第二話「学校最強バトラー金山の卑劣な挑戦!」
その日も将騎たちクラスのバトランガプレイヤー達は放課後の教室で、互いの机を合わせて戦いを繰り広げていた。
将騎も育をはじめとしたクラスメイトとの戦いを経て経験を積み、あの鮮烈なデビュー戦以降、順調に勝ち星を増やしてきていた。無論逆にデッキ構築の妙により、無敵とも思えた『炎の王イフリート』を有する、将騎であっても敗北を喫する事もある。
そんなある日の事だった。
「おーい、将騎、呼んでるぜー?」
教室の前側のドアの所に居た育が、窓際辺りでバトル中の将騎に向かって言った。
誰だろう?
ふとバトルフィールドから目を離して将騎が育の声がした方を向く。
それとほぼ同時に、ドアの外に居た少し大柄な少年が、近くでバトルをしていたクラスメイト達の机にぶつかりながら入ってくる。
当然ながら机の上にある駒はぶつかられた衝撃でいくつかが落下し、バトルの中断を余儀なくされた。
「オイ、ぶつかんなよ、駒の場所、分かんなくなるだろ!」
突然の闖入者に当のバトルをしていたクラスメイトが声を上げる。
「ウルセェ! お前達みたいな雑魚のバトルなんかどうでも良いんだよ!」
「そうだよ、金山くんが用あんのは、ムトゥとかいう『炎の王イフリート』を使うヤツだけだからな!」
そう言ったのは、金山くんと呼ばれた大柄な少年と共にやってきた男子生徒達で、当の金山くん程ではないにせよ、やはり少し身長は大きいようだ。
「おう、ムトゥ将騎ってヤツは、そこの窓際んところの日焼けしたヤツか! 俺様とバトルしな! わざわざ、この金山盛雄が来てやったんだからな!」
金山盛雄、将騎達より1学年上の小学6年生で親が金持ち、潤沢なお小遣いに物を言わせて駒を買い捲り、豪華なデッキを作り上げた、学校最強のバトランガプレイヤーだった。
「へぇ、これが『炎の王イフリート』か、かっけぇじゃん、マジ欲しくなったわ」
そう言って金山は、バトル中にも関わらず、将騎の王をつまみ上げる。
「そんな雑魚とのバトル、ヤメにして、早く俺様とやろうぜ、で、俺様が貰ってやるからよ!」
傍若無人とはまさにと言った風に金山が言う。
ドガシャァァン
「雑魚ってなんだよ」と言いかけた将騎の対戦相手の少年が、金山の取り巻きに肩を押されて、近くでバトルしていた他の机もろともに転倒する。
「お前ら5年はただバトってるみたいだけど、俺様たち6年は賭バトルが基本だからな! 俺様のレジェンド飛車『草薙の剣』とお前の『炎の王イフリート』を賭けてバトルしろよな!」
賭とはバトランガに限らず、多くのトレーディングゲームでもローカルに採用されるルールで、互いに指定した駒を勝者が総取りする、文字通りの賭けバトルの事だ。
とは言え公式ルールではなく、双方の同意が無ければ成立さえしないルールだ。
「将騎、やめとけよ、アンティなんて受ける必要ねぇよ」
「将騎とバトルがしたけりゃ、普通に来て順番でやりゃいいだろ!」
「そうだよ、6年だからって俺達の事、雑魚って言ったり、暴力に訴えるようなヤツとやる必要ないぜ」
クラスメイトは口々に金山達を非難する。
その通りだ、バトランガはみんなで楽しむゲームだ。どんなに強くても相手を見下して良いワケないし、ましてや暴力なんてもっての外だ。
だけど、と将騎は思う。
まだ期間こそ短いものの、僕だってバトランガプレイヤーだ。クラスのみんなは日々しのぎを削るライバルだ。
そんなみんなをないがしろにして、見下して、絶対に許せない。
そんな気持ちが将騎の中で大きく燃える。
まるで『炎の王イフリート』の従える焔の様に。
「良いよ、バトルしよう、僕が勝ったら、アンティだけじゃなく、クラスのみんなに謝って貰うからね!」
バトルフィールドに並べられた金山のデッキは異常だった。
歩から王に至るまで、全ての駒がレアより上の等級だ。
「ズルだろ、そんなデッキ!」
という声が方々から飛んだが、そんなルールは無い。強力な駒には重いコストが設定されている為、ただ一方的に強いという訳ではない。
金山のデッキとバトルフィールド外のカードを観察していた将騎は言う。
「大丈夫、負けないよ」
「生意気なヤツだな、まぁ、先行はくれてやるよ!」
「よし、じゃぁ行くよ『火の玉ぼうや』だ!」
将騎は自陣右前方の歩『火の玉ぼうや』を1マス斜めに移動させる。
バトランガは将棋をベースにしているとは言え、駒の動ける方向は、将棋のそれと同一とは限らない。この『火の玉ぼうや』の様に変わった動きをする駒もあるのだ。
尚、バトランガには二歩は無い。
