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バカと小テストとアンドロイド

「助けてくれ」


 風雅が頭を下げた。


「もうお前しか頼れる奴がいないんだ、日辻」

「風雅くん……」


 普段なら不敵な笑みを浮かべる風雅が、こんなに弱々しい表情を見せるとは。

 理由は知っている。しかし、


「ごめん。僕にはどうすることもできない」

「嘘だろ」


 風雅は両手を机に叩きつけると、ワックスで整えた髪が潰れるのも厭わずに頭を強く押し当てた。


「頼む、一生のお願いだ……っ!」


 しかしリクはなおも首を横に振る。


「風雅くん、無理なんだよ」

「どうして!」

「だって……小テストまで、あと五分しかないもん」


 時計は9時ジャストを指していた。二限の英語が始まるのは9時5分だ。そして、今日は英語の単語小テストが予定されていた。


「そこを何とか!!」

「何とかしようもないでしょ! カンニング手伝えっていうの!?」

「そうは言わんが、お前特別製だしなんかすげえ機能無えのか!? テレパシーとか!!」

「それは機械の領分じゃない!!」


 まあ、つまり。

 牛島風雅という男は、小テストの存在をすっかり忘れていたのだ。


「うう、やべえ。これで低い点数取ると親父がうるせえんだよな」

「自業自得でしょ……というかこの時間使ってひとつでも単語覚えた方がいいと思うんだけど」

「いや、0点を5点に変えたところで大した意味は無え。ここは一発逆転のアイディアを考えた方が得策だ」

「一問も解けない前提なのはさすがにどうかと思う」


 だってよお、と風雅は頭を抱えた。


「今時英語なんて自動翻訳で全部なんとかなるじゃねえか!! その分の時間をプログラミングとか別の講義に使えばもっと有意義だろ!?」


 風雅の言うことももっともだ。事実、横から聞いてたらしいクラスメイトの何人かがうんうんと頷いている(彼らが全員成績低めなのは内緒だ)。

 文明が発達したこの時代、リアルタイムの自動翻訳など端末の標準装備であり、語学学習をする必要は過去に比べて非常に少なくなっている。

 では、何故まだ英語の学習が残っているのか。

 それを知っているリクは、優しく風雅の肩を叩いた。


「そのプログラミングの言語は、英語なんだよ」

「あ」


 キーンコーンカーンコーン…………。


 授業の開始、そして小テストの開始──つまり、牛島風雅の公開処刑を告げるチャイムが、高らかに鳴った。







「はい。今日の講義はここまで。小テストは次回返却しますが、白紙で提出した牛島くんは放課後職員室まで来るように」

「ハイ……」


 講義は風雅への死刑宣告と同時に終わった。燃え尽きたように突っ伏しているが、テスト中は完全に爆睡していたので、やはり自業自得である。


「少しは問題見てみればよかったのに。多分風雅くんでも解ける問題あったよ?」

「いいや。無駄な悪あがきをするよりは睡眠に費やした方が効果的だ」

「そのせいで放課後呼び出し食らってちゃ元も子もないけどね……」

「うるせえ。お前は……聞くまでもないか」

「まあアンドロイドだからね」


 この学校ではアンドロイドの生徒も人間と同じ内容のテストを受けることになっていた。

 もちろん、正常なアンドロイドであれば間違いなく全問正解となる。しかし、


「「マインドエラー」の場合、間違った回答を行う可能性がある、ねえ」


 過学習の結果、合理性の判断に異常をきたすのが「マインドエラー」だ。本来正解すべき問題をあえて間違える、そういう可能性も、ゼロではなかった。


「なに、私の話?」


 話に割り込んできたのは、クラスメイトの中原ハカリ──アンドロイドの生徒だった。

 そして彼女は、件の『意図的に間違った回答を行った「マインドエラー」』でもあった。


「まああながち外れてはいないな」

「あれ、結局どうしてそんなことしたの?」

「あー……あれはね」


 ハカリは気まずそうに答えた。


「テスト勉強に付き合ってるとき、友達とケンカになったんだ。「アンドロイドのハカリちゃんには勉強出来ない子の気持ちなんて分かんないよね!」って言われて。だから、成績落としてみたの」

「そ、そんな理由で!?」

「でも、結局気持ちは分かんなかったなぁ」


 苦笑するハカリは、リクを向く。


「そして解決にもならなかった。人間関係って難しいね」

「……そうだね」


 リクは頷いた。風雅は首を傾げていた。

 多分この『気持ち』は、アンドロイドにしか分からないのだろう。


「なーーにしんみりしてるのさ!!」

「とーーーーーーう!!」

「わわわっ」


 そんなハカリの後ろから、女子生徒が飛び込んできた。いつもハカリと一緒にいる二人だ。


「なんでもないよ。昔話をしていただけ……じゃあね、牛島くん、日辻くん」

「あ、うん。またね」


 二人に飲み込まれながら移動するハカリは、リクに向かってウィンクした。


「その顔もらい。髪型とリボン、似合ってるよ」

「ありがと……って、もしかして今撮った!?」


 嵐のように三人娘は去っていった。


「アンドロイドも色々あるんだな」

「まあね。何はともあれ……ん?」

「人もアンドロイドも、テストを受けるのは無駄じゃないってこと」

「くそっ、折角人が忘れかけていたところに!!  ……そういや、日辻姉って英語もやっぱ出来るのか?」

「ケイ? 日英独中仏の多言語話者マルチリンガルだよ」

「人間って不公平だな ……」


 意外とアンドロイドもだよ、とはあえて言わなかった。

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