベルよりは秀でているのだ。


なのに…

このあだ名のせいで必要な人にのみ便利道具扱いはされども

基本女子は近づいてこない。

恋人が出来る気配が微塵も感じられない。


当然だ。

こんな変なあだ名で呼ばれている奴を彼氏にしたいと思ってくれる

聖女のような女生徒がいる訳がない。


僕と肩を並べて歩くこと。

それはつまり

『おっぱい王子の彼女』

と言われる羽目になると言う事。

恥ずかしい事この上ない。


彼女は欲しい。

滅茶苦茶欲しい。

だけど…そんな重い十字架を

特定の女性に背負わせることなんて、僕には出来ない…

まだ見ぬ、愛しいと思う心から愛せる相手なら尚更だ。


そんな不名誉な名前で呼ばれるのは僕一人で充分だ。


いや、僕も嫌だけど。

いかん。

だんだん毎日呼ばれているせいもあり周囲に毒されて行っている。


僕は一度も自分が”おっぱい王子”であることを認めてはいないし

勿論名乗ったこともない。

抗って否定し続けている。


なのに、皆僕を指さしそう呼ぶ。


流石に教師は表立って呼んでくることはない。

聖職者とも言われる教師がそんな4文字を

生徒に向かって言ったら教育委員会が黙っていない。

当然だ。


しかし僕は確かに聞いた。

聞き逃せなかった。


授業中

『おpp……ごほん。

 瀬能さん、次の英文を訳しなさい』

とリーディングの教師がおっぱいと言う単語を言いかけた事を。


てめぇ、和田、この野郎!


いや、女だから野郎と言うのは不適切か。

この女郎、だな。


てめぇ、和田セン!

人への恩も忘れて教師が生徒の名前を呼び間違えるんじゃねぇよ!!


