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06 小さな依頼者



「もう、遅い!」

「ごめんごめん、あまりにも朝日が気持ちよかったものだからさ」

「ミコトもどこに行ってたの?!」

「ちょっと朝の風を感じに――……すみませんでした」


 リンジャは赤毛を揺らしながら頬を膨らませていた。

 ギルドの入り口。大きな扉を入ってすぐにある広間の中心に大きな柱がある。そこには素材の木の目が見えないくらいビッシリと紙が張り付けられてた。すべて依頼だとルフェイが説明してくれた。魔物退治は意外と少なく、街の近辺への護衛が多いような気がした。そして依頼主も老若男女問わず様々で、今日彼らと一緒に同行することになった依頼の主はまだ幼い少年だった。


「今回の依頼主、ソォル君よ。内容は薬草を摘みに行く護衛。でもって、その周りにある鉱物は報酬代わりだからいくらでも採掘して良い――って感じかしら」

「そんなに大量に薬草が要るのかい?」

「倒れたお父さんがそういうお仕事なんですって。どうしても必要だって……」

「そんなこと無理なものは無理じゃないか。僕が交渉してあげようかい?」

「あたしも同じこと言ったけど、主要なお得意先だからどうしても行きたいんですって」

「そう言われちゃ手助けするしかないね」

「馬車はいつも使っている分があるし、道は知っているみたいだから大丈夫らしいわ」

「了解」


(こんな幼い子が依頼主だなんて)


 ミコトは再度、少年をまじまじと見つめる。

 服装から察するに裕福ではない。報酬代わりに採掘で手に入れた鉱物は全て自分のものになるというのはその為だろうか。

 それがどれほど貴重なものなのかわかるような知識はない。こういうのが世間知らずっていうんだろうな。興味はあるけどあえて聞くのも場違いな気がするし。ミコトは辺りを見渡した。

 ルフェイ、リンジャと少年。あと数名傭兵がいる。

 こんなに人数がいるのものなのだろうか。全員が満足するほど採掘してしまうとなくなってしまうのではないか。ちょっと気がかりになってしまうが、少年にこの中の誰かを選ぼうという気はないらしく、ただ忽然とその場所に立っている。

 異様に大人しい子だ。

 大人に圧倒されて緊張しているというようには見えない。

 やはり、この地で育った子供は肝が据わっているのだろうか。ただ笑顔の想像もできないのが寂しく思えた。


「よし、そろそろ行こうか」


 ルフェイが明るく拳を上げる。

 少年は何も言わずに歩を進めた。傭兵たちは後に続き、ミコトもそれに続いた。

 やがて丁度街の裏側になるだろう塀の入り口に到着する。そこには古くぼろい馬車がポツリと止まっていた。

 少年が静かに指をさす。


「乗って」


 淡々とした口調にその場の人間は一瞬不気味に感じたかもしれない。少なくとも、ミコトはそうだった。しかし、ルフェイとリンジャはなにも言わなかった。彼らに続き荷台に乗り込むと、すぐに馬車内は満員になった。

 傭兵は全員で7名だ。

 そうして天幕が閉じられた。

 ガタガタと荷馬車は揺れ、その度に他の傭兵と身体がぶつかる。他の傭兵たちは少々興奮したような面持ちで話し合いほくそ笑んでいる。馬車の乱暴な環境にも舌打ちひとつしない。

 底が抜けていないのが不思議なくらいだ。7人の傭兵でスペースはほとんどない――ということは、収穫した鉱物を載せるスペースなもほとんどない。もしかすると何処かに収納できる場所があるのだろうか。キョロキョロと周りを見渡すが、それらしいものは見当たらなかった。

 

(嘘。なんてことあるのかな)


 皆信じて付いてきているのだろうか。それとも本当だったらラッキーだって感じなのだろうか。あの少年の手助けをしてやりたいという善意あふれた男たちには見えないけれど……もしかしたら人は見かけによらないのかもしれない。 


「どうかしたのかい?」


 ルフェイが首を傾げた。


「平気です」ミコトは頷いた。「でも、こういった任務は誰でも依頼できるんですね。正直、あの子が依頼主だとは思いませんでした」

「あはは。まぁ、彼にも彼なりの事情はあるだろう。子供だって、いつ親がいなくなるかわからないような地域だからね、ずっと覚悟してきて今のような形になったんじゃないのかな。僕らギルドも、あの子ができるところまでは見守ってやりたいと思っているよ」

「見守る?」

「そう、見守る。手を貸し過ぎるのもだめなのさ。あの子がああしたいこうしたいっていうならできる範囲で協力するってことだよ」


 彼は優しく微笑んだ。傍に居るリンジャも頷いた。


「どう生きていくか考えて行動する、ということを尊重しているのよ。勿論、困ったときはちゃんと手を差し伸べる。間違えていたらアドバイスする。けれど、あの子が頑張ろうとしているならそれに答えてあげるのも成長に繋がると思っているの」


 やらないとわからないことってあるでしょう?

