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22 使者




 

 しばらく平穏はお預けになりそうだと、ミコトは内心でため息をついた。

 ひそひそと話始める傭兵たちの声が雑音となり、ギルドの玄関ホールは異様な雰囲気が満ちていた。まったくもって歓迎ムードじではない。ミコト自身も絶対歓迎したくはない相手だが、公の対応としてはマズいだろう。ルフェイもそれを察したのか、ゆっくりと腰を上げた。


「詳しいお話は別室でお伺いしましょうか」

「ありがとうございます」


 すると、傭兵たちが一斉に動き、ギルドの奥へと花道ができた。

 先頭を行くリンジャの後にルフェイが続き、使者とミコトが進む。傭兵たちの視線を気まずく感じ、ミコトは反射的に床に視点を落として歩き続けた。

 食堂とは反対の廊下へ進む。そしてその一番奥――他とは違う作りの扉をあけた。

 少し豪勢な長椅子が二脚、向かい合っておかれている。その間に背の低い、膝の高さくらいのテーブルがあった。雰囲気も落ち着いた部屋。

 ミコトとルフェイ、その前に使者が座ったことを見計らってリンジャが部屋の外へ出ていった。


「――さて、率直にお尋ねしますが目的は?」

「目的などそんな、私は里を代表してミコト様にお祝いを伝えに来たのです」


 祝い? そんなことされる筋合いはないけれど。

 心の奥底で何かがスッと降りてくるのを感じた。喉の奥に不快な異物感がある。それをやり過ごすため、ミコトはゆっくりと生唾を飲み下した。腹の中――胃の辺りで、冷ややかな気持ちがドスンと座っている。とても不快な気分だ。

 しばらく間をおいてルフェイが淡々と続ける。


「祝い、ですか」

「ええ。聞けばこの地を統べる聖霊、アルヴァリウスと契約を結んだとか。大変すばらしいことです。これは里きっての朗報ですよ。ですから、一度こちらにご帰還いただきまして、その際には盛大な宴を開かせていただこうかと思っております」

「なるほど。それは一大事だ」

「ええ、そうなのです。里の者は皆、ミコト様の話題で持ち切りでございます」

「それはめでたいですね」

「ええ、ええそうなのです! つきましては、わたくしめとご帰還いただきたく――」

「断る」


 ルフェイが断言した。

 ぴしゃりと、部屋の空気が変わる。

 興奮気味に話していた使者の笑顔もいつの間にか消えていた。


「さ、先ほど事の重大さにご理解いただけたと思ったのですが……?」

「僕がかい?」

「ええ……一大事、と」

「貴方がたの頭が一大事だ、という意味だよ」

「――ッ!!」


 愚弄された怒りか、使者が勢いよく立ち上がった。その反動で長椅子がガタリと音を立てる。異音に気付いたリンジャが扉を開ける始末。そんな彼女にルフェイは「問題ないよ」と微笑んだ。ゆっくりと扉を閉めるリンジャが心配そうにしているのがわかった。

 ミコト自身、ルフェイの意外な口ぶりに唖然としていた。

 紳士的な彼がこんなにも明白に挑発的な口調を取るなんて。思わず隣に目配せするが、当の本人は使者をじっと静かに見つめたままだった。その真剣な表情に使者もゆっくりと腰を下ろした。


「言葉は悪くなるが、貴方がたは用無しのミコトをこの地へ送ったんじゃなかったのかい?」

「それは――」

「肯定だね? なら、その時点で縁は切れている。違うかな」


 使者は俯き、拳を固く握りながら何かブツブツと呟いていた。

 残念ながらその言葉を聞き取ることはできない――が、ルフェイの言った内容と使者の意見とがあっているということだろう。ミコト自身もそう思っている。里に居られなくなったのだからこのユエルイズノに来たのだ。関係はあのときに立たれている。


「そ、そのことについてはこちらの落ち度かと――……」

「落ち度? そんなことで片付けられる問題だということかい?」

「いえ、ですが……」


 言い留まる使者と真っ直ぐ顔を上げるルフェイ。

 対極的な両者を見つめるミコトの心中は、先ほどよりも随分と穏やかなものになっていた。

 まだ不快感はある。が、すぐにでも吐き出したい度合いではない。ルフェイが言ってくれるおかげでどうにか冷静でいられる。でも、これ以上は自分が答えなければならないことだろう。さらに責め立てようと口を開くルフェイを手で制した。


「ミコト?」

「ありがとう、大丈夫です」


 まっすぐ、彼を見た。

 少し不安げに眉をひそめるが、ルフェイはゆっくりと頷いた。

 ミコトは使者へ真っ直ぐ向き直った。使者は話し相手がミコトに変わったことに僅かに安堵の表情を浮かべる。にこやかな微笑を浮かべる相手に、ミコトの心の奥底にじんわりと不快感が広がる。


