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21 それから

力を使えるようになるためヴェルスと特訓の日々を送るミコトと、平穏を取り戻しつつある街の住人達の悩みと成長の章に入ります(*‘∀‘)b




 

 ユエルイズノの早朝。

 ミコトが声を取り戻してから幾分か月日が経ち、街を囲む柵の補強もすっかり終わっていた。

 神殿と街を隔てている丘からも、魔物の騒々しい気配はほとんど感じられなかった。

 あの恐ろしい大蛇の件からすっかり平穏を取り戻した街の一角――ギルドの裏手から金物がぶつかり合う音が響き渡る。それは毎朝ほとんど決まった時間に鳴り響き、住人達に目覚めを知らせる合図にもなりつつあった。


「甘いっ!!」


 ミコトの目前を槍の切っ先がすり抜ける。

 ひょう、と微かだが鋭い風を感じ、冷汗が頬を伝った。


(あたったらホントに終わるヤツだ)


 ヴェルスに手加減という概念はない。本気だ。

 以前、声を失った際にヴェルスの過去を黙秘するという約束で、彼から特訓をつけてもらう取引をした。だがきっとその場限りの口約束で都合よく忘れ去られてしまうのだろうと思っていたが、彼はしっかりとミコトに稽古をつけ始めたのだった。

 どちらかと言えば、忘れていたのはミコトの方だ。療養から復帰したミコトは、ヴェルスがそのことを持ち出してきたときに一瞬状況を把握するのに戸惑うことになった。

 意外にも約束はしっかりと守るヴェルスを一度は見返した。が、内容は最早特訓という域を超えている。

 まるで憂さ晴らしのようだ。

 刀と槍。リーチの差は歴然だろう。しかしながら動作にハンデもある。

 重量のある槍を振るえばその分動きに時間がかかる――ハズなのだが、残念ながらヴェルスに隙はなかった。おかしいんじゃないか? と、ミコトは内心で何度も文句を漏らす。規格外だ。彼のしっかりとした筋肉と槍との相性が良いというだけなのだろうが、なぜかズルいと感じてしまう。

 悔しさは増す一方。ミコトはフェイントをかけてヴェルスの懐に入り込む。


「はぁっ!!」

「――ほぉ」


 やった。

 そう思ったときには、槍の柄が腹部を捉えていた。

 長い柄にミコトを乗せたまま、ヴェルスは槍から手を放す。反動のまま大きく吹っ飛び、ミコトは槍と共に地面へ転がった。


「はっ、甘ぇんだよ」


 ヴェルスはミコトの刀を拾い上げくるくると弄び始めた。

 

(結構できると思ってたんだけどなぁ)


 ミコトは仰向けでため息をついた。


「立て」


 仁王立ちのヴェルスに見下ろされる。かなり動いているのに息が乱れている様子はない。

 彼を見上げながら、ぼんやりと溢す。


「どこでそんなに強くなったの」

「ああ?」

「いや、当たり前なのかな」

「つまんねぇこと考えてる暇があったら動け」

「……脳筋」


 ぼそりと呟くと、刃が顔の横すれすれに突き刺さった。

 ひっ、と身体を震わせ、ミコトは慌てて飛び起きた。

 すると、ヴェルスの視線が別の方向へむいていることに気付く。金髪の青年――ルフェイがその先に居た。


「すまないね、気にしないでおくれ」


 チッ、とヴェルスが短く舌打ちする。

 その様子にルフェイが苦笑いを浮かべた。ミコトも同じ表情で返答を返す。これでヴェルスは一気にご機嫌斜めだ。悪い予感しかしない。でもって、ミコトの勘は的中してしまうこととなる。

 彼から繰り出される鋭い槍術をかわしながら反撃のタイミングを狙おうとするが、隙を計るタイミングすらない。考え事をして集中力が途切れてしまえば串刺しにされる恐れが大だ。

 余裕のないミコトの傍で、ヴェルスが漂々と話し始める。


「で? なんだ? お前はっ、暇なのかっ」

「――ッ?!」


 横一線の斬撃を跳び避けた瞬間――ミコトの死角から槍が現れた。


(この一瞬で?!)


