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なかなおりのなでなで

「ねえ、ほんとに怒ってない?」


 一人分の夕食が並ぶ机を挟んだケイが、恐る恐るリクに尋ねた。

 その瞳は揺れて、表情以上に彼女の心を映し出していた。


「大丈夫だよ。僕がケイのことを嫌いになるはずないでしょ?」

「でも、嫌がることした」

「日常茶飯事じゃないか」


 ケイは俯いた。

 何かを怖がっているようだった。リクにはそれが何なのか理解しかねた。

 だって、自分であるはずがないのだ。


「信じてよ。そういう風に僕はできている(・・・・・・・)


 そんなこと、ケイだって知ってるはずなのに。

 なのに、ケイはまだ怯えたようにリクを見てくる。

 わからない。

 どうすれば、この大事な人は、元気になってくれるのだろうか。


(リクは、そういうこともいっぱい学んでいかないとだめ)


「……あ」


 リクは昨日の昼休みを思い出した。

 効果があるか分からないけど、試す価値はあるかもしれない。


「ケイ、ちょっとごめんね」


 リクはケイの後ろにまわりこんだ。

 栗色の髪を纏った小さなケイの頭を、撫でた。


「り、リク……!?」

「動かないでね。あんまり慣れてないから」


 慌てて動くケイの頭をやさしく抑えつけると、髪を梳かすように手を動かしていく。

 自分がされて嬉しかったこと。その記録を自分の動きにトレースして反映する。

 気持ちいいと思ってくれたら嬉しい。そう思いながら。


「どうかな。昨日よりは上手にできてると思うんだけど」

「リク……」


 こわばっていた身体から力が抜けていくのがわかる。それを受け止めながら、リクは頭を撫で続けた。


「かわいい。かわいい」

「……なんか子供扱いされてるみたい」


 ケイは子供っぽく頰を膨らませた。


「僕にはいつもやってるくせに」

「だってリクは子供でしょ。いくつだと思ってるの」

「ええと……製造からは2年とちょっとだね」

「子供どころか赤ちゃんじゃない」


 リクは苦笑する。同時に、元気が戻ってきたケイに少しホッとしていた。


「じゃあ……『ママ』って呼んだ方がいい?」

「え、ちょっと……!?」


 悪戯半分でリクはケイの耳元に顔を寄せた。

 そして囁くように、


「いつもありがとう、ママ」

「〜〜〜〜〜〜!!?」


 がばっ、とケイが立ち上がった。表情は見えなかったが、耳が真っ赤だった。


「今、食事中!!」

「あ、ごめん」


 ケイは振り向いた。顔も、耳と同じくらい真っ赤だった。


「……ごはん食べ終わったら、ソファで膝枕しながら撫でてほしい」


 それを言ったきり、ケイは夕飯を黙々と食べ始めた。

 リクはリビングを離れる。

 

「……喜んで、くれたかな」


 そうだった嬉しいな、とリクは思った。






「リク、その格好……」

「ごめん、勝手に借りた。似合うかな?」


 ソファに座るリクが着ているのは、ケイが普段使っているネグリジェだった。

 ふんわりとした布地がリクの身体を程よく隠し、より女性らしいシルエットになっている。


「う、うん。私より、似合ってる」


 流石にそれは無いと思うけど、という言葉をリクは飲み込んだ。


「でも、どうして?」

「ケイが、喜んでくれるかなって」


 でもまだちょっと恥ずかしいかな、とケイははにかんだ。

 それでも、ケイが喜んでくれるなら。


「ほら、ケイ」


 ぽんぽん、と膝を叩く。ケイはソファに横たわると、リクの膝にゆっくりと頭を沈めた。


「気持ちいい?」

「うん……うん」


 感触を確かめるように、ケイはもぞもぞと頭を動かす。


「く、くすぐったいよ」

「ごめん、でも……うれしい」

「よかった。じゃあ、撫でるね」

「うん……ふぁ……」


 さらりとした髪の感触を感じると同時、ケイの口から空気が漏れるような声がした。


「かわいい、僕の大事なケイ」

「はぅ……っ」

「ずっと、僕はケイのそばにいるよ」

「は、はずかしい……っ」

「いつもかわいいって言ってくるの、ケイでしょ。だから、仕返し」

「そんな……ひぅ……っ」


 耳元で囁きながら、空いた手でケイの手を優しく握り、頭を撫でる。

 リクにはアンドロイドとしての、絶対的な学習能力がある。

 リクのなでなでは昨日より、そしてさっきの瞬間よりも、確実に進化する。

 いや、今この瞬間でさえも。フィードバックを即座に反映し続けることで、なでなでは無限に成長し続けているのだ。


「大丈夫、もっと気持ちよくしてあげるからね……っ」


 リクは、もはやなでなでを追求するだけの機械となっていた。


「ん……っ、リク」

「どうしたの、ケイ? もっとなでなでしてあげるから──」

「『おやすみ』」

「────え」


 その直後、カクン、とリクの意識は闇に落ちた。






「もう、起きていいよ」

「…………え、あれ」


 リクはパチリと目を覚まし、自分が横たわっていることに気付いた。


「あれ、僕」

「リク、暴走してた」

「僕が、暴走……?」

「なでなでに執着しすぎ。過学習」


 ああ、そうか。とリクは記録ログから振り返る。

 気持ちいいなでなでを。それだけにリソースを全て費やしてしまっていたのだ。

 そして同時に気付く。さっきと、立場が逆転している。今度はリクが膝枕をされていた。


「……ごめんね。心配させちゃったね」

「ケイ……僕は」

「うん、分かってる。私が作ったんだから」


 でも、とケイは表情を変えないママ顔を曇らせた。


「時々、怖くなるの。いつかリクは私の手の届かないところまで行ってしまうんじゃないかって」

「ケイ……?」

「そんなことないって、リクは思うでしょうね。でも、いつかリクにも分かるかもしれない」


 どうすればいいか分からず、リクはケイの小さな手を握った。

 数多の発明を、そして自分を生み出した手は、ほんのり温かくて、やわらかい。


「約束しなくていい。だけど今は、頭を撫でて。頭を撫でさせて。私の、そばにいて」

「……うん。僕はケイのそばにいるよ」


 ケイの手をぎゅっと握る。

 そのお返しと言わんばかりに、ケイが頭を撫でた。


「ふぁ……」

「かわいい、かわいい私のリク」


 やっぱりケイが頭を撫でてくれるのが、一番幸せに感じる。

 リクはそれを忘れないように、記録の奥深くまで刻み込んだ。 


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