陸之書 ~第二章~ 其之一
登場人物
氷動 真夜:主人公、陸人の従者。天照大御神の転生者。
陸人:神様、真夜の主。
ピピピ、ピピピ、ピピピ
聞きなれた早朝のアラーム。真夜は気だるさを抑え込みながらベットから手を伸ばし、音の主を叩く。
(あぁ・・・変な夢を見たような・・・)
真夜はベットから顔を覆う長髪をかきあげながら立ち上がる。体がだるい。
意識を覚醒させながら真夜は今日の予定を、思い出そうとする。
講義の予定はなかったはずだ、友人との約束もない。
それ故に昨夜、何かの約束を入れた気がする。
(あぁ、確か朝から昨日の話を聞くために高天原へこいって言われてたんだっけ・・・)
「ん?高天原?」
一瞬で真夜の意識は覚醒する、昨夜のあの男の顔が脳裏に浮かぶ。
先ほどまで夢だと思っていたのは現実だった。
冷たい汗が額を伝うのがわかる。
思わず現実逃避のために再度ベットに戻る。きっともう一度眠れば普段の生活が戻ってくる。
そんな願望を胸に今一度目をつむるがそれを阻むように、携帯電話の着信音が六畳一間のアパートの一室に響き渡る。
「ん?だれ?」
登録されていない携帯電話からの着信だが、これはとらねばならないという直感が真夜を襲う。
「はい、もしもし」
「おい、起きたか」
声の主は昨夜自分を監禁したあの男だった。一瞬で血の気がひいた。
「はいぃ!起きてます!おはようございます陸人様!!」
「様はよせ。日が昇ってもう3時間たつ。いつまで俺を待たせるつもりだ」
「え、は、はい。すみません。すぐにお伺いします」
真夜はそそくさとベットから飛び起き、座椅子にかけてあるジャージを手にとる。
「まさかお前、そんなだらしない普段着で、神様の御前に参上する気か」
びくっと真夜は部屋中を見回す。電話の先にいるはずの男がなぜ自分の現状を知りえたのか。
「気合を入れて着飾る必要もないが、せめて年相応の女子の恰好はしてもらいたいものだな。
今日は他の二人やその従者も同席する。主に恥をかかすなよ」
「は・・・はぁ。わかりました」
「それとな」
一度陸人は咳ばらいを挟み続ける。
「成人を迎えた女子が、そんな卑猥な姿をしているのもどうかと思うぞ」
真夜はふと自身の姿を目の前の姿見で確認する。胸ははだけ、白いショーツからは最近むくみ気味だった生足が伸びる。
色白の肌と赤みのかかった長髪。見る人が見ればそれなりの興奮を覚える姿なのは言うまでもない。
そしてその色白の肌に反し、みるみるその顔が真紅に染まっていく。
次の瞬間には買い替えたばかりの携帯電話が壁に投げつけられていた。
「ちょお!なに覗いてるっちゃ!変態!覗き魔!強姦魔!神様だったら何やってもええわけない!そげん神様聞いたことないっちゃ!」
「うぉ、鳥取弁」
床に転がる携帯電話から陸人の呆れた声が聞こえてくる。
「初な乙女心を傷つけてわるいが、お前程度の生娘の下着姿くらい、この数千年見飽きてる。いいからさっさとこっちへこい」
「はぁ・・・はぁ・・・信じられないっ!」
真夜は携帯電話を拾い上げ改めて耳に当てる
「三十分後にお伺いします!それでは失礼します!!」
通話を切断し、ため息交じりにクローゼットを開け放ちそそくさと衣装をチョイスする。
後であったらビンタの一発も覗きの神様にぶつけてやろうと心に誓う。
~三十分後~
自宅のアパートから徒歩10分。
まさかこんな身近に神様の本拠地があるとは夢にも思わなかった。
自宅から最寄り駅に向かう道中、丁度住宅街から駅前の雑踏に風景が変わるくらいの場所にそのオフィスビルがたたずんでいた。
築30年は経過しているだろうか、5階建ての小さなビル。見る限りその大半のテナントは空きであるのはすぐに理解できた。
1階には古臭い喫茶店が営業しており、既に数人のサラリーマン風の男たちがモーニングコーヒーを楽しんでいる。
