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03 寝坊助



「ヤツらが動くのを待て。少しでも動いたら応戦しろ」

「わかりました」


 無数の紅い眼光がユラユラと見える。

 向こうも様子を伺っている。

 数はハッキリとわからないが、なるべく馬車に近づけないのが賢明だろう。だとすれば相手が動き出してからかなり前に出なければならない。待ってるよりも行った方が良いんじゃないか。そんな考えも浮かんでくるが、自己判断はいけないと心を落ち着かせた。


(この人の指示に従うんだ)

 

 何かを守りながら戦うというのは初めてに近い。突っ込んで彼らが襲われでもしたらそれこそ終わりだ。

 ミコトは体勢を低くし、刀の柄に手をかけた。いつでも動ける。


「――来るぞッ」


 魔物が動き出したとほぼ同時だ。ミコトも地面を蹴り、大きく前に出た。


「――っ!!」


 飛び出た勢いで抜刀し、襲い掛かってくる魔物へとそのまま刃を滑らせる。

 相対してみてわかる。狼の中でも小柄な種類だ。多少素早くはあるものの、対処できないほどではない。どうやら魔物たちは自分に狙いを定めたようだ。刀を振るうミコトへ四方八方から襲い掛かってくる。

 一匹、また一匹と首元を狙い仕留めていく。踏み込み交わしながら、はたまた振り返り片づけていく。素早く、的確に。そうしなければ動けてしまう。器の生命を確実に絶つように――「後ろだ!!」ミコトの耳に入った。騎手もちゃんとフォローしてくれている。自分のリズムが崩れないギリギリの合間に、追いきれない魔物たちへ弓を放ってくれていた。

 また一匹、また一匹――今で何匹目だろうか。

 数えていない。

 それでもまだ魔物は向かってくる。

 また一匹と刀を振り下ろした。

 刀が重い。徐々に呼吸が乱れてきているのがわかる。


(狂暴にはなっているけれど、数が多いだけで普通と変わりない)


 どうして聖霊は動物を乗っ取ろうとするのか。なぜこんなことが始まったのか。ミコトは疑問に思った。

 現世に器のない彼らは制限に縛られず自由なのだ。

 食べなくていい、眠らなくていい、疲れない。まったくもって不自由がない――というのは人から考えたイメージでしかない。きっと聖霊にも不自由はある。だからこそ彼らは器を欲する。

 彼らは彼らで寿命を持つ生命に憧れているのかもしれない。

 明確な寿命もない彼らにとって、制限がないというものこそが一番の制限なのかもしれない。

 煌々と獣の眼をギラつかせ、聖霊は何を訴えているのだろうか。向かってくる眼光を見詰め、牙を交わし、その腹部に刃先を突き刺した。引き抜きながら後方へ跳躍する――が、着地点が悪かった。魔物の亡骸に足を取られ、ミコトの体勢は大きく崩れてしまう。


「――しまっ」


 しまった。だがしかし彼らは待ってはくれない。

 ここぞとばかりに二匹の魔物が飛びかかってくる。


「くっ!!」


 尻餅をつきながら刀の刃で二匹の魔物と睨み合う。

 一匹の鋭い爪が腕に突き立てられズクズクと痛みが広がっていく。唇の端を噛みしめ痛みをこらえながら耐えしのぐが、さすがに重い。すぐには持ち直せそうにない状況だった。

 どうにか二匹の体重を受け止めていると、視界の隅で別の個体が馬車の方へ向かうのが見えた。


「――どいて!!」


 なんとかしないと。

 右脚で腹部に蹴りを入れ、軽くなった瞬間に二匹を突き放した。起き上がる流れで刃を一匹片目に突き入れ、そのまま息の根を止める。もう一匹と狙いを定めようとしたとき、負傷した腕がギリリと痛みミコトの集中力が途切れてしまう。飛びかかってくる魔物を何とか避け、距離をとった。

 まだ数匹残っている。


(こんなところで時間かけてる場合じゃないのに!)


