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16 出発




「まさか、お前さんのご指名とは思わなんだよ」

「わりぃな、おっさん」


 早朝のギルド前。

 意外にも軽いガイとヴェルスのやりとりにミコトは唖然としていた。


(ヴェルスって完全ソロかと思ってたけど、ああやって笑う時もあるんだ)


 なかなか珍しい図だと思いながら、自分は彼と出会うたびに喧嘩を売られていたことを思い出す。

 やはり余所者には厳しいのだろうか。魔人に利用され街へ被害をもたらしたという過去もあってか、彼の街への思いはたぶん人一倍強いのだろうが――いや、それほどにも思うなら正面からルフェイと話し合い協力した方が全然効率的にも良いんじゃないかと、ミコトは眉をひそめた。

 視線の先で、ガイとヴェルスは談笑を続けている。

 苦笑したり、謙遜したり、自分と会話しているときには見なかった表情。ちゃんとした好青年だ。

 しかしきっと、自分が見ていることに気付けば、彼はすぐさま性格の悪い顔に変わるのだろうと、ミコトは空を仰いだ。

 どんよりと曇る空模様。

 どこかサッパリとしない天気はどちらかと言えば嫌いな方だ。

 

(聖霊士、かぁ……)


 結局、昨晩から夜明けまでベッドで考え続けても、ミコト自身の考えにしっかりとした形はできていなかった。


 ――そなたは何を願う。


 アルヴァリウスの言葉が幾度も幾度も脳内でリピートされていた。

 うんざりしてしまうくらい、考えても結局は決心できなくて放り投げようとすれば聞こえてくるのだ。後回しにはしてはいけない。ちゃんと向き合え。そう、ミコトの内に宿るアルヴェリウス本人が言っているかのように、気分転換もさせてはくれなかった。これはもう最早拷問の類だ。精神的に参ってしまっても、きっとアルヴァリウスは変わらず意志を投げ掛けてくる。そんなことにはならないように、ゆっくり、ゆっくりと思いを巡らせていた。


 最初からを。

 故郷で感じていた思いを。

 里から旅だったときのことを。

 時間をかけてじっくり思い出していた。

 

 結果は同じ、願いも、決意も、パッと思い浮かばない。

 だがしかし、聖霊士として考えてみれば答えはすぐに思いつく。

 街を守りたい、聖霊を救いたい、そのために力を貸してくれ――と、こんなものだろうか。

 それはきっと正解で、誰にでも思いついてしまうくらい簡単な答えだろう。道理だ。自分自身でも嘲笑してしまう。実は自分はとんでもなく冷酷な人間のではないか。ヴェルスの方がまともかもしれない。そう疑ってしまうほど、ミコトが何度も簡単な答えにたどり着いでも聖霊士の力は発現しなかった。

 だから、この答えは自身にとって不正解なのである。と、ミコトは頭を悩ませていた。

 

(聖霊士になれなくてここに来たのに今更――ってのが本心なんだよなぁ)

 

 シィラがどうやって自分とアルヴァリウスを結ばせたのはわからないが、どうにか答えを見つけて前に進むしかない状況なのだ。

 そうしてアルヴァリウスが答えてくれない以上、この状況は永遠に続く。

 少しくらいヒントをくれても良いんじゃないか。内にいる偉大な聖霊に苦情をむけるも何の変化もなかった。困ったものだ。聖霊士として認められるようになるにははやり、言葉を取り戻すということが一番の条件なのだろうか。

 積み重なるプレッシャーにミコトはウンザリと肩を落とした。


「あら、早いわね」

「お前が遅ぇんだよ」

「あんたたちが早すぎんのよ!」


 ヴェルスと怒鳴り合うリンジャの背後には少年の姿があった。

 やがて、ガイを先頭に街の端――あの森へ繋がるであろう道のある広場まで進むと、一台の馬車が見えた。ガイは慣れた手つきで馬車の点検を始め、ミコトはその間に少年を荷置きへ導いた。