 まったく重力はどうなっているのか。反動をもろともしないヴェルスの槍術は斬撃を繰り出した後の隙ができるであろう時間のロスはほとんどなかった。戻ってきた槍がミコトの右腕にぶち当たり、そのまま投げ飛ばされてしまう。


「ったぁ――……ッ」

「大丈夫かい?!」


 ルフェイがヴェルスの前に立ちはだかる。


「これはちょっとやりすぎじゃないかな」

「お前には関係ないだろ。これはこいつが言い出したことなんだ。お前も許可しただろ?」

「適度ってあると思うんだけど」

「じゃあなんだ? 魔物は適度に襲い掛かってくれんのか?」

「僕はそういうことを言っているんじゃない」

「そういうことだろ? ノロノロしてやがるからこんなことになってんだ」

「それは――」

「はっ、現実を見ろ」


 ヴェルスは唾を吐き、槍を担いで立ち去ろうとする。


「どこ行くんだい」

「やめだ」


 ミコトは土埃を払いながら立ち上がり、刀を拾い上げた。


「すまない」

「いえ、大丈夫です」


 乱れた髪を結い直しながらルフェイに笑いかけた。

 あれ以上交えたところでちゃんとした特訓にはならない、というのが考えであり、ミコトの体力と集中力が限界を超えつつあったこともあり「ありがたい」というのが本音でもあった。

 ちゃんと特訓をしてはくれるものの、少し気にくわないことがあればああなってしまう。

 

「君は強いね、ミコト」

「へ?」

「僕は十分強いと思うよ」

「悔しいですが、ヴェルスに一撃入れれたことはないです」

「あはははは。彼はちょっと規格外だから比べない方が良いんじゃないかな。けれど、ボコボコってワケじゃないだろう? 十分だと思うけど」

「いいえ」ミコトは大きく息を吸った「もっと、強くならないと」


 空を見上げる。

 少し曇ってる。雨が降りそう。

 魔物は落ち着いた。街の柵も強化し終え、昼夜問わず行われている警戒も幾分か緩くなった。平穏を取り戻しつつある街。だが果たして魔人たちはいつくるのか。そのことが脳裏をよぎって仕方がない。結界を早く強化しなければ安心はできない。そして、それを果たすにはもっと強くなり聖霊術を自由に使えるようにならなければいけない。

 ヴェルスの強さは意志の強さだろうと思う時がある。

 彼と手を合わせてわかる。精神的にも物理的にも痛いほどに。ヴェルスの繰り出す技のすべてに思いがこもっている気がした。自分にもそこまで強くなれる意志があるのだろうか。守りたいという思いだけでは届かない、もっと大事なものがあるのだと気が付いた。けれど、まだしばらくは答えにたどり着けそうになかった。


「すまないね」


 ルフェイだ。

 不意の言葉にミコトは彼を凝視した。


「なぜ?」

「君にばかり負担をかけているみたいだ」

「そんなこと――」

 

 そんなことない。そう言おうとしたが、ルフェイの強い眼差しに言葉が消えてしまう。


「最近、君と兄の姿が被るんだ」

「お兄さんと私が?」

「本当は僕が背負うべき役目だ」


 どうしたのだろうか。

 ミコトは一瞬耳を疑った。そうしてどこか弱り切った表情を見せるルフェイに唖然とした。


「何を勘違いしてるんですか。私は迷惑とは思ってないです。でもルフェイが気にくわないなら私からアルヴァリウスを奪ってください。そうできるのなら差し上げます」

「え?!」

「だってそうでしょう? 私の今の状況は誰にだって負えるものじゃない。言えるだけの言葉だ。本当にそう思ってるなら、別の手段を考えれば良いじゃないですか」

「……君の言う通りだ」

「ルフェイは私になんて言ってほしいんですか?」

「え?」

「私に『無能だ』って怒ってほしいんですか? それとも恨んでほしいんですか? 無力な自分を責めるなら、その気持ちのまま力に変えてください。あなたはこの街のギルドの頭領だ。頭領は私じゃない」


 ポカンとするルフェイを真っ直ぐ見つめた。

 

「もう繰り返さなければいい――なんて、事情をよく知らない私がいうのも少々おかしいことですけど」

「――……そう、だね。すまない、ありがとう」


 笑い合いながら刃を鞘に納めた。

 あ、とルフェイが思い出したように話し出す。


「そういやミコト、正式にギルドに加入するのかい?」

「あ゛」


 すっかり忘れていた。

 居候を初めてずいぶん経つ。ミコト自身その状況に慣れて気にしなくなっていた。ギルドの居心地も悪くなく、傭兵たちも喜作に話してくれるようになった。だからこそ、自然と居ついてしまったのかもしれない。正式に所属していない者がいつまでも世話になるというのは厚かましいだけである。

