陸之書 ~第一章~ 其之三
登場人物
氷動 真夜-ヒョウドウ マヨ-:主人公、陸人の従者。
陸人-リクト-:神様の一人、真夜の主。
陸人の誘いに一瞬戸惑う真夜。彼の姿に見惚れながらも、頭の思考回路をフル動員させる。
その手を取るか、否か。恐らく自分は特別な力を持っているのだろう。だが危険は無いのか?そのことへの利益は?
一介の女子大生である自分にそんな大事が務まるのか?私生活への影響は?大学は?
そんな打算計算に時間を一瞬でも使ったことが彼女に災いする。
夜の帳を背後にする神秘的な光景は、一瞬のうちに閃光に包まれる。
強烈な光と怒号。そして熱風が静寂の夜を灼熱の物に変えたのに真夜が気が付くのにそう時間はとられなかった。
この東京には似つかわしくない爆音と爆発。映画の世界で聞きなれたそれが、今真夜と陸人を襲ったのだ。
「ちぃ、またかっ!」
陸人が歯ぎしりをしながら窓から外をのぞく、そして何かを判断したのだろう、爆発の光と音で耳をふさぐ真夜の腕をつかみ自身に抱き寄せる。
折角落ち着きを取り戻した真夜の精神が再び恐怖と妙な高鳴りに支配れそうになるが、そっと陸人の唇が、真夜の耳元に迫る。
「つかまれ、飛ぶぞ」
「えっ・・・ちょっ・・・待って!」
次の瞬間、今日二度目のお姫様抱っこを体験し、真夜の体は宙に浮いた。
真夜を抱きかかえたまま窓から飛び出した陸人はそのまま、車道の向かい側のビルの屋上に着地する。
常人ではありえない運動能力に先ほどの予感は確信に変わる。どうやら真夜は目の前の男が神だということを認めなければならないようだ。
陸人の腕の中から真夜は眼下の光景に目を疑う。
「うそ・・・ガス爆発・・・?」
「平和ボケしてる日本人らしい発想だが、違うな。お前たち人間の言うところのテロみたいなもんだ」
車道ではトラック、乗用車、路線バスを含め10台ほどが重なり合い、炎と黒煙をあげ、時間的には終電近くということもありそれなりの歩行者たちがうずくまり、中には倒れこむ
者もいる。皆突然の出来事に我を忘れ、無残に混乱している様だ。
鋭い眼光で眼下を見下ろす陸人の目は、何かを探すように泳いでいる。
「こりゃまた高松に頼んで情報統制かけてもらうか・・・おい真夜」
「はいぃ!」
びくりと真夜は視線を陸人に移す。陸人はやれやれ、といった様にため息をつきながら、真夜を立たせる。
「悪いがさっそく鉄火場にご案内だ。従者になりたてでこんな機会に巡り合うのはレアだぞ。よろこべ」
「わ、私まだ何が何だか・・・それに従者ってなんですか!そのままの意味でいいんですか!?」
話を飲み込む前にこんな状況に放り出され、真夜の思考は余計混乱する。この1時間ほどで状況が目まぐるしく変化しすぎである。
「そう思っておけ、従者はもっと初歩の勤めから慣らすんだがな・・・」
「私まだ了承してませんよ!」
「そりゃそうか・・・!しゃがめ!真夜!」
真夜の頭を急に押さえつけ陸人の腕が宙を薙ぐ。その腕が真夜たちに迫った炎の塊を弾き飛ばしたのに真夜はすぐ気が付いた。
「いったい何・・・?」
ゆっくりと頭を上げる真夜は陸人の鋭い眼光がある一点を見つめているのに気が付く。
おずおずその視線をたどる。何件か離れたビルの屋上に何やら人の姿の様な物を確認できた。
背丈は自分よりも小さいだろうか、華奢な体格は間違いなく女性というのは確認できる。
ヘルメットのようなものをかぶっているため素顔は確認できないが、その他にも腕や足に機械的な装飾を身にまとっている。
よくSF映画に出てきそうな未来の兵士のような井手立ちだ。
「何ですかあれ・・・」
「言っただろ、テロだって。だが連続で実力行使に出てくるのは珍しいな」
兵士のような女性が床をけり、向かいのビルからから自分たちのビルへ飛び移る。
陸人と同じく超常の存在であることは、真夜の目にも明らかだ。
陸人は真夜を抱きかかえるように立たせると、その人物と対峙する。
「三神が一人、陸人様とお見受けします」
