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三人三神~さんじんさんじん~  作者: あまのん
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陸之書 ~第一章~ 其之一

登場人物


氷動 真夜-ヒョウドウ マヨ-:主人公、陸人の従者。


陸人-リクト-:神様の一人、真夜の主。

西暦2018年 12月 東京

この数年の暖冬という言葉とは裏腹に、珍しく粉雪の舞う大都市東京の片隅で、私はその人と出会った。

いや・・・正確には人の形をした何か・・・。

歴史学、それも特に考古学を専攻している私にとっては、それが何かということは想像に難しくない。

だけど・・・この科学文明に支えられた未来社会で、本当にそれを信じる人なんて、いったいどれほどの数が居るのだろう?


「おい・・・」


企業戦略の祭りのイルミネーションの光をその冷たく黒い瞳の中に煌めかせながら、私に向かってその男は低く、圧迫感のある声で問いかける。


「見えたのか・・・?女?」


大学の友人たちの一般的な評価でいうならイケメンの部類に間違いなく入るミステリアスな風貌。

選ばれた男性にしか間違いなく似合わない黒革のジャケットが、漆黒の頭髪が、道に積りかけた粉雪を舞い上げる風にたなびく。


「答えろ、見えたのか?と聞いている」


ジャリッっと路傍の小石を踏みしめながら一歩、私に歩み寄る。

その迫力に、私は逆に一歩後ずさる。

声を上げようにもなぜかそれは喉の奥につまり発せられることは無い。こう見えて声の大きさには自信があったハズなのだが・・・

なるほど、不審者を前になすが儘にされるニュースの向こうの被害者の心境はコレなのか。


「み・・・みました・・・」


助けを請うでもなく、悲鳴をあげるわけでもなく、ただ彼の問いに素直に答えたのは、たぶんただの時間稼ぎだ。

この瞬間に、すぐ先の曲がり角から誰か来るかもしれない。

私の背後から、別の歩行者が歩み寄って来るかもしれない。

意外と冷静な自己判断に、我ながら感心する。そう、目の前にいる誰かが何者であるかは関係ない。

下手な行動をとるよりも素直にその言葉に応じ、刺激することを避ける。


「・・・そうか・・・」


ガシッ


彼の武骨な左手が、私の右肩を掴んだ。ヤバイ

恐らく私の瞳は涙ぐみ、タダでさえ普通と合コンでも比喩される顔は見るに堪えないものになっているだろう。

訳のわからない光を出して、ついさっき目の前で人間を一人、文字通り消滅させたこの男が次に消すのはきっと私だ。


「助けてっ・・・神様・・・!」


大して信仰心があるわけでもなく、よく私たちは都合のいい時にだけ「お願い神様」なんて言葉を吐く。

私が知っている限り、神話やおとぎ話の神様はそれを信じる者にだけ手を差し伸べる。

少なくとも、今の私はその対象外だと、思う。


「そりゃ無理だ」


男は言う。

あぁ、やっぱり・・・


「俺がその神様だからな」


「・・・え?」


さらに冷え込んだ北風が、粉雪を舞い上げ私の頬を冷たくなでる。


それが、私「氷動 真夜」と私の運命を訳の分からないまま加速させた神様「陸人」との出会いだった。







西暦2019年 1月  東京駅周辺


皇居周辺では毎年恒例の一般参賀当日ということもあり、例にもれず人込みで溢れかえっていた。皆片手に日の丸を携え、東京駅からの長蛇の列が彼女達とすれ違うように、その会場へと向かう。