「ケッ、雑魚くせぇ駒使いやがって。俺様のスーパーレア歩『ツタの侵攻』で殺してやるぜ!」
金山はカードを指差し、前方に3マス移動できる事を示し、一気に将騎の『火の玉ぼうや』にダイレクトアタックをかける。
「歩なのに3マス進めるとか反則だろ、そんなの!」
「うるせぇ、スーパーレアだからこその強さなんだよ! 悔しかったら金山くんみたいに強い駒揃えてから言え!」
外野でも5年vs6年の言い合いが起こる。
「すごい、さすがスーパーレア、だけど残念、その駒は植物属性だね! 『火の玉ぼうや』のスキル発動! ダイレクトアタックをしてきた植物属性の駒を『相討ち』にするよ!」
「なっ…! ちっ、雑魚くせぇスキルだ、だが『ツタの侵攻』の即時スキルも発動だ! 『ツタの侵攻』が墓場に移動した時、他の駒をもう1度動かす事ができる!」
スーパーレア歩『ツタの侵攻』は、スキルこそ無いものの、3マスの移動だけでなく即時スキルまである、スーパーレア足る強い駒だ。
「早速行くぜぇ、俺様のレジェンド飛車駒『草薙の剣』だ! 全方向自由に計10マスまで動く!」
言うが早いか、金山は『草薙の剣』を『ツタの侵攻』があった穴を通して自陣から一気に中央付近まで移動させる。直線的な動きに縛られる将棋の中にあって、その自在な移動は、剣というより、大蛇を想起させる動きだ。
序盤は高いレアリティで構成された金山のデッキが場を支配し、将騎はスキルを使ってなんとか凌いだ、という形だった。
初手の後、さしたるスキルも発動せず、不気味に沈黙を続ける『草薙の剣』に警戒しながらも、将騎は遂に反撃に打って出る。
「さぁ、場が開いてきた。行くよ『炎の王イフリート』! 攻め込んできた敵を倒せ!」
『炎の王イフリート』を一気に3マス進めると、その左右まで攻め込んできていた金山のレア桂馬『ケンタウロスナイト』とスーパーレア歩『ツタの侵攻』をスキル『陽炎』で倒す。
どちらもカウンター系のスキルは無い為、そのまま墓場へ移動する。
「フフフ、忘れたのかムトゥ、『ツタの侵攻』は墓場に移ると自分の手番を1回増やす事ができるんだぜ、今度は俺様のターンだ、それも2回連続な! 進みな『草薙の剣』!」
不気味な沈黙を続けた『草薙の剣』を1マス前進させ『炎の王イフリート』との間にあった将騎の『火歩兵』を倒し、続けて前進する。
「知ってるんだぜ、ムトゥ、『炎の王イフリート』は植物属性のダイレクトアタックに対して、カウンター持ち。だから、俺様の『草薙の剣』じゃ攻撃できないって事はな! だけどな『草薙の剣』の強さは、攻撃じゃないのさ。その周囲3マスにある全ての駒の待機時間を減少させなくするんだ! つまり、『草薙の剣』がここにある限り、お前の最強にして王である『炎の王イフリート』は一切動く事ができないんだよ!』
遂に動いた金山最強の駒、『草薙の剣』に、将騎は危機に陥る。
自らのデッキに入れた駒のスキルを使いこなして戦う将騎ではあるが、如何せん、その攻撃の中心は『炎の王イフリート』である事は明白で、それを抑えられれば、一切の攻撃の手段を封じられたと同義だ。
更に言えば、『炎の王イフリート』は王であり、カウンタースキルこそあるにせよ、植物属性以外の属性には対抗する術が無い。金山のデッキは植物属性が中心ではあるが、その他の属性の駒も多く、その上、全てがレア以上という強力な駒揃いだ。
移動と攻撃を封じられた将騎の王『炎の王』でありながら、今では風前の灯の様であった。
「さぁ、降参するか? 許してやんねぇケドな! アハハハハハハハ!」
絶体絶命。
かのように見えた。
しかし、将騎の目には、まだ一度も動かしていない、今日初めてデッキに入れたスーパーレア桂馬『王の愛馬 赤兎馬』から、勝利に続く道が輝いて見えている!
「その慢心が命取りだっ! 駆けろっ『王の愛馬 赤兎馬』っ!」
将騎の指が『王の愛馬 赤兎馬』を斜め方向に動かし、金山のレア香車『水狼』にダイレクトアタックを仕掛ける。
『水狼』は水属性ながら、火属性に対するカウンタースキルを持たず、そのまま墓場に移される。
「『王の愛馬 赤兎馬』のスキル発動っ! バトルフィールドに『炎の王イフリート』がある状態で敵を倒した場合、『王の愛馬 赤兎馬』はもう1度行動できる!」
多くの高レア駒を持つ金山であっても持っていなかった、出たばかりの新しい駒だった事もあり、まだ見た事が無かった様だ。
「次はお前だっ! レア銀駒『闇の騎士』!」
『王の愛馬 赤兎馬』が将騎の指で戦場を駆けていく。
自らが主人と認めた王の、敵の能力に囚われ身動きの取れなくなった、熱く気高い王の元へ!