 あっさりと乗り込む少年の後に続こうとすると、リンジャの不安そうな声が聞こえた。


「本当に4人だけで大丈夫なの?」


 振り返ると、彼女は険しい表情を浮かべていた。

 声を取り戻しに行くメンバーはヴェルスとガイ、少年にミコトの4人のみだ。

 本当にそれだけで大丈夫なのかと、ミコト自身も不安に思った要素でもある。しかし、ヴェルスは「足手まといだ」の一点張りで、最後まで意見を変えなかった。深く、暗い森なのだから複数人いた方が安心はするが、密集してしまうと必然的に身動きがとりづらくなってしまう。

 そして、少数にした理由はそれだけではないだろう。

 先の丘での戦闘の際に、傭兵たちの間でも多数の負傷者が出ている中、むやみに街の人員を割くことはできない。結界外の魔物との絶妙な睨み合いが成立している今、この人数が限界だろう。

 

「やっぱりあたしも――」


 そう言いかけたところでヴェルスが鋭い槍の切っ先をリンジャの喉元に突き付けた。あまりに咄嗟の事で、反射的にミコトは刀の柄にてをかける――が、ギロリと殺気立つヴェルスの睨みに気圧され、それ以上は動けなかった。


「もう一回言ってみろ、斬るぞ」

 

 鋭い眼光がリンジャに向けられる。

 リンジャは何も言わずにヴェルスを見つめている。


「やりすぎだ、バカ野郎」


 緊張を破ったのはガイだった。

 槍を持つヴェルスの手をガッシリと掴み、下げさせながら軽く睨みつけた。そうするとヴェルスは舌打ちし、黙って槍を背に担ぎ直し、馬車の前方へ向かっていった。

 ミコトも一息ついて、刀から手を放す。

 

「リンジャ、現に今はお前さんが頭領だろう。用が済んだならさっさとギルドに戻れ。頭は頭らしくどっしり構えてろ。じゃないと、ルフェイが無理に起き上がってくんぞ」

「わかってるけど、でも――」

「そんなに信じられねぇか?」

「そうじゃないけど」

「いつまでも頼られちゃ困るってのが本音だ。色んなリスクはつきもんだろ。信じて『行ってこい』って送りだしてくれや」


 彼女は下を向いたままゆっくりと距離を置いた。

 もう少しフォローした方が良いんじゃないの? ミコトが焦りつつ見ていると、リンジャがパッと顔を上げる。そうして、両手で頬をパチンと叩き「よしっ」と気持ちを切り替えた。


「帰ってこなかったら呪うわよ!」

「ハッ、上等だ」


 街へと駆けだすリンジャは一度も振り返らなかった。

 その背を見ながらガイが嬉しそうに、だが少し複雑な表情を浮かべていた。そんなミコトの視線に気づいたのか、ガイが困ったような苦笑いを見せた。


「すまねぇな。あいつらは不器用すぎる。あいつらというか、この街のヤツや全員かもしれないな。ヴェルスの小僧は、特にな。だからお嬢ちゃんが上手いこと取り持ってくれるとありがたいんだがね」

(へ?!)

「お、嫌そうないい顔じゃないか」


 ふいに向けられた期待にミコトは度肝を抜いた。

 軽く肩を叩かれ、笑いながら騎手の位置へ向かうガイを見送り呆然とする。取り持つ? 私が? どうやって? できそうにない、と我に返り、ミコトも慌てて馬車に乗り込んだ。

 すぐさま魔物除けの香を灯し、少年に寄り添いながら当たりの警戒を始める。まだ街の中だが、道の先にある森からは異様な気配がピリピリと伝わってきていた。丘に現れた魔物たちは紛れもなく森に住んでいる。森の奥深くにいる個体は、丘まで出てくる個体と違い、計画性を持って襲い掛かってくるものが多いと言われている。あの大蛇もその一体だったのだろう。

 やがて、ガタゴトと動き出した。

 少年は相変わらず表情の変化はない。

 じっと座り込み、まるで人形のように静かだった。


(ちゃんと戻るのかな)


 憑りつかれる以前の彼はどこでどんな生活をし、どんな家族がいたのだろうか。

 魔物と繋がった期間が短ければ、記憶の欠落もほとんどない場合が多い。この少年はどうなのだろうか。例え幸いにも記憶が戻ったとしても、人から離れた期間が長ければそれだけズレが生じる。

 憑かれていた間に行った所業を恥じ、恨み、後悔し、自害してしまう結果になったとしたら?

