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「お久しぶりですね、アルヴァリウス」

 

 青年は微笑んだ。

 まるで美しい人形のように整った顔立ちだ。しかし声音はやや低く、大人びた印象を持ってしまう。特徴的な深紅の瞳と目が合い、ミコトは息をのんだ。


(アルヴァリウスが見えてる。でもって知ってる人……敵? それとも味方? どっち?)


 傍にいる聖霊は何も言わない。大した反応も見せず、青年を見つめていた。

 そんなアルヴァリウスの反応にミコトは答えを出しかねていた。

 一体どっちだ? だがしかし、彼には何か近寄りがたい違和感がある。特に武器は持っていないようだが、何かを隠しているような感じがする。最早本能的な勘というやつだろうか。

 

「契約は、成功したようですね。それはとても喜ばしいことです。ありがとうございます」


 青年が手を叩いて喝采した。


(何が喜ばしいものか)


 声が出ないのがもどかしい。この青年に言いたいことがたくさんある。だがこれでハッキリした。契約を知っているということは『シィラの仲間』ということで間違いないだろう。そして彼らにまんまと嵌められた――のだが、ミコト自身が思っていた契約の実感が全くと言っていい程感じられない。

 もっと神聖な儀式じゃないのかと、拍子抜けしてしまうくらいに訳も分からず終えていた。


(ひと地域の偉大な精霊がこんなにあっさり乗せられたってこと? 何か思い違いのような気もするけれど……)


 横目でアルヴァリウスを見るが、彼は微動だにせず青年を見つめ続けていた。

 何を考えているのかさっぱりわからない。


「貴女も不運な方だ。これほどの遠方に放り出されてお可哀そうに。死ね、と言われたようなものじゃないですか。まぁ、自覚はあるでしょうが……どうも墓を探してこの地まで従順にやってきたというワケではなさそうですが。貴女から意志が感じられないのが残念だ。利用されるだけの――モノと一緒だ。このまま大人しく殺されてくれると楽で助かります」

(好きでこうなったんじゃないんだけど)


 一気に頭に血が上った。

 確実にこの青年は自分の敵だ。すぐにでも飛び掛かって一発殴ってやりたい。そんな気持ちを心底で押さえながら、重心を低くし、いつでも対応できるように身構えた。

 そんなミコトの様子に、相手は苦笑を漏らす。


「これは勇敢なお嬢さんだ。アルヴァリウスの契約者として、この地の守護を放棄してこちらに加わる、という案もありますが……いかがです?」

『――反吐が出る』


 代わりに答えを出したのはアルヴァリウスだった。

 不意の声に拍子抜けしてしまうミコトの隣で、聖霊の細い銀髪が揺らめいていた。

 

「おや、残念」

『貴様は我が滅する』

「それは光栄だ――が、それを行えるのは貴方の主となった聖霊士。そして彼女には到底不可能に感じますよ?」


 計画通り。そんな言葉が不敵な笑みから滲み出ていた。


「貴方まだ、器に宿っただけでしょう? アルヴァリウス」


 青年の深紅がギラリと光り、ミコトの背筋にゾクッと悪寒が走った。そしてほぼ同時に、背後の神殿から扉が吹っ飛ばされる轟音と土煙、間髪入れてルフェイが躍り出てくるのが見えた。遅れてシィラも姿を見せる。

 ルフェイはミコトのすぐ背後でシィラに向けて双剣を構えるが、彼が纏っている防具の端々は切り裂かれかなりのダメージを受けているのがわかった。対するシィラは飄々とした感じで、短剣を腰の後ろに納めていた。

 どうやら彼女は随分な手練れらしい。

 ゼイゼイとルフェイの荒い呼吸が聞こえてくる。

 青年が満足そうに頷いた。


「大きくなりましたね、ルフェイ」

「誰だい?」

「貴方にはとても世話になっていますよ。おかげで悲願が達成できそうだ」


(どういうこと……?)


 まさかルフェイも仲間?