 丁度リンジャが言い終えた時、馬車がゆっくりと停車した。やがて天幕が開く。

 降り立った場所は深い森の中だった。誰もが周りの情景を見渡した。陽の光は木々の木々で遮られ、ぼやけた光が地面に届いていた。そしてじめじめとした湿気のおかげか地面がぬかるんでいた。ぐじゅり。ミコト脳内に昨日の光景が浮かび、少々顔が引きつってしまう。

 本当にここであっているのだろうか。

 傭兵たちも騒めき始めた時、少年が森の奥を指さした。


「向こう」


 少年に続いて歩き出す。

 少し抜けたところに小河があり、その近辺にたくさんの薬草らしきものが生えていた。少年は無言でその草を摘み始め、それを見た傭兵たちはいそいそと辺りを散策し始める。

 いつの間にか、少年の周りにはミコトたち三人の姿だけになっていた。


(……静かなとこ)


 護衛などいらないのではないか。そう思ってしまうくらい平和だった。


「いいところだね」

「ここも危ないんですか?」

「街の外はどこも危険さ。場所によっては絶対危ないところもあるけど――正直なところ、今どこにいるのか把握してるわけじゃないしわからないかな」


 言われてみればそうだ。どうやってここに来たのか知らない。知っているのは馬車を動かしていた少年だけになる。大丈夫だろうか。彼を目で追うと、リンジャが傍で薬草を摘む手伝いをしていた。

 すると、彼女と目が合った。


「あまり遠くに行かないのなら、あたしが彼の面倒を見ているから」


 他の傭兵は何処に行ってしまったのだろう。目視できないくらい離れたところに居るのは間違いない。やはり最初から鉱物が目的だったのだろう。しかし、少年は不満を訴えるどころか何事もなかったかのように黙々と薬草を収集している。


「すまないリンジャ、少し行ってくるよ」

「任せて」


 頼んだよ。ルフェイはそれだけを言い残すと森へ歩き出した。

 護衛は彼女一人だ。ギルドの幹部になるほどなのだから実力はあるのだろうが、どんな状況になるかわからない。昨日の今日だ、一人では行動していけない。

 手を振る彼女の姿が確認できないところまで離れてしまったとき、ミコトは立ち止まった。


「本当にこれでいいんですか?」

「彼女のことなら心配無用だよ。そんなに離れてはいないしね」

「もちろんリンジャさんたちのこともあるんですけど――」

「――というと?」

「私たちの目的はあの子の護衛じゃないんですか?」

「そうだね……まぁ、君が言いたいことはわかるよ。今のところ護っているのはリンジャだけだからね。ただ、今回は依頼主が子供ってことと報酬が鉱石だけってことだから、よっぽどのことがない限りはこの形になってしまうだろう」


 ルフェイは草むらを掻き分けながら歩き出した。

 少年の薬草摘みを手伝うわけでもなく、報酬の回収が先でいいのだろうか。しかしこちらとしても生計を立てているわけなので、危険が迫っていないのなら自由に行動していても良い――のかもしれない。


(早く見つけて戻ればいい)


 そう割り切るが、ミコトはあることに気付く。


「そういえば、その鉱石ってどんなのですか?」

「あぁ、綺麗な緑色の苔みたいな石だよ。紛れてわかりにくいけど、光沢があるからそれを手がかりに探してみて。これも薬の原料になったりするんだ――けど、おかしいな……」


 彼は立ち止まり、輿に手を当てて唸った。


「おかしい?」

「いや、全然見当たらないなぁって。環境的にはあってもおかしくないんだけど」

「本当にわかりにくいんですか?」

「まぁね。だけど、こんなに見つからないってことはないんだけど――もう先を越されたのかもしれないね」

「もしかして嘘ってことは……」

「まぁ、見つからない限りなんとも言えないけれど、なかなか見つからないものだからね。それに、まったくないのなら他の者たちが黙っていないさ」


 リンジャたちと離れているとはいえ、まだそれほど移動はしていない。

 先に探索にいった傭兵たちに取られてしまっている可能性が高い。草むらを掻き分けていると、草がキレイになぎ倒されている個所を見つけた。何かに押しつぶされた草で緑の絨毯ができている。それもかなりの長さがあり廊下のように続いていた。


(人が通った跡にしては幅が広い)


 何だろう。気になってルフェイに問いかけようとしたとき、遠くから男の叫び声が聞こえた。

 ルフェイと顔を見合わせ、その方向へと急ぐ。すると、屈強な大男が尻餅をついて青ざめていた。同乗していた傭兵のひとりだ。彼の視線の先には先ほど見かけた草の絨毯と似たような個所があった――が、その一部が赤黒く染まっていた。

 血痕だろうか。

 しかし個体は何も残ってはいない。「何があった?!」と、別の方向から細身の傭兵が姿を見せた。


「……く、喰われた」


 男は震えながら言った。



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