第一話「将騎、初めてのバトル!」
「おはよう!」
軽やかな挨拶をして浅黒い肌の少年が教室に入る。
「お、ムトゥ、おはよ。で?」
「お、将騎、買ってもらったか?」
対して何人かの級友が挨拶を返す。ムトゥとか将騎と呼ばれた少年は「もちろん」とばかりに手提げカバンから国語の辞書くらいの大きさの箱を取り出して見せた。
ムトゥ 将棋。インド人の父を持つ小学5年生の少年は、ちょうど昨日が誕生日だった。
そしてそのプレゼントに、現在大ヒット中のトレーディング将棋ゲーム『バトランガ』のスターターセットを買ってもらったのだ。
バトランガに関しては根が将棋という事もあり、学校に持ってきても怒られる事の無いおもちゃであった事と、その奥深いゲーム性とで小中学生を中心に一気に流行ったのである。
級友達に遅れて手に入れたとは言え、将騎はすでにそのルールを熟知していたし、スターターセットとは別にいくつかブースターも買ってもらい、前日の内に自らのデッキを組んできていた。
故に今日は将騎のバトランガデビュー戦、という訳だ。
「おーい、お前ら席付けー」
早速一戦、と行きたかったが、いつの間にか教室に入ってきていた担任が言い、少年達はバトランガを片付け席に付きはじめていた。
ふと何かで背中をつつかれた将騎が振り向くと、すぐ後の席の木村が「放課後、俺とバトランガしようぜ」と声を低くして言ってきた。
その日はちょうど5時間授業で6時間の日に比べ、少し早く帰れる日だった。
帰りの会が終わり、部活に行く者、早々に帰る者を尻目に、クラスのバトランガプレイヤー達は互いの机を付け、バトルフィールドを作っていく。
「よっしゃ、将騎のデビュー戦は俺とって約束だからな!」
「えー育ずりぃよ!」
後の席から将騎の背中をつついた木村 育がそう宣言すると、周囲からブーイングが飛ぶ。
ルールこそ覚えているにせよ、実戦経験の無い将騎は、級友達からすれば格下である為、クラスで決めているバトランガランキングの勝ち星を容易く拾える相手と思われているのだ。
「朝のホームルームの前に将騎と約束したんですぅー」
口をとがらせて言う育は背中で級友達の抗議を受けながらも、それを無視して盤面に自らのデッキを並べ始め、それに習って将騎も並べる。
バトランガには多種多様な駒が存在するが、それぞれ職が割り振られていて、実際の将棋同様、王なら王の場所に、歩なら歩の場所にしか並べる事はできない。
しかし、同じ歩であっても、その中にも多くの種類が存在する為、その順序はプレイヤーによって決められるのだ。
「へへっ俺はもう準備オッケーだぜ、どれどれ、将騎のデッキは…っと」
先に並べ終わった育が値踏みをする様に将騎の並べる駒を観察しはじめる。
「…って、ええー!? 将騎それはズッケーよ!」
「あはは、どうせ育の事だから、僕に真っ先に勝負って言ってくると思ってたからね」
木村 育はクラスでも上位の植物デッキ使いだ。そしてそれに対して将騎が作り上げてきたデッキは、植物系の駒が苦手とする炎デッキだったのだ。
駒同士には属性という物があり、スキルを使う際、対象の駒の属性によっては無効となったり、効果の増減があったりするのだ。
「ちぇっ、せっかく初心者相手で楽勝だと思ったのになぁ」
そうつぶやく育を尻目に将騎が最後の駒である王をセットする。
パチィィィィィン!
