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リクの身体は完璧なの

 日辻家の夕食はつつがなく終わった。デザートはリクの手作りのババロアだった。


「リク」

「うん」


 食洗機がゴウンゴウンと音を立てる中、ケイは小さくリクを呼び、リクもすぐに答えた。

 二人は何も言わずに、ひとつだけ金属でできた頑丈な扉を開けた。

 一般的な一軒家にそぐわないような巨大な機械で埋め尽くされた一室が、そこにはあった。


「さ、リク。脱いで」


 リクは普段着のセーターを脱いだ。その下のシャツも脱ぐと、一目見ただけでは人と見分けがつかない色白な肌が露わになった。

 動きが、一度止まる。


「早く。下も」

「う、うん」


 少しためらった後、リクはスウェットのゴムに指をかけて、その内側のボクサーブリーフごと下ろした。


「うん、今日もリクの身体はきれい。流石私の設計」


 一糸纏わぬ姿になったリクを、ケイが満足げに眺めてる。当のリクは細い両腕で出来るだけ身体を覆い隠そうとしていたが、無駄な努力だった。


「別に恥ずかしがらなくてもいいじゃない。『ついてない』んだし」


 リクは下腹部に視線を感じて、余計に恥ずかしさを感じた。

 性的な機能の認可を取っていないリクの身体に、性器はついていない。胸も乳首がなく、肌色で埋め尽くされている。

 でも恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。理屈から跳躍したその思考こそが、リクが「マインドエラー」たる所以だった。


「いいからはやくメンテ始めてよぉ」

「む、仕方ない」


 ケイは渋々といった表情を浮かべて、片手サイズの検知機をリクの肌にかざした。接触しなくてもかざした部位の異常をチェックできるこの優れものは、リクと同様ケイの発明のひとつだ。


「……うん、今日も異常なし」


 その一言と同時、リクはいそいそと部屋着を着込みはじめた。


「早い。もっと見せてくれてもいいのに」

「だ、だってぇ」

「いい? リクの身体は『完璧』なの。完全な男性ではなく、かといって女性でもない、二次性徴期の幼げな少年の体つきは陰と陽の狭間に生まれた一瞬の調和コスモス。でもリクはその一瞬を永遠に閉じ込められる。それがどれだけ素晴らしいことなのか、わかる?」

「うん、ごめん。わからないよ」


 ケイはテンションと口調が比例しないので、あくまでも平静を装っているように見えるけど、代わりに口数がめちゃくちゃ増える癖があった。今のケイは、放っておけば延々と話し続けるだろう。

 その間にリクはちゃっかりと着替えを済ませていた。今度はパジャマだ。でもパステルブルーのそれはあまり男物には見えず、多分女の子が着ていても違和感は無いだろう。当然、ケイのチョイスだ。


「む、リクちゃんと聞いてない」

「わかったわかった、明日ちゃんと聞くから、ね? 今日はもう寝よう?」

「むー。じゃあ明日絶対分からせるから」


 ケイは顔に出ないだけで、その内面はとても感情豊かだ。微妙な心を機敏に感じ取れると、アンドロイドとしての感覚器官の鋭さに感謝したくなる。まあ製作者彼女なんだけど。


「リク」

「なに?」

「おやすみの、なでなで」

「……仕方ないなぁ、もう」


 身長のほとんど同じケイが撫でやすいように、少し屈む。

 ふわふわな髪質の栗色の髪を、ほっそりしたケイの手が優しく撫でた。


「今日もリクはかわいい。明日も、明後日も、ずっと」


 それは、メンテナンスと合わせてケイの日課であり、儀式のようなものだった。

 何故こんなことをするのか、リクは知らない。

 でも、ケイが望むのなら叶えるのが自分(アンドロイド)存在理由(レゾンデートル)だ。断る理由は、無かった。


「よし。おやすみ、リク」

「おやすみ、ケイ」


 ケイは自分の部屋に戻っていった。

 顔に残る熱量のデータは、数字以上の温度でリクの思考に残り続けていた。


「本当はカッコいいって言われたいかな。なんてね」


 でも僕は、君が望む限りかわいい僕で在り続けるよ。

 その言葉は、演算だけに留めておいた。






 アンドロイドであるリクにとって睡眠とは、思考プログラムの再起動とトラブルチェックの時間だ。

 睡眠が無くても起動し続けることは可能だが、再起動無しに動き続けると不調が発生する。その辺りは他のコンピュータと大して変わらない。

 とはいえ、人間のように「眠気」という感覚は存在しない。意識を切って、タイマーで設定した時間にまた意識が繋がれる。それだけだ。


「ん……あれ、また7時半だ。ケイったらまたタイマー変えたの?」


 「就寝」前にリクが設定したタイマーは、6時だった。寝ているときにこっそりケイが再設定したのだろう。

 ケイは時々こういうことをする。何故こんなことをするのかは、正直わからない。


「まあいいや。とりあえず着替えよう」


 リクはクローゼットを開けた。





「ケイーーーーーーーー!!!!!」


 日辻家のリビングにリクの怒号が響き渡った。もっとも、ボーイソプラノの怒号に迫力は無く、可愛げすら感じるものであったが。


「おはよう、リク。よく似合ってる」


 対するケイは、弁当の準備をしながらリクの姿を満足気に見つめた。


「全ッッ然、うれしくないッ!!!」


 膝丈のスカートを翻しながら、リクが声を張り上げる。

 そう。

 リクは、女子用の制服を着ていた。


「完璧……」


 ケイは満足を通り越してうっとりとした視線をリクに向ける。

 特に見つめているのは、スカートから伸びる脚だ。ほっそりとしているが、女性とは少し違って直線的に伸びるラインは四足歩行の動物のそれを彷彿とさせて、美しさすら感じる。

 リクはまだ気付いていないが、頭髪のパーツも少しだけ変えている。普段より髪を長めで癖を少なめにしているので、より中性的な雰囲気に変わっていた。


「わざわざ男用の制服隠した上に僕が寝ている間に命令コード打ち込んだでしょ!?」

「その甲斐があった」

「全く悪びれてない!?」


 それどころか、ケイは珍しく笑みを浮かべながら(ただしとっても邪悪な笑みだ)リクに詰め寄った。思わず後ずさるが、その両腕に身体を絡め取られる。


「昨日言ったでしょ。絶対分からせるって」

「だからって……っ」

「自分の姿、見てみて?」


 ケイがぐいっとリクの身体を引っ張った。その先には、大きな姿見があった。


「あ……っ」

「リクは、こんなにもかわいいの。理解した?」


 姿見に、姿が映る。同じ制服を着た、同じ背丈で、同じ顔付きの二人。

 それは、まるで姉妹のような。

 リクは、自分の基本データが揺らぐのを感じた。


「さ、時間も無いし学校に行こ?」

「え、ちょっと、まさかこのまま!?」

「当然。学校のみんなにも、リクの完璧さを分かってもらう」


 そんなぁ、というリクの嘆きは、ケイにしか届かなかった。

 

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