 馬車では騎手が応戦している。しかしそれも時間の問題だ。

 ミコトの心に焦りが募る。しかし魔物の勢力は途絶えることはない。遠くに煌々とした眼光が見える。


「これが戦禍の西」


 里とは全然違う。違い過ぎる。道中だって、ここまで危険だったわけではない。

 ミコトは生唾を飲み込んだ。

 そうして首を振った。ここはまだ目的地のユエルイズノではない。そこが一番の戦況地なのだ。これ以上の過酷な戦いが待ち受けている。なのに自分はもうこの有様だ。このままでは足手まといにしかなりえない。このままでは騎手が言った通りになる。

 集中しろ。

 ミコトは深呼吸した。

 鉄の異臭が鼻腔をついた。魔物たちの血の匂い。やったのは自分だ。生きる為。護る為。聖霊士として成果を出せなかった自分に唯一できること。剣技だけが得意なのもきっと運命たったんだろう。誰が聖霊士だと見出したのか自分は知らない。けど絶対間違いだと思う。聖霊に契約を断られる聖霊士なんて有りえない。

 聖霊はとてもキレイで幻想的で――でも、自分には到底似合わない気もしていた。こうやって身体を動かしていた方が自分には合っている気がするし、何より生きている気もする。

 ミコトは刀を構え直した。

 膝をついたらそこで終わりだ。


「はぁ――ッ!!」


 一閃。

 的確に、焦らずに、素早く――仕留める。

 一匹、また一匹。足をとめるな。流れをとめるな。そのまま刃を振るう。勢いに乗れば力などいらない。横目で馬車の様子を見た。騎手がまだ応戦してくれている。上手い。さすがだ。魔物と睨み合い、絶妙なタイミングで弓を射る。一定の距離を保ち、絶対に近づけさせない。かなりの腕だ。冷静に対応している。

 しかし時間の問題だろう。彼の矢が尽きる時がリミットだ。


(あと、少し!)


 ――そのとき、荷台の天幕からあの青年が勢いよく飛び出してきた。

 そうして彼は馬車から飛び降りると豪快に槍を振り回した。

 魔物は呆気なく吹っ飛び、地面に叩き付けられ事切れてしまう。まるで小石を蹴るようにあっさりとした有様だった。


「遅いぞヴェルス!!」

「悪いが説教は後にしてくれ」


 騎手の怒号を背に、ヴェルスと呼ばれた傭兵が気だるげに近づいてくるのがわかった。すると、草むらに待機していた魔物が一斉に飛びかかってきた。


(こんなに――?!)


 終わった。さすがに対処しきれない。

 一度距離を置いて一、二匹で仕留めていかないと――反射的に大きく後方へ跳躍する。と、横から入れ替わりでヴェルスが前に飛び出した。彼は小さく息を吐き呼吸を整え、飛びかかってくる魔物に向けて槍を振りかぶった。

 一掃だった。

 ミコトは捌ききれなかった個体を処理するだけで、呆気なく終わってしまった。


(この人、強い)


 体格はミコトの倍ほどあるだろう。髪は短い。辺りが暗いせいでよくはわからないが、おそらく混じりけのない綺麗な白髪だということがわかった。珍しい髪色だ。老いているわけでもない。声音から推測してもまだ確かに青年だ。

 まじまじと見ているとヴェルスが不機嫌そうに睨みつけてきた。


「ったく、足引っ張りやがって。お前どこの所属だ?」

「所属? 出身地のこと?」

「余所者か」


 そう吐き捨て、槍を肩に担ぐとうんざりとした様子で馬車へ向かっていった。すると彼は「素人戦わせんじゃねぇよ」と騎手を一喝し、布切れで矛先についた血を拭い始める。

 あの寝ていた時の悪態の付き方は間違いなく彼だ。どうやら起きても機嫌が悪いタイプらしい。先刻の技術で見直しかけた考えを改め、仲良くはなれそうにないと思った。

 ミコトも同じように刀の手入れを始めると、ヴェルスが舌打ちをした。


「大体な、こういうのは素人がしゃしゃり出てきて良いもんじゃねぇんだよ。黙って大人しくしてりゃもっと手早く片づけられたもんだ。生きてられただけでも『よかったぁー』ってせいぜい喜ぶんだな」