これで教室にいる誰か一人でもクスリと笑ってくれれば、

『イジメウケテマス、キョウシツイタクナイ』

とか言って保健室登校が出来るのに。

皆、誰一人として笑いもしない。


それが当然になっているから。


僕の名前を憶えている人が、家族以外に果たしているのだろうか…


肩を落としながらも、呼び出しに応じるため

必要な道具が入ったカバンと

机の中からはメジャーを出すのも忘れない。

ヘキストマスと言うドイツメーカーが発売している、採寸用のメジャーだ。

授業中、こいつを触れば覚醒できるので

眠気覚ましとしてこれだけは道具カバンの中ではなく

机のいつでも手が届く場所に置いてある。


SHISUKA-SENO

と名入れされた、何年も愛用させて貰っている、僕の相棒。


瀬能志栖佳

それが、僕の名前だ。

しすか、と言う少々女っぽい響きこそあるが、特に変わった名前ではない。


決して王子でもなければおっぱいでもない。

乳と言う字もついていないし、下ネタ系のキラキラネームでもない。


それでも、僕がそう全校生徒から呼ばれてしまう理由。


登校して下駄箱に入っているのがラブレターではなく呼び出し状で

昼休みや放課後も保健室へと女生徒と共に

場合によっては

女性教師と共に足を運ばなくてはならない、その理由。


文字だけ見たら前途洋洋な中学生なら鼻血ものだが

決して何の色気もない展開しか待っていない、そのワケ。


それは……

僕の家の事情とそれによって形成された、僕自身の悪癖のせいなのだろう。



先にも述べた通り、母さんは元モデルだ。

『現役時代は世の男性が一度は私に恋をした

 と言っても過言ではない!』

と言うのは本人談。

確かに家に飾ってある若かりし日の母の写真は

可愛らしさと美しさ両方を備えており

人気があったのも頷ける。


そんな母は人気絶頂期に

一番上の姉の妊娠発覚と共に結婚・引退。

現在は小さいながらも会社の経営をしている。

つまりは社長業をしている。

家族8人を何不自由なく育てられる位には稼いでいるようだ。


上の姉2人はそこの従業員。

下の姉は、とあるブランドの専属モデル。

双子の妹は幼児向け服の専属モデル。


ご覧の通り、我が家は完全女系帝国が形成されている。

男は僕と、父さんの二人と愛猫が一匹。

洩れなく尻に敷かれ良いように扱われている。


父さんも母さんの会社に雇われている形だが

姉2人の役割とはだいぶ違う。


…母さんの会社の概要を言っていなかった。


母さんの会社は、まぁ、大まかにいうと女性専用服のブランドメーカーだ。

正直に、キッパリ言ってしまうと。


女性下着のブランドを手掛けている。


ブラジャーやショーツだけではなく

テディやベビードールのような肌着

そこから派生し若干ながら部屋着や

趣味が高じて子供服まで取り扱っている。


上の姉2人は外注や経営、試作品製作の針子を担当している。

下の姉はとある、と言ったがなんて事はない。

母の会社の商品の専属モデルをしている。

下の姉のイメージじゃない商品の時は

上の姉がモデルになる時が、まれにだがある。

下の姉は経営は微塵も分からないからと、自分の仕事がない時は家事手伝いに勤しんでいる。


姉は3人とも、既に成人している。

歳が離れている事もあり、忙しい両親の代わって僕も妹も

この3人に育てて貰ったようなものだ。


父は、母が経営するその下着会社のデザイナーだ。

モデル時代の母に着せたいと下着から服から妄想しまくり、

そのデザインをクラウドファンディングにより商品化。

SNSで見かけた母が父に声をかけ、実際に着用する事で爆発的に知名度が高まった。

父はその流れで引く手数多となり、一時有名大手企業に勤めていたそうなのだが、

まぁ、黒過ぎたために体力・精神力共に枯渇。

アイディアも浮かばなくなり志半ばで辞めるに至る。

精神的に復活してきたら再び創作欲が湧いてきた為、

それならいっそ会社を興そうと起業。

同時期にひっそり付き合っていた母の妊娠が発覚したため、

ならばと母は契約延長をせずに事務所を辞め、

散々自分の夫となる人物の会社の宣伝をしまくって芸能界を引退した。

自由奔放な人である。

円満退社したらしいので良いけどさ。


母さんの宣伝の甲斐もあって両親のブランドは大成功。