距離は10mほど、やはり顔ははっきりと見えないが、その声音はまだ年端もいかない少女のように思える。
「形式ばった挨拶はいらねぇよ、お前、デウスエクスマキナのところの従者だな」
「おっしゃる通りです。主の命により、あなた様の力を頂戴しに参りました」
「そいつは無理な相談だな。一応俺もこの星の秩序の管理者でな、力がないと失業しちまう」
陸人はおどけて見せながら、その片手をその敵にむける。
「星の管理はわが主が代行いたします、老人は次代の者にその役目を譲り、悠々自適に隠遁生活へ入られてはいかがですか?」
「そんなベタなセリフ、ききたかねぇよ!」
陸人の伸ばした手が光を放つ、次の瞬間少女の周りのコンクリートが変形しドームの様にその姿を覆う。
しかしそれは一瞬ではじけ飛び自由の身になった少女が今度はお返しとばかりに腕を薙ぐ。
装着した機械が青い光を浮かべると今度は突風が先ほどはじけ飛んだコンクリートの破片と共に二人を襲う。
「ひぃ」
思わず真夜は顔を覆うがその攻撃は二人に届くことはなく、再び隆起したコンクリートの壁が真夜を守った。
このようなバトル展開は想定外な真夜は思わず陸人に抱き着く。
「おい、邪魔すんな!離れて隠れてろ!」
「無理無理無理無理!!!なんとかしてください!神様なんでしょ!!」
一瞬抱き着く真夜に視線をうつした陸人は、敵が先ほどいた場所にいないことに気が付く。
上空にその気配を感じた陸人は再び防御態勢にはいる。
「最大火力で決めさせていただきます」
いつのまにか上空に浮かぶ少女の手には、今真夜たちが立つビルの大きさに匹敵する炎の塊がすさまじい勢いで燃え盛っている。
あぁ終わったと、真夜は半ば笑いを浮かべてしまった。
「なめるなよ小娘!!」
陸人が腕を薙ぐ。それは幾重にも張り巡らされたガラスのような透明の結界の生み出し真夜たちを守るように立ちはだかる。
構わず少女は炎の塊を放つ。炎が一枚一枚結界を砕き、その余波を周囲にまき散らしながら二人に迫る。
はじけたいくつもの炎の塊が、眼下の路上や建造物、逃げまどう人々に降り注ぎ、さながら周囲は灼熱地獄とかす。
しかし、真夜たちを守る結界のようなものが人々を守っていることに真夜はきがつく。
(街の人もまもりながら・・・)
しかしその威力はすさまじく、はられた結界は残り数枚、さらにその後ろでは少女が再び同等の炎の塊を生み出している。
防戦の陸人に対し、少女は容赦なくその力を振るえばいいのだ。
残り数枚の結界にむかってその塊が放たれる。
陸人はさらにコンクリートを隆起させ壁を増やす。
「無駄です」
先ほどの抑揚のない少女の声。真夜が振り返ると、回り込んだ少女はいつの間にか1m近くまで接近していた。
その腕には周りの空気がまるで竜巻のようにまとわりついている。かまいたちと表現するのが妥当だ。
「しまっ!」
次の瞬間真夜の視界は鮮血に染まる。彼女を抱きかかえていた片腕が切り裂かれ、さらにはその真空の刃が真夜自身をとらえているのに
真夜は気が付く。衣類は裂け、白い肌は左肩から乳房まで鋭い刃にくわれ、ぱっくりとあいた肉の間から鮮血が噴き出しているのを
真夜は他人事のように眺めているだけだ、しかしその激痛はすぐに真夜の痛覚神経を容赦なく蹂躙する。
「ああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」
「真夜!」
そして炎の塊が陸人の結界をやぶり二人は業火に包まれながらビルから叩き落される。
真夜を抱えながらも陸人は地面に向けて力をはなつ。二人の落下地点のアスファルトが歪み、まるでスポンジのように二人の落下の衝撃を吸収し受け止める。
しかしすべてを相殺したわけではなく、片腕の再生していない陸人からこぼれた真夜はそのまま地面に投げ出される。
白いコートは真っ赤に染まり、防寒対策のタイツは破れ、多くの擦過傷がその露わになった肌をさらに傷だらけにする。
