20 窓辺の語らい
やっとこさ落ち着きます(*‘∀‘)
*
ミコトが街の中心――ギルドの周辺まで行きつくと、建物の周辺には大勢の傭兵が忙しそうに動き回っていた。
建物の前にある大きな門も開け放たれており、不揃いのテーブルや椅子の数々が置かれていた。そして、ところどころに焚火があり、その周りで肉塊を炙り始める傭兵もいる。荷馬車にたくさん積まれたタルの中身はきっと酒だ。そして、ギルドの中から蒸しイモやサラダなど、様々な料理が運ばれてくるのが見えた。
ソォルと共に唖然としながらミコトはリンジャの背中を追った。
そうしてギルドの正門につく頃には美味しそうな香りが辺りに充満しつくしていた。
傭兵たちの鎧がガチャガチャとぶち当たる。
頭を触られたり、肩を叩かれたり、もみくちゃになりながら進む最中「おかえり」「無事だったか」といった言葉がたくさん耳に入った。少し気恥しく感じているとようやく入口にたどり着く。いつの間にかガイは居なくなっていた。
どこに行ったんだろう?
ミコトが辺りをキョロキョロ見回していると、ギルドの中から金髪の青年が顔を見せた。
ルフェイだ。
「おかえり」
「ただいま」
短い言葉を交わす。
彼は変わらず温かく優し気な微笑みを浮かべていた。
杖をついているものの、しっかり立つことはできるようだ。頬に痣と切り傷が見える。痛々しくはあるものの、激しく動かなければ大丈夫な印象だ。ミコトはホッと安堵し、ギルド前の有様へ視線を向けた。
「なんか、すごいですね」
「だろう? 君たちが帰ってきたお祝い、かな?」
「そんなことして良いんですか?」
「――っていうのは半分冗談だよ。こうやって活気付いた方が良いのさ、こういうときはね。深い意味はあんまりない。皆には頑張ってもらったし、これからも頑張ってもらいたいからね」
ついには歌いながら踊ったり酒を仰いでいる者も出始めた。
晴れやかな感じだ。街が窮地に陥ったというのに、とりあえず今はミコトを責め立ててくる者は誰一人としていなかった。酒が入れば本音が出る者もいるのだろうか――と思いかけ、ミコト首を振った。そんな者、きっとここには存在しないような気がする。不思議と悪い感じがしなかった。
「賑やかだろう?」
気が付けばルフェイが隣に立っていた。
そうですね、とミコトは苦笑した。
「傷は大丈夫なんですか?」
ルフェイは「不甲斐ない」と俯く。
「申し訳なかったと思っているよ」
「へ?!」
「今回の事は完全に僕の落ち度だと思っている」
「そんな――」
彼は嘲笑してみせた。
「シィラのことを見抜けずにいたことや、街の皆に助けられたこと。大蛇のことも――核を取り除いただけではちゃんとした解放にならないと知らなかった。完全に僕の知識不足だ。本当に頭が上がらない」
「そこまで責めなくても……」
「いいや、兄が行方不明になってからずっと、その筋に関しては目を背けていた部分がある。魔人の存在はちゃんと向き合っておくべきだったと後悔しているのさ。兄がそうなってしまったのかもしれないという可能性を認めたくなかった。けれども魔人はずっとこの地にいる。彼らとこの街には何かしらの縁があるんだろう。生憎、僕はそれを知らないが知ることはできる。理由を知り術を講じる。それが僕――頭領の使命だろう」
ルフェイは空を仰ぐ。
木々の間――わずかに見える丘の上に、人影が見えた気がした。
(ヴェルス?)