一時期の納税額を聞いた時には眩暈がしたものだ。


紆余曲折あって、今は家族のみが従業員の小規模経営に落ち着いている。

僕は経営には微塵も携わっていないので事の経緯や

現状の詳細は知らない。


創立30周年記念を今年迎える、と言う事だけは分かっている。

上の姉の年齢が、30歳だからね。

”みそ”と言う単語を言おうものなら問答無用で足蹴りをお見舞いされる。

重ねて、下の姉も今年25歳。

クリスマスという単語を言おうものなら

こちらも有無を言わさず寝技をかけられる。


2人とも、繊細なお年頃だ。


妹2人は、両親が親バカ全開で趣味として作った洋服を

娘自慢のためにSNSにアップしたら商品化希望の声が殺到したため

立ち上げたブランドの専属モデルをしている。

専属モデルも何も、2人に着せる為に両親が作っているものを商品にしているだけ。

売り物にするために作った服を2人に着せる、と言う逆の事はした事がない。

姉3人と10歳近く歳の離れた僕。

そこから更に7年の時を経て生まれた妹たち。

家族全員から猫っ可愛がりされ、愛情のみを与えられて来たような、

天使のように愛らしい妹君である。

商売の道具にしようなんて、誰も思わない。

あくまで、結果としてモデルになってしまっているだけで

している事は単なる親バカ自慢でしかない。

雑誌の仕事や他メーカーのモデルの依頼なんかも入るが、

全てお断りしている。


幼児向けの服に関しては

あんなデザインの服も、こんなデザインの服も、

と言う希望の声は上がるが、

趣味として作っている上に別にお金には困っていないせいで

客側からの要望には一切答えない。


文句もある程度出るが、

出す商品全て妹に似あっており、そして

『自分の子にも着せたい!』

と声を上げる人が文句よりも多く居るために、誰も問題視しない。


父さんの創作意欲に火がつき、

母さんのGOサインが出、

針子兼の真ん中の姉が作り、

それを妹が着用し

家族総出で写真撮影会を開きSNSにアップ。

要望があれば商品化。


そんな事をもう10年近くしている。

つまり、妹は今年10歳になる。



僕が幼い頃は母さんも商品のモデルもやり、

母さんの元同業者も友情価格でモデルを引き受けてくれることもあった。


見目麗しい俳優業やモデルをしている

下着だけを身にまとった半裸の女性が家の中を闊歩し、

時にはトップレスで談笑をしている。

そんな家に育った。


教育上絶対よろしくない。

羨ましいと思うな。

それが当然の中で育ってしまうと、年ごろになった時に周りから浮きまくるのだ。


学校で兄が持っていた御本を失敬してきたと、

友達連中で囲んで見ても何の感慨も沸かない。

水着を着た幼さの残る顔立ちの同年代の子を指差し

どの子が好みかと問われても、困るのだ。

だって、生まれた時の姿まんまの美女を見慣れてしまっているから。


美しさと言うのは、見慣れてしまう。

この表現だと誤解を招いてしまうか。

目が慣れてしまい美しい人が標準になってしまう為に

ちょっと可愛い・綺麗程度じゃ

普通と感じてしまうのだ。


女性は皆、もれなく魅力的だと思う。

しかし比較対象があるとどうしても

あの人の方が美しかったな

と思わずにはいられない。


大変申し訳ないが。


今更クラスの中で、学校の中で2番目に可愛い

などと言う売り文句で芸能活動をしている程度の顔にはときめけないし

特別可愛いとも思えない。


なんというか、うん、普通…?

少なくとも、僕好みではないかな

と言う曖昧な返事をすることになる。


そういう子が水着を着ていても

心動かされる事がない。

それ以上に露出された肌を見慣れてしまっているから。


そしてその美女達が涙ぐましい努力をして

同級生が興奮する肉体を形成し維持しているのか目の当たりにしてしまっているから

どちらかと言うと

あぁ、この子も頑張っているのだろうな

と応援する気持ちの方が勝るし、

雑誌のグラビアを見ても、ちょっといけないサイトを見ても

その舞台裏が頭をよぎってしまう。


そして興奮もしない、微塵も反応をしない息子に

EDなんじゃないだろうかと本気で悩む羽目になるんだぞ!

この歳で!!

泣きたくなるぞ!!!