 振り返り、彼の様子を見てみたが、当の本人も状況を把握できていない様子なのか、眉間にシワを寄せていた。


「シィラが世話になり、アルヴァリウスの器になれる彼女を連れてきてくれた。それも、便利な器に仕立て上げて」

「ほんとぉに、感謝してるのよぉ?」

「なら僕らの前から消えてくれ」

「そぉんな冷たいこと言っちゃやだぁ。ずぅっと前から世話になっているものぉ、親しい仲でしょぉ?」

「君が入ったのは半年前だろう」

「んふふ、あなたがぁ、ちぃーっちゃい時からの仲よぉ?」


 彼女の言葉に首を傾けるルフェイ。

 シィラは知っていて、ルフェイは知らない。どういうことだろうか。ルフェイはギルドの頭だ。大人数とはいえ、彼女のような人物なら最初から存在感はありそうな気もするが。リンジャと同じように、幼馴染というワケでもなさそうだ。

 やがてシィラが唇に指をあて、そのまま指をルフェイに差し向けた。

 

「あなたがぁ、おにぃさんと喧嘩してくれたからぁ、良かったのよぉ?」

「――……なんだって?」


 彼の兄は行方不明なんだといつかルフェイ自身から耳にした。

 シィラの言葉に青年も相槌を打つ。


「数年前、己が聖霊士だという運命から逃れたいと願う子供と出会いましてね、お悩み相談に乗って差し上げたことがあります。街もギルドも全部背負う重圧に耐えきれなかったんでしょうね。聖霊士の運命から外れたいということでしたので、この地を治める聖霊の許しを請えば役割を放棄できると助言したのですが――……その器ではなかったようで、聖霊を裏切ったという行為から身を滅ぼしてしまわれた。あれはとても残念でした。おかげでこの地と街を隔てることができたのが幸いでしたが、ね」


 懐かしい。と、青年は虚空を見上げながら古き良き思い出に馳せている。

 話が本当なら、ルフェイの兄は彼らの助言――罠にハマり、結果姿を消したということになる。

 

(本当に?)


 ルフェイの身が小刻みに震えている。

 怒り、憎しみ、悔しさ。様々な思いが込み上げているだろうことは察しなくてもわかる。

 本当に青年やシィラが原因で街もルフェイも過大な被害を受けたのだとしたら、到底許される行為ではない。彼らだけではなく、この街――人類にとっても敵と断言できる。アルヴァリウスを滅する目的で長い間とどまり続けているという事実から、かなりの信念を持った相手だと判断できる。

 生半可ではない。

 ミコトはゴクリと生唾を飲み込んだ。


「許さない!!」

「いいえ、逆にありがとうと、感謝してもしきれません」

「ふざけるな!!」


 ルフェイが双剣を抜きながら青年へ飛び掛かる。しかしシィラが間に割って入り、スルリと短剣で受け止めた。激しい刃ぜり合いも、ルフェイは怒りを込め彼女に切りかかる。ギルドを束ねる長らしい冷静さは微塵もない。よくない状況だ。と、ミコトは感じた。感情に任せて動くとろくなことがない。かと言って、自分には彼を制する言葉を出すことさえできない。

 迂闊に近づいて最悪の事態になってしまえば相手の思うつぼだろう。

 どうすればいい? 

 唇を噛みしめたとき、凛とした声が脳内に響く。

 

『何を迷う』

(――え?)

 

 アルヴァリウスだ。

 

『そなたは何を願う』


 ルフェイたちの戦いを見た。

 殺気立つルフェイは鋭い剣激を幾度にもシィラに浴びせている。彼女も巧みに応戦しているとはいえ、皮膚のあちらこちらに鮮血が滲んでいる。いたって青年は何もしそうにない。命のやり取りを静観している。目まぐるしく移動しながら繰り広げられるやり取りは青年のいる場所にまで延び、ルフェイは彼にも刃を振るう――が、彼は微動だにしない。シィラがすべて受け、彼女の身体に傷が増えていく。

 本当にこれでいいのだろうか。

 憎悪に我を忘れたルフェイをただ見守ることしかできず、ミコトは苦悩した。


 私は、青年と戦うべきなのだろうか。

 神殿を囲む結界の外には壁のように魔物が密集している。外へ逃げることはできない。

 自分が何を優先すべきなのか。本当に死なないことだけ?

