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02 聖霊と魔物



(清々しい……)


 天幕の外がこんなに気持ちいいとは。

 あの魔除けの香からの解放感は凄まじいものだ。

 新鮮な空気に触れ、反射的に深呼吸をついてしまう。風は少し肌寒いがとても心地よく感じた。

 と、振り返ってきた騎手と目が合った。しかし彼はミコトではなくあの傭兵が来たのだと思ったのだろう。けれども予想外れ――というか、思いもよらなかった人物の登場にショックが大きすぎるのか、見て取れるように彼の肩が下がった。

 そうして大きなため息が聞こえる。


「何しに来た、見物か?」

「これはどういう状況なんですか?」

「どういう状況ですか、だと?」騎手は吐き捨てるように笑った。「その小綺麗な服は都だろう? たまに居るんだよな、腕に自信があるから出てきたってやつがな。呆気なく死ぬか、帰るしかない状況になる。命があっただけ運が良かったと思ってほしいくらいだ。平和でお気楽な場所から出てきた小娘が興味本位で関わって良い遊びじゃない。ケガして泣いて済むと思ってたら大間違いだぞ」

「わかっています」

「だったらあんたの出る幕はない。大人しくしていろ」


 騎手は落ち着いた声音で低く唸った。

 先ほどの反応から推測すると、今は傭兵の助けが必要な状況なのだろう。

 ミコトは彼の背中を眺めた。

 彼は成人男性ではかなり小柄な部類に入るだろうが、とても筋肉がついていてガッチリしていると思った。自分との経験の差は天と地ほどあるだろう。彼は知っているのだ。何度も潜り抜けている。そうして当たり前だが、今がどういう状況なのかを完璧に察している。

 また馬が嘶いた。

 騎手は馬を宥めながらミコトを睨んだ。


「聞こえなかったのか? 邪魔だ」


 そう言って手綱を押さえつけている。とても手は放せそうにない状態だ。

 そんな現状にも関わらず、後ろで寝ている傭兵の青年は一向に起きてこない。

 

 馬車から草原を周囲を見回した。

 特に異常は見当たらないが、草原がやけに静まっているように感じた。しかし馬たちは何かを察知しているのだ。相手が見えない以上、油断できない状況に変わりない。相手もコチラが疲弊するのを待っているのかもしれない。とても不気味だった。

 ミコトは鞘を左腰のベルトに固定した。


「言葉の意味が理解できなかったのか?」

「わかっています」

「もう一度よく考えてみろ」

「あなたが言った言葉の意味を理解しての行動です」

「大人しくしていろ、と言ったんだがな」

「皆あんなに怯えているのにじっとしていられるわけない」


 騎手はとても冷たい視線でミコトを睨んでいた。


「確かに、よそ者である私が言えることじゃないんだけど」

「度胸だけは認めてやらなくもない」と、鼻で笑った。「――どうしてそこまでするんだ」

「この馬車の傭兵じゃない私がこんなことを言うのは間違っているかもしれない。でも、あの傭兵は起きませんでした。それなのにあの人を信じて待てと言われても私は受け入れられない。あなたも自由に戦えるような様子じゃないですし、危機が迫っているというのに大人しくしていらるわけないじゃないですか」


 騎手はため息をついた。

 そして弓に手を伸ばし「わかった」と呟く。


「コッチにとってはあんたも客だ。死んでもらっちゃ困る。もし死なれたとしたら、この馬車の信頼性に泥を塗る結果になるからだ。だが、あんたをフォローしてやれるほどの余裕はない。要するに、コロッと死ぬかもしれないあんたには任せられないってことだ。わかるか?」

「はい」

「あんたがもしダメになってもすぐ撤退できるわけじゃない。あんたを殺そうと向かってくるヤツらは自分で処理してから戻ってこなければ馬車には乗せられない。でなければ、あんたじゃない誰かも傷つくことになる。巻き添えはごめんだ。わかるか?」

