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04 戦地



 馬車の揺れにも慣れ、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。

 肩をゆすられ、目を覚ますと女性が微笑んでいた。

 すでに馬車は停止し、天幕の入り口が開放されている。他に乗っていた男性も順に下車していた。あの傭兵はすでに居ない。肌寒い風に身を震わせ、ミコトも後を追った。


(……ここが、ユエルイズノ)


 ミコトの身長の何十倍もある丸太の柵が街を囲っているようだった。どうやって建てたんだろうか。その姿に圧倒されながら街の中へ入った。すでに辺りは真っ暗だ。木製の柱には暖かい光を放つランプが点々と設置されていた。

 

(意外と街なんだ)


 柵の門をくぐると岩壁があり、更には堀と河があった。とてもしっかりしている。いずれも街を一周しているのだろうか。それらをまじまじと見届け灯りを辿ると大きな通りが視界に広がった。その道はまっすぐ大きな建物へ伸びている。脇には建物が建ち並び、ガヤガヤと活気が耳に入ってくる。

 戦禍の街。と、聞けば廃れ荒れ、人々も暗い雰囲気だと予想してしまう。ここまで来る道中の街で一番明るいんじゃないか。真逆の有様に少々拍子抜けしてしまっていると、いつの間にか自分の周りに誰もいないことに気付いた。

 今居る地点は馬車の停留所のようだ。様々な馬車が置かれている。


(とりあえずは休めるところを探さなきゃ)


 辺りを見回していると、あの傭兵――ヴェルスが騎手から賃金を受け取っているところが見えた。彼もミコトの視線に気付いたのか、悪態づいた表情を浮かべると、気だるげに街へと消えて行った。

 二度と会いたくない人だ。

 ミコトが眉間にしわを寄せていると、騎手が苦笑しながら近づいてくる。


「色々すまなかった。だが助かったよ」

「いえ、足を引っ張ってしまったのは事実ですし、思ってたよりも全然違いました。覚悟はしていましたけれど、結構生々しいものなんですね」

「なんだ、本当に初めてだったのか」

「故郷でも狩猟の経験はあったんですけど、それとは全然違いました」

「違う?」

「乗っ取られている生き物を殺すという感覚が。本当にこれでいいのかって思ってしまって」

「魔物を見るのが初めてなのか」

「いえ、そういうわけじゃ――だけど、あんなに数は居ません。狂暴性だって、こっちの方が増している」

「どのみち駆逐しなければ命がかかっているんだ。それは乗っ取られていようがいまいが一緒だろう」

「本当に全部斬らないと終わらないんですかね」

「どうだろうな。だが、話が通じない者同士が戦い始めてしまったら答えは戦うしかないだろうさ。命を取り合う敵同士だ。もし通じ合えるやつがいれば話は変わってきそうだが――とりあえず、あんまり深く考えすぎると死ぬぞ」

「すみません。あんなに偉そうに言って飛び出してったのに……」

「なんで謝る必要がある。最初は誰だってそうだ」


 騎手はニカッと歯を見せた。


「あんたはちゃんと立ち回れていたと思うよ。正直、あそこまでできるとは思っていなかった。あんたみたいに綺麗で若い娘さんが一端の傭兵みたいに動いたときは目を疑ったよ。そりゃ、ヴェルスに比べりゃ劣るのは当然だが、あいつは特別だからな。気にすることはないさ。もっと自信を持つと良い」


 そう言って彼はヴェルスが去って行った道をぼんやり見詰めていた。


「あいつも何か変わるといいんだが」

「――変わる?」


 ミコトが疑問する。すると騎手は腰に手を当て、呆れたように話し始めた。


「アレのやる気がないのはいつものことでね。急に街に現れてずっとあの調子だ。態度はあれだが何かと手を貸してくれることもある。利用する者は少ないがね。それでも信頼できる腕、と言っていいかな。どうしてそうなのかって事情は皆触れない。それがこの街の暗黙のルールってヤツだからな」

「暗黙のルール?」

「あぁ。あんただって何か事情はあるんだろう? だが、そんなことはお構いなくこの街は歓迎してくれる。力さえあれば生きていける街だ。俺が察するにあんたは問題ないだろうよ」