ルフェイもそれに気づいたのだろうか。その視線が僅かに鋭いものへ変化した気がした。
ヴェルスの事が嫌いなのかな? だが、明らかな敵意があるといった感じではなさそうだ。そんなルフェイと横目に視線が合う。彼は分が悪そうに無邪気に舌を出してみせた。
「見たね?」
「訊いて良いのかわからないんですけど、ヴェルスのこと嫌いなんですか?」
「ド直球だね」
ははは、と困ったように眉をひそめる。
「嫌いってワケじゃないよ。僕としてはヴェルスに先を越されたと思ってしまうところが一番悔しいんだけど」
「先を越す?」
「今回の件、正直ヴェルスがいなければ最悪の結果になっていたかもしれない。僕が動けないときも動いてくれたのは意外だった――というか、まったくの想定外さ。あれだけの力があるのなら正式にコチラの手伝いをしてくれてもいいと思わないかい? なのにひょうひょうと何処かに行ってしまうものだから作戦には加えられないのが腹立たしいところだね」
「ルフェイから言ってもダメなんですか?」
「まず僕は話してもらえない」
「そ、そうなんですか……」
「気にくわないんだろうなぁ。理由はわからないけど」
「あはは」
「何を考えているのか」
やれやれ、とルフェイがため息をついた。
ミコトも内心で眉をひそめた。
やはりちゃんと向き合うべきだろう。ヴェルスが真実を話し、ルフェイと共に協力すれば今以上に街の絆は強固なものになるだろうとミコトは思った。
「ミコト」
不意の問いかけにミコトはドキッとルフェイを見た。
彼はそんなミコトの様子に驚いてみせるが、何事もなかったかのように微笑んだ。
「声、戻って良かったよ。ホントに」
「ありがとう」
「疲れているだろう? 部屋で休むと良い。僕は、少し飲もうかな」
「ほどほどにね」
「ああ」
ルフェイに手を振りギルドの中に踏み入った。
ギシリと床の軋みがわかるくらい、建物内は静まり返っている。人の気配はない。
大きく息を吸うと、土埃の霞んだ異臭を鼻腔に感じた。どこか懐かしく、久しぶりに帰ってきたという感覚に陥ってしまう。全然そんなはずないのに、もうすっかり馴染んでしまったようだとミコトは苦笑しながら廊下を進んだ。
部屋は当然の如く真っ暗だ。
しかし、窓から見える街の賑やかな灯がほどよく室内を照らしていた。
刀帯を解き、机に置く。
もう熱は冷めきっている。黒い鞘も静かに寝静まっていた。
ミコトは黒衣を椅子に掛け窓辺に立った。
煌々とした灯りが街の周辺を取り囲み、その中で踊り歌う傭兵たちがとても楽しそうな表情を浮かべていた。温かい結界に守られた街。人の心、気持ち、様々な想いが詰まった街。
『気に入ったか』
「ええ」
いつの間にか、アルヴァリウスが傍にいた。
振り向かなくてもわかる。窓越しに映る彼の姿は白く、幻想的で、街の活気ある煌びやかさとは正反対の静かな灯だった。
「この街を守る」
なくてはならないものだと思う。
失われてはいけない。必ずまた、魔人はやってくるだろう。いつかはわからない。だが、彼らと何らかの決着をつけなければいけないと、ミコトは強く思った。
果たしてそれをどうするのか。そんな術はわからない。だが、考えることはできるし試すこともできる。ルフェイもそうだ。立ち向かって変わろうとしている。本当に困ってどうにもできなくなったときは誰かが傍で一緒に頑張ってくれる気がした。
魔物との戦いの最前線の街――ユエルイズノ。
これは人間が統べる地を広めるための戦いじゃない。そんなことどうだっていい。
『あまり無謀になるな』
「そんなつもりはないよ」
『其方は未熟すぎる』
「誰だって最初はそうでしょ?」
ミコトはアルヴァリウスに笑いかけた。
「どうして契約に同意したの? あのときの私の気持ちはまったく結びとは違ったものだったと思うけれど……」
無理やりというのが正解だろう。
声を取り戻すため――浄化し、呪いを解くための儀式だとミコトは認識していた。シィラとどういう取引を行ったのか知らない。だが、アルヴァリウスが同意したのは事実だ。何か彼とシィラとの間で取り交わしたことがあれば知りたいという気持ちが大きかった。
アルヴァリウスは静かに口を開いた。
『あの者の言葉ではない』
「……?」
ミコトは首を傾げた。
『其方は無垢で無知だ。空虚すぎる魂ゆえ、同胞がその内に入ることを恐れるほどに……。忌まわしき彼奴らは其方と対の存在。だからこそ契りを結んだのだ』
私がなにもないから? ミコトは呆然とアルヴァリウスを見つめた。
カラッポすぎて綺麗な器だったから今までの聖霊は遠慮して契約してくれなかったということだろうか。
そんなことがあるのか。とはいえ、聖霊たちが魔人に対抗できる人材には手を出さないとかいう心情なら頷けるけれど、そんな都合のいいこと考えてたのかって思うと現実味がない――というか、それならそうと言ってくれればもっと自分の環境にも変化があったはずなのに。というか、元々ここにくる運命だったの?!
ミコトはハッとする隣でアルヴァリウスは刀に視線を移していた。
「それ、元々は私の父のものなんです。父も聖霊士だったみたいで……」
『ほう』
アルヴァリウスは目を細め、指先で鞘をスゥ―っとひと撫でしてみせた。
『父譲りだ』
「へ?」
『其方が想えば力となる。我だけでないが、見誤るでないぞ』
そう言い残し、アルヴァリウスは街の灯りに消えていった。
父譲り? その言葉がやけに頭の中に残っていた。今まで契約できなかった謎は晴れたのに、新たな言葉で心のモヤモヤはまだまだなくなりそうになかった。
*
次回からは主に各キャラの日常編です(/・ω・)/
もちろん新たな問題も|д゜)




