少年少女スカートの狭間
「風雅くん、僕は思ったんだ。「恥ずかしいとは何だろうか」と」
「どうした日辻。急に哲学的だな」
「僕はアンドロイドだ。登録的には男性だけど股間にアレはついてないどころか胸に乳首もついてないんだ。つまり、今ここで全裸になっても公然猥褻にならないはずなんだ。じゃあ僕が恥ずかしがる理由なんて無いのではないか、と考えた」
「おう、無視か。それでどうした」
「しかしここで矛盾が生じるんだ。裸でいても恥ずかしくないのなら、今のこの格好だって別に恥ずかしがる必要はないんじゃないか。なのに今の僕は羞恥を感じている。これはおかしい」
「いや、多分お前裸になっても恥ずかしがるだろ。……で、結局何が言いたいんだ」
「恥ずかしいものは恥ずかしいんだよ!!!」
せやな、と牛島風雅は女子の制服に身を包んだリクに同意した。
リクは教室に入った瞬間のざわめきを思い出し、再び羞恥に伏せる。
「ああああああ……なんでこんなことに……」
未だに生徒たちの視線が身体中に突き刺さっている。朝は驚いている様子の生徒が多かったが、今はどこか視線に熱っぽさを感じてどうにも落ち着かない。なまじ感覚が普通の人より優れているから、こういう外からの反応には敏感にならざるを得なかった。
「そんなに気にすんなよ。ジェンダーやセクシャリティの問題は2030年代でとっくに結論出てんだろ?」
「風雅くんからそんな社会的な慰めをもらうなんて……意外だ」
「慰めた俺がバカだったよ」
風雅の呆れ顔を眺めながら、また肩を落とす。
かわいい、かわいいといつもケイに言われているからいつか着せ替え人形にされるんじゃないかなんて思ってはいたが、まさか女物の服を着せられるとは思わなかった。
勿論ケイが命ずれば何だってするのは決まっているけど、だからといって居心地の悪さが変わるわけではない。
「ね、ねえ、日辻くん。今日のその格好って……」
クラスメイトの女子三人組が恐る恐るといった様子でリクに尋ねてくる。
目の前でため息をつきたい気持ちを抑えながら、作り笑いでリクは応じた。
「ああ、うん。ケイがね、今日はこれ着ろって」
「きゃーーーーー!!! やっぱり恵様は分かってたのね!!」
「さすが製造者は違うわぁ。何が似合うとかも考え済みなのねぇ」
「…………」
三者三様に喜びの感情を表す女子たち……いや、一人だけリクを凝視しながらパチパチと瞬きを繰り返していた。
彼女は確か、マインドエラーの学生だ。
「…………あ、ごめん。ちょっと撮ってるから」
「肖像権!?」
「まあいいじゃんいいじゃん。ちょっとこう、ポーズとかとってみない?」
「とらないよ!?」
「良い値段で売れたらある程度還元するからさ」
「今一番聞き捨てならないこと言ったよね!?」
後で聞くと、彼女──ハカリは元々ジャーナリストの補佐アンドロイドだったらしい。
瞬きするだけで画像として保存できる瞳型のカメラをはじめとした、取材のためのポテンシャルのすべては、現在女装の美少年の撮影に全て費やされていた。
「というか、ケイさっき様付けで呼ばれてたよね……」
一体彼女はこの学校でどういう扱いを受けているのか、リクはさらに心配になった。
昼休みに入ると視線はさらに増えることとなった。噂を聞きつけた他のクラスの生徒たちがチラチラと教室を覗きに来るのだ。
「ああもう本当に嫌だ……」
「それ、脱げないのか?」
「無理。ケイに命令コード打ち込まれてるから……」
「徹底してるなオイ。と、噂をすればだな」
リクに向いていた視線たちが、グルリと回って入り口に移る。
そこには、視線をものともしないケイが巾着袋を片手に立っていた。
「リク。お昼に行こう」
いつもはリクの方から迎えに行っているのだが、今日はちょうど失念していた。
しまったなぁ、と思いつつ、この視線から逃げられることを少し喜ばしいとも感じていた。
「うん、わかった。今いくよ」
「おっと……おーい、日辻……姉、でいいか?」
リクと同時に、隣の風雅も立ち上がった。
「いいけど、何?」
「俺も一緒にメシ食ってもいいか?」
「駄目」
ケイは表情を一切変えずに言い放ったが、リクにだけは彼女が露骨に不機嫌になったことが分かった。風雅の存在を完全に無視するように、ケイはリクだけを見てこちらに向かってきた。
それを知ってか知らずか、風雅は何食わぬ顔で笑った。
「まあそんなこと言うなよ。──日辻の制服、中々いいチョイスだと思うぜ」
ケイの歩みがピタリ、と止まる。
「ああ、特にスカートの丈とソックスのチョイスが絶妙だ。安易にミニスカートに走らず、あえての膝上丈。そして合わせるようにソックスも黒のハイソックスだ。意図は明確。清楚感を残しつつ、膝を強調したかったんだろう? 膝は意外と男女差が現れる部位だからな」
「話は聞いてあげる」
「懐柔された!?」
ケイが急に態度を翻した。ケイと風雅の視線が交錯し、無言の同意と共に会話が終了した。
「リク。彼は話が分かる男ね」
「何の話が!?」
「違いが分かる男、ということさ」
「ごめん、風雅くん。ぶっちゃけキモい」
「今回だけは褒め言葉として受け取るぜ」とキメ顔で風雅は言った。
「日辻恵さま、よろしいでしょうか」
不意に、視線を集める三人に話しかける人影があった。
真っ白なロングヘアでフリルのついたカチューシャで飾った姿が印象的な彼女は、クラスメイトでアンドロイドの魚見レイだった。
「あなたは?」
「私は魚見泰令様の元で家政婦を務めております、レイと申します。学校に通う関係上魚見の姓を名乗らせていただいておりますが」
「魚見泰令……ウオミコーポレーションの代表取締役ね?」
「はい。日辻様には日頃からご愛顧いただき、感謝しております」
レイは深々と頭を下げた。
「ウオミコーポレーションってあれだよな。アンドロイドの部品製造の」
「うん。多分僕の身体にも何個か入ってるかも」
本当は何がいくつ入ってるか知ってるけどね、と内心で思う。内部のことはケイが他人には話さないようにしているので、あえてぼかすように発言した。
「それで、ウオミのメイドがどうかしたの?」
「はい。泰令様より、機会があればぜひお話させていただくよう命じられております。製品のフィードバックに役立てたい、と。勿論、謝礼も用意させていただきますが、如何でしょうか」
「どうする、ケイ?」
ケイは少し考えてから、答えた。
「全部の質問には答えられないと思うけど、構わない?」
「十分で御座います。ありがとうございます」
レイは仰々しくお辞儀をすると、机を四人が向き合うように並び替えた。
「ぼ、僕の女装からどうしてこんなことに……」
人間が二人とアンドロイドが二人。
女子が二人と男子が二人(?)
校内で最も珍妙な四人による昼食が今、始まろうとしていた。リクの意思を完全に無視しながら。