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後日談:夫婦の幸福

 

 1週間後にはディオンは元の28歳の姿に戻った。

 1日1日の内に次第に大きくなっていくディオンの姿を見てテレジアは、特に18歳頃の姿の時は、1日中飽きることなく目をきらきらさせながら同じ背丈の夫を眺めていた。夫は妻の視線に耐えきれずになんとか逃げようとしていたが、自分たちが見ることの出来ない父親の青年期の姿に興奮した双子に脇を固められて、妻からも嬉しそうに身体を寄せられて満更でもなかった。


 テレジアは仕事に行かねばならない日以外はずっとディオンと共にいた。身体が大きくなり始めてさすがに何から何まで世話をすることは止めたが、それでも18年の間で初めて過ごす夫との長い休暇を楽しんでいた。

 嫌われてはいないだろうが好かれてもいないと思っていたテレジアにとって、国王の私室で聞いたディオンの言葉は寝耳に水だった。思わず涙が零れてしまった彼女をディオンは小さな手を使って引き寄せて優しく抱き締めてくれた。好きだとか愛しているの言葉ではなかったけれど、確かに愛されているのだと実感した。

 家に帰ってからは怒られてしまったのだが、不器用な夫とこれまでのことについてゆっくりと話すことが出来たことが楽しかった。


 この時間が今日で終わるのかと思うと、テレジアはなんだか寂しいような気がする。いや、違う。寂しい。心細い。またいつ会えるかわからない生活に戻るのかと考えると離れたくないし、心配だからやっぱりあの魔法を解かなければよかったとも思う。

 昨夜にディオンの姿は元に戻り、今朝起きてすぐに夫は国王にそれを知らせた。そして、明日には姿を現せと返事がきたのだ。そうなると、すぐに仕事に戻るだろう。国王の影に。

 ラーナクラス家の居室にある長椅子にディオンとテレジアは並んで座っている。テレジアはディオンに寄りかかり、左腕を抱き締めるようにしながら彼の手を握ったりしながら弄んでいる。拗ねている妻の様子をディオンは目を細めながらじっくり眺めていた。


 一方のディオンもこの長い休暇を思いの外楽しんでいた。初めは暇で仕方なくなるだろうと思っていたのだが、妻にはあれこれと世話をされるし、双子とも仕事としてではなく父親として接する機会が多くなって一緒に遊んだり、家の中を案内されて子供とはこんなに元気で感情豊かな存在なのだと実感していた。

 今までも元気だと思っていたのだが、それ以上に彼等ははしゃいでいて1日相手をしただけでディオンはその日寝台に上がってすぐ眠れるほど疲れてしまった。育ててくれたテレジアとハーティバル家に感謝してもしたりないと思った。

 双子と過ごす時間は楽しくて、これまでの時間を多く過ごせなかったことに後悔もした。テレジアとの時間も、同様に。

 テレジアからの想いを聞いて、ディオンは後悔をしていた。

 あの頃、婚約者であった時代から、テレジアと必要以上もしくは必要最低限なことすら接していなかったことに。

 この休暇の中でディオンの心に残ったのは、双子のこともそうなのだが、やはり何よりも妻であるテレジアのことだった。


『お母様、きっとずっと何も言わないつもりよ』

『お父様は今度こそ本当にお母様の気持ちを理解しなければいけません』


 テレジアが仕事でいない日。双子はそう言って、青年姿のディオンをある部屋へと案内した。

 双子に手を繋いで引かれながらディオンが着いた先はテレジアの私室だった。

 これまでほとんどハーティバル家で過ごしていたテレジアと双子だったが、これを機会にラーナクラス家へ荷物全てを移して使用人も幾人か雇い、これからもラーナクラス家で過ごすことになっていた。ディオンが眠っていた間に決まっていたことだった。


 本人のいない間に勝手に入ることを渋る父親を無理矢理入らせて、双子はテレジアの机の一番下の大きな引き出しの前に立った。アレクシスが本棚の中を探って鍵を取り出し、引き出しの鍵を開ける。常習犯だなとディオンは思った。

 その引き出しを開けたまま、双子はこっちに来てとでも言うように扉の前に立ったままのディオンを見たので、仕方なくそれに近付いて中を覗き込んだ。

 その中には出されていない手紙の束と贈り物のようにラッピングされた大小の様々な箱がぎっしり詰め込まれていた。

 文通相手がいるほどテレジアに仲の良い令嬢がいただろうかと考えて、そう言えばルーベンスと文通していたと聞いたことを思い出し、ルーベンス宛の手紙かと思ったが宛名がディオン・ラーナクラスと書かれていることに気付いて不思議に思う。一束取り出して確かめるが、封もしていてあとは出すだけの状態になっている。