 だがしかし、現状で彼を操る核が外れているとはいえ、ずっとこの状態のままとはいかない。自分自身の件もある。お互いに、戻らなければいけないのだと、ミコトは再認識した。


 そうして眉をひそめていると、少年が自分の顔を覗き込んでいることに気付く。いつの間に――驚くと同時、馬車が大きく揺れ動いた。度重なる不意に、ミコトは大きく体制を崩し、ガタンと荷台を転がってしまう。巻き込まないよう、咄嗟に傍にいた少年の身体を抱きすくみ、衝撃を和らげた。「大丈夫か?」と騎手の方からガイの声が聞こえた。

 腕の中の少年は無事のようだ。

 あどけない瞳に見つめられ、ミコトは反射的にすぐさま少年を抱き起し、隅に座らせた。

 少年は何事もなかったかのように静かなままだ。 


(弟がいたらこんな感じなのかな)


 そうしてハッとする。

 転がる寸前、少年が覗き込んできていた。全く気が付かなかった。もしかして用を足したい、とか? 不思議そうに覗き込んでくる彼の表情を思い出し、少年の方へチラリと目配せすると、彼もまたミコトを見ているところだった。

 何か用事でもあるのだろうか。

 ミコトは「どうしたの?」という思いを全力で込めて、大きく首を傾げてみせる。すると、少年も大きく首を傾けた。伝わらなかっただろうか。仕方なく、懐に入れていた紙と筆を取り出したとき、少年の声が聞こえた。


「おんなのひと?」

(――は?!)


 尚も首をかしげる少年にミコトは全力で頷いた。

 

(まさか男だと思われてた? でもって今まで悩んでた? いつからだろ。まさか昨日からとかないよね?)


 彼がギルドで保護された後はリンジャが面倒を見ていたハズだ。

 確かに、彼女は女性らしい体つきをしているし、どんな状態でも女性として判別できるだろう。すなわち、自分はそうじゃない。だから少年はわかりかねたということになる。そして同時に、今の少年の状態でも不思議に思われるくらい気になったということでもある。

 ミコトはハッとした。

 さっき馬車が揺れたときだ。

 柔らかな肢体かと聞かれれば、瞬発力を発揮できるよう程よい筋肉を保っているので柔らかくはないだろう。そしてなによりリンジャのような豊満な胸は皆無だ。明らかに違う。多少なりとはある――と思っているが、彼女と比べられたら確実に違う。触れなくとも、見ただけで明確だ。衣服は故郷からもらったシンプルな黒衣のままだが、軽くて動きやすく思いのほか丈夫なので新たに仕立てようとは思っていない。故に、女性らしさには欠ける。

 だからか、とミコトは確信した。

 いろいろ言いたいことはあるが、説明しようにもできない現状。これほどまでに悔やまれるとは思わなかった。声を取り戻した後、真っ先に伝えようとミコトが決心した頃、馬車の揺れがゆっくりと収まった。

 しばらくして天幕が開かれる。

 ガイが姿を見せた。


「無事、到着だ――何かあったか?」


 キョトンとする彼にミコトは肩を落としながら首を横に振った。

 少年の手を引き、慎重に下車する。

 木々の匂いに紛れ、鼻腔の奥をつく異臭があった。 

 

(ここだ、間違いない)


 戻ってきたのだ。

 ミコトは森の奥を見つめながら、少年の手をギュッと握った。

 





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