24 戯れ(中)
あけましておめでとうございます(*´ω`*)
今年もちまちま頑張りたいと思いますので生温かく見守りいただけると幸いです(´艸`*)
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「リンジャの言う好きな人ってどんな人?」
うーん、とリンジャは悩んでみせた。
「改めて訊かれると悩むけど……強いて言えば、ずっと一緒に居たいと思う人とか? 添い遂げたいーって感じ?」
「例えば?」
「そうねー……って、サラッと言わせないでよ!」
頬を紅潮させてリンジャが小怒りした。
ごめんごめんとミコトは苦笑する。
「ミコトは居ないの? そういう人……」
「うーん、思いつかないかな」
「ヴェルスは?」
「リンジャまでそんなこと言うのか」
「え、何かあったの?」
「そんなにヴェルスと親しく見える?」
「そうね。あの人とちゃんと話せるのはミコトくらいじゃないかしら」
「誤解です」
ミコトはため息をついた。
自分では全然うまく話せているとは思わない。彼の機嫌を損ねるか損ねないかだ。だが、行く先々で何かにつけてヴェルスが絡んでくるのだ。それさえなければきっと皆と同じような感じなのかもしれないと、リンジャにそのことを打ち明けた。すると彼女は「それはもう運命よ」とキッパリ言い放ったところでミコトは誤解を解くことを諦めようと思ったのだった。
「リンジャはずっと一緒に添い遂げたい人はいるの?」
「へ?!」
おずおずと頬を赤らめた。
「そりゃー……いるけど……」
「ほほぅ」
女の子らしい一面がとても新鮮で可愛らしい。
しかし、そんなリンジャの表情が徐々に暗いものへと変わっていく。
「でも、そう思っていいのかなって、最近思い始めてる」
「どういうこと?」
彼女の思い人は十中八九ルフェイだろう。
ミコトからしても彼ら二人はお似合いだと思った。一心同体な感じだ。お互いに支え合ってバッチリな関係。それはこの街の誰から見ても同じだろうとミコトは感じている。だが何故、彼女は心配がってるのだろうか。ミコトにもしれない恋敵がいるのだろうかと、リンジャの話に耳を傾けた。
「嫌な事でもあったとか?」
「ううん、そうじゃないんだけど。彼はいつもギルドの――街のために頑張ってる。だからこそ、あたしのそういう想いが彼の邪魔にならないか不安なのよね」
「大丈夫だと思うけど?」
「早っ」
リンジャにツッコミを入れられた。それでもミコトの意見は変わらない。
「いや、わかんないんだけど。応援してくれる人が居たら頑張れるんじゃない?」
「な、なるほど?」
「私にはまだそう思える人が居ないけど、この街は大切で守りたいと思ってる。それと一緒じゃ――ないか。ごめんなさい、なんか間違ってる気がした」
見当違いな事を言った気がするとミコトは恐る恐る彼女を見る。すると、相手はポカンと口を開けて呆けていた。
機嫌を損ねた? それとも違う? ミコト自身これいじょうどうフォローして良いかわからず、しばらく無言の時が流れる。沈黙を破ったのはリンジャの大きな笑い声だった。
「確かにそうね。彼がどう思うかはわからないけど、あたしだったら邪魔にはならないわね」
ありがと、と明るい笑顔を見せたことにミコトは胸を撫でおろした。
「ところでミコトって恋したことないの?」
「は?」
「まぁ全身真っ黒で色気なんてない――というか、どちらかといえばカッコイイ雰囲気だけど、よく見たら睫毛長いし髪色だって淡くて綺麗で小柄だからモテそうなのに……ギルドで何も言われたことないの? そういう噂なんて聞かないし。まさか本当にヴェルスと……」
「――違います! あの人には稽古をつけてもらってるだけだから! まぁ、ガイさんから皆に男と思われてるって聞いたけど」
「あぁー……そういえば同性の傭兵の何人かから紹介してほしいって言われたことがあったような……」
またも変な空気が部屋に流れる。
「あ、でもでもっ、アルヴァリウス様的にはどうなのかしら」
「アルヴァリウス?」
「ほらっ、ミコトの中にはアルヴァリウス様が宿ってるワケでしょ? 宿主のミコトの恋って複雑に思わないのかしら」
契約者の恋?