将騎の指から盤面に置かれた王の駒が高く鳴った。
「…えっすげぇ、将騎の王、レジェンドじゃん!」
「うっそ!? マジじゃん、俺レジェンドって初めて見た!」
「え待って待って待って、しかもそれ、一覧に載ってないシークレットのレジェンドじゃね!?」
将騎と育の対戦を見ようと集まっていた他の級友達が口々に言う。
バトランガの駒には等級という物が設定されており、より上位の物の方が強力なスキルを持っているのだ。
しかし強力な駒ほど、連続して動かす事が出来ないようコストと言う、いわゆるクールタイムが多く設定されており、ゲームとしてのバランスを保っているのだ。
「うん、スターターとは別に買ってもらったブースターで当たったんだ!」
将騎が誇らしげに言う。
「クッソー、レジェンドでもそれ取られたら負けだかんな! 絶対勝ってやる!」
育も悔しそうながら、やる気は満々だ。
将騎はまず、王のすぐ前にある『火歩兵』を1マス前進させてターンエンドした。
それを見て育はニヤリと笑う。
「へへ、いきなり行くぜ、『ツタ歩兵』だ!」
育は将騎の動かしたばかりの『火歩兵』の正面にある駒を1マス動かす。
「スキル『ツタの槍』発動! 『ツタ歩兵』の前方5マス以内の敵を倒すぜ!」
そう言って育は盤面の外に置いてあるカードを示す。
このカードには各駒のスキル等が書いてあり、条件に見合う場合、これを使う事ができるのだ。
「しょうがないね、じゃぁ、この『火歩兵』は墓場に移すね。」
序盤、ルールこそ覚えているものの、実戦経験の無い将騎は、スキルの有効射程距離を測り間違えたり、逆に育の慣れた駒運びに圧倒され、『火歩兵』を含む、歩の駒を次々に失っていった。
「やっぱレジェンド持ってても、将騎は初心者だもんな、俺にかかればこんなモンよ!」
「よし、歩の壁が減って、動きやすくなった。ここから逆転するよ!」
余裕をかます育に対して、将騎が言い放ち、レジェンド王駒を指に持ち、一気に3マス先まで進める。
シークレットレジェンド王駒『炎の王イフリート』は全方位に最大3マス移動させる事ができるのだ。
「さらにスキル『陽炎』発動! 『炎の王イフリート』の左右に隣接する敵を燃やして倒す!」
「強ぇ…さすがレジェンド、すっげぇ」
「うわ、かっけぇー」
わずか一手で攻め入ってきた育の駒を2枚も倒したのを見てギャラリーがどよめく。
「クソー、でもそれじゃ、俺の角『グリーンコンドル』から、将騎の王様、丸見えだぜ! これで俺の勝ちだ!」
角駒である『グリーンコンドル』は普通の将棋同様に、斜め方向には自在に動くことができ、将騎の王との間にその飛行を妨げる駒は無い。
「待った! 『炎の王イフリート』のカウンタースキル発動! 相手が植物属性の場合、ダイレクトアタックしてきた相手を逆に倒す事ができる!」
「なっ…!?」
育が慌てて『炎の王イフリート』のカードを確認するが、ガックリとした顔で、もう一度「クソー」と言いながら『グリーンコンドル』を墓場に移した。
駒の数で追いついたに限らず、強力な角の駒を倒せた事は将騎にとってとても大きい。
中盤に突入し、将騎の『炎の王イフリート』の力に圧倒された育は、少し迂回しながら敵陣を攻める事にした。
同時に自らの王の守りを固めていく。防御と遠距離攻撃に優れた植物デッキらしい戦法だ。
「よし、これでまた動かせるようになった。行くよ『炎の王イフリート』前進だ!」
将騎はクールタイムが明けた自らの王駒を進める。
「いやいやいや、それはさすがに無いでしょ」
「強いんだろうけど、王だよ、それ?」
ギャラリーから将騎に総ツッコミが入る。
それもそのはず、バトランガは普通の将棋同様、王が取られたら負けのゲームだ。
王を単騎で特攻させるという事は、相手に勝って下さいと言って自殺するのと同じだ。
「クッソーどこまでもナメやがって… 確かに『炎の王イフリート』は強ぇよ、けどなぁ、こっちだってスキルもあんだからな! ぜってぇ勝ってやるからな!」
育はバカにされたと思い激昂する。
「オラァ! 『種歩兵』のスキル『種の銃』だ! 左右4マス以内の敵に攻撃だ! さすがのカウンタースキルだって、ダイレクトアタックじゃなきゃ効果無いだろ!」
カードのカウンタースキルの説明にも相手のダイレクトアタックに対してとしか書いていない。
先ほど確認した時、きちんとそこを読み取っていた辺り、育もクラスの上位ランカーらしいと言える。
「なら『火歩兵』の即時スキル『火炎放射』で打ち落とすよ! 植物属性のスキル攻撃を迎撃できるんだ!」
「なっ…!」
バトランガには自分のターンの時に使えるスキルとは別に、先ほどの『炎の王イフリート』のカウンタースキルの様に、相手の行動に合わせて発動できるスキルもある。
『火歩兵』は本来、そうした即時スキルを持つような等級の駒ではない。
