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07 大蛇



「喰われた?」


 どういうこと? 言葉の意味を瞬時に理解できないでいた。あたりに異様な空気が流れる。

 ルフェイがしゃがみ込む。そして男の視線に合わせながらゆっくりと話しかける。


「他の人たちは?」

「デカい蛇だ。蛇、蛇が急に上から降ってきて、あいつを――……くそっ」


 大男は言葉を詰まらせ項垂れた。

 細身の男が肩を叩きながら立ち上がらせると、ルフェイに「あの小僧と姉ちゃんが危ねぇな」と言った。

 他の傭兵が来そうな気配はない。大男の叫び声が届かないところにいるのか、すでに蛇の餌食となっているのか。彼の前で犠牲となったのが一人。全部で七名なら、あと一人所在が分からない。この騒ぎで姿をみせなかったということは最悪の結果――もしくは、リンジャの方へ行ったか。


「とりあえず少年のところに急ごうか」


 ルフェイを先頭に進む。あたりを警戒しているが、とても静かな新緑が続いていた。まるで、先ほどの出来事が嘘のように感じてしまう。しかし相変わらず細身の男が怯えきっており、自分が踏みしめた草木の雑音にさえビクついている。そんな様子を見ていると、細身の男と目が合った。


「見慣れない顔だな」

「昨日着いたばかりで」

「余所者か」

「みんなそう言いますよね」

「どう言われたいんだ。客、ではないだろう」

「確かに」

「初仕事でこのザマじゃ幸先悪いな」

「ってことは結構最悪なパターンなんですか」

「嬢ちゃんの言う最悪てのは何だ? 人が殺されることか? 魔物が出たことか?」

「じゃあ、あなたの言う幸先の悪い出来事ってなんです?」

 

 ミコトが言い返すと、細身の男は目を見張って驚いた表情を見せた。

 そうしてほくそ笑んだ後、まいった、と呟いた。


「ガイ、だ」

「へ?」

「嬢ちゃん、名は」

「ミコトですけど、いきなり名乗られてもパッとしないので前置きが欲しかったです」

「人間はもちろん魔物も色んなものが住んでる無法地帯だろう。どうにも入れ替わりが激しいからな、余所者は特に。名を覚える頃には消えるもんだ。余所者は余所者で十分なんだが、どうにも嬢ちゃんはしぶとそうだ」

「あ、ありがとう?」


 これは誉め言葉として受け取っていいものだろうか。ミコトは複雑な気持ちを抱いた。

 やがて、視線の先に広場のような空間が映る。

 幸いにもリンジャは無事で、少年を庇いながら四方を警戒しているところだった。


「ルフェイ!」

「無事でよかった」

「何があったの? あんたたちだけなの?」

「大蛇が現れたようでね。一人喰われたみたいだ。あとの一人はわからない。こっちには来ていないようだね」

「そんな――」


 リンジャが口を覆った――そのときだ。リンジャの背後――頭上の枝木が揺れたと思った瞬間、大きな何かがボトリと落下してきた。ミコトは反射的に抜刀した。蛇だ。本当に大きい。私の二倍はあるんじゃない? いや、それより全然大きい。赤い鋭い瞳で、上下二対の牙が剥き出しになっている。そして、その牙からは赤い液体が生々しく滴り落ちていた。

 その前で振り向く彼女は美しい人形のように静止していた。


「リンジャ!!」


 ルフェイの叫びと同時に彼女は身体をビクリと震わせ、その場からかけ離れた。

 すかさずガイが大蛇に投石し、それは見事に命中した。

 しかし、逃げ延びたのはリンジャだけだ。彼女と一緒に居た少年は動かずにコチラをぼんやりと見続けている。動かないと、何をやっているのか。怯んで動けないのだろうか。このままでは格好の餌食。大蛇が怯んでいるうちなら間に合うかもしれない。

 助けないと。

 ミコトは咄嗟に少年の元へ駆け出そうとするも、誰かに腕を掴まれてしまう。


「待て」


 ルフェイだ。

 どうして止めるのか。また犠牲を出すつもりなんだろうか。目の前で少年が喰われる様を見届けろと? そんな残酷なことできるわけがない。彼を睨み、手を振り払おうとするが、予想外に力が強かった。 


「見殺しにしろというの?!」

「違う」


 彼はまっすぐ少年を見た。

 どうしてダメなのか。このままでは確実に餌食になってしまう。しかし他の者たちも動かなかった。一定の間合いを保ちながら睨み合いを続けているような感じだ。何かあるのか。ミコトも腕の力を緩め、冷静になった。

