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10 手紙




(もうここには居られないな)


 とは思ったものの先は真っ暗だ。

 借りている部屋に戻り、ベッドに腰かけた。

 

 ギルドに居るのはとても気まずい。次ルフェイやリンジャに会ってしまったらどんな顔をすればいいのか悩む――というか、このままここにいたら訪ねてくるんじゃ? 

 ミコトはハッと扉を見た。

 今はまだ来なさそうだがいつ来てもおかしくはない。

 意識しているせいか、若干鼓動が早まっている気がした。


 とりあえずこれ以上ギルドに迷惑をかけるのは気が引ける。

 ミコトは荷袋、刀を掴み部屋を後にした。

 ギルド内の静寂が異様な雰囲気に感じた。きっと自意識過剰になってる。深呼吸しながら出入口まで突き進んだ。何人かとすれ違ったが引き留められるようなことはなかった。

 物珍しそうな視線は感じたが、何かを憐れんでいるようなものはない。

 おそらく、自分が声を失ったことはあの三人とガイ以外には知られていないようだった。

 

(まずは宿探しかな。でも、どうやって? 筆談だけで対応してくれるのだろうか。訪ねていって、どんな身振り手振りが伝わりやすいんだろう……むしろ、無言で立って見つめるとか? そんなの怖すぎだし却下だ。はぁ、困った。これじゃただの怪しい人物だ)


 ついつい出てしまうため息。

 当たり前のようにできていたことができなくなっていまだに慣れる気がしない。

 拠点となる宿の捕獲は最優先だろうが当然、依頼も何処かで見つけなければならない――が、そうなると街のルール上、どこかしらギルドに入らなければならないことに変わりはない。

 やはり、事情を知っているルフェイたちと一緒にいた方が安泰なんじゃないか、という答えに行きついてしまい、またもため息を吐いた。果たして筆談だけでやっていけるのだろうか。

 改めて考えてみると様々なことが積み重なっていることに気付いた。


(なかなか大変だなぁ)


 いつの間にか街は夕暮れ時に染まっていた。

 そろそろ大通りの店に傭兵たちが集い始めるころだろうか。

 ギルドの門の正面からも、店の軒先に明かりを灯す者や何か文字の書いた紙を貼り付けている者が見られる。そんな様子にミコトの腹の虫が静かに呻く。腹が減ってはなんとやら……街で腹ごしらえをしながら宿を見つけよう。そう思いつくがいつの間にか、ミコトの足は高台へと向かっていた。

 

(ちょっと疲れたな)


 そういえばどれくらい眠っていたんだろう。

 考えてみればそれさえわからない。

 今は今日? それとも今日の明日の日? 

 空腹だけれど微妙に食べ物を口にする気になれなかった。

 そしてやはり、できれば言葉を取り戻したい、という思いがだんだんと強くなってきていた。

 

 声が出ない原因である聖霊の呪い。

 それを浄化できるのは街の外れにある神殿のみ――なのだが、ギルドで聞いた話の通り、あの大蛇のような魔物だらけであればそれを越えて神殿までたどり着くことは不可能に近い。ミコトの単独となれば絶対無理だ。

 

 いっそのこと誰か雇う?

 無駄死に案件だ。来てくれるはずがなし。

 もとはと言えば自分の責任と言ってもいい。でも一生このままだと思うと一気に不安が募ってきた。泣きだしはしないが油断すると瞳が潤んでしまいそうだった。

 そんな気持ちを振り払うため大きく深呼吸すると、高台から降りてくる人影が見えた。

 その姿にミコトの口元が少し歪んだ。

 会いたくない人物、

 ヴェルスだった。


「――お前」


 自分の口元があからさまに引きつっているのがわかった。

 できるだけ無表情を取り繕ったがヴェルスにもバレているだろう。

 彼は目の前で立ち止まり、間髪置いて意地悪な笑みを浮かべた。


「一日と持たなかったな? どうせあいつのギルドから抜けたんだろう? だから忠告してやったんだよ。これでわかったろ。早く郷に帰れ」


 ということは、まだ今日だということだ。

 ミコトは顔を背けた。


「今朝の威勢はどこに消えちまったんだ? ハッ、思い知ったってことか? ざまァねぇぜ」


 じっと地面を見続けているとヴェルスがつまらなさそうに舌打ちをした。

 そしてすれ違い様に肩をぶつけてきた。

 腕の傷がジクリと疼く。よろめいた拍子にシーラから貰った手紙がパサリと落ちてしまう。


(やばっ)


 慌てて拾おうと手を伸ばすが、彼の方が幾分か早かった。


「――ぁんだコレ」


 彼はミコトの手が届かない高さで容赦なく読み始める。

 書いてあるのは聖霊の文字。

 地域によって文化が違うのか、学んでいたはずのミコトですら理解不能だった。

 ましてや彼にとってまったく意味のないものである。何ふり構わず破り捨ててしまう可能性が高い。


(返せっ、この……っ!)