(この人が決めてきたことじゃない。里が決めてこの人を送ってきたんだ)


 そう思いながらゆっくりと深呼吸した。

 心の中のざわつきがスッと静まるのが分かる。

 何を反感しても、何をぶつけても、この人に責があるわけじゃない。

 最初は自分も里に言われてここに来た。ここに行けと言われたからやってきた。ただの切っ掛けに過ぎない。きっとあのとき、真逆の――魔物がいないと約束された地に逃げても誰も何も言わなかっただろう。里から追放されたという事実だけが重要だっただけだ。

 今は違う。

 自分はここに居たい、と心底思っている。

 たくさんの人々、ルフェイやリンジャ、ガイやソォル――ヴェルス。様々な人と触れ合いぶつかり、協力したり助けてもらったりする機会なんて、思えば初めてのことだった。それでも、ユエルイズノは初めから受け入れてくれた。自分にとって特別な街だ。人との関りが、これほどまでに心地よく楽しいものだと教えてくれたのはこの街で、もっと感じることがあるだろうとも思う。


「私は帰らない」


 使者は愕然と肩を落とした。


「こ、困ります」

「誰が困るかおわかりで?」


 ミコトの瞳がギラリと光る。


「貴方もここに来たのなら見たハズです。里から離れた地の惨状を。魔物に怯えてこんなにも違う。いろんなものに守られてここまで来たはずです。私を連れ帰るのが貴方の使命なのだから逆らえない気持ちも察します。けれど、それが最善ではなく、ましてや真逆の結果となるのはわかりきってのこと。最近は何の成果のない里が手柄を立てるために考えた答えだとすれば、もっと別の手段を取るべきだと、所属する貴方から知らせてください。ただ、どうあっても私は帰らない。帰る場所ではない、立ち入る場所でもない。私はただの傭兵だ」


 言い終えてミコトは立ち上がり頭を下げた。

 使者は憔悴しきったようにミコトを見上げ、ただ項垂れた。

 自分を連れ帰る任務でそれを達成できなかった結果は大きいだろう――が、それを責め立てるだけの里であればそこで終わりだ。変わらなければならない、とミコトは感じた。もし、これ以上里が関与してくるとすれば何らかの対応をしなければならないだろうが、事情を広げればどちらに味方をするかは薄々わかる。そんな浅はかなことはしないだろうと、ミコトはため息をついた。


「まぁ、長旅だったでしょうし、しばらく落ち着くまで休んでいってください」

「ルフェイ?」


 すぐにでも追い返しそうな勢いだったのに。

 驚いてルフェイを見ると、彼は苦笑して話し出した。


「いいかいミコト、これ以上君がウンザリする話がこないようにするには、この方に任せるしかないと思わないかい?」

「何がですか」


 その言葉に当の使者がビクッと顔を上げた。

 

「君も言っていただろう? 君を連れ帰ることが最善の策じゃないということはわかった。だからどうするべきかしっかり報告してもらうんだよ。この使者君の言葉でね」


 ルフェイの笑みが不敵な意図を含んでいることが鮮明にわかる。

 半ば脅しのような言葉に使者もコクコクと必死に頷いた。そうしなければ一生この部屋から出してもらえない雰囲気だ。しっかりと腹黒いルフェイの姿にミコトは肩をすくませた。

 彼の策が最善だろう。

 それに、使者にとっても理由があった方が帰りやすいだろう。

 そしてルフェイは使者に決心がつくまで街に滞在する許可を下し、その答えが見つかった際に自分に報告するよう伝えた。ただ、ミコトとの面会を希望する場合は他の誰かを同伴させることを条件とした。これにはミコト自身も頭を下げた。これで使者が個人的に責め立ててくることはない。

 ひと段落し、リンジャが使者を部屋に案内するため姿を現した頃、使者がオズオズと口を開いた。


「ミコト様は里を恨んでいますか?」


 問いかけにポカンと口を開いてしまう。

 

「全くないです。育ててくれましたし。答えられなかったのは私ですから――……逆に、故郷で何の成果も出せなかった自分が恨まれそうだと思いますけど」

「そう、ですか……」

「他になにか?」

「え?」

「訊きたいことがあるのなら訊いてくださって大丈夫です」

「よろしいんですか?」

「でなければわからないままになりませんか? 私も悩みました。自分がどうあるべきか、何がしたいのか。今はこの街を守りたいと思っています。貴方も、帰る決心をしなければならない。それは私が関係あることですから、私の意見で答えが見つかるなら訊いてくださった方がいいです」


 その後、使者は何も言わなかった。

 ルフェイも使者とまだ話があるらしく、リンジャや使者と共に部屋を出ていった。

 ひとり取り残された部屋の長椅子で大きく背伸びをする。

 どうしたものかと、ミコトはため息をついた。

 




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