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18 覚悟





(さて、どうするか)

 

 人生で自分自身が立ちはだかるなんてそうはない。

 単純に考えれば、このまま真っ向から戦って打ち勝つことはできない。断言はできないが、きっとそうだろう。自分の動きは相手に見切られる。相手がそうしてきてもどうにか対応できる自信が自分自身にある――ということがきっとこの戦いの問題点だろう。だからこそ、カギはそこではない。

 彼女とどう向き合うか。重要なのはそこだ。


(だとすれば――)


 ミコトは『ミコト』を静かに見据え、構えていた黒刀を鞘へ納めた。

 その行動に『ミコト』は弾かれたように動揺を見せた。

 大きく見開かれた瞳には、信じられないと言いたげな念がこもっているように感じる。そうだろう。私自身そう思う。ミコトは『ミコト』に向かって苦笑してみせた。バカにしているのか? きっと、彼女はそう言いたいに違いない。先に言ってやりたいが声が出ないのがとても残念に思えた。そうして『ミコト』は案の定吐き捨てた。


「バカにしてるの?」


 ギリリと睨みつけられる。

 いや、本気だ。と、ミコトは『ミコト』をじっと見つめた。

 

「抜け。私を斬らないと貴女はここから出られない」


 そう言うと思った。

 やっぱり自分だ。であれば、『ミコト』も何故ミコトが刀を納めたのか伝わっているハズだ。

 そうして『ミコト』はため息をつきながらミコトへ切っ先を向けた。


(大丈夫だ。そんな気がする)

 

 ミコトが自分を見つめる体勢は変わらない。

 もしこのまま彼女が自分をまっすぐに貫いたなら、確実に絶命してしまえるだろう。反射的に動ける態勢ではない。する必要はない。それが自分の答えだ。中途半端な覚悟で、偽善者と言われても仕方がない上っ面の覚悟で発動してしまった罰と考えれば打倒の結果だと思う。自分に付き合って無茶苦茶に願いを叶え、置き去りにされた『ミコト』に同情すらする。

 彼女は森に散り散りになることなく留まって、ずっと待ち続けてくれた。

 かなりの迷惑をかけただろう。おかしな話だ、とミコトは再び苦笑した。主よりも主らしい。彼女こそが聖霊士として見出された自身だろう。生まれ持った素質。それが『ミコト』だ。

 

(物凄く遅くなっちゃったけど、守ってくれてありがとう)


 ミコトが『ミコト』に微笑んだ瞬間――『ミコト』の身体はミコトのすぐ傍らにあった。

 彼女はつま先で地を蹴り跳び、瞬発で間合いを詰め――黒刀の刃先がミコトの喉元で静止した。切っ先は指の第一関節の長さほども離れていない。ピタリと、まるで時間が停止したかのように二人はそこにいた。

 

「貴女はクズだ」

(ヒドイ言いようね)

「中途半端な覚悟が迷惑」

(だから戻ってきた)

「そんなので聖霊士が務まると思ってるの?!」

(ちょっと真面目すぎるんじゃない?)

「真面目も不真面目もない」

(私は私。それで良いんだと思うわ。聖霊と人の懸け橋になるだけの役目。あとはどう振舞おうが構わない。全然自由で良いんじゃない?)

「怠惰だわ」


 それくらいが丁度いい。

 当てのない自分にぴったりの役目じゃないか。

 『ミコト』が困り果てたようにため息をこぼし、刀を鞘に納めると同時、彼女の身体がスゥっと消え入り始めた。やがて光の粒子がミコトの喉元に入り込む。深呼吸をした後、そっと手を添えて静かに目を閉じた。

 覚悟はできた。

 覚悟と言えるようなものではないかもしれないが、自分はありのままで向かっていくのが一番だと思う。何より、都にいるような勤勉で博学で潔癖で冷静な感じの聖霊士にはなれそうにないしなりたくもない。ただ、二つの存在の間に立てる聖霊士として全うするのみだ。

 

 ――瞬間、急激な寒さに身を震わせた。

 

