第九十九話:第二期選抜試験・その結果……。
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これからもよろしくお願い致します!
「みんなそろっている? それなら、いただきましょう」
『いただきます!』
試験が始まった当初よりも、ずっと大人数になった声が唱和した。
「パンまで焼けるようになったんですか……!」
クリスが感嘆する。
「はい。あくまでそれっぽいなにか——ですけどね」
と、アリス。
それでも、それっぽいなにかそのものを作れてしまうのがすごいと思う。
そして——。
「これは……さっきの魚を蒸し焼きにしたの?」
木の板から作った皿の上に置かれている、大きな葉で包まれたそれを開きながら、俺。
「はい! 蒸し焼きにすることで、骨まで柔らかくなって食べられるんですよ」
「なるほど……」
確かにフォークで切り分けようとしたら、身が簡単にほぐれた。
そしておそるおそる口にしてみると、確かに美味い。
おそらく、素材の持ち味だけではなくアリスの料理知識と腕によるものもあるのだろう。
「あの……あの……アリスさん。食事が終わった後、このお料理の作り方、教えてもらってもいいですか?」
「はい、もちろんです!」
「あ! あたしも!」
「私もおねがいします!」
「それじゃあ、午後は日差しを避けながらお料理教室にしましょうか」
一斉に、賛同の声が上がった。
……なんというか、同世代の少女達とアリスが交流している姿を見ていると微笑ましくなる。
やはり、アリスにはこのような同世代の友人達を作って欲しいと思うのは、その孤独な半生を訊いてしまった俺のわがままなのだろう。
だが、それでもこの光景は俺の観たかったものに他ならなかった。
「マリスさん、顔がにやけていますよ」
「えっ!?」
クリスに指摘され、思わず口の端に指を当てる。
微笑ましくはなったが、実際に笑ったつもりは……。
俺は、笑っていたのか……?
その様子を、クリスはにまにまと眺めている。
どうやら、からかい半分であったらしい。
「なんだかマリスさん——」
だがそこで、聖女アンが意外な角度から攻めてきた。
「——アリスさんの彼氏みたいですね」
「か、かれし!?」
「あー……」
クリスが、なんともいえない顔になる。
「あの、ア——アヤ? いきなりなんてこと」
「そういう関係、いいですよね。羨ましいなぁ……」
「やはり、色恋沙汰とは無縁だったんですか?」
クリスが真面目な表情で訊く。
「えぇ。妹にはいつも言われていました。『姉さんはもっと自由であるべきだ』って」
「それは……」
「この状況が、その妹さんによって作られていることを考えるとなんか複雑ですね」
クリスが、俺と同じ感想を抱く。
「えぇ。だからこそ、妹に会ったら真意を問いただしたいんです」
表情を改めて、聖女アンがそう呟く。
「そうね……」
策略(?)により賑やかになった天幕下を眺めながら、俺もそう呟いた。
——六日目。
「いやー、よかったわー! 絞った生魚の汁飲まされなくてほんっとよかったわー!」
アヤカの組でねたきりだったマイが快復した。
他の組にもいた重症者も皆復調しており、あるものはアリスと共に調理関係へ、またあるものはクリス麾下の設備関係へと自分の仕事に就き始めている。
マイは、俺の下で同じ組のアヤカやエリと共に道具作りを手伝いたいらしい。
「絞りたては生臭くないって飲ませようとする人はみんないうけど、あれ絶対嘘よね。マジよかったわ」
「ばっかお前、心配したんだぞ、心配!」
「はいはい、ありがとうね。エリ」
「あのなぁ——」
「本当にありがとう。あたしのせいで失格なんてことになっていたら、死んでも死にきれなかったから」
「うん……そうだよな。そうならなくて本当に良かったよ」
そこでエリは俺に向き直ると、深く頭を下げた。
「マリスさん、ありがとうございました。あたしのせいで失格にならなくて本当にその……なんていっていいか……」
「マイ——」
エリが、微かに震えるマイの肩に手を添える。
「いいのよ。私はあくまで私の目的のために、全員合格させたいって思っただけなんだから」
「その、目的って?」
素早く目元をぬぐったマイが、興味深げにそう訊く。
「運営の鼻をあかすこと。こうやって規約の裏をついて、ね」
「なるほど……それは面白いわね」
「おもしろいってなんだよ……」
呆れたように、エリがそう呟く。だがマイはそれを(表向きは)無視して、
「ねぇマリスさん。これからもそういう企みがあったら、迷わずにあたしたちに相談して。エリも——アヤカも、いいでしょ?」
「あ、ああ。あたしは構わないけど——アヤカ?」
「私も構わない」
マイとエリの様子を少し離れた場所で見守っていたアヤカが深く頷く。