「ならいいんですけど」

「まぁ、何かあいつの心を覚ましてくれる者が居ればいいんだが……意外とあんたかもしれないな」

「えぇええええええええ?!」


 絶対無理だ。ミコトは首を横に振った。

 人と関わりたくないとかそういう考えはない。これまで限られた人物のみと接してきた為か、多少他人との交流が億劫に感じてしまう部分はあるものの、まったく仲良くなりたくないというワケでもない。けれどもあの傭兵――ヴェルスとだけは親しくなれそうにもないし、そうしたくもないと思った。気が合わない人が居て当然だろうし。大体、街の人も彼に依頼しないというなら、評判はハッキリしている。彼を避けても変に思われないだろう。

 絶対にお近づきになりたくない。

 この騎手は何を言い出すのか。 


「無理ですよ、あんな人。相性悪いですから。もう嫌いですし」

「なかなかハッキリ言うじゃないか。まぁ、俺を含め、街のヤツらはあいつに何を言っても聞き入れてくれないというにはわかっているからね」

「ならどうして私が――」


 ふと、騎手の視線がミコトの後ろにあるのに気付いた。そうして彼は軽く手を振ってみせる。何事だろう。ミコトが振り返ってみると、ガッチリとした皮の傭兵着に身を包んだ若い男女がコチラに向かってきていた。

 青年の方は金髪だ。少しクセ毛がある。それでいて、まだあどけない少年といったような顔立ちをしている。女性の方はサラリとした赤毛の長髪が特徴的で、衣の上からでも豊満なボディーラインがハッキリとみてわかった。


「すまないね、話しの途中だったかな」

「いいや、問題ないですよ」


 また機会があれば。と、騎手はミコトに笑いかけ去ってしまう。

 取り残されたミコトは戸惑いながらとりあえず二人に向かって会釈をした。すると目の前の彼らは微笑みながら「初めまして」と、話しを続ける。


「魔物相手に勇敢に戦った少女というのは君かな?」

「は?」


 いつ誰がそんな話をしたのか。

 一瞬、身に覚えのないことのように思え、返答がおくれてしまう。すっかり会話のタイミングを逃してしまった。しかしなぜそんなことを聞くのだろうか。やはり街の人間でない自分が戦うのはマズかったのだろうか。きっとそういうことだ。 

 上手い言葉も出ず、口パクパクとを開閉させていると青年がクスリと笑った。


「急に申し訳ない。戸惑うのも無理はないだろう、噂というのはすぐに広まってしまうからね」

「ルフェイ、いい加減名乗りなさい」


 女性が青年を窘めた。


「ごめんごめん。ついつい、ね? 改めまして、僕はこの街の傭兵所を営むギルドの頭領、ルフェイ。こっちは補佐のリンジャ。この度は本当にありがとう。君が怠けた傭兵の代わりに魔物と戦ってくれたと聞いているよ」

「いえ、逆に足を引っ張ってしまったみたいなので」

「そんなことはない。同乗者たちも言っていたさ。君が励ましてくれたとね」

「運が良かっただけです」

「謙遜しなくていいよ。偽りならば僕の耳には入ってこないさ。良ければ名前を聞かせてもらっても良いかな?」

「ミコト、です」

「素敵な名前だね」

「す、すてき」


 あまり言われたことのない言葉に戸惑うミコト。微笑みを浮かべてルフェイは頷いた。

 どう返せばいいんだろう。素敵なんて言葉を言えるとは自分でもなかなかイメージできないのに。キラキラと爽やかに輝くオーラが眩しすぎて言葉が思い浮かばない。もしかして言い慣れているのだろうか。そんな印象も浮かんでくる。とても社交的な好青年――といった感じ。

 あの傭兵もこうだったらもう少しマシな気がするのに。

 忌々しい表情が連想され、かき消すために首を振った。しかしどうすればいいのだろうか。ルフェイは尚も笑顔を保っている。微妙な雰囲気が流れ始めたとき、痺れを切らしたリンジャの咳払いが聞こえた。

 

「――ところで君は傭兵志望なのかい?」

「はい」

 

 すると彼はリンジャと顔を見合わせ、何か決意したように頷き合った。


「ミコト、早速なんだけど僕のギルドに所属しないかい? 勿論、返事は今すぐじゃなくていい。僕のところ以外にも小規模だけどギルドはあるしね。君のタイミングで大丈夫だよ。君のように腕の立つ人材はいつでも大歓迎だからね」

「ギルド……」


 ヴェルスにも訊かれたアレだ。何処の所属だ。そんなことを言っていた。


(傭兵って個々人の職じゃないってこと?)