「嬢ちゃん?!」


 反射的に起き上がると、真っ先に目に入ったのがガイの驚いた表情だった。

 辺りは霧に包まれている。そして、少し離れた場所で、ヴェルスと大蛇が睨み合っているのが見えた。

 ヒシヒシと伝わってくる殺気に、先ほどの寒気が大蛇から放たれるプレッシャーだったことを知る。そして、ガイの隣に少年が倒れていた。もしかして死んでいるのか。と、慌てて駆け寄ろうとすると、ガイが「大丈夫だ」と汗をぬぐっていた。


「どうだ、声」

「――ぁあ、あ……よかった」


 無事に声は戻通りだ。

 ミコトはホッと胸を撫でおろした。

 ゆっくりと立ち上がり、体の状態を確認するがどこも違和感はない。


「嬢ちゃんが急に倒れて仰天してたらアイツが後ろから襲い掛かってきてな。間一髪でヴェルスが守ってくれたのさ」


 幸いにも辺りに他の魔物の気配はない。

 近づいてこないのか、あるいはこの大蛇がすべて平らげたのか。禍々しい念は、大蛇を中心に大きく広がっている――というのが明確にわかることに気付き、ミコトはハッとした。

 胸の奥底に宿るアルヴァリウスがわかる。

 そして、彼が守る地は街だけではなく、この森も含めた広大な大地だということを把握した。それはあまりにも広く、果てしない範囲。感覚的に神経を研ぎ澄ませると、四方八方至る所からジンジンと脳を震わせる鈍痛が押し寄せてくる。恐らく聖霊の嘆き――魔物が生息する先がある。重い耳鳴りに吐き気。全て、アルヴァリウスが背負うこの地の現状。

 頭を抑えていると、ガイの気遣う声が聞こえた。

 一気には到底無理だ。

 少しずつ――とは言ってられそうもないが、確実に処理していけば良い。

 正直、今は少し休みたい気分だけれど。


「ガイさん、私ってクズですか?」

「はあ?! ……なんかあったのか?」

「真面目に見えます?」

「そ、そりゃ、まぁ……やっぱりなんかあったんだろう?!」

「変な事訊いてごめんなさい、その子を宜しくお願いします」


 戸惑うガイに謝りながら、腰の刀帯を締め直す。

 そうして胸に手をあて目を瞑った。

 

「お待たせ、アルヴァリウス」

『ようやくか』


 聖霊は姿を見せる。

 長い銀髪は霧立つ深緑の空間でよりいっそう幻想的に映えていた。

 鼻筋が通り堀の深い顔と、精鍛な輪郭。静かに見定める眼差しを、ミコトはまっすぐ見返した。


「私はミコト、貴方と一緒にこの地を守る」

『承知した』


 ふわりと優しい温かさが身体の奥底から解き放たれ、ミコトの全身を駆け巡る。四肢、指先から毛先まで何か神聖な風に包まれたかのような不思議な感覚にミコトは目を見張った。


(これが契約か)


 奇妙だが頼もしい。けれども守られているというワケではなく、一体感があると言えるだろうか。

 不思議な感覚に少々戸惑いつつも、ミコトは刀の柄に手をかけた。

 見据えるは大蛇とヴェルス。そして憑く聖霊。

 彼らはそれぞれに命の駆け引きをしている。


「――ちょこまかとッ、うぜぇンだよ!!」

 

 大蛇に向かって槍を一閃させるも当たらない。

 草むらや土砂に紛れ込む大蛇はヴェルスを巧みに翻弄していた。


「――ったく、遅ぇ」

 

 彼の傍に立ち、周囲を警戒するも大蛇の禍々しい気配が立ち込めすぎて正確な場所は特定できない。相手もミコトが参戦してきたことで警戒心を強めたのか、次から次へと襲い掛かってこようとはしなかった。

 ヴェルスがゼェゼェと呼吸を乱しながら横目で睨んできた。

 