 死ねば、完全に街は終わり。というのは簡単な答えと結果にすぎない。

 生きなければならない。

 問題はどうやって、ということになる。

 このまま突っ立って、いつか誰かが果てるまでずっとこのまま一ヶ所に留まっているだけ?


『そなたの誓いを聞くまでは力は貸せぬ。しかし、我を宿したその時から加護は必然。そなたは我、我はそなた。共鳴し時、力がもたらされる』

(――加護?)

『特別なものではない。道理なのだ』

(どうやって?)

『術など必要ない』

(だって、私は今話せない)

『その枷はそなた自身が科したもの。ただ感じ、受け入れ、応えよ』

 

 そんなこと言われたって――と反感すると、アルヴァリウスが眉をひそめるのが分かった。落胆しているようだ。

 ミコトは急にイラっとした。契約とかされてわけわかんないのに力を使えとかまた無茶なこと言われて。一体全体どこまで巻き込まれればいいのだろうか。しかし根本的には自分が聖霊士として開花していればこういう厄介な運命も歩まなかった――と考えるのは都合がいい良い子ちゃんの思うことだろう。だから利用されてしまうのだ。

 よくよく考えてみればあの里が悪い。

 囲われて平和に育って、実らなければ捨ててしまうのは無責任すぎる。

 不満も、もっともっと思ってぶつけて良かったのかもしれない。誰もそうしないから、ああなってしまったという事情もあるのだろうが、自分自身ももっと気持ちをハッキリと言うべきだっただろう。

 聖霊に気を使い過ぎたとか、敬い過ぎたとか、神聖なものに思い過ぎたとか、きっとそうに違いない。


『そう、我らは遠くない』

(――まさか聞こえて?!)


 流石に失礼だったんじゃいか。と、アルヴァリウスを見ると、その姿がスゥッと消えてしまった。

 やがて、自分の身体全体――指の先まで清々しい感じになった。

 身が軽い。そして温かい。神殿から靄の影響を受けていた不快感が嘘のように解消された。


「なるほど、聖霊士の力量は確かということですか。面白い」

 

 ようやく青年が動き出す。

 ミコトはハッとした。

 

「ミコト!!」

「よそ見しちゃだぁめ」

「――くっ」

 

 少し我に返ったらしいルフェイは尚もシィラに苦戦している。

 当たり前だが助太刀はもらえない。

 自分はこの青年と戦う。そう心に強く言い聞かせた。絶対に負けられない戦いだ。


「ミコト、ですか」


 彼は何歳くらいだろうか。

 ミコトと同じく黒衣を纏っている。

 聖霊士ではなさそうだが、どうにも不思議な雰囲気だった。

 

「覚えておきましょう」


 一瞬だ。

 それが聞こえると同時、彼の陶器のように美しい顔が目前にあった。

 訳が分からなくて時間が止まったような感じがした。

 ニコリと微笑む彼。とっさに後退するが、青年も一緒に地面を蹴った。身軽さに自身はあるハズなのだが、彼はそれをも遥かに上回る運動神経で迫ってくる。逃げようにもほぼ密着の距離を取られながら、絶妙な距離のダンスを踊っているような感じだろうか。

 このままではだめだと、ミコトは斜め前に受け身を取り。ある程度距離を取り直してから刀を構え直した。

 そんなミコトの身のこなしに、青年も少々驚いたように反応した。


「なるほど、厄介ですね」


 顎を撫でながら、青年は片手を地面へ向けた。

 やがて、ズルリとドス黒い靄が這い上がり、棒状に形成されていく。そしてゆっくりと、地面に触れる先が鋭くとがる。これは槍だ。


「少し遊びましょうか」


 ミコトの返答を聞く前に青年が大きく踏み出し――なんとか刃で受け止める。が、とても重苦しい斬撃だ。ギシギシとしばらく競り合うと、青年は満足そうに微笑んだ。余裕だ。何が遊びだ。殺気が満々じゃないか。

 内心で悪態をつきながら、切っ先を弾き飛ばし距離を取ろうと重心をかけ、後方に跳躍――した瞬間、トンッと固くもやや弾力のあるものがミコトの背に当たった。

 何? そんな思考をしている間に、前にいたハズの青年がいないことに気が付く。


(――な?!)