ついでに、女帝たちから下着の付け方や知識を幼少期から英才教育を受けた。

女性の扱い方や駄目男とはどんなものか。

セクハラの境界線や痴漢への恨み節から女性が日々体験している恐怖と、

女性への怖さと両方同時に学んだ。


おかげで、

ホモではない

バイでもない

ゲイでもない

性自認も肉体も男だ。

ただ……

ちょっとやそっとの性的な要因では興奮出来ない肉体になってしまった。

息子も別に機能不全な訳ではない。

朝にはきちんとあいさつをしてくれるからな。

悩みはするが、バイアグラの世話になる必要は今のところない。

どうせ、使うようなパートナーもいないし。

ちくしょう。


そして、Y染色体を持たない生物がどうしても

鬼や悪魔の皮をかぶった生き物に見えてしまうようになってしまった。


いや、そう言うと語弊があるな。

そう言う一面も持ち合わせている、と言う方が正しいか。


力も体力も基本的に女性の方が男性に劣ってしまう部分がある。

特に痴漢やセクハラの被害に遭った時に、

劣っているが故に恐怖から固まってしまい反撃に出る事の出来ない人が多い。

守ってやらなければならない、守るべき存在である。

それは間違いない。


どんな女性ももれなくそうだ。


見ず知らずの赤の他人に身体をまさぐられたり、

卑猥な言葉を投げかけられ興奮するような性癖を持つ人は稀だろう。


自分に置き換えて考えてみろ。

男の僕ですら、触ってくるのが男だろうが女だろうが、

見知らぬ他人だった時点で気持ち悪い。

嫌悪感を覚える。

知り合いだったとしても過度にボディ・タッチされたら引くぞ。


ただ。

そう、ただ。


恐怖から解放され、

怒りが湧き出て来た時の女性の怖ろしさと言うのが半端ない事も知っている。

もう、修羅のようだ

羅刹のようだ。


同時に、恋する女性のたおやかさとしたたかさ。

優しさと包容力も知っている。

その上、可愛らしさと美しさを内包している。


美しい花には棘がある、と言うがまさしくその通りだ。


たまにサボテンの様にパッと見冴えない外見でも

棘がある植物でも美しい花は咲く。

自分好みじゃないからと女性を卑下す屑がたまにいるが

女性は皆誰であろうと美しさを持っている。

他者へ自己の評価を押し付ける傲慢さは慎んで貰いたいものだ。


自己評価が低い女性はどうしても猫背になりがちになる。

それはつまり姿勢が悪いという事であり

骨が歪むという事であり

体型のあちらこちらに影響を及ぼす。

そんなこと…絶対にあってはならない。



女性は、多面的だ。


その事実を知っているがために

発情した猿のようになりふり構わず一直線に

女性と対峙することは出来なくなってしまった。


一歩引き、見目の美しさを評価し

二歩引き、その美しさを維持するため向上するための努力を称賛し

三歩引き、内に隠している棘に対する防御態勢を取る。

それが癖になってしまった。


なにせ、女性が数多くの武器を持つ事実も知っているが故に。


涙や言動、所作もそうだ。

防御態勢を取っていないと

すぐに慌てふためき女性の意のままに操られてしまう羽目になる。

何度、姉たちにいいように振り回された事か。

それでも、未だに尻に敷かれ

良いように扱われてしまうのだから

女性と言う生き物は逞しく

男性と言う生物は不甲斐ない。


その女性の何より戦闘力を増すことが出来るのが、武装すること。

つまり化粧や衣服、また下着。

そう言った外見を着飾る事で、彼女たちは日々の辛さや面倒事から身と心を守っている。


胸の大きさを気にするのも、もしかしたらそう言った武装の一環なのだろう。



だが、しかし。

その割には、サイズに合っていない下着を身に着けている人の多い事!


生まれた瞬間から、と言ったら大げさだが、

物心つく前から女性の下着と裸を散々見てきたせいで、

服の上からでもその人に合った下着を身に着けているか否か

おおよそでも測る事が出来るようになってしまった。

そして、サイズに合った下着を着る事でどれだけ肉体美が変わるか目の当たりにし、

自信と言う名の戦闘力が上がるのかをとくと説かれてきた為に、

サイズの合っていない下着を着けている女性を見ると、どうしても許せなくなってしまう。


今は制御出来ているが、幼稚園児の時に先生の下着をはいで説教をした事がある。

……そうだ。

幼過ぎて僕自身は覚えていないが。


それが、僕の悪癖である。


特にブラジャーのサイズが合っていないとダメだ。

胸は……おっぱいだけは……

持ち主である貴女が守らないでどうするんですか!?