「お前、契約はどうなった」

「無事に成立した」

「じゃあ魔物の居場所を教えろ、ブッ飛ばしてやる」

「無理」

「あぁ?」

「気配が濃すぎてわからないの」

「んなこと関係ねぇ、探せってんだろ」

「はぁ? 私の話聞いてた? 理解してた? 無理だったって言ってんでしょ?!」

「怒鳴んじゃねぇよ、バカか」

「なんですって?!」


 ――と、すぐ傍ら――自分の向こう、ヴェルスの右側に大きな塊を感じた。物体はない、だが確かに何かがいる。ゾワゾワと全身に鳥肌が立つような冷たく悍ましいもの。それが何なのか目視できるようになる前に、ミコトはその方向に指を向けていた。反射的に、気付いたらそうしていたのだ。

 悪態をついていたヴェルスが弾かれたように槍を向けるのと、大蛇が牙を剥き出し躍り出てくるのはほぼ同時だった。

 けたたましい大蛇の金切り声が鼓膜にビリリと響く。

 槍の矛先は上顎を貫き、おそらく鼻筋であろう部分まで見事に貫通していた。傷口からはドス黒い体液が溢れ漏れ、ヴェルスは容赦なく矛先を滑らせながら傍にあった大木に巨体を叩きつけた。ドパンと、鈍い音が辺りに響く。しかし、大蛇は少しよろけながらも体勢を持ち直し、ミコトとヴェルスへ牙を向けていた。

 湧き水のようにしたたり落ちる体液で辺りの草木が沼のように変わっていく。

 

「ここまでデカくなっちまったら簡単には終わらねぇ。根本の聖霊をどうにかするまで動き続ける。お前の役目は聖霊と器との契りを断つだけだ。簡単だろう」

 

 簡単? どこがだ。

 槍を構えるヴェルスの前で大蛇は威嚇の体勢を保っていた。

 もう朽ち果てようとしている――いや、すでに限界を超えて存在しすぎた肢体はあちこちに傷があった。癒えることなく腐敗し、傷口から染み出した体液が鱗のように幾重にも重なりどんどん成長し、大蛇を作り上げてしまったのだとわかった。

 生きる者の命を食らい、食らっても食らっても足りず求め続ける魔物。

 そうして大蛇の眉間に黒い靄とそれに包まれた光――あの聖霊がいることにミコトは気が付いた。

 聖霊もミコトに気付いたのか、ハッとした様子を見せた。


「早くやれ」

「わかってる」

「わかってねぇ。遅ぇんだよ。聖霊が器の動きを制御できんのは微々たる間だけだ。早くやれ」


 ヴェルスに肩を掴まれ大蛇の前へ突き出される。

 そうして彼は呆れ果てたようにため息をついた。


「お前は根っから考えすぎんだよ。せっかく授かった力だ、大いに使え、自由にな。お前の気持ちと気合に応えてくれる。それだけで力が発動する。自由自在だ。形なんかねぇ。さっさと解放してやれ。やれんのはこの場でお前だけだ。役目を果たせ」


 もっと具体的な手段や方法があるだろうと、ミコトは内心で文句をぶつけた。

 心なしか、聖霊の表情がより不安そうに歪んでいるように思え、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。本当にできるのだろうか。大丈夫だろうか。そんな不安が込み上げてくるが、ヴェルスの言う通り自分がやるしかないのだ。

 ミコトは深呼吸し、大蛇を見上げた。


(なるほど)


 よくよく見るにつれて、肢体に黒い靄がまとわりついているのがわかる。

 そして、その靄が大蛇と聖霊を固く結びつけているように感じた。そのことから察すると、この靄を取り除けば彼らの契りは解消される――のだろうか。でもどうやって? 


『刀を使え』


 不意に脳内に直接響く声に「ひゃ?!」と奇声を上げてしまう。

 アルヴァリウスだ。

 彼の指示通りにミコトは刀を抜く。すると、黒い刃がドクンと脈打ってるのがわかった。まるで生きているようだ。そして柄もほのかに温かく感じる。こんなことは初めてだ。


(靄に反応してる……?)