 大蛇は少年のすぐ後ろに居た。

 いつでも丸呑みにできるだろうがなかなかそうはならない。

 大人の男を二人平らげて満腹だとか? 少年を襲う気配がまったくなかった。そして少年も同じく大蛇から逃げようとはしない。それどころか全く後ろを見ていない。怯えてすらいない様子だった。何かおかしい。ミコトは違和感に気付く。まるで無反応なのだ。大男が腰を抜かすほどの大蛇に少年が無反応なのはおかしい。


「まさか――」


 少年をよく見た。

 微かだが瞳が赤みを帯びている。


(人が、憑りつかれてる)


 聖霊士になる過程でその文献に触れたことはあった。

 実際に見るのは初めてだ。これも間違いなく環境の違いだろう。故郷では動物が聖霊に乗っ取られる例も年に数件だったのだ。人間が聖霊に憑かれることなどまずない。だが目の前には文献で見た状態の少年が居る。

 ミコトは生唾を飲み込んだ。

 この場に居る自分以外はそのことを察し、だからこそルフェイは止めてくれたのだと理解した。あのまま飛び込んでいれば魔物の思う壺だったのだろう。

 誰も向ってこないと判断したのか、大蛇は草むらに姿を消してしまう。あの巨体で素早い動きができるというのは反則級だ。だからこそ次にどこから現れるかがわからない。そう思うとゾッとした。先ほども頭上から落ちてきた。深い森の中、頭上に生い茂っていない部分などそうはない。


「腕、大丈夫かい? 結構力を入れてしまった気がしてね」

「すみません、気付かなくて」

「当然さ」

「でもどうして魔物はこんなことを――」


 傭兵は喰らったがあの少年は喰らわなかった。


「たくさんの人間をおびき寄せるため、なんじゃないかな。こんなことしょっちゅうやっていたらバレるだろう? だから一度にたくさん食べて、あの子も食べてしまえば証拠は何も残らない。腹が減ったら別の街で同じことを繰り返しているのかもしれないね」


 考えるとゾッとする。

 同じようなことが起こって、知らないうちに人が亡くなっている。そうしてまたどこかで同じように喰われる。今回がその機会だった。まんまと罠に引っかかったということになる。いつどこで喰われるかわからない。


「じゃあ、任務から戻ってこない人は」

「行方不明なんて把握していたらキリがないさ。戻ってこないということは、そういう状態だってことを割り切っている」


 兄さんも。と、ルフェイが呟いた気がした。


「そりゃ、皆が皆喰われているってワケじゃないけどさ、アレだって生きてる。そう思えば、僕らが狩りをして生きながらえているのと同じだろう? 魔物も生きていくためにはエネルギーが必要だからね。そんなことをする必要がない聖霊がどうしてこの道を選んだのかはわからないけど、生き物に憑くってことはそれが必要になるってことだから不思議なワケじゃない」

「生存競争ってこと?」

「どうなんだろうね」ルフェイが苦笑した。「たまに、何故戦っているのかわからなくなるんだ。この状況が当たり前で終わりなんてこない。どうやったら東みたいに平和になるんだろうってそれこそ不思議に思うことがある」


 戦いの終わり。

 改めて言われるとわからなかった。ザックリと言ってしまえば平和になるということに間違いないだろうが、どの常態をおいてそうなるのかはわからなかった。

 いつまで戦い続ければいいのか。

 終わりの見えない未来にミコトの心がキュッと押さえつけられた気がした。不安で仕方がない。刀だけが取り柄のハズなのに、こんなに心細く感じたのは初めてだ。恐る恐るルフェイを見詰めた。


「終わるのかな」


 ――瞬間、頭上の枝木がザワツク。

 嫌な雰囲気が肌にピリピリと伝わってくる。

 大蛇だ。すぐそこまで来ている。

 問題はどこにいるのか。

 ミコトは感覚を研ぎ澄ませた。

 音は聞こえない。ざわざわと揺れる木々。木の葉や枝の軋み。それが大蛇によって生まれてくるものなのか。すぐに判断できない。が、きっとできなければ終わってしまうのだろう。そこまでだ。あれほどの巨体が動くとき、自然とは明らかに違う点があるはず。それが何なのか。

 わからない。

 ずっと森に暮らしてたのならわかるのだろうか。そんな気持ちをわかるようになる頃には終わっている。私が必要なのはそうじゃない。いや、すでにあるものでわからないといけない。

 わかる? 感じる? 