と説教をしたくなる気持ちを抑えて日々生きている。


おっぱいの尊さを知っているが故に

おっぱいが一朝一夕では綺麗な形にならない事を知っているが故に

ないがしろにされるとどうしても暴走してしまいそうになる。


幼少期のその暴走したエピソードは

僕の武勇伝として瀬能家の酒の席で語り継がれてしまっている。

おかげで、妹たちには善き頼れる兄で居たいと思っているのに

僕がおっぱい至上主義だという事実を知られてしまっている。


我が家は毎月給料日にあたる15日に反省会という名の女子会というか飲み会というか、

一応名目上は会議が開かれる。

今月も好き勝手に、やれ


『私はこの話を聞いて志栖佳の天職はフィッターだと思ったのよ!』


『色彩感覚を見るにデザイナーとして育てるのもアリだと思うんだけどなー』


『シスはフィッター向いてるよ〜。

下心一切ない目でマジメに採寸からフィッティングまでしてくれるもん』


『そうそう。

仕込んだ甲斐あって乳への肉の集め方超上手!

家の中で一番うまいんじゃね?』


『その人に適した綺麗な魅せ方熟知しているからフィッティング後の購入率一番高いもんね。

補正下着先月何着売ったっけ?』


『おにいちゃんお洋服作るのもじょうずだよ』


『この前写真撮った服、パパの作ったのに少し手加えただけで良くなったもんね』


『うん!

あっちの方があたし好き』


だの散々好き勝手言われた。


後半の妹たちから贈られた賛辞の言葉は素直に嬉しい。

後日欲しがっていたニーソックスを進呈させて貰った。


服作りが好きな訳でも、父さんのように一からデザインを考えられるようなセンスはないが、

『もうちょっとココこうしたら良いんじゃないのか?』

と思って手直しした結果、そちらの方が良いと、

自分の感覚や感性を肯定されるとガッツポーズをしたくなる。

って言っても、僕が出来る手直しなんてレース足すとか形ちょっと変えるとかその程度だけれど。

その結果、妹達を喜ばせることが出来たのなら兄冥利につきると言うものだ。


母さん達は、インティメイト・アドバイザーの試験を受けさせて

箔をつけて家業を継がせたいみたいだけど……


男が?プロの??下着アドバイザーに???

いや、いない訳ではないだろうけど稀だろ?????

誰も好き好んで見ず知らずの初対面の男に全身まさぐられたくはないだろう。


痴漢とプロは違う、とのことだけれどね。

その為に試験受けてバッヂ貰えって事だそうだ。


『カメラマンだってプロって肩書きがあるだけでキワドイ写真撮りまくってるでしょ!』

と偏見と無礼さにまみれたセリフを言い放っていた。

モデルをしていた母じゃなければツッコミと同時に否定も出来ただろうに

生々しい悲痛な叫びに謝るしか出来なかった。


とりあえず、家を継ぐならプロと言う肩書きは必須だからと試験を受けさせたいようだよ。

僕のゴールデンウィークを潰す気か。

筆記試験という時点で知識の詰め込みがある程度必要だから

学校の勉強と並行してそちらの勉強もしなくちゃいけない。

試験を受けるための条件が特に制定されていないからと言って学生が取れる訳ないだろうに…


母さん達も無茶を言う。



服の上からでも下着の適応サイズが目測できるようになってしまった弊害として、

精度が増すごとに性的な興奮が年々できなくなって来ている。

そして女性を前にした時数値換算するのが癖になってしまっている。


ある意味、下着アドバイザーが天職と言えてしまうような弊害だよな。


ただ、顔よりも性格よりも

まず目に行くのが下着のフィット感だなんて相手に失礼にも程がある。

肉体をジロジロ舐め回すように見られると言う事だからな。

ある意味、視漢と言える。

痴漢と同等レベルでタチが悪い。

女性は視線に敏感だからな。

お巡りさんを呼ばれてしまう案件だ。


下心が無かろうが女性に不快な思いをさせてしまえば、その報いは受けなければならない。

当然である。


入学式早々癖が暴走してしまい、マジで訴えられかねない事件があった。

結果的に訴えられることはなかったし、むしろ相手の女の子には感謝された。

しかし。

それこそが僕がおっぱい王子と言われるようになってしまった原因だ。


あの時暴走しなければ…

と悔やんでも仕方ない。

人命救助優先だ。

度外納得は出来ていないけど。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