 しかしながら、ヴェルスとの特訓も板につき、今の状況は順調といったところだろう。欲を言えばあまり崩したくないのだが、それはあまりにも強欲な気がする。

 ミコトはルフェイに頭を下げた。


「ごめんなさい! あまりにも普通になっちゃってすっかり忘れてました」

「あはははは。だろうと思ったけど、僕も同じさ」

「でもハッキリさせておくべきですよね……」

「というと?」

「入るか入らないか、じゃないんですか?」

「いや、そんなことはないよ」

「へ?」

「ただの傭兵ならそうだけど、君にはアルヴァリウスが付いているからね。加入の有無は迷ってくれてていい。ただ、君を守れる体制は作っておきたいから、居場所を把握しておきたいのさ。監視する、という目的じゃないから安心しておくれ。いつ魔人が訪れるかわからない以上、君を一人にするべきじゃないと思う。できればギルドに居てくれるとありがたいんだけれど――……君を拘束したくはないしね」


 ミコト自身にとってもありがたい話だ。

 ギルド所属者以外の者の長期滞在も『中立という立場にありたいと考えていることにすれば問題ない』と、ルフェイは頷いた。


「君はいいとして――」

「どうかしたんですか?」

「ヴェルスがね。今まで放っておいたけど、今回の件を機にちゃんと立場を決めるべきじゃないかって意見が出てきてる。彼の力は明確だからね。もう少し意見を取り入れて見たら変わるんじゃないかって。僕もそうしたいのは山々なんだけど、いつもさっきの通りさ。どうしたものか」

「それは難題ですね……」


 騒動の件で大いに活躍し引っ張ったのがヴェルスだったという事実は街の反応を見てもわかる。厄介者として下手に刺激しないよう扱われてきた彼だが、住人や傭兵たちはチャンスがあればどんどん彼に話しかけようとしていた。

 ヴェルスも街も変わりつつある状況に、ルフェイは街の統制を整える立場として、彼をギルドへ招きたい考えだがいつも対立してしまうことを悩んでいた。

 どうするべきか、とミコトも頭を悩ませる。

 ヴェルスはヴェルスで正体をバラしたくないだろう。彼には強い意志がある。街を窮地に立たせた罪を償い続ける覚悟がなんとも厄介なのだ。ただ素直に協力すれば万事解決なのだが、ヴェルスのプライドや信念がそれを飲んでくれそうにない。


「君からも言ってくれないかな」

「私?!」

「実際、こうして君に稽古をつけているワケだし、話が通じるんじゃないかって思ってね。大蛇討伐にも進んで行ったそうじゃないか……もしかして、これは案外気があるのかもしれないね」

「バカなこと言わないでください!!」

「僕は本気だよ」

「無理です、嫌です」


 ミコトが項垂れていると、リンジャが姿を見せた。 

 眉をひそめ困った表情を浮かべている。


「あ、ミコト。鍛錬中? 大丈夫?」

「どうかしたんですか?」

「それが――」


 ギルドにミコト宛の来客が訪れた、ということだった。

 アルヴァリウスを宿してから、神殿を信仰する住人がごく稀に訪れることがあった。が、今回は違うとリンジャは言う。ユエルイズノでは見たことない、白い綺麗な装束を纏う者が現れた彼女は不安げに言った。


(……まさか)


 ルフェイと目が合う。

 嫌な予感がする。


「僕も一緒に行こう」

「お願いします」


 ギルドの入り口はざわざわと異様な騒がしさがあった。

 見ると、一角の椅子に座っていた。先方もミコトたちの姿に気付いたのか立ち上がり会釈をした。

 やはりだ。反射的にミコトの顔がこわばる。


「お待たせして申し訳ない、ギルド頭領のルフェイです」

「ミコト様の故郷からやって参りました。急に申し訳ありません」


 白装束はフードを取る。しかし、ミコトにその顔の見覚えはない。

 相手はニッコリと優し気に微笑を浮かべた。






次回、使者vsミコト(; ・`д・´)

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