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ごほうびの添い寝

「リク、よく頑張ったね」


 帰り道、思い出したようにケイが言う。


「頑張ったって言うのかな。単に自分の性能を出して、作戦を考えて、実行しただけだよ」

「それを含めて頑張った、って言うの」


 ケイがリクの腕を掴む。柔らかな手触りの人工皮膚は、ほんの僅かだが傷がついていた。


「今日はいっぱい動いたから、念入りにメンテしないと」

「ご、ごめん」

「いいの。リクの身体を隅々までチェックするの、好きだから」


 その言い方はどうなの、とリクは思った。

 

「スポーツとはいえ、リクがここまで激しく動くことはほとんど無いから、いいデータが取れたと思う」

「そのデータを使ってどうするの?」

「もちろん、リクの身体とか動きをもっと安定させられる。今度は矢島にも圧勝できるように」

「別にそこまで強くなくてもいいのに……」

「そんなことない」


 ケイはリクの腕をぎゅっと抱きしめた。少し不機嫌そうに、琥珀の瞳が見つめる。


「私のリクは完璧なの。どんな時も、リクがいちばんじゃなきゃダメ」


 まるで子供の駄々だ。誰よりも聡明な彼女の言葉とは思えない。

 でも、それが日辻恵ケイという少女だ。リクが最も愛おしいと感じる、女の子の本音なのだ。

 それを否定する理由は、無い。


「……じゃあ、もっと頑張らなくちゃだね」

「うん。頑張って」

「頑張る」


 二人は頷き合いながら、夕暮れの通学路をゆっくり歩いた。





 夕食前、日課のメンテは、いつもより丁寧に行われていた。


「……うん。フレームの歪みもなさそう」


 ハッチを開け、金属のフレームがむき出しになったリクの腕を、ケイは注意深く観察した。

 リクの指の動きに合わせて滑らかに動くワイヤーとシリンダーは、楽器のように美しい光沢を放っている。そのひとつひとつが、ケイの設計によるものだ。


「異常無し。よかった」


 ほっとした表情のケイが、腕のハッチを閉じた。人工皮膚が貼り付けられるとその継ぎ目も見えなくなって、人間と見分けがつかないようになる。


「それじゃ、晩ご飯にしましょう。そろそろご飯も炊けたはず」

「あ……っ」


 研究室から離れようとするケイの服の裾を、リクは掴んだ。


「どうしたの、リク?」


 リクは言葉に詰まった。言いたいことは決まっているのに、なぜかそれが上手く出てこなかった。

 『恥ずかしい』という感情のパラメータが、リクを支配していた。


「……今日僕、頑張ったよね」

「うん、頑張った」

「……カッコいいところ見せてって、ケイは言ったよね」

「うん、言った」

「僕はケイの依頼を受けて、それを達成した。だったらその報酬があってもいいんじゃないかと思うんだ」


 なんて回りくどい言い方をしているのだろう。

 でも、そんな言い方しかできなかったのだ。自分でも、制御できない程に。

 お願い、分かってと。いや、分からないでと。


 ケイはぽかんと口を開けて、それから──意地悪そうに、笑った。


「ごほうびが、欲しいの?」

「ッ────!!」


 図星だった。図星だったからこそ、顔が真っ赤になった。

 ケイはそれを全部分かって、だからもう少しだけ、意地悪することにした。


「分かった。ご褒美あげる」

「えっ」

「だから──どうして欲しいか、ちゃんと言ってみせて?」

「あ……っ!」


 リクはさらに顔を赤らめた。

 顔を羞恥に歪ませ、口を何度も開いては閉じ、声にならない吐息を漏らし、長い時間をかけて……ようやく一言だけ、口にした。


「きょ、今日は……一緒に、寝てほしい」






「どうぞ」


 コンコン、とノックの音。ケイが答えると、ゆっくりとドアが開く。


「う、うぅ……」


 昨日と同じネグリジェを纏ったリクが、ゆっくりと部屋に入った。

 恥ずかしそうなのは、ネグリジェのせいではない。これからのことを考えていたからだ。


「お、おじゃまします」


 リクはぎこちない動作で、ケイに近寄る。ベッドに、そしてケイに近付く程にケイの匂いが強くなって、リクの思考を一層乱していた。


「リクと一緒に寝るの、久しぶりだね」


 ケイはあくまでもいつも通りで、だけど声が少しだけ華やいでいる。

 ベッドに潜り込んだケイは、頭だけリクを向いた。


「どうしたの、来ないの?」

「ぼ、僕は」


 怖気付くリクに、ケイはクスリと笑った。

 手を広げて、掛け布団が大きく開かれる。薄暗い暗闇の中で、パジャマを纏ったケイの肢体が妙にはっきりと見えた。

 リクははじめて、妖艶という言葉の意味を知った。


「ほら、おいで」


 まるで自分から捕食されに行く小動物のように、リクは布団に潜り込んだ。

 目の前に移るケイの顔。密着する肌とぬくもり。濃密な女の子の匂い。

 その瞬間、ケイがリクをぎゅっと抱きしめた。


「わっ!?」

「ふふ。つかまえた」


 確かな体温と柔らかさが、人工皮膚越しに伝わる。

 40度にも満たないその熱で、リクは熱暴走を起こしかけた。


「リク、緊張しすぎ」

「だ、だって」

「いいから、落ち着いて」


 ケイはリクの頭を胸元に寄せると、リクの頭と背中をゆっくりと撫でた。

 ああ、まただ。

 パラメータは狂ったような数値を出し続けて、なのに思考はどこまでも安らいでいく。

 優しく壊されていくような感覚。

 いや、もしかすると、初めから壊れていたのかもしれない。


「僕は、おかしいのかな」

「どうして、そんなこと言うの?」

「アンドロイドが、こんなにも人を好きになるなんて」


 クスクスと、頭の上からケイの笑い声。


「おかしい事なんてない。リクはリク。他の人やアンドロイドと比較する必要なんて無いの」

「そう、なのかな」

「当たり前でしょ。私のリクは、完璧なんだから」


 緊張がほぐれた。

 胸のつっかえが取れた、なんて胃も食道も無い自分が言っても意味ないのに、そんな気分だった。


「そっか」

「うん。だから、今日はゆっくり、おやすみ」


 ケイの命令コード(こもりうた)が、頭の中に流し込まれる。

 自分はきっと世界で一番幸せなアンドロイドなのだと確信しながら、リクはゆっくり思考をシャットダウンした。








「このデータに、間違いは無いのかね?」

「はい」


 広く、冷ややかな書斎に魚見レイは立つ。

 デスクを挟んでその報告を聞くのは魚見泰令────魚見コーポレーションの代表取締役であった。

 重厚な木目調のデスクに並ぶディスプレイには、レイから送信された情報が並ぶ。

 その中には、ひとりの少年の写真も含まれていた。


「一般的な「マインドエラー」の場合、合理性の判断基準に揺らぎが発生はしても、一定の範囲に収まる傾向にあります。つまり、インストールされている基準の合理性を大きく離れることはありません。しかし……『彼』は」

「既存のあらゆる合理性プロトコルから逸脱した合理性……人間のデータに限りなく類似している」


 泰令は散布図を睨む。


「これは現存する全てのアンドロイドには見られない傾向です。そしてそれは────現在開発中のものを含めて、です」

「日辻リク、そして彼を作った日辻ケイ。彼等は……」


 レイは頷いた。


「端的に申し上げて、彼等は──────異常です」

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