 取り返そうとジャンプする――が、ヴェルスは無駄に長身だ。むかつく。彼に、そして同じくらい自分に。返してと、怒鳴りたいが怒鳴れない状況に余計腹が立っていた。いっそのこと足を思いっきり踏んでやればいいんじゃないか。

 そう思い、実行しようとしたときヴェルスが呟いた。


「お前、聖霊士なのか……?」

(――……へ?)


 驚愕するヴェルスの表情があった。

 ミコトも目を見開いて彼を見詰めた。お互いが驚いていた。


(文字が読める? それともたまたま?)


「契約するのか?!」


 問いただしてくるヴェルスは真剣そのものだった。

 ミコトの両肩をガシリと力強く掴む。その拍子に彼の手の中にある手紙がグシャリとなる音がした。が、突然の出来事にミコトは上手く状況を理解できず、ポカンと口を開けたまま呆然としてしまっていた。

 

(――契約?)


 内容は浄化だった。

 シーラが綴ってくれたのだ。

 ヴェルスが読み解いたものと食い違う――が、聖霊士である彼女が書いたものだ。彼が手紙から察したことに驚いてしまったが、単純に読み間違えているだけだ。驚くことじゃない、とミコトは静になった。

 

(紛らわしいな、まったく。どこかで中途半端に学んだのかしら。人の話でさえ聞かないのに何が学べるっていうの)


 ミコトは手紙を奪い取ろうとした。

 しかし彼はそれをまた高らかと上げてしまう。


「どうなんだ?!」


 どうやら答えるまで返してくれなさそうだ。

 自分の答えが間違っているとは思わないのだろうか。

 様子の変わりようにも驚いた。あれほど帰れと一点張りだったのに、最早そのことを忘れてしまったかのように違っていた。眉間にシワを寄せ、目つきは鋭いがどこか心配そうなに見えた。


(なんでそんな顔するの?)

 

 契約なんて――するはずがない。できなかったのだ。だからこそここに来た――来るしかなかった。

 ミコトは黙ったまま顔を背けた。

 すると後ろ目に高台に近づいてくる影が見えハッと顔を上げた。

 どうして来たんだろう。

 金髪の、間違いなくルフェイだ。


「それはミコトのだよ、ヴェルス」

「――は? お前には関係ねぇだろ。ギルドに戻って雑魚どもの子守でもしてろ」

「残念ながら関係がないのは君の方だ」

「あ?」

「僕の不注意で彼女がケガを負ってしまってね、その治療に行くつもりなんだよ。だから君には関係ないだろう」


(違う、私が勝手に動いたから)と、ミコトは首を振った。


「さぁてね。契約となれば街の問題だろうが、あ? お前の一存でやって良いことじゃねぇぞ」

「何の話だい? 君がその手紙の内容をどう読み取ったかは知らないけれど、君が導き出した答えを押し付けないでほしいね」

「……なるほどな。コレを描いたヤツはあの女ってことか」

「納得してくれたかい?」

「滑稽だな」


 ヴェルスが舌打ちし、ビリビリと羊皮紙が引き裂かれる音が辺りに響いた。

 彼はそのまま宙へ放り投げると、破片はそよ風に乗って散らばってしまった。


「契約してみろ、後悔するぞ」


 立ち去る間際にそう吐き捨た。

 ミコトは彼の背を睨みつけながら、ため息をついた。


(やばい、どうしよう)


 手紙がなくなってしまった以上、一人で向かうのは不可能になった。

 もう一度書いてもらう? 傍にルフェイが居る。今の状況も把握していた。申し出れば察してくれるだろう。だがしかし、なんとなく頼みづらくて、ただ押し黙りながら地面へ視線を落としていた。

 なんて話そうか。そもそも頼っていいのだろうか。ギルドの頭領という重要な立場で、街に転がり込んできた余所者がこんなにも迷惑をかけて大丈夫なわけない。手紙まで書いてもらったのに無駄にしてしまった。なのにまた欲しいだなんて、大迷惑だ。

 ミコトは苦笑した。

 やっぱり諦めるしかないということだ。


「ミコト」


 静かにルフェイが言った。


「先ほどはすまなかった。あとのき――リンジャを庇ってくれたとき、君が仮に飛び出してくれなかったら間違いなく彼女は喰われていただろう。君は僕らの恩人だ。なのに先ほどのように迷ってしまったことを深く反省しているよ。本当にすまなかった」


 そうして深々と頭を下げる。

 ミコトは首を横に振りながら、ルフェイの上体を起こした。


「行こう、神殿へ。僕とシィラが同行する。君が話せるようになるまで、僕たちが責任をもって君を護る。だからどうか任せてほしい」


 わかっている。

 彼らはただで見捨てるような人柄でない。

 まだ会って間もないがそう思えた。だからこそすぐに返答をできなかったのはよっぽどのことで、彼らにも考える時間が必要だったのだろう。

 だがしかしこうして探してくれたのだ。

 本当にいいのだろうか。

 心の中が一気に晴れ渡った気がした。

 ありがとう。気持ちを込めて微笑んで見せるが上手くいかなかった。


「帰ろう」


 ルフェイが優しく背中を押してくれた。

 あまり触らないでほしい。そう思った。

 胸が熱い。何かが込み上げてきて、漏れ出てしまいそうだったから、黒衣の裾を強く握りしめた。

 



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