「はぁ?! あなたが任務を全うしていればこんなことにはならなかったわ」

「あ? ちゃんと助けてやっただろ」

「何を偉そうに威張ってるの? 街についたら不適任だと言わせていただきます」

「ご勝手に」


 ごほん。と、騎手が咳払いをする。


「さぁ、早く去らないと。また新手が来るかもしれない」


 ヴェルスはまたも舌打ちをし、天幕の中ではなく騎手の隣に座り込んだ。

 ミコトは返り血の付いた衣と靴を脱ぎ天幕の中へ入る。

 乗客たちの視線を一方に浴び、思わず目を逸らしてしまう。改めて思い返すとあまりにも軽率な行動だったかもしれない。当たり前だろう。命がかかっているのに、知らない人間が勝手をしたために厄介なことに巻き込まれたのだ。どれだけ不安だっただろう。あの傭兵も動いてくれてよかった。


(ちょっと頭を冷やした方が良いかな)


 隅っこに座り刀を置く。

 乗客の人たちはユエルイズノの住人だろうか。だとしたらこれからお世話になる人たち。第一印象は最悪だ。でもやってしまったことは仕方ない。そう考えると軽率な行動だった――と悶々とミコトは呻き声を上げてしまう。

 到着まで目を瞑っていようと膝に額を付けたとき耳元で小さく「ありがとう」と、少女の声が聞こえた。

 ハッと驚いて顔を上げると、女性の腕の中で少女が笑っていた。


「ホントに、あんたが無事でよかったよ」

「いえ、ちょっと反省してます」

「どうしてだい?」

「場違いだったなぁーと」

「いいや、あんたが生きていることとあたしたちが生きていることが何よりの結果だよ。わかりやすいだろう。やり方はそのうち考えていくと良いさ。自分がどうすべきだったかって、あんたはちゃんと考えられるんだ、最初は誰だってそうだろう? 街まではまだ距離がある。あの傭兵も起きたんだ、身体を休めた方が良いよ」

「そう、ですね……ありがとう」


 精一杯微笑み返しながら歯を食いしばった。

 今気をゆるませたら、涙が溢れそうだった。何故だかはわからない。ただ、ほっこりと心が一段落ついたような感じがする。魔物を斬ったときの重い肉の感覚。生温かい体液のしぶき。それらでできたぬかるみ。感触が遅れて伝わってきた。気持ちいいものではない。指先が震えてしまう。


(……どうしたんだろう)


 怖かったのかな。ミコトは自分に疑問を投げかける。

 あんなに一度に生き物の命を奪ったのは初めてだ。聖霊に乗っ取られた生き物――動物たちは皆、魔物となった時点で彼らの死を迎えている。器だけが生きている。厳密に言えば生ける屍というわけで、命があるかと言われれば微妙に違うかもしれないが、魔物として動いているのだから生きていると言ってもおかしくないのだろう。

 勿論、その感触は刀を介して伝わって来た。

 ミコトは右手を見詰めた。


(これから、いくつの命を奪うんだろうか)


 そうすることに躊躇いがないわけではない。

 魔物の爪が食い込んだ部分はズクズクと鈍く痛んでいる。

 戦わなければ傷ついてしまう。自分は勿論、護るべき者もだ。だから戦う。深い意味はなかった。だけど、本当にそれでいいのだろうか。ミコトは静かに自分自身を抱きしめた。


(もし聖霊士になっていたら、何の為に力を使ってたんだろう。でもだぶん、そんなことすら考えなかったかな……)


 ガタゴトと馬車は揺れる。

 相変わらず、魔物除けの香がきつかった。





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