意外な意見にミコトはハッとする。もしかして恋したら契約解除とか? そんなことは聞いたことがない――というか、そんなプライベートなことなんて議題にもならないけれどちょっと気になる案件でもある。もしかして純粋な肉体でなければ契約は受けられないとかそういう暗黙のなんたらがあったりするのか。
予想外の混乱にミコトは苦悩してしまう。
契約の際の誓いにそういう文言が加えられていたのなら、ミコトがそうした時点で契約違反となり契りの解除の対象になりうる。自分とて人間だ。恋をしないとは言い切れない。だが、それが禁忌というのならば知っておきたい絶対事情でもある。だがしかし、それだけのために呼び出すのもちょっと無礼に当たりそうでできないというのが本心だ。
さて、どうやって聞き出すか――。
『其方の自由だ』
「――ひぁっ?!」
不意に響くアルヴァリウスの声。
完全に不意打ちだ。悶々としていたミコトが飛び跳ねたことにリンジャが驚いた。
「ど、どうしたの?!」
「ア、アルヴァリウスの声が聞こえてビックリした。別に、大丈夫みたい……」
「訊いたの?」
「訊かれてた」
「……良かったね?」
「そ、そうだね?」
良かったのだろうか。
頭の中で妙な引っ掛かりを感じながら座り直す。しかしながらアルヴァリウスに話を聞かれていたという事実が気まずくて、話のネタが浮かんできそうになかった。
そりゃ自分の中に居るのだ。話も考えも共有されていることに違和感はない――が、議題が議題だけにものすごく気まずかった。
と、何も言わずにリンジャが立ち上がる。
そうして傍に合ったクローゼットの扉を開き衣類を漁り始める。こうでもないああでもないとブツブツ呟きながら見繕う彼女の背を眺めていた。やがて「これはどう?!」とおもむろに衣類を突き出してくる。
とりあえず受け取り見てみると、あっさりとした白の長袖の肌着に髪の色より濃い淡藍色の上下続きのスカートだった。少しふんわりとした上品さの中にも可愛らしさのある雰囲気だ。フリフリした下着のようなパニエもある。
「さぁ、着てみて!」
「これを?!」
「あたしのちょっと幼いときのだからサイズが合うかわからないけど今のじゃ合わないと思うし……でも似合うと思うの! あと、髪の毛もおろしてちょうだいね」
突然何が始まったんだ。
戸惑うミコトは上手く断ることも出来なくて、流れのままとりあえず着てみることにした。
あっさりして見えたものの、背中に腰回りの調節のための細いリボンやパニエの扱いが難しく、終始リンジャに手伝ってもらう羽目になってしまう。着終えた頃にはもうくたくたになっており、リンジャに髪を触られているときにはなすがままになってしまっていた。
里でもいつも決まって純白のローブが基本だったからか、キッチリした服は違和感が半端ない。
「できた! 立ってみて」
いつの間にか椅子に座らされてたようだ。
重厚なブーツは変わらないものの、いつもにまして脚の周りがスース―する感覚にとてつもない違和感がある。とても気になる。髪を下ろしたままというのも視界が悪くて気になる。
「ミコト、どう?」
「うん……いつもと違う、ね……」
「でしょ? すっごく可愛いよ! 別人みたい!!」
部屋の隅に置かれていた鏡で見ると、リンジャの言うとおり別人が居た。
変わりようにくぎ付けになる。これはもう変装という領域だろう。女の子らしいかでいうと女の子らしいのだと思うが、どうも自分だと認めたくない気持ちがあった。
リンジャは満足げに微笑んでいる。
心の奥底からくすぐったい感情が沸き上がりまくってくる。恥ずかしいに近い。このままで痛くないと羞恥心を堪えきれずリンジャに尋ねてみた。
「もう着替えても良いかな」
「えええええ?! もったいないわよ! 皆にも見てもらいましょ?」
「いやいやいやいやいやいやいやちょっとそれは――」
コンコンと、部屋の扉を鳴らす音にゾッとした。
はいどうぞ、と返答するリンジャにミコトは内心で「おい!」と小怒りする。
このまま開いてこの姿をみられたらどうするのか。いや絶対に見られる。どう思われるのか。自分がこんな格好でギルドに居るなんてただの冷やかしだろう。良いことはないし場違い極まりないのだ。でも開きそうな扉を押さえつけて閉めきるには時間がなかった。やがて、扉の隙間から目が合ってしまう。
「失礼しm――――……」
パタン。
声の主は何も言わず扉を閉めた。
え。どういうこと。やっぱりこれはダメなのだ。きっともうすぐ聖霊士の意外な趣味としてギルド中の噂になってしまうのだ。