さらに肩から胸にかけての裂傷からは血が噴き出し、見る見るうちに血だまりを作っていった。
落下の衝撃でまともに呼吸ができず、せき込むたびに自身の口から血が噴き出すのを真夜は感じた。
(あぁ・・・死ぬんだな私)
攻撃の余波で燃え盛る街の風景を瞳に映しながら、真夜はなぜか冷静だった。
さきほど死ぬほど恐ろしい思いは体験したのだ、二度目は大したことは無い。真夜は図太い自身の神経に自嘲気味に笑う。
「おい」
真夜の耳をあの神様が打つ。体が動かないので目線だけ上げると、陸人の姿があった。腕はすでに再生している様だ。
「ずるい・・・なぁ・・・私だけ・・・ゴホッ・・・大けがしてる・・・の・・・に」
涙を流しながら真夜は陸人に嫌味をぶつける。
「さっきの続きだ。俺の従者になれ、じゃないと死ぬぞ」
真夜は吐血しながらもふっと笑みを浮かべる。
「死ぬのは・・・いや・・・だなぁ・・・ゴフッ!」
今までで一番大量の血液を吐き出す。切り裂かれた胸が熱いが手足はとても寒い。
なるほど、一歩一歩死が自分に迫ってきているのだ。
「きょう・・・はく・・・じゃないです・・・か」
真夜は目を閉じる。
「わた・・・し・・・は・・・」
朦朧とする意識のなか真夜は続ける。死にたくないという強い意志が自分には宿っている。
死の間際にそう感じることができた。
「あなたの・・・従者です・・・」
「そうか」
陸人が真夜を抱き上げ、そっとその額に自身の額を当てた。
瞬間二人を光が包み込んだ。
まどろみの中真夜はうっすらと目を開ける。
誰かが呼ぶ声が聞こえる。
「・・・ラス・・・テラス・・・アマテラス!」
(あれ・・・陸人様・・・)
真夜の視線の先には先ほどの神様がいた、ひどく狼狽しているようで先ほどの印象とは打って変わりひどく幼く感じる。
(泣いてるの・・・?陸人様・・・?)
「死ぬな!主の命であるぞ!死ぬことは許さぬ!」
自分に懇願しているのだろうか、だが真夜が口を開く前に陸人と相対する自分の口が言葉を発していた。
「泣かないでくださいまし・・・これも人として生をうけた定めなれば・・・」
「だめだ!我にはお前が必要だ!今までも、そしてこれからも!」
(あぁ・・・これは私じゃない・・・私だけど私じゃないんだ・・・)
「どうかお役目を・・・お慕い申しております陸人様」
「まて、逝くな!逝かないでくれ!アマテラス!」
恐らくは古の記憶。そう、きっと自分に宿る以前従者だった神様として今は伝えられる一人の女性の記憶。
真夜は自身が何の転生者なのかを悟る。
(わたしは・・・・)
真夜の中に流れ込んでくる記憶、そして自分の使命、そのための行使する力。
不意に視界が暗転する。今陸人にアマテラスと呼ばれていた女性が自分を見つめていた。
(綺麗なひと・・・)
写っていたのは美しい黒髪に白い肌、大和撫子の言葉がふさわしい絶世の美女だ。おそらくは日本人なのだろう。
普段の自分と比べそのギャップに真夜はため息すらついてしまう。望みが叶うならこんな美貌に生まれたかったものだ。
「氷動 真夜さん」
「はい天照大御神様・・・」
真夜は迷いなくその女性の名を呼んだ。絶世の美女はにこりと笑みを浮かべ彼女の頬をなでる。
「陸人様をお願いいたします。あの方は不器用ですが、本来は熱意に溢れ、素直で、お優しい方なのです」
「それは・・・」
真夜は口にだそうとしたがその反論は無意味だと止めた。きっと自分よりもこの女性のほうがきっと彼を理解しているのだろう。
「わかりました、頑張ってみます」
「私は貴女ですが貴女は私ではありません。どうかそれをお忘れなく、貴女のこれからに良き太陽の加護があらんことを」
そういうと彼女の姿は光と共に消える。そして真夜の意識も再びまどろみに落ちていった。
落下した陸人達を追い、少女はビルから飛び降りる。着地の瞬間その落下衝撃は掻き消え、音もなく地面に降り立った。
爆発の余波で周囲は視界が悪いが、間違いなく手ごたえはあった。多少のダメージを与えたことを確信しながら、少女は