昨年成人を迎えたばかりの真夜はその人込みをかき分けるように、そそくさと先を行くその主を小走りに追う。


「ちょっと!待ってくださいよ!・・・陸人さん!」


「・・・」


主、陸人は特に彼女を気遣うわけでもなく、その足を進める。


「待って、待ってください!っあ、ごめんなさい、通してください、すみません」


周囲の人々に申し訳なさそうにしながらもたついているうちに、見るに見かねたのか陸人は人込みのなかを抜けた所でようやくその足取りを止める。

遅れて数秒後、赤みがかった長髪を乱しながら、真夜も人込みを脱し、陸人の元にたどり着く。

白い厚手のコートはいつの間にかすれ違った歩行者の飲み物か何かが跳ねたのであろうシミを作り、その美脚を包むタイツはいつの間にか電線傷をつけている。


「あぁ!新品なのにぃ・・・。はぁ・・・」


真夜は年始のセールで購入した新品のコートのシミをみながら嘆く。普段は女子大学に通い、バイトといえば所属ゼミの教授からの斡旋で、歴史書の翻訳の手伝い程度。

そんな彼女にとっては、この一目ぼれしたコートにつぎ込んだ対価は決して安いものではない。


「大体、ずるいんですよ陸人さんは!神様の力か何か知らないですけど、人が勝手に避けてくれるんですから!そりゃぁ歩きやすいですよね!」


「お前の要領が悪いだけだ。そんなすぐ汚れる様な服をチョイスするお前が悪い」


陸人はあっけらかんと真夜の不満を一蹴する。

はたから見れば主導権を握る彼氏が、気の弱い彼女を苛めているようにしか見えない。

しかし真夜の膨れる顔を一瞥すると、小さくため息をついてからそのシミに己の手を当てる。

一瞬その掌が光るとシミはきれいさっぱり消えてなくなっていた。


「あれ・・・?うそ・・・?」


真夜は驚いたようにコートと陸人の顔を交互に見やる。


「いくぞ、真夜」


陸人は照れ臭そうな表情を浮かべながら踵をかえす。


「あ、待ってくださいよ!」


真夜は陸人の背を急いで追い、その横に並ぶ。

その表情は先ほどの人込みをかき分けていた物と違い、どことなく安らいで見える。

ヒールを履いてようやく頭半分くらいに身長差を補いその隣に並べば、後ろ姿からは美男美女のカップルに見えなくもない。


「それで、今日のお勤めってなんなんですか?私を連れてくるってことは、荒事にはならないんですよね?」


東京駅の構内に入りながら真夜は問いかける。


「勤め自体はあらかた終わりだ、今日の目的は皇居にくることだからな」


「え?そうなんですか?」


ピッとカードケースを改札口にかざし、二人はホームへ向かう。


「真夜、皇居にはなにがある?」


「へ?・・・そうですね、神話絡みということなら、三種の神器ですか?」


陸人はコクリとうなずく。

そのまま無言で目的のホームへのエスカレーターへ乗る。


「でもたしか、八尺瓊勾玉以外はレプリカだったような・・・?」


「そうだ」


エスカレーターの終点を跨ぎながら陸人は続ける。


「もちろんレプリカには違いないが、形代としての能力は十二分に発揮している。今回の目的としてはそれで充分だ」


「目的?」


エスカレーターを登り切った先には、搭乗予定の電車がホームでその口を開けていた。

二人は小走りにそれに乗り込み、手ごろな空席へこしかけた。ふわりと真夜の髪が隣に座る陸人の肩に乗る。


「この一年を通して、神器には力が蓄えられている。皇室によって日々ささげられた信仰心だ」


肩に乗った真夜の髪を払いながら続ける。


「真夜、俺たちの力の源はなんだ?」


「なんですか、この前のおさらいって感じですね」


真夜は約一月前の出来事を思い出しながら口を尖らす。


「人々の神に対する信仰心、ですね。それも個人崇拝ではなく、神様に対しての」


「細かい注釈を除けば、概ねその解釈でいい。もっと詳しく知りたければ戻ってから海人に聞け」


一応の及第点はもらえたようで真夜は安どする。


「俺たち三神にささげられた信仰心、この東京で手っ取り早く力を補充するには、この三種の神器が一番効率的だ。特に今年はお前がいる」


「え?私ですか?」


目を丸くしながら真夜は陸人の横顔を見上げる。車内アナウンスが次の停車駅の名をつげ、まだ降車駅までは時間があることを同時に確認する。


「三種の神器の製作者は?」


呆れたように問いかける陸人。どうやら当人は三種の神器と力の供給については察してほしい雰囲気だ。


「天照大御神様です、有名な神話ですからね。え?でもそれと私何の関係が?」


「嘘だろ、おい。流石に察してくれ」


陸人が目を細め真夜を見下ろす。この目は出会った当時を思い出し、真夜は好きにはなれない。


「えぇ・・・。想像ですが、三種の神器の力が本当にあるとして、その力の行使はそりゃ、製作者である天照大御神様自身かその近縁者が妥当ですけど・・・あ」


真夜はようやく陸人の言わんとすることを察する。


「私が天照大御神様の転生者・・・だからですか」


コンと陸人の指先が真夜の額をつつく


「あいたっ」


「察しの悪いやつは好きじゃないな」


「あなたに好かれたいとは思いませんっ」


額をなでながら真夜はそっぽを向きながらため息をつく


「はぁ・・・この人は・・・」


真夜は窓から流れゆく超高層の街並みをながめながらあの日のことを思い出す。


この自分の隣に座る、神様との出会ったあの日を。






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