 それは、できる。

 感じればいい。

 

 ――やはり、上。

 

 反射的に飛び退くと、間髪入れて大蛇が落下してきた。

 抜刀して応戦しようと構えるが、またすぐに大蛇はどこかへ姿を消してしまう。冷汗が全身から噴き出した。そんなに動き回っても居ないのに、ゼイゼイと呼吸が乱れる。一体どこへ行ったのか。次はどこにくるのか。意識を集中させ気配を追うが完全に消えていた。飛びかかってくる寸前までわからない。

 神経が磨り減る。

 そんな状況に耐えかねたのか、大男が短く悲鳴を上げた。


「ど、どうすんだ。俺ら全員喰われるのを待つしかねぇのか」

「とりあえず、下手にここから動くのはやめておいた方がいいだろう」

「はぁ?! 大人しく喰われろっていうのか?!」

「そんなこと言ってないでしょ?! ちょっとは落ち着きなさいよ!」

「冗談じゃねぇ!! ……ってか、あのガキ殺しちまえば魔物も死ぬんじゃねぇか?」


 リンジャが少年を庇い、大男を睨みつけた。


「あんたバカ?!」

「そいつは魔物と繋がってんだろ? 殺すしかねぇじゃんか」

「あんた何年傭兵やってんの? それともただのバカなの? さっきルフェイも言ってたでしょ? この子は利用されているだけなのよ。餌を巣穴に連れてくる誘導係って感じかしら。魔物を殺すか、聖霊との媒介になってる核を破壊すれば解放されるはずだわ」

「魔物の回し者にはかわりねぇ」

「ホント頭が悪いわね、利用されているだけって言ってるじゃない!」

「んだと?! ならさっさと魔物をぶっ殺して解放してやればいいんだろ?!」

「――いや、できればそうする前に戻してあげたいかな。もし憑かれている期間が長いと核が入り込んで、意識が上手く戻らない場合があるからね」

「じゃあやっぱ――」


 ルフェイが低く唸りつける。


「――殺さないよ」


 大男は分が悪そうに舌打ちをしてから黙り込んだ。

 少年は人形のように佇んでいる。彼自身が襲ってくる気配はない。

 ルフェイはこの場に居る全員を一か所に集めた。少年の核を探すリンジャを護るように四方をミコトとルフェイ、ガイと大男で固める。とりあえず死角はないだろうが、どこから来るのかはわからないのだ。警戒を続けると心身疲弊し始めている。こんなに一ヶ所に集まって大丈夫なのだろうかという不安もあるが、一人でキョロキョロするよりは精神的負担も和らいでいるように感じた。

 それぞれ武器を構え、警戒を続ける。


「リンジャ、見つかりそうかい?」


 しかしながら、そう簡単に見つからないらしく彼女は唸り声を上げて答えた。

 魔物も異変に気付いたのか、辺りの気配がピリピリと張り詰め始める。

 また来るような気がする。


「ミコト」ルフェイが言う。「さっき、この戦いの終わりがどこなのか訊いたね」


 暗い草むらの向こうに大蛇の影が見えた。

 刀の柄を握りなおす。ルフェイの語り口調は穏やかだった。何か古くから伝わる逸話を子供に訊かせるかのような、少し懐かしいような雰囲気。ミコトは大蛇を睨みつけながら耳を傾けた。


「きっと終わりはないだろう。もしここが平和になったとしても、この先の何処かが戦場になる。だからきっと終わりなんてないだろう。けれど、僕自身の終わり――というか、目標みたいなのはあるよ。僕は、僕を育ててくれたこの街を護りたい。だから戦っているんだと思う。だって大切だから。君が言う『終わり』とはまた違うかもしれないけど、そんなんで良いんじゃないかな」


 彼は不甲斐なさそうに苦笑した。

 でもそれでいいのかもしれないと思えた。街を護りたい。その先には平和がある。この場に居る他の者たちにも思いはあるのだろう。あのヴェルスも何か目標があるのだ。たぶん。きっと。もしかしてないかもしれない。考える人を間違えたような気がする。大体話なんか通じないし。というか、なんでヴェルスが出てくるのか。

 いい話が台無しだ。ミコトはムッとした。

 自分の目標はなんだろう。

 傭兵になりに来た。そんなものが理由になりえるのだろうか。結果的にそうして生きていくしかなくなってしまったからだ。

 私も何か見つけられればいいな。

 

「今は、生きて戻る!」

「その通りだ!」


 大蛇がヌルリと動き出した。





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