燃え盛る炎の中から、目標を探す。ゆらりと影を確認した少女はその方向へ規模は先ほどに比べれば小さいが炎をはなつ。
「!?」
しかしその炎はかき消される。そして現れたのは、先ほど致命傷を与えた陸人に抱かれていた女性であった。
彼女の長髪は真紅に染まり、その体からあふれんばかりの生命力と炎熱の力がオーラのようにまとわりついている。
少女はすぐさま第二第三の炎の礫を放つが、それはすべて女性に届くことなく消失した。
「従者になった・・・?」
そう判断した少女の動きははやかった、すぐさま威力を上げた炎を形成する。しかしその女性、真夜が指をさすと生成された炎が一瞬で消えてしまう。
そして真夜がうでを振るうと次の瞬間には周囲の炎がすべて消え、今の季節なりの静寂と冷気が戻ってくる。
「炎にまつわる伝承神か・・・?」
驚愕する少女を尻目に真夜は逃げていた炎が急に鎮火し、訳が分からないと騒然としている住人達を一瞥すると再び腕を薙ぐ。
周囲の人間たちは一瞬で混濁し傷を負ったもののそれは癒え、その場で眠りにつく。
しかし驚愕の表情をうかべているのは少女だけではなく、陸人も同様だった。
衣類こそ破損したままだが、先ほどの致命傷は一瞬で癒え、その巨大な力を行使する真夜に予想外の従者としての能力に驚きを隠せなかった。
どの伝承神の転生者かはまだはっきりと分からなかったが、今彼に仕える従者の中ではその力は突出していると判断するには十分だ。
「くっ!」
少女は炎の攻撃が無意味と悟り、再びその腕に風を纏わせる。
「もうおよしなさい」
真夜の優しくも鋭い静止の声が少女の耳を打つ。明らかに神がかった表情に一瞬少女がたじろぐ。
しかし再びその風の力を真夜にむけて放とうとするが。
「!?」
腕に装着した機械が熱線に貫かれて崩れ落ちた。それが真夜の指から放たれたのに気が付いた時には次の熱線が今度は自分の頭を狙っている。
「レーザーとでもいうの?」
「お引きなさい。次は捉えます」
「なんだ・・・貴様は・・・」
少女が歯ぎしりしながら真夜をにらむ。
「私は三神が一人、陸人が従者。天照大御神の力を継承するもの」
「!?」
少女は一瞬で旗色の悪さを察知し、ふわりとその場から飛び上がる。
「またきます」
ぽつりと少女はつぶやき一瞬にして飛び去った。
あまりの速さに目で追いかけることもできず、すの異形の姿は夜の闇に溶け込んでいった。
フウと真夜は深呼吸を一回。発動している力をその内へと収束させていく。
力の発動とその解除。真夜はなぜかその扱い方が分かっていた。先ほどの邂逅の時だろう。
これが神の力の一端、従者としての能力なのだろうと真夜は納得しながら力が収まったことを確認し、背後に立つ陸人に向き直る。
「お前・・・」
陸人の表情は未だ混乱のそれを表していた。ついさっきまでの高圧的な態度が嘘のようだ。
陸人はなにか言葉を選んでいるようで、その表情は落ち着きがない。
「あの女の転生者・・・なのか?」
陸人は不安そうに真夜をみる。あの女、先ほど真夜がイメージの中で対面した女性のことだろう。
「天照大御神様ですね」
「あぁ・・・会ったのか?あの女に」
真夜が見たイメージ。その中でこの神様と天照とはただならぬ関係であったのはまず間違いないだろう。
だがそのイメージを陸人に伝えるのは無粋というものだろう。
真夜はただ頷き返し、無言の返答とする。
「そうか・・・」
陸人は真夜に歩み寄ると自身のジャケットを脱ぐとそっと真夜にかぶせ、露わになっている素肌を隠す。
それなりに気づかいのできる男性なのだろう。本当は素直という天照の言葉を思い出し、真夜は笑う。
「こんな目にあって笑えるなんて、お前変わってるな」
「そうしたのは貴女ですよ陸人様」
意地の悪そうな笑顔で陸人をからかう。そして続けて一つの疑問をぶつける。
「さっきの人はなんなんですか?」
「敵だ・・・」
そういいながら陸人は、その鋭い眼光を深淵の夜空へと向けた。