 試しに刃先を近づけてみると、靄の一部がスルリと刀身に吸い取られた。

 どんどん消えていく靄を呆然と見つめていると、大蛇に宿った聖霊の姿がハッキリと見て取れるようになった。とても儚い。小さい子供のようなあどけなさに、全てを悟っているかのような落ち着いた雰囲気もある。ふわりとした髪の聖霊は、自身の足元を指さす。そこには黒い靄が発生している場所――何か小さな宝石の粒のような塊が埋まっているのが見えた。

 

「壊せってこと?」


 ミコトの問いに、聖霊はコクリと頷く。

 塊を破壊すれば彼らは解き放たれる。救うには、これしかない。

 黒刀の刃先をそこへ差し向け今一度呼吸を整える。絶対外さないよう集中し、一気に突き入れた。

 カリン、と乾いた音を立て崩れた塊はそのまま靄と同じように刀に吸収されてしまう。手の中で刀身がわずかに重くなる感触があった次の時には、聖霊は虚空へと立ち消えてしまった。大蛇の肢体はドロリと溶け始め、地面に跡を残す。骨はない。全て液体となって悪臭を放ちながら草木に降りかかった。

 ミコトはヴェルスと共にその場から距離を取る。

 

「もっと手早くやれよ、のろま」

「うるさい」


 黒刀を鞘に戻しながら、刀の黒さと重みの理由を考えていたとき、ガイの声が聞こえた。


「おい、坊主大丈夫か?」


 ガイに抱き起されながら少年が目を覚ましていた。

 慌ててミコトも駆け寄り、様子を見る。


「こ、ここは……?」

「坊主は魔物に憑かれていたんだ、名前は思い出せるか?」

「……ソォル、です」


 即答はでなかったものの、ちゃんと意識はあるようだ。

 ミコトはガイと一緒に胸を撫でおろした。


「まぁ、ワケがわからないだろうがお前を保護したギルドがある。そこでしばらく世話を見てもらえ。悪いようにはしねぇから黙って俺らについてこい」


 不器用な言い方だ。

 そんな説明で事足りると本気で思っているのだろうか。

 どうやら少年も判断しかねているようで、戸惑いと怪しみの混ざった視線がヴェルスに向いているのがわかった。仕方がないと、ミコトはため息をついて補足を入れる。


「ご、ごめんね。混乱していると思うけど、とりあえず安心して大丈夫よ――って、私もあんまり説得力ないかな」

「バカか」

「あなたには言われたくないわ」


 ゴホン、とガイの咳払いにハッと少年を見ると、彼は少し戸惑いながらニコリと微笑んでいた。


「大丈夫そうです。なんとなくですけど、あなた達から悪い気配は感じない。ご迷惑をかけてばかりかもしれませんが、よろしくお願いします」


 予想外の反応に、ミコトはガイと目を見合わせた。

 丁寧な返しにあどけない少年のイメージが吹き飛ぶ。


「ここから街まで馬車でしばらくかかるんだけど、大丈夫?」

「なにがですか?」

「体調とか、気持ちとか……」

「そうですね、少し不思議な気分ですが、あなた方と別れてボクひとりで動くよりも、一緒に行動させていただいた方が確実でしょうから。お荷物ですか?」

「そそそそそんなことないよ。しっかりしてるから驚いて……」

「なんですかね。まだ何があったか把握しきれてないんですけど、あなたに悪意がないということはわかりますから」


 ニコリと微笑む少年に安堵を漏らしつつゆっくりと馬車へ戻る。

 まだ足元はおぼつか無いものの、人格的に支障はないように見えた。

 ヴェルス、ガイ、ソォルの背中を追いつつ、ミコトは腰に下げた刀に触れる。刀身の熱は鞘越しにしっかり伝わっていた。そして、自分の中に宿るアルヴァリウスがひっそりと見守ってくれていることもわかる。

 

(まだまだこれから、か……)


 この地を守るという壮大な契り。

 成し遂げられるのか、少し不安が過った。

  





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