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27 地を統べる聖霊(下)






 落ち着いた雰囲気の談話室には、あの時と同じ顔触れが揃っていた。

 が、今回はミコトの前に使者とルフェイが座っている。前回でいう使者の立ち位置に自分がいるということが異なる点だった。

 使者には事前にルフェイから話がいっている――のだが、些かその表情に疲労が見えた。目元にクマができている。ミコトは少し同情した。かといえど、里に帰るつもりはさらさらない。


「お話というのはなんでしょう?」


 彼は懸命の笑顔を見せた。

 どこかしら痛々しい様子にルフェイも薄く苦笑を浮かべている。


「貴方は聖霊士なんですか?」

「いえ、自分はただの士団員ですので、もちろんそのような力は授かっておりません」


 ミコト自身、聖霊士の修行をしていた時はほとんど人に会わなかった。

 同じく修行を行っている者や、世話をしてくれる一定の人物のみ。今思えば、儀式のときには数えきれないほどの人が居たものだ。近くに里を支える小さな村はあれど、合ったことはない。一体何をしているのか。ミコトは疑問に思った。


「じゃ、里ではどんなことを?」

「何故そのようなことを?」

「その、きょ、興味があるもので……」

「興味ですか」

「外界との接触を禁じられていたものですから、ありのままの里の姿を知りたいと思いまして」

「そうですかそうでしたか! 懐かしんでいただければ幸いでございます。士団員として許された者の役割はそれほどございません。わたくしは、各地に赴く聖霊士の居場所の把握や素質のある者を探したりあとは施設の管理などを任されておりました」

「聖霊術には詳しいんですか?」

「ミコト様には遠く及びませんが、基礎的な知識はあるかと――何か疑問でも?」

 

 使者の目にランランとした光が宿るのがわかった。

 あまり深くかかわるつもりはないが、そうならないように気を付けなければならないと慎重に言葉を選ぶ。


「わ、私の他にアルヴァリウスみたいな聖霊と契約できた人ってどんな人だったのかを知りたくて。他方への発展があったってことはそういう人も居たってことですよね。けれど、今まで訊いたことがなかったなぇって思いまして……。ほら、心意気とか、何か気を付けることとかあるなら参考にしておきたいですし! 皆さんすごい偉大な人だったのかな――なんて、あははは、は……」


 ルフェイが分が悪そうに眉間に手を当てていた。

 いやこういうの初めてだし、わからないし。内心悪態をつきながらも、自分でも不自然な話し方だったとミコトは後悔した。肝心の使者はだんまりを続け、返答もない――と、急に立ち上がった。

 え、なに?!

 思わずミコトとルフェイが身構える。なんかマズいこと言ったかなと、使者をじっと見つめた。小さくワナワナと震える彼の姿。怒っているのかそうでないのかわからない。しばらくして使者がバッと顔を上げた。


「――流石ですミコト様!! 偉大なる功績を納めた聖霊士の器としての品格を磨きたいと申されるのですね?! そして、過去の英雄を背負い、この世の希望の筆頭となるべく知識を得たいとは……、わたくし感激いたしました!!」

「――へ?」


 ルフェイが笑いをこらえている。

 彼を軽く睨みながらミコトは必死に言葉を続けた。


「そ、そうですそうですその通り! 差し支えなければ助言をいただきたいなーと思ったんですけど、公は恥ずかしいので内密にお願いしたいです」

「ええ! ええ!! もちろんですとも!! わたくしがミコト様のお力になれるのでしたら是非とも!!」


 使者は順調にぺらぺらと語り出した。

 それはまるで寝つかない幼子に夢物語を訊かせるかのように希望と光に満ちた内容だった。聖霊士が人が統べる地をいかに広げ繁栄させたか。そして現在もなおその力は残り続け、世界を支えるかけがえのない素晴らしい力なのだということを。