 故郷では魔物や動物を仕留めたりそういった職に就いている者たちのことを『狩人』と言った。役割的にはそこに値するだろうとミコトは勝手に察していたが、思っていたよりもしっかりした職のようだ。自分が希望するからといって、自動的になれるようなものではないのかもしれない。

 ルフェイの話だとどこかのギルドに所属することで依頼が受けられるといったようなものだろうか。逆に、どこかに入らなければ仕事ができないということになる。それは困る。何も知らずに来た。よそ者呼ばわりされることだけはある。やはり、誰かわからない人物を戦わせるのはリスクが大きすぎるのだろう。そう考えてみれば、あの騎手がいかに寛大だったのかがわかった。

 彼の名前を聞きそびれたことを思い出し、惜しいことをしたと肩を落とした。


「ご存知の通り、この街――ユエルイズノは最前線。いつ何時、何が起こるかわかりません。ですから街はギルドという傭兵団体を作り、どんな傭兵がどれくらい居るかというのを把握しているのです。ですので、必ず所属していただかなければいけないという決まりがあります。しかし、登録すれば誰でも傭兵になれるというワケでもなく、厳しい世の中ですから、実力がなければどのギルドも受け入れない方針があります。もし任務中に亡くなってしまった場合、その者の実力を認めたギルトにも責任がありますので。戦えない者を戦地に行かせ無駄死にさせる行為は重罪です。余程、ですけれどね」


 リンジャの言葉に「その通り」とルフェイが相槌を打つ。

 やはり、この街で傭兵をする為にはどこかのギルドに属さなければならない――というわけだ。そうして彼らは勧誘に来ている。できるだけ多くの傭兵を手にしていた方が街での権力も多くなるのだろうか。

 それにしても来るのが早かった。あの男性か女性が彼らに伝えてくれたのだろうか。おかげで路頭に迷わずに済んだ。が、選択肢がないような状況に戸惑ってしまう。ここですぐに了承するものなのだろうか。でも即決してしまって浅はかなヤツだとか思われたりするのだろうか。迷っている時間が長引くほど優柔不断だとか思われたり――悶々としてしまう。

 そんなミコトの様子を見かねたルフェイが苦笑交じりに提案した。


「到着したばかりだしそんなに早く答えは出せないよね。だからもしよければなんだけど、明日にでも一緒に任務に行かないかい?」

「任務、ですか」

「他のギルドに先を越される前に――とは思ったものの、実際に君の実力は見ていないからね。それは君も一緒だ。お互い腕を見せ合った方が考えやすいだろう?」

「確かに」

「明日、簡単な採掘の任務が来ていたハズだし、それなら気軽に赴けるよね。考える時間もたっぷりできるはずだよ。返事はそれからでも全然かまわない、どうかな?」

「けれど、正式に所属したわけじゃないのに大丈夫なんですか?」

「所属の基準はそれぞれのギルドの頭領に一任されているから、僕が問題ないって判断すれば大丈夫だよ。その代わり、何かあったら責任重大だけどね。もし君が危険な目にあいそうになったら、僕とリンジャで守るから安心してほしい。その必要はなさそうだれけど」


 どんどん話を進めるルフェイにミコトは気迫負けしてしまう。

 ほぼ、何も言えずに聞くだけだ。傭兵になるという目的なのだから、願ってもない勧誘なのだけれど、安易に受け入れていいものなのかわからない。なんせ出会ったばかりなのだから。この街のこともよく知らない。もう少しよく見てみたいというのが自分の気持ちだろう。


「例えばなんですけど、ギルドに入っていない人っているんですか?」

「戦えない住人もいるよ。もし傭兵をするのなら所属は義務になっている――んだけど、掟破りもいる」

「所属していない傭兵?」

「傭兵に部類していいのかわからないけどね。偽善もあればバカみたいな報酬をふっかける者もいる。彼らはなんでも動くから、標的が魔物ではなく人だったりも……。そういうのを取り締まるのも任務になったりする場合もある」