「終わった。何かが終わった」
涙目になりながら呟くミコトの隣でリンジャが誰かを追いかけた。
「ちょっと、待って待って!!」
リンジャが慌てて扉を開けると声の主はまだそこに居た。
ソォルだった。
何故か彼で良かったと、ミコトはホッと胸を撫でおろす。
「もうっ、どうして閉めたの?」
「いえ、お取込み中かと思いまして……すみません……」
「全然大丈夫だから」
「あ、あの、ミコト様ですよね? とてもお綺麗です」
「ありがとう……」
純粋な笑顔にミコトは気恥ずかしくてたまらなくなった。
その様子にリンジャが満足気に頷いてみせた。
「ソォル君もそう思うわよね!」
「はい。でも珍しいですね。いつも真っ黒なので、今日はどうされたんですか? 使者の方も来られてましたし、皆さん心配していますよ」
「女の子の気分転換よ。皆がミコトのこと男だと思ってるからちょっとイメージチェンジをと思ったの」
「ああー……」
ソォルは気まずそうに目を背けた。
彼もミコトの事を男だと思っていたひとりだ。が、あれはまだ魔物に憑かれている最中の話。大抵のことは覚えていないと思っていたが、どうやらその件は覚えていたようだ。それほど印象的だったのだろうか。
「ところで、何か用?」
「いえ、昨日の魔物討伐の報告書をまとめ終えたので渡しに来ただけです。なので、お取込み中でしたらまた後程で大丈夫ですよ」
ソォルは正式なギルド所属員となった。
残念ながら、魔物に憑かれる前の記憶はなかったらしい。しかし彼はそれを嘆くよりも助けてもらった恩を返したいと、この街に住まうことを選んだ。器量も良く礼儀正しいため、即戦力として重宝されておりギルド的にも期待の新人として大助かりらしい。なにより若いということもある。他の傭兵に可愛がられる存在になりつつあった。
ギルドに属することで護身的にも訓練を受けることになるが、まだ体の感覚が鈍い時もあるらしく行われていない。実戦でも活躍するのはまだ先になることもあってか、前戦で活躍する傭兵たちにはまだ知られていない傾向だ。が、独特の癒しのオーラが反響を呼び、日に日に知名度を上げていっているのは事実だった。
「ギルドは慣れた?」
ミコトの問いかけにソォルはニコリと微笑み返す。
「皆さんよくしてくださるので、毎日が楽しいです」
眩しい。
そうそう聞かない模範解答のような答えだ。
ヴェルスがこんなことをいったら街人のほとんどが卒倒してしまうレベルの言葉だ。
「ねぇソォル君、たまにはミコトもこういう格好するべきだと思わない?」
「リンジャ?!」
ふふふ、と彼女は不敵な笑みを見せた。
それに比べソォルは真剣な表情で考え込む。いや、そんなちゃんと考えなくていい質問だから。というか、そんなに悩むことあるのかと逆に心配になってくる。
やがて、彼がパッと顔を上げた。
「そうですね。戦闘には不向きでしょうからどうかと思いますが、お休みの日に着ていただけると嬉しいです」
「だよね?! そう思うわよね?!」
「うぐッ」
万遍の笑みでそう答えられると断りずらい。
彼の影響力は予想以上に危険なものだと悟った。まぁ着るくらいなら嫌じゃないし良いかな――とか思いつつあったとき、また扉が勢いよく開いてミコトがビクッとした。
「すいやせんリンジャさん救援だ!!」
「どうしたの?」
「街のすぐ外で薬草採りから帰ってきた奴らが魔物に襲われやして、簡易結界でなんとか凌いでがるんですが、魔物の奴らの数が多いもんでちと手に負いきれんでな。手ごろな傭兵も狩りに出ておらんで、リンジャさんに頼むしかないでよと思て!!」
「ルフェイもまだ会談中だろうし迷ってる暇はないわね……」
リンジャがグッと拳を握った。
「あたしたちが行くわ!!」
あたしたち?
ソォルと顔を見合わせた。
「けんど、リンジャさんひとりはちと危なっかしいんじゃ――」
「ミコトとソォル君も一緒よ」
「はや?! そちらの娘さんばミコト様だげ?!」
癖のある喋り方の傭兵が驚いたように話す。
このまま戦えるかと言われれば完全に不安しかない。自信は皆無だ。
「着替えたいんだけど」
「ごめん、そんな時間ない!!」
ですよね。
これにはソォルも苦笑いだ。
ミコトは刀帯を腰に備え付けた。服装と武器が見事にアンマッチだ。が、そんなことも言ってられない。
これから訪れるであろう戦闘を億劫に思いながらリンジャ、ソォルと共に部屋を後にした。
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