そして見上げた目線の先、3階の窓には「あなたの悩み解決します。占いの館 高天原」と広告が出ていた。
真夜の目が怪訝なものになっているのは言うまでもない。
(それにしても・・・)
真夜は周囲を見渡す。昨夜の事件が嘘のようだ。街は平常運転で、唯一名残があるとすれば、交通事故の調査員らしき警官と運転手達が、規制線の中で何やら話し合っているくらいだ。
陸人が言うところの情報統制というもので、あくまで追突事故として処理されているらしい。
10台ほどが関連した事故の割には整然としており、特にテレビ局のカメラのような物もない。
何よりあの大規模な攻撃で破損したであろう、周囲の構造物もなんらその後がない。これも神の力というやつなのだろう。
「おい」
「はうぁ!?」
不意に横から声を掛けられ真夜は硬直する。振り向けばそこには数十メートル先に見えるコンビニの袋を片手に
憐れむような視線で彼女を見下ろす、自称神様の姿があった。
「おおおおお、おはようございます、陸人様っ」
「だから様はやめろ」
コンッと片手で真夜の頭をこづき、陸人はオフィスビルの階段へ向かう。
真夜もだまってその後ろに続く。
「神様もコンビニにいくんですね・・・」
「あぁ、何かと便利だからな」
ずいぶんと生活感の溢れる神様だ。本当に神様なのだろうか。そんな疑問が真夜の頭をよぎる。
中身はおにぎりとサンドイッチ、缶コーヒーだろうか?神様の食事といえば、お神酒やら米粒やら質素なイメージがある。
階段をのぼりながら真夜は陸人の姿を観察する。昨夜と変わらず鋭い目つきに不機嫌そうな表情。明るい場所で見ても間違いなくイケメンの部類だろう。
恐らく友人たちの合コンに放り込めばハーレムを作くれること請け合いだ。
「先に言っておく」
丁度三階まで登り切った先、昨夜真夜が監禁されたあのオフィスの前で陸人が立ち止まる。
「この先にいる連中は一癖二癖あるやつらばかりだ。はっきりいって変人の類でキャラも濃い」
どの口が言うかと真夜の視線が鋭くなる。
「もうあなたで慣れたと思いますが」
「特に西洋人の男な、そいつに何かされそうになったら迷わず殴れ。俺が許可する」
そういいながら陸人はドアノブを掴む。昨夜のことで真夜は一瞬身構えるが、昨夜のような閃光が走ることは無かった。
「失礼します」
陸人に続くようにオフィスへと足を踏み入れる真夜、昨夜は暗くてよく確認できなかったが意外と奥行きのある空間だ。
目につくのは昨日真夜が使用した接客用のソファ。壁に設置されたよく言う神棚、業務用のオフィス机には書類のようなものが散乱している。
奥は床が一段上がり畳が敷き詰められ、コタツがおかれている。おそらくは休息スペースだろうか。
その他大小様々な物が置かれているが業務用オフィスというよりは、オフィスを間借りした居住空間の方が表現とは近い。
神様の拠点というにはあまりにもかけ離れた生活感の溢れる空間だ。
そして真夜は自分以外にその空間にいるほかの人物に目を移す。
まず一人、オフィス机に鎮座する青みがかった長髪に糸の様な細目と眼鏡が特徴的なスーツ姿の男。
そして真夜が昨日座っていたソファをベッド代わりに横たわる大柄の金髪の男、こちらは先ほどの男と同じくスーツ姿だが襟元ははだけ、
どちらかといえば夜の歌舞伎町のイメージだ。のせた雑誌で顔が隠れておりその表情はうかがい知れない。
三人目、コタツに潜り気持ちよさそうに天板に顔をのせくつろいでいる白金の髪の男というよりは青年。あまりに美しい髪の色で真夜は瞬時にこの青年は神様の一人なのだろうか
と当たりをつける。
そして四人と五人目。小学生くらいの子供だろう。男児と女児。顔のつくりがそっくりで、双子であろうことは容易に想像できた。そそくさと掃除用具を片手にオフィス内を片付けて回っている。