「覚悟はできています」

「自己責任だ。自分の身は自分で護ってくれ」


 ミコトは頷いた。

 騎手はまたも大きなため息をついた。


「ったく、ここまで言っても無駄か。正義感が強いのかただの身の程知らずか……まぁ良い。どうせあいつはギリギリまで起きんだろうからな」

「いつも寝てるんですか?」

「ほとんど、だ」

「でも傭兵なんですよね」

「腕は確かなんだがね。気分屋だからな、あいつを雇うやつがなかなか居ないのさ」

「誰も咎めないんですか?」

「色々思う部分はあるが、あいつにも事情があるんだろうよ」


 事情か。と、ミコトは青年が寝ている背後に視線を向けた。

 騎手はなかなかしっかりとした人柄なのだという感じがした。だが正直、傭兵の青年を信頼できるかと言われれば答えは否になる。たぶん騎手と彼には何かしらの絆的なものがあるのだろうが――信頼されるに価する人材なのか全然わからない。今の時点で自分には無理だと、ミコトは眉をひそめた。

 命懸けの状況でこうも寝ていられる度胸の持ち主。絶対起きてこない気がする。

 彼の加勢は期待しない方が良いだろう。


「この辺りはどんな魔物が多いんですか?」

「盗賊も出没するが、魔物は肉食で狂暴性が強い類のヤツだ。今回は後者だろうさ」

「どうしてそれが?」

「こいつら」そう言いながら彼は顎で馬を指す。「人間なんぞじゃ動揺しない肝っ玉だからな。逆にそれくらいじゃないと使えない」

「たくましいんですね」

「人の手が及ばない地域はこういうもんさ。色んな生き物が住んでいる。それは当然だろう? だから聖霊が沢山いる。身体を持たないヤツらにとって、動ける器を乗っ取るには格好の場所だからな。より取り見取りってわけだ。でもってこの地域は肉食系の生物が多く生息している。必然的に、狂暴な魔物に遭遇する確率が高い」


 言い終えて、彼は草原の一角――丁度目前の草むらへゆっくりと指さした。


「さぁ、お出ましだ」

「――……?!」


 ミコトは息を飲んだ。

 日が傾き暗くなってきている草原の一角に、赤々とギラつく鋭い光が点々をあったのだ。

 そしてそれが全て魔物と化した狼の眼光だということに気付く。数はすぐに把握しきれない。おぞましい程の群れだ。


(こんなに?!)


 故郷での狩猟の際、普通の狼の群れに遭遇したことはあるがこれはそれ以上の数になるだろう。

 聖霊に憑かれた肉食動物が魔物となると理性が消滅するために凶暴性は増す。今までの狩猟とは断然違うのだ。例え傷を負わせたとしても彼らのハンデにはならない。迷いなく、庇うことなく命を狙ってくる。

 

(これが、魔物……)


「怖気づいたか?」

「正直驚いています。動物の身体を乗っ取る聖霊がこんなにいるなんて……」

「この辺りじゃ珍しいことじゃない。人間は意志が強い分乗っ取られにくいが、それに比べ獣は安易に手に入る器なんだろう。人に手を貸す聖霊もいるが、ヤツら自分に都合がいい特別な人間にしか手はかさん。そういうケースは珍しいと思った方が良いだろう。聖霊士だったか? 自我は保っているが、あいつらも乗っ取られているにすぎん」


 ミコトは複雑な気持ちになった。

 確かに、聖霊士になりえる者は一般人と比べると体のつくりが違う。

 まず彼らと意思疎通できる知識が要り、聖霊の力を受け入れ保持する器が必要になる。訓練していない凡人でも、意志疎通を補うことはできるが、器が育っていなければ力が身体を蝕み命を奪われてしまうことになりかねない。それは同時に、契約した聖霊も多大なダメージを負ってしまう。最悪の場合、存在が消滅してしまうことさえあるのだ。

 そのため契約は難しく聖霊士は貴重になっている。

 もし契約が成功すれば、聖霊の奇跡的な力を発揮することができる――のだがしかし騎手が言ったように、見方を変えれば憑かれていることに変わりない。


(あまり聖霊士のことは言わない方がいいのかもしれない)


 心に仕舞いながら馬車を降りた。



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