しかし、自分のターンに使えるスキルが無い分、この『火炎放射』が使えるのだ。
属性の差だけではなく、こうしたスキル運用を事前に考えていた将騎は、初心者ながら相当に善戦していると言えるだろう。
「なかなか攻めらんないけど、これでこっちの準備は整ったぜ、ターンエンドだ!」
本人の言う様に育は終始攻め手に欠けていたが、ようやくにして自らの王を中心とした、植物の要塞とでも言うべき布陣を完成させていた。
数少ないものの入れていた水属性の銀駒『水の壁』を防壁に、遠距離からの攻撃で自陣へ侵入する駒を打ち落とす、炎デッキにも対抗できる鉄壁の構えだ。
「じゃぁ僕の番だね、『炎の王イフリート』はこのターンまでクールタイムだから、次のターンまでは動けないか…。なら、王の露払いだ、行け、飛車『バーニングタイガー』! 『水の壁』にダイレクトアタックだ!」
「あはははは、将騎、やっぱ初心者だな! 銀駒『水の壁』はカウンタースキル持ちだぜ! 相手が炎属性の場合発動するんだ! これでおあいこだな!」
「まだまだ! 飛車『バーニングタイガー』のスキル『1000度の炎』! 水属性を一瞬で蒸発させて防御系やカウンタースキルを無効化できる!」
「なにー!」
「おお、すげぇ!」
育が知らなかったのも無理は無い。レジェンドほどでなくとも『バーニングタイガー』もまたスーパーレアの等級の駒であり、これを持つ級友が居なかったのだ。
「よし、これで僕はターンエンド!」
要塞化した育の陣地まで、あと1ターンの所まで『炎の王イフリート』が迫っていた。
しかし如何に強力な駒といえど、王が単騎で敵陣に攻め入るという事は、普通ではありえない。
様々なスキルに晒される危険と隣り合わせの危険な戦法だ。
(次のターン、将騎は『炎の王イフリート』を動かすはずだ。ならこのターンで決着を…いや、待てよ?)
「よっしゃ、じゃぁ俺のターンだな! 俺の王『妖精王』のスキル『大樹の護り』だ! これを使うと、自らの死を1回無効にできる、スーパーレアの王駒スキルだぜ! これならお前の『炎の王イフリート』が何をしてきても耐えられるし、その後はクールタイムで動けない間に倒せば良いだけだ! 俺の勝ちだな、将騎! ターンエンドだ!」
育が防戦からの逆転を狙う手を打ってきた。
しかし自信たっぷりに将騎は『炎の王イフリート』を手に取り、高らかに言い放つ。
「『炎の王イフリート』で『妖精王』にダイレクトアタック!」
「言ったはずだぜ、将騎! 俺の『妖精王』は1回、死を無効にできるのさ! これでお前の『炎の王イフリート』は丸裸同然、俺の勝ちだ!」
「そうだね、ダイレクトアタックは防がれた。だけど、よく見て。今、僕の『炎の王イフリート』は育の陣営に入ったよ。つまり…」
「あ…」
「進化!!」
叫ぶと将騎は『炎の王イフリート』を裏返す。
そう、バトランガは普通の将棋同様、敵陣に自分の駒を入れると「成る」事ができるのだ。
そして、バトランガの場合、移動方法の変化に留まらず、スキルまでもが変化するのだ。
「『炎の王イフリート』はエボリューションすると、『炎の帝王イフリートS』になる!」
宣言しながら将騎はカードを裏返す。
『炎の王イフリート』はレジェンドの等級らしく豪華なイラストが添えられていたが、その裏面である『炎の帝王イフリートS」はホログラム加工が施された、他の駒のカードとは一線を画す美しい装飾が施されている。
「『炎の帝王イフリートS』のエボリューションスキル『帝王焔』発動! 周囲5マスの敵駒を全て焼き払う!」
「う、うそだーーー!!」
「僕の勝ちだね、育!」
「すっげ、なんだよそのスキル」
「反則じゃんそんなん」
「シークレットレジェンドやべぇな」
ギャラリーも口々に言う。
「クッソー、しょうがねぇ、『炎の王イフリート』は強かったけど、王が単騎で来てるのに、攻められなかった俺の負けだ。将騎、次は負けねぇかんな。また新しいデッキ作ったら勝負だかんな」
「うん、またやろう!」
笑顔で育との再戦を約束する将騎だったが、すぐに他の級友達による「次は俺だ」の連続攻撃に力なく笑った。
「ムトゥ 将騎」くんですが、インドのさる王家の血を引いています。
将棋やチェスの原形になったと言われる、「チャトランガ」というゲームが作られたのも、古代インドの王家だと言われているので、そういう血筋です。
ただ、武藤をパロディした訳じゃないんです(言い訳)
ぶっちゃけ、遊☆○☆王の丸パクリって言われたら「ハイそうです」としか言いようがありませんが、パロディというかリスペクトって事にさせてくださいw
ただ、トレーディング将棋ゲームって面白そうかなぁと思って書き始めましたw
次回があったら、やってみたいネタもいろいろ考えてます。
新しいスキルとか、その他諸々ですねw