 しかし、この18年間、ディオンはテレジアから手紙を受け取ったことはなかった。


『お母様には内緒』


 アレクシアが唇の前で人差し指を真っ直ぐにたてる。


『僕達も片付けを手伝ってて初めて知ったんだ』


 アレクシスも同様に人差し指を唇の前でたてた。


『お母様はね、お父様にたくさんお手紙を書いてるんだよ』

『お母様はプレゼントもたくさん買ってるの。きっとお父様のためのものよ』

『『夫婦の溝は早めに解決しておくべきだって陛下も仰ってた』』


 双子の表情は明るいが、それを伝えたセオドールの表情はきっとどこか遠い目をしていたに違いない。


 それを知ったのが一昨日のこと。

 テレジアから何か渡されるかもと知らない振りをしていたが、今日の今までそんな素振りもなく、明日にはきっとディオンも忙しい日々に戻ってしまう。

 その前に、あの大量の手紙とプレゼントについて聞いておきたい。


「テレジア」


 彼の手を撫でている様を見ていた妻はふと呼ばれた声に夫を見上げた。


 ディオンより頭1つ分は小さいテレジアは自然と見上げる形になる。


「貴女の部屋の引き出しを開けてしまった。」


 居室の外からガタッと音がしたが、テレジアは目を丸くしてディオンを見ている。


「1番下の大きな引き出しですか?」

「そうだな。」

「いつですか?」

「一昨日だ。あの引き出しには、魔法がかけてあるな。」

「空間を少し広くするものです。・・・中身、見たのですね。」

「あれは全部、俺宛のものか?」


 左側から温もりが離れ、少し待っていてくださいとテレジアは居室を出てしまった。

 その時に外から、もう寝なさいとの声が聞こえ、2人分の軽い足音が階段を駆け上がる。


 少し経って、テレジアは3個の箱を持って現れた。

 先程と同じように夫の左に座った彼女は、その小箱を彼の膝の上に置いた。


「差上げます。どうぞお使いください。要らなければあの子たちに渡しますから。」

「・・・これは?」


 それぞれの箱を開けると緑の小箱には耳飾りが、黒の小箱にはハンカチが、オレンジの小箱にはボタンが入っていた。

 そのどれもにテレジアの魔石が嵌め込まれていたり、縫い込んである。


「お誕生日プレゼントとか結婚記念日とかの贈り物として用意したものです。これらはお仕事の邪魔にはなりませんし、普段使いできるものですから、旦那様なら使っていただけるかなと。」


 事も無げに言ってのけたテレジアだが、ディオンの身体は停止した。

 視線を贈り物に固定して。


「いつから・・・」


 驚いているんだろうな、重いかなと思いながらもテレジアはその様子を観察していた。


「婚約してからずっとです。」

「・・・・・・・・・・。悪いが、貴女の誕生日も結婚した日も知らない。」

「ええ。元々日付にも疎い方なのは知ってます。私が勝手に用意して、機会があれば渡そうと思っていたものです。どうぞお気遣いなく。」


 勿論その魔石にも魔法がかけてある。

 昔にかけたものなので、結婚指輪にかけてあるものと同じものではあるが。耳飾りには耳の働きをよくするもの、ハンカチにはすぐに止血できるように、ボタンには防御を。


 目を細めてこれらの贈り物を眺めるディオンは知らないはずだ。

 テレジアはこれまで何度かラーナクラス子爵にディオンのことを尋ねていた。ディオンの生い立ち、育ってきた場所、どんな子供だったのか、どんな訓練を受けて苦しい思いをしていたのか、これまでどんな怪我を負ったのか。

 テレジアは、ディオンがラーナクラス子爵に引き取られるまで育っていた孤児院にも行ったことがある。


 院長はとある侯爵家の三男だ。

 ルーベンスの叔父に当たる関係の人間で、純潔の光の魔力を持っていたが侯爵家の人間としては持っている魔力量が少なかった。貴族社会に疲れたと言って、孤児院を作って隠遁生活を送っていた。

 だから、院長はディオンの力の大きさに気付いていたし、無闇にその力がどんなものなのか教えることもなかった。このまま力を暴走させる前に、ラーナクラス子爵に相談して、生き残る術を与えた。


『元から他人に興味が無い子だから、貴女はまだ気にかけている方ですよ。』


 その一言でテレジアには自信がついた。

 本音を言うと、テレジアにとってディオンは初恋であり、その相手と結婚できるのだから幸せだったが、それがディオンにとってもそうなのかと言えばそうでないことは理解していた。

 テレジアはディオンと会える日はずっと彼の一挙一動を見逃さないように観察していたが、それでも本心はどう思っているのかわからずに頭を悩ませていた。

 そんな時に、院長からの言葉でテレジアは心を決めたのだ。


 これから先どんなことがあってもディオン自身を大切にすること。


 初めて彼を見た日、テレジアに気付いたディオンの瞳は暗く澱んでいて助けを求めているような感じがした。

 あの子が穏やかに過ごせる場所をあげたい。

 テレジアはずっとそれを考えていて、その場所の中に自分もいさせてくれたらとふとした時から考えるようになっていた。

 彼女の初恋はそうして始まった。



「ありがとう。」


 未だ見慣れない夫の笑顔がテレジアを何よりも幸せにしてくれる。

 普段は鋭く尖っている瞳は柔らかく、口角が少し上がっただけの僅かな微笑み。


 テレジアは無言で夫の左腕を抱き締めて、夫と自分の左手を絡ませて、肩にもたれ掛かった。

 それが妻の照れ隠しだと気付いたディオンは、絡まっている左手と同じように右手も彼女の右手と絡ませて少し力を込めた。

 共に過ごせるこの時間をずっと大切にしていきたいと、夫婦は幸福感に包まれながら思った。




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