 困ったものだけどね。と、ルフェイはため息をついた。

 

「おわかりだろうが、ここは開拓地で戦禍の真っ只中だ。簡単な収穫でも任務扱いになる。この街の中以外はいつ魔物に襲われるかわからない状況さ。ソロじゃまともに戦えない。だから、みんな力を合わせやすくどこかのギルドに所属している。普通のことなんだよ」


 ルフェイは微笑んでいる。しかし瞳の奥には強い意志が見えた。それは傍に控えているリンジャからも同じで、ルフェイよりもミコトの返答を待ち望んでいるように感じた。

 拒否する理由はない。むしろありがたい。そうわかっているのに、やはりなかなか返答はできなかった。

 今回はとりあえず。と、ミコトは承諾した。


「そうこなくっちゃね」


 万遍の笑みを浮かべるルフェイと握手を交わす。


「とりあえず今夜はうちで休むと良い。普段からも他から移住してきた者は落ち着くまでどこかのギルドで寝食するものだから特別扱いしているわけじゃないんだよ。貴重な人材だから、皆大切なのさ」

「ありがとうございます」

「僕はもう少し用事があるからまた後で会おう。ギルドへは彼女が案内してくれる」


 そう言うと、彼は小走りで路地のひとつへと入って行った。

 その姿が見えなくなると「私たちも行きましょうか」とリンジャが動き始める。ミコトは彼女の少し後ろを歩きながら街を眺めた。ある程度、生活に困らないくらいには何でも揃っていそうだ。食事をとれる店もいくつか並んでおり、どこも傭兵たちの活気があった。


「賑やかでしょう?」

「そうですね、思っていたのとは違う様子で驚きました」

「皆そういうわね。他の街はこんな感じじゃないのかしら」

「んー……静かというか、落ち着いている感じですかね。ここは元気がいいです」

「あたし、結構この街が好きなのよ。ここで育ったんだけど、こんな戦禍に女ってあんまり居ないからあなたが来てくれて嬉しいわ。もし何か足りないものがあったら気軽に相談してね」

「ありがとうございます」


 リンジャが歩く度に長い髪がサラリと揺れる。

 凛とした雰囲気で、とても綺麗な人だ。こんな素敵な人がユエルイズノの戦禍にいるというのが不思議に思えた。彼女くらい美しい女性ならば戦う他にも道は沢山あるだろう。

 いつの間にか彼女の背中を見詰めていた。

 この人は何を背負っているのだろうか。すると、リンジャが立ち止まり振り向いた。その瞬間、必然的に目が合ってしまう。気まずいというか恥ずかしい。すると、リンジャがすまなさそうに苦笑した。


「ごめんね」

「え?!」


 思わぬ言葉にミコトは目を見張った。

 むしろこっちが謝りたい心境なのに。


「勧誘のこと。急に話しかけて驚いたでしょ。帰ってきた人からビックニュースだーって聞いたの。強い女の子が来たって。ここ物騒だし、ホントに同性って少ないから嬉しくて、あたしは大歓迎だからいつでも入ってね――って、せかすのはルール違反だったわ。このことは大目に見て頂戴ね」


 リンジャが舌を出し悪戯っぽく笑った。 

 あの馬車に乗ったのも、彼らと巡り合ったのも縁だ。あれこれ考えすぎるのもよくない。

 

(なるようになる、かな)


 どのみち実際に関わって判断しなければ正直なところ分からない部分はある。基盤を少しずつ作って、余裕ができたら考えようとミコトは決心した。

 気が付くと、いつの間にか街の大通りの突き当りまで歩ききっていた。活気付いた場所から少し離れると、随分とひっそりとした落ち着いた雰囲気になっている。そこでリンジャの足は止まり、目の前に重厚な塀で囲まれた大きな館があることに気付いた。建物の材質は土だろうか。街の外柵に劣らず丈夫に作られている。


「ようこそ、ミコトさん」


 リンジャがニコリと微笑んだ。

 どうやらここが彼らのギルドのようだった。



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