「『炎の王イフリート』に『王の愛馬 赤兎馬』が寄り添う時、2体は1体の駒になるっ!」
将騎が高く宣言し、『炎の王イフリート』に『王の愛馬 赤兎馬』を重ね合わせる!
パチッ…パチッ…パチィィィィィィィン!!!!
2枚の駒に内蔵されたマグネットが強力に引き合い、ガッチリと結合する!
上下で結合した駒は2枚分の厚みとなり、その側面に彫られた浮彫により神鳥の姿が浮かび上がる!
「炎合神!! 顕現せよ『灼熱の神鳥 カイザーフェニックス』!!」
側面の面積が通常の表面や裏面とほぼ同じ面積になった駒を将騎は90度横に倒して神鳥を表に向ける。
と同時に、バトルフィールドの外にある『炎の王イフリート』のカードを手に取る。
カードは全て両面とも透明のスリーブに入っていて、進化の時に裏返す事ができる様になっている。
しかし、一部の、そう、ごく一部の駒のカードはスリーブに2枚カードが入っているのだ。
将騎はスリーブの裏側にある1枚、つまり『炎の王イフリート』が進化した時に示される『炎の帝王イフリートS』が描かれたカードを引き抜き、そのまま『炎の王イフリート』の上に重ねて入れる。
つまり『炎の帝王イフリートS』の裏面が今は表面として向けられている。
『灼熱の神鳥 カイザーフェニックス』のカードは、さながら炎を透かして見た時の陽炎の様なホログラフが施され、その向こう側に尊厳さえ感じさせる神鳥の威様が描かれていた。
「炎合神スキル発動! 『神の威光』により全てのデメリットが消失、待機時間を1まで減少させる! 神の裁きまでの残りターン、足掻くなり、震えて待つなり、自由にすると良い! ターンエンドだ!」
絶体絶命かに思えた将騎、起死回生の一手は、金山を逆に窮地に追い込む!
「くっ…こんな…こんな裏技があったなんて聞いた事ねぇ…! だが1ターン与えた事がお前の運の尽き、俺様には『草薙の剣』とはもう1枚、レジェンドがあるんだぜ! まだ1度も動かしてないし、香車で地味だけど、攻撃力だけなら俺様のデッキでも最強の駒『魔術の祖ドクトル・ファウスト』! この駒は自陣から見て前方向ならバトルフィールド上の何処にでも瞬間移動できる! その上、カウンターを無効にし、確実にダイレクトアタックを成功させる! 『草薙の剣』で捕らえ、『魔術の祖ドクトル・ファウスト』で仕留める、俺様の最強コンボだぜ!!!」
確かに無敵の連携攻撃だ。無抵抗な相手を最大火力で倒す、金山らしい、強力で凶悪な攻撃だ。
「うん、それで僕の『灼熱の神鳥カイザーフェニックス』は死んだよ」
(やった、当然だ、さっさと『炎の王イフリート』をよこせ)
しれっと言う将騎に対し、金山がそう言おうとした時だった。
「でも、1度死んでも炎の中から蘇る。不死鳥だからね」
その言葉を聞いて、金山のみならず、その取り巻きも、果ては将騎のクラスメイトさえもが、一瞬、言葉を無くす。
「『灼熱の神鳥カイザーフェニックス』の即時スキル発動! 『永劫の炎』により、ダイレクトアタック後生き残った敵駒を無条件で破壊する!」
金山の必殺コンボの一翼『魔術の祖ドクトル・ファウスト』は音も無く燃え尽きる。
「続けて『灼熱の神鳥カイザーフェニックス』のスキル発動『コロナレーザー』! 射程距離無限の太陽熱線で、上下左右ななめ方向の全ての敵を焼き尽くす!!」
それはまさに破壊としか言い様の無い状態だった。
金山の駒のゆうに半数以上が消滅し、攻撃に晒されながらも有利属性である水属性であった駒はかろうじて生き残ったが、10ターンという膨大な待機時間を付与されて、動く事も適わない。
射線の中に無かった駒もあったが、スキル後に尚動き、次のターンでの再発射に備える『灼熱の神鳥カイザーフェニックス』を見て、金山は力なく、投了を告げていた。
まさかの第二話。
なんで続き書いたのって思われるだろうけど、今回のこの炎合神は1話を書いたときに考えてて、これだけはどうしても書きたかったのです。
あと、言い訳って訳じゃないけど、本文で設定書き忘れてたので後出しを。
普通の駒の場合、クールタイム0からスタートして、1度動かすとクールタイムが発生するんだけど、『魔術の祖ドクトル・ファウスト』はバトル開始時に最初からクールタイムがあるのです。
だから初手ファウストで1ターンキルみたいな事はできない訳です。