天才と変態は紙一重
四つくっつけられた机の上に、それぞれの昼食が並ぶ。
ケイは巾着袋に入った弁当箱(また誰かからもらってきたらしい)を、風雅はコンビニで買ってきたおにぎりとサンドウィッチを。リクとレイはアンドロイドのため、何も置いていない。
「それで、何か聞きたいことがあるの? そのために私とご飯を食べたかったんでしょ」
ケイは冷たい視線を風雅に向けた。対する風雅は、相変わらず不敵な笑みを浮かべているだけだ。
「いや、特にねえよ? 強いて言うなら、魚見さんの美しさと今日のリクの制服について語り合いたいくらいか」
「あなた、意外と話が分かるじゃない」
「当事者を置いて何話してるのさ……」
「私のことは話題にしていただく必要は無いのですが」
いやいや、と風雅はリクを見る。
「その制服、日辻のためにわざわざ採寸したやつだろ? 自分の制服とはサイズ違うもんな」
「……そこまで見破っているなんて」
「分かるさ。ほとんど身長が変わず、リクの方が肩幅がやや大きいのにも関わらず、袖がやや余っている。いわゆる『萌え袖』ってやつだ。対してアンタの制服は袖が余っていない」
「その通り。膝と同様、手は男女の差が現れる部位だから、袖で隠すことによって男性らしさを薄くすることができる」
「しかし、その割には膝は見せるんだな?」
「細身で直線的な脚はむしろ男の子の特権よ。出すところは出し、抑えるところは抑える。そこが大事なのよ」
「成る程、そこまで考えていたとは恐れ入った」
「あなたこそ、いい鑑識眼を持っている。ここまで私の意図を見破られたのははじめて。誇っていい」
視線を交わし、そしてふたりはがっちりと握手をした。
友人と家族が仲良くなるのを見ながら、リクは、
「……二人とも、すっごい気持ち悪い…………」
「「え」」
ドン引きしていた。当然のことだった。
「風雅くんが僕をそういう目で見ていたなんて……友達だと思ってたのに」
「いや、待て。これは芸術鑑賞なんだ。そういう邪な視点でお前を見ていたわけでは」
「……もし僕に、女性の性的なモジュールがついてたらどうする?」
「家に誘う」
風雅は自信満々に言い放った。
「さよなら風雅くん」
「待ってくれぇえええええええ!!!!?」
「あとケイも今晩デザート抜きね」
「えっ──」
叫ぶ風雅と、固まるケイ。
二人を置き去りにして、リクは一度教室を離れることにした。
「……別に怒ってはいないけど、ちょっとだけ反省してもらおう」
軽い悪戯心を胸にして。
「よろしければ、私もご一緒してよろしいですか?」
教室を離れたリクに声をかけたのは、一緒の席にいたはずの魚見レイだった。
「魚見さん? どうしたの?」
「よろしければレイとお呼びください。魚見の姓は通うためにお借りしているだけですので」
「うん、分かったよ。レイさん」
レイは恭しくお辞儀をした。完璧な所作は、富豪のメイドらしいなとリクは思った。
「ところで、話を聞きたいのはケイの方じゃなかったの?」
「同様にリク様にもお話を伺いたいと、泰令様は仰っていました」
「僕に?」
「リク様は特別なアンドロイドですので」
確かに、リクは色々な面で特別なアンドロイドだ。
そもそも市販品ではないアンドロイド自体が相当にレアなのだ。更に未成年が個人で制作したとなると、世界に数えるほどしか存在しないだろう。
だが、そんなことよりも。彼女が、そしてウオミが特別視している点は。
「僕がはじめから「マインドエラー」だからですか?」
レイは頷いた。
「はい。ウオミでは現在マインドエラーに関する研究を重点的に行なっていますので」
「え……それ、企業秘密じゃ」
「構いません。株主総会でもすでに挙げられております」
「あー。他人事だけど、大変だね」
アンドロイド製造に関わる企業にとって「マインドエラー」とは、『人権』以上に『品質』という問題を抱えている。
「マインドエラー」の原因解明は、尽きることのない命題だ。
「そういえばレイさんは「マインドエラー」じゃないよね?」
並んで廊下を歩きながら、リクは前々からの疑問を訪ねる。
この学校は確かにアンドロイドの入学を認めてはいるが、それはどちらかというと「マインドエラー」の精神的な安定を目的としたものだ。対してレイは正常なアンドロイドそのままに見える。
「はい。私は思考プログラムにまだ異常をきたしておりません。通常のアンドロイドが
マインドエラーと関わった時の影響を検証するために学校に通っております」
当たり前のように話すレイに、リクはうまく言語化できない感覚を覚えた。
「変なこと聞くけどさ……レイさんは、嫌じゃないの?」
我ながら変なことを聞いたな、と思った。
「不思議なことを仰るのですね。そのような感情は持ち合わせておりませんよ」
「そう、だよね」
「今は、ですが」
「え?」
「私もいつか「マインドエラー」になるかもしれません。その時には、もしかしたら……いえ、お忘れください」
リクはレイの顔を見つめる。
その端正な顔立ちに表情はなく、その奥の感情も、読み取ることはできなかった。
いや、人間であるケイとは違うのだ。本当に感情が無いから無表情である可能性の方が高い。
それでもリクには、彼女に心が無いとは思えなかった。
「レイさん。君は──」
その時、リクはメッセージを受信した。
人間なら送受信に端末が必要になるが、アンドロイドならそれは必要ない。現実とは隔絶されたもうひとつの意識で、メッセージを開封した。
相手は風雅だ。画像も添付してある。
『すまん、早く教室に戻ってきてくれ』
ダッシュで戻った教室の入り口は、さっき以上に人がごった返していた。
近付くリクに視線が刺さるが、今はそれを無視し、教室に駆け込む。
「ケイ!? 何してるの!?」
リクは人混みの中心。その原因──つまりは、ケイを見た。
「ぐす……っ」
『ごめんなさい』
そう書いたタブレットを手に、正座しながら無表情で咽び泣くケイを。
「いや、本当に……何してるの?」
「だって……」
ポカンとしたリクに、気まずそうな風雅が近付いた。
「あのな。お前に嫌われたって落ち込んでるんだ」
「え、それだけで……?」
ひっく、と肩を震わせながら、ケイはリクを見上げた。
「ごめん、なさい……あんなに嫌がると思わなくて……」
「え、いや、僕は」
「デザートいらないから、男子の制服着ていいから……嫌いにならないで……」
「えぇ……」
この状況、どうしようか。
リクは少し悩んだ後、屈んで視線をケイと合わせた。
「あのね、ケイ。僕はもう怒ってないよ」
「ほんとに……?」
「というか初めからそんなに怒ってないからね。そりゃ、いきなり女子の制服を着せられた時はビックリしたけど」
「ゆるしてくれる……?」
「もちろん。だからほら、泣き止んで?」
ケイの涙を拭ってあげる。不謹慎だけど、潤んだ瞳をキレイだなと思った。
「じゃあ、また女子の制服着てくれる……?」
「仕方ないなぁ、もう」
断れないあたりが自分らしいな、とリクは苦笑した。