23 戯れ(上)
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「ミコトっ!」
声の主はリンジャだった。
「ごめんなさいね、急に呼び止めて……」
「大丈夫だけど……何かあった?」
彼女と会うのは朝の騒動ぶりだ。
ルフェイと使者との会談に合わせ、リンジャも彼らと共に部屋を出ていってしまったのだ。
あれからルフェイとは会っていない。どうやら使者との話はまだ続いているようだとミコトは察した。目の前にいるリンジャの顔色も些かすぐれないように見える。もしかして会談で何かあったのだろうか。俯く彼女の顔を覗き込もうと身を屈めたとき、丁度顔を上げたリンジャと至近距離で目が合ってしまう。
お互いに驚き飛びのくが、間髪置いてリンジャが笑い出した。
「ふふ、なんか心配してたのあたしだけみたいね」
「心配?」
「ううん、ちょっとこれってデリケートな問題でしょ? ミコトが里に帰らないってのはわかってたけど、嫌な気持ちになったりとか傷付いてるならどう接すればいいのか考えちゃって……」
「大丈夫。使者の人にも少し同情できるくらいには余裕あるから」
「そっか、よかった」
「ありがとう」
「でも聖霊士の里? ってなんか変なところ――よね?」
「あははははは」
リンジャの言葉にミコトは思わず苦笑いを浮かべた。
「実際、私自身こうやって部外者として関わると思ってなかったから、正直言うと『今更』って思いがある。けれど、今回の事で目を向けるところが少しでも変わってくれれば良いなとも思う。聖霊士は重要だけど、故郷はそれに縛られ過ぎなんじゃないかな」
「変わる、か……」
すると、リンジャは廊下の壁にもたれ、天井を仰いだ。
眉をひそめ、悩まし気に――というかちょっぴち不満そうに唸り声を上げる。
何かあったのだろうか。
「どうかした?」
「ミコト、ちょっと付き合ってくれない?」
「へ?」
ミコトの両手をリンジャがしっかりと握り込む。そんな彼女の瞳は少し潤み、まさに懇願するといったような雰囲気だ。ただ事じゃない。これは断り切れない、とミコトはコクコクと頷いた。すると、リンジャが満足げな笑顔を見せ、ミコトは彼女の自室へ半ば強引に案内されることとなる。
リンジャの部屋は意外にも動物の人形が多かった。
大小さまざまな物がベッドの上や棚に飾られている。とても少女らしい感じがした。いつもルフェイの右腕として凛と立ち振る舞っている彼女の印象とはまた異なる。
小さなテーブルを挟み、椅子に腰かけるとリンジャが大きなため息をついた。
「本当はミコトがここから出て行っちゃったらどうしようかって心配だったのよ」
「そ、そうなの……?」
話は突然始まった。
これはリンジャのお悩み相談といった流れだろうか。
確かに、成人の男性が圧倒的に多いこの地で――特に傭兵として一線で活躍する彼女が話せる相手と言えば誰になるだろうか。何か色々溜まったものを吐き出したいというような念が、先ほどのため息に込められていたとミコトは感じとった。これは長くなりそうだ。
ミコト自身、同性で同年代の人物と話をする機会はあまりなかった。
むしろ、リンジャの方が多いのではないか。と、とりあえず彼女の話に耳を貸すことにした。
「ミコトは好きな人はいるの?!」
「……なんの話?」
とりあえず耳を貸すことは早くも終了しそうだ。
突拍子もない話題にミコトは頭を悩ませた。
「何って、恋の相談だけど?」
「ごめんなさいリンジャ、それはちょっと自信ないかも」
「それってどういうこと……?」
「えっとその、恋って勿論異性に対してだよね? 私はそういう経験はないから、話を聞くだけになっちゃいそうなんだけど、良いのかなって思って」
リンジャの表情を伺いつつ、ミコトは言葉を選んで話をした。
少しの静寂が流れた後、彼女がクスリと微笑する。
「そんなに固くならなくても大丈夫よ。ちょっとやってみたかったのよね、こういう話」
「へぇー……」
緊張感が一気に抜ける。
ある意味、先ほどの使者とのやりとりよりも難解だと思った。
とても新鮮なことだが何を話せばいいのかわからないというのが正直な意見だ。だが、リンジャの言い分からするとまだまだ『恋の相談』は続く。とても長い時間になりそうだ。
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