「今回の——っていうか前回の選抜試験もそうだったけど、歌も踊りも関係なかったのは、私としても納得できない。だから、マリスさんがその裏をかこうというのなら、いくらでも相談して」
「わかったわ。ありがとう、アヤカ、マイ、エリ」
やはり、今の運営がやっていることに疑問を持つものは、少なからずいるようだ。
それがわかったのは、非常に大きいだろう。
——その夜。
「そういえばさ、マリスさんたちの組は誰が聖女になるかを決めているの?」
巨大な天幕の床には燻して干した草を敷き詰めて全員が寝られるようになっていた。
その天幕の下で、アヤカが俺にそんなことを訊く。
「そうね……」
まさか、途中で棄権することを前提に作ったものだとは言えない。
そしていまは、その目的は微妙に変わっている。
「聖女になるとするなら、アヤが一番だと思っているわ」
「え、ええっ!?」
当の本人が一番驚いていた。
というか、それでいいのか。本来の聖女。
「マリスさんは、聖女になりたくないの?」
不思議そうに、アヤカが訊く。
「なれるのなら……ね。でも私は聖女より、その聖女を補佐する——もっというと、悪巧みをする方が似合っていると思うの」
「なるほど、アヤカの組におけるあたしみたいな立ち位置でいたいって事ね」
と、マイが話に参加する。
「マイは、アヤカたちの参謀だったの?」
「そ。今回はその参謀が真っ先にぶっ倒れるって失態を犯しちゃったけどね。今度からエリかアヤカ自身に頼もうかしら」
「まさか。いつもマイのおかげで私達は助かっていたんだから。そんなことはしない」
「……ありがとね、アヤカ。ところでマリスさん。提案があるんだけど」
「なに?」
悪戯っぽい笑顔を浮かべているマイに、答える俺。
もっとも、その意図はだいたい想像できていたのだが。
「すでに他の組とも話し合ったんだけど、大人数で大部屋ときたら、やることはひとつじゃない?」
干し草の束で作った枕を抱えて、マイはにっこりと笑う。
「やっぱりそれなのね……『まくらなげ』」
「そう! で、どう?」
「いいわよ。やりましょう」
他の組からも期待の視線が飛んでいることを感じながら、俺はそう答えた。
「みんなきこえた!? まくらなげやるって!」
「ちょっ、まじでやるのかよ!?」
「よっしゃよっしゃ! やっぱりこういうときはまくらなげだよね!」
「異存は無いわ」
「うおおおおおおっ! もえてっ! きましっ! たぁああああああ!」
各組からも、歓声が上がる。
「ふっ……! どうやら私の采配をふるうときが来たようですねもふっ——!?」
なにやら意気軒昂だったクリスが早速顔面に枕をくらう。
「ま、マリスちゃん!?」
慌てて飛び起き俺のそばに近寄るアリスに、
「私の背後にいなさい。ついでに後方警戒を頼むわ。クリスとア——アヤも早く」
「はい、わかりました!」
「この屈辱、晴らさせてもらいます!」
「あの!? みなさんなんか乗り気ですね!?」
乗り気だと……?
ふ。
ふは。
ふはは!
ふははは! ふはははは!
ハハハハハ! ハーッハッハッハァ!
「あたりまえじゃない」
「うわー! マリスさんが一番乗り気でしたー!」
当然だ。枕投げほど、面白い文化はほかにない。
俺が封印された後もしっかりと残っていたのは、本当にありがたかった。
——そして、七日目。
第二期選抜試験、最終日。
「は? 全員欠員無し!?」
「そのようだな」
いつもの司会進行役はあごが外れそうなほどあんぐりと口を開けていた。
隣では、今回の試験に最後まで否定的だった教官が、嬉しそうに腕組みをしながら、頷いている。
「そ、そんな馬鹿な……道具をひとつ渡したとはいえ、よほど生存訓練に長けていなければ到底——」
いたのだ。生存訓練に長けたものが。
「それに、例え訓練を受けたとしても、島に長期間いるという経験を積んでいないと、とてもではないけど心が——」
いるのだ。かつて島に置き去りにされながらも生還したものが。
「それになりより、余裕のない各組が手を取り合えるなんて——」
できたのだ。俺の企みが骨子になったとはいえ、それに賛同し、協力してくれた——みんなが。
「なにはともあれ、降参の狼煙はあがらず、全員が大過なくこの島で生活できた。それはまちがいないな?」
「はい教官。ありません!」
一同を代表して、俺がそう答える。
「それならば、全員合格とするしかあるまい。運営も、それでよろしいな?」
「う……あ……ぐ……ええ。ええ! たしかに規約には助け合うななんて書いてありませんものね! いいですよ、皆さん合格です!」
わあっと、一斉に歓声が上がる。
「やりましたね、マリスちゃん!」
「うまくいきましたね、マリスさん」
アリスとクリスが、ほぼ同時にそういう。
「す、すごいですね……マリスさん」
最後に聖女アンがそう言ったので、俺は笑顔でこう答えた。
「ありがとう。でもこれは、みんなで勝ち得たものよ」
それはまちがいなく、本心からでた言葉だった。