 後ろ?!

 そう思うよりも早く、身体が反転する。これはもう本能的な反射だ。自動的に動いたという感じだろうか。視界には片手で大きな槍を軽々と振りかぶっている青年がいた。なぜ? 一瞬で? 自分の背後に回り込んできた? 

 ようやく思考でも彼を認識した瞬間に、槍を持っていない手がミコトの首を鷲掴みにした。

 真紅の瞳は無情だ。何を思っているのだろうか。ミコトは必死に彼を見続けた――が、まったく表情は歪んでいない。苦しい。息ができない。なんとか空気を取り入れようと、気道を確保しようともがく。しかし、彼の腕はピクリともしなかった。

 ミコトの手から黒刀がいつの間にか落ちていた。

 必死でもがきながら両手で抵抗する。

 喉の圧迫感、ギリリとした痛み。徐々に意識が薄れていく。ここまでだ。

 

 何かが、聞こえた。

 

「ほぉ」

 

 青年の声も聞こえた。

 急に圧迫が弱まった――まだ殺されてたまるかと、ミコトは重心をずらし、蹴りを見舞った――が、手ごたえはない。残念ながら空振りだ。解放された肢体は、背中から地面に落下する。息が詰まる衝撃と、内臓の軋みに呻きを漏らす。どうにか大きく息を吸い込み目を開けると、片腕のない青年が立っているのがわかった。

 傷口を抑えることもなくただ立っている青年。おびただしい鮮血がしたたり落ちていても、彼は表情ひとつ変えなかった。


(……嘘)


 呼吸を整えるたびに軋む身体。

 どうにか上体を起こし、刀を拾った。


「今日は再開が多い日ですね」

「んなこと微塵も思ってねぇだろクソが」

「貴方も大きくなりましたね」

(どうしてここに?)


 ミコトの視界に入ったのは忌々しい銀髪の――ヴェルスだった。

 

「探してたぜ、ザイア」

 

 すると、街の方角から騒がしい人の声や武器の異音、けたたましい魔物の声などが響きだした。

 

「厄介ですね」

「てめぇの思い通りにはなんねぇぞ」

「まぁ、いいです。契約さえ遂げれば殺しやすくなります」


 青年はため息をつき、街とは逆の方向へ踵を返した。


「シィラ、引きます」

「まぁたぁねぇ」


 すんなりと姿を消した二人に対して、こちらは疲弊した状態でその場にうずくまることしかできなかった。しかし、ルフェイも深手を負っている様子はない。切り傷と流血は見えるが、命に別状はないだろう。


(とりあえずは助かった、のかな)


 やがて丘の向こうから傭兵たちの姿が見えた。

 魔物たちのいる丘をあまり刺激しないという策はどこにいったのだろうか。むしろ吹っ切れたという感じに、それぞれが討伐を行っていた。安全にできた道筋にはリンジャが指揮をとる姿があった。


「ざまぁねぇな」


 吐き捨てるようにヴェルスが言った。

 悔しいが言い返す言葉がない。

 ミコトが地面を見ていると、彼が手を差し出してきた。


(――へ?) 

「契約までしやがって。だから帰ってれば良かったんだ、あの時」

 

 すべてを悟っていたかのような口ぶりに仰天しながら、彼の手を取り立ち上がった。

 ヴェルスの対応に戸惑いを覚えつつ丘を見下ろした。

 おそらく彼らが来てくれなければ本当に最悪の事態になっていたかもしれない。


(これからどうしようかな)


 ミコトは大きなため息をついた。




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