 語るにつれ、使者の表情は驚くほどに晴れやかになっていった。

 先ほどの顔はどこへ行ったのか。

 ある程度聞き終わり使者も満足げな様子を見せ始めたとき、ミコトはさり気なく口を開いた。


「すみません、地の平和にする術について少し過程があるんですけど良いですか?」

「はい? ええ、どういった?」

「魔物に憑いているのはもちろんその地の聖霊となりますよね。ということは『その聖霊を介して地の聖霊が命令を出して動かす』というのは可能なのでしょうか」

「聖霊士が大聖霊を介して魔物を統べる、と?」

「ええ」

「そうですね――……斬新なお考えですがそれは少し無理があるかと……」


 使者は首を横に振って否定した。

 あまりにも早い返答にミコトとルフェイは愕然と顔を見合わせた。


「まず前例がございません。例えば魔物に宿った聖霊との意思疎通が可能ならば多少なりとも勝算はあるでしょうが、対話はまず不可能でしょう。ですのでその術についても不可能だと断言できるかと思います」

「放すことが出来なくても、身振り手振りでどうにか意思疎通を図るというのは?」

「身振り手振り、ですか?」

「ええ。魔物に宿った聖霊と、ですが……」

「……もしや、ミコト様は魔物とそれに宿った聖霊を別にお考えなのですか?」

「そう、ですね」

「これまた斬新な」

「――というと?」

「魔物は魔物、ということでございます。確かに、聖霊が生き物に憑いた際に成り上がるのが魔物――ですが、その後に聖霊としての意志が残っているかどうか確かめる術はございません。聖霊士は魔物を討ち、その魂を送ることはできますが……言ってしまえばそれだけにございます。聖霊の恩恵を授かることができる術があってこそのものでしょう。魔物と意思疎通を図った聖霊士など訊いたことがない。意思疎通を図らずとも、魂を送ることはできるのですから」


 ならば聖霊と契約する必要性の方がなくなってくるのではないか。魂を送る――つまり、魔物を討伐するのは聖霊士でなくてもできることだ。そこに魔物と人の問題の解決方法があるとは思わない。聖霊士だって生まれないだろう。争い、生き残ればいいだけの事なのだから。

 ミコトの疑念はますます深まった。

 聖霊士の浄化は魔物を殺すことだけにあるのだろうか。というか、使者の口ぶりからすれば魔物に憑いた聖霊が見えるということすら危うい事実になる。

 ミコト様? と、使者の心配そうな声が聞こえハッとした。


「――ぁ、すみません、少し混乱してしまって……。まだ聖霊を宿したばかりでわからないのですが、聖霊士のいう浄化とはどんな術なのでしょうか」

「それはもちろん、魔物を殺すことにございます」

「――な」


 思った通りだ。

 聖霊と契約して、何をしてるのか。

 聖霊と契約した意味とはなんなのか。

 平和の、安寧の象徴だからだろうか。


「私たち聖霊士はどうして聖霊と契約するんでしょうか」

「ミコト様?」

「私は、ただ魔物を殺すだけなら傭兵と変わらないと思うのですが。聖霊との契約はどうして必要なのでしょうか」

「聖霊との関りがもたらす安寧はわたくし共にとってかけがえのないもの。ですから、聖霊士は云わば、この世界の象徴にございます。だからこそ、古より多くの聖霊士を生んできた里は栄誉ある聖地なのです。聖霊士を育て、世界にかえすことがわたくし共の使命と考えております」


 使者は胸を張ってそう言った。

 それも一つの答えであり、有り方だろう。

 一方的な人間の考えだ。だから近年聖霊士がなかなか生まれないのかもしれない、という言葉を飲み込んだ。残念ながら、自分の求める議題は話にならなそうだと使者に頭を下げ、談話室を後にした。

 あの使者が知らないだけかもしれない。

 ミコトはふと、使者の夢物語を思い出した。

 どうにも綺麗すぎるのだ。

 魔物との争いが絶えない世に英雄が現れ道を開いた輝かしい語り。生々しい現実と事実の話は里が知らないはずはない。それだけ聖霊士を生んできたという実績があるのなら、それが必要だったからという境遇が必然的に考えられる。あの地も、現のユエルイズノのように荒れ果て戦いの最前線を辿ったハズだと気付いた。

 里は隠している。

 どこかに、真実が眠っているだろう。






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