第九十五話:いきなりサバイバル生活
「今朝の連絡事項だが……」
その教官の憂鬱そうな貌で、俺たちはろくでもないことが起きていることを察した。
「第二期選抜試験の内容が発表された。されたのだが――」
「第一期のそれよりひどいと?」
一同を代表して、俺が訊く。
「いや、前のはただ運を計るだけのものだったからな。あれよりはひどくない。あれよりひどくはないが――」
頭が痛そうに、教官は続ける。
「この島から南に少し行った場所に無人島がある。古き神――いや、灰かぶり由来の島でな」
「そこでなにを?」
そう俺が訊くと、教官はますます苦虫をかみつぶしたような顔で、
「一週間連続で、無人島生活を送ってもらい、耐えきった組を合格とする――だそうだ」
「なんなんですか、それ」
心底呆れた様子で、クリスがそう呟く。
「それはだな……」
苦渋の表情を浮かべたまま、教官は語り出した。
□ □ □
古き神である灰かぶりの許には、人間の諸部族が集まりました。
が、彼らはお互いの主張ばかりでなかなか意見を一致させません。
ついには、灰かぶりが呟いた言葉の解釈の違いが引き金となって、相争うこととなってしまったのです。
「おねがい! やめて! あたしのために争わないで!」
灰かぶりが必死に説得しましたが、彼らはそれを聞いていません。
むしろ、自分たちが灰かぶりの代行者であるとお互いに言い合い、争いを激化してしまったのです。
「もう……もう……もう、しらないっ!」
そしてついに、灰かぶりは激怒しました。
「あんたたちのことなんか、もうしらないんだからっ! 好き勝手に争っていればいいんだわ!」
そう言って、灰かぶりはとある無人島に引っ込んでしまったのです。
古き神である灰かぶりが人の住む島から離れてしまったことにより、その恩寵は失われました。
困ったのは、争っていた人間たちです。
彼らは今までのことをひどく恥じ入りました。
そして一致団結し、灰かぶりが引きこもった島を訪れ、謝りました。
平謝りに、謝ったのです。
「も、もう……そんなに謝ったって、許してなんかあげないんだから! で、でもあたしがいなくてみんなが困っているなら――こ、今回だけなんだからねっ!」
こうして灰かぶりは無人島から、再び人間の住む島に戻ってきたのです。
彼女を信じる人間の諸部族は大いに喜びました。
そしてそれ以降、彼らは互いに争うことはなくなったのです。
〜おしまい〜
□ □ □
「――というわけで、灰かぶりのその伝説に基づき、島ごもりをしてもらう……ということらしい」
「ええ……」
聖女アンが、抗議の声を上げる。
「そ、その教官。そういった修行のたぐいは、少なくともここ数年おこなわれなかったはずでは……?」
「よく知っているな、アヤ。だが――突如聖女がやると決めたそうでな」
「そんな……」
「ところで、マリウスがすごいことになっているが」
「あー、それは……」
アリスが悶絶している俺を見ながら困った声をあげるが、こっちはそれどころではない。
今の伝承にはいいたいことがごまんとあるが、一言選ぶとしたら、こうだ。
そんなことでまとまるのなら、あんなに苦労していない!
「簡潔に言いますと——」
なかなか言葉がでてこないアリスの苦境に、クリスが助け船を出してくれた。
「マリスさんは、灰かぶりを神聖視していたんです。ところが、逸話が意外と人間くさくて、衝撃を受けているみたいでして」
「そうか。それはわからないでもないが……マリウス、あまり気に病むな。この辺の伝承は近年になって『発見』されたものだからな」
だが語られているのは俺本人だ――ん? 発見?
「それはつまり、近年まで『みつからなかった?』ということですか?」
「そうだ。それ以上は私の口からは言えないがな」
……なるほど。
遅れて、クリスと聖女アンが、ほぼ同時にはっとした表情を浮かべる。
「マリスちゃん。それってねつぞ——」
「しっ……」
遅れて気付いたアリスの唇に人差し指をあてて、俺。
「その話はあとで。教官がみてる」
「……ああ。すまないな、マリウス」
肩をすくめて、教官はそういった。
■ ■ ■
そして、数日後。
『さぁ! はじまりました第二期選抜試験! 今回は灰かぶりゆかりの地で、島ごもりをしてもらいます!』
第一期に負けず劣らず、ろくでもない試験が始まった。
その島は、今までの島と違って、自然そのままの島だった。
初代聖女——すなわり古き神である灰かぶり由来の島として、自然の姿を維持させているらしい。
所々に背の低い木が生え、さらにはシダの類、そして下草に覆われている。
また、砂洲と違って高低差があり、中央の山からそれなりに険しい傾斜が続いていた。
ちなみに、古き神本人とされる俺であるが、こんな島に来たことなど、一度たりとてなかったりする。
『期間は一週間! 一週間ひとりも欠けずに耐えきった組が、合格対象となります! つまり、耐えさえすれば確実に合格なのです! みなさん、頑張っていきましょう!』
司会の隣では、俺たちの教官が苦み走った顔をしている。
おそらく、元軍人として無人島生活が厳しいものであると熟知しているためだろう。
『もし、どうしても耐えきれないと判断しましたが、支給される狼煙を使ってください。そうすれば、すぐさま救援部隊が貴方達を回収するでしょう!』
なるほど、それが棄権条件という訳か。
『さて、ここで聖女から嬉しい贈り物です!』
と、司会は続ける。
『各組には基本装備となるナイフひとつに加えて、聖女が無作為に選んだ道具が贈られます!』
ふ。
ふは。
ふはは!
内心で、笑ってしまう。
余興としては面白い発想だった。
もちろん、皮肉で言っているのだが。
『というわけで、前回最後だった《連奏トライアルフリート》の皆さん、代表者をこちらに』
そう呼ばれて、俺が前に進み出る。
『よくぞいらっしゃいました! それでは貴方達への、聖女の贈り物は——』
結論から言おう、鍋だった。
「こんなものでどうしろと……」
聖女アンは嘆くが、これは——。
「あたりじゃない?」
「あたりですね」
「あたりでしょうね」
俺、アリス、クリスがほぼ同時にそういった。
「ええっ!? な、なんでですか!? ただの鍋ですよ?」
「なんでって、水漏れしないし」
「お湯を沸かすときに燃えませんし」
「そもそも、鍋意外にも用途がいっぱいありますからね」
その鍋と、ナイフひとつ、そして棄権用の狼煙を受け取って、俺たちはその島に上陸したのであった。
その後さしたる間を置かずに、第二期試験に挑む全ての組が上陸してくるはずだ。
「さてと、早速もの作りと行きましょうか」
と、俺。
「いいですね。私も手伝います」
「わたしもです!」
クリスとアリスが、そう申し出てくれる。
これにより、寝床の設置はかなり短くなりそうであった。
「あ、あのみなさん、無人島で生活したことでもあるんですか?」
「師匠にあたる人に必要最低限の装備で、山——じゃない、無人島に放り込まれたことがあったわ」
と、俺。
「私は普通に訓練で。こういう島ではなくて砂洲でしたが」
クリスが涼しい顔で言う。
「わたし、島に取り残されるのこれで二回目です」
こちらはいつもの調子で、アリス。
「私より年下なのに、みなさん過酷すぎですっ!」
頭を抱える聖女アンであった。
「護らなくちゃ……元聖女として以前に、ひとりの人として、年下であるこの子達を護らなくちゃ……!」
「それより水を確保しないといけませんね」
「そっちはやっておくわ。クリスはアリスと一緒に雨露がしのげそうな所をさがしておいて」
「わかりました。アリスさん、灌木で火をおこせます?」
「大丈夫です!」
「だからなんでそんなにたくましいんですかっ!?」
聖女アンが、頭を抱えたまま叫ぶ。
それに対して——。
『そんなこといわれても』
俺たち三人の声が、綺麗に重なったのであった。
慣れているのだから、仕方がないではないか。




