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勇者に封印された魔王なんだが、封印が解けて目覚めたら海面が上昇していて領土が小島しかなかった。これはもう海賊を狩るしか——ないのか!?  作者: 小椋正雪
第五章:聖女灰かぶり伝説

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第九十三話:よみがえる、惨劇

 聖女アンを加えた稽古がはじまって数日。


「おまえたち、息が合うのが早いな……!」


 いつも通り特定の楽曲に合わせて踊るのを数回こなした後の、教官の言葉がそれだった。

 教官が無条件で褒めるのは珍しい。

 通常は、褒めてもなんらかの助言が加わるからだ。


「途中で合流した場合、うまがあうまで時間がかかるものなのだがな」

「ア――マ・アヤさんに手を引かれている感覚はありますが」


 汗を拭きながら、()


「それでも、全員が全力を出しているのはわかる。それができることそのものが、貴重なのだ」


 教官は、そう答える。


「ふむ……おまえたちにはまだ早いと思ったが――あれを見せてみるか」

「あれ?」


 クリスが首をかしげる。


「まさか――」


 一方の聖女アンはなにか思い当たったらしい。


「少し待っていろ」


 そう言って、教官は一度稽古室を退室した。


「ア――アヤさん。教官が何を持ってくるのか、わかります?」


 アリスが聖女アンにそう訊く。

 すると聖女は頷いて、


「た、多分、私の過去がほじくりかえされるんじゃないかと……」

「過去?」


 それはどういう意味? と俺が訪ねる前に――。


「待たせたな」


 巨大な機械を担いで、教官が戻ってきた。

 それは木箱の上に管楽器が乗っかっているような造りをしている。まるで……。


「蓄音機?」

「ほう! マリウスは詳しいな。正確に言うと、これは蓄音機で録音したものをもう一度演奏させる、再生機という装置だ」


 なるほど、それで音を吹き込む部品がないのか。


「今からおまえたちに、現聖女であるアン・ブロシアの歌を聴かせよう」


 聖女アンがびくんと震えた。

 なるほど、これはたしかに過去をほじくり返されるのに等しい。

 それは想像するに、恥ずかしいものだろう。


「曲は、初代聖女――すなわち、封印されし古き神、今は灰かぶり(シンデレラ)と呼ばれている存在が歌ったとされるものだ」


 ちょっとまて!

 なんかとんでもない方向から、()に飛び火してないか!?


「前口上も蓄音してある。聖女がどのようなものか、よく聞いておけよ」


 そう言って、教官は再生機を動かしはじめた。



 □ □ □



「みっなさーん! 今日は私の独唱会にきてくださり、ほんとうにありがとうございまーすっ!」

「みなさんのおかげで、聖女に選ばれて一年、こうしてここに立つことができました。これもみなさんの応援があればこそです!」

「今日のために、私、たっくさん練習してきました! 時間いっぱいまで唄うので、ついてきてくださいねっ!」

「それでは聞いてください! 『渚の蒼い珊瑚礁が見えるお城の白いベランダで、貴方と』……!」



 □ □ □



「以上だ。どうだ?」


 曲が流れ終わった後、()たちを見渡しながら教官はそう言った。


「すごい……これが聖女の歌声なんですね!」


 感嘆の声を、アリスが上げた。


「ものすごく大きな声なのに、声が裏返っていないし、枯れてもいない——! どうやら私達は、聖女を過小評価していたみたいです……!」


 クリスが、彼女らしい分析結果を述べる。


「ああ、そうだな。だがお前たちも、そろそろこの曲が歌えるはずだ。今度はこの歌が唄えるように——どうした、アヤ!? すごい冷や汗だが……!」

「いえ……その……せ、聖女の歌が思っていた以上にすごくて……」


 と、聖女アン()()


「そ、そうか。具合が悪いのなら今日はここまでにするが——」

「すみません、それでお願いします……」

「わかった。お前にとっては衝撃的過ぎたようだな……クリスタイン、ユーグレミア、マリウス、後は頼めるか」

「はい」


 簡潔に、()が答える。


「わかった。では、今日はここまでとする。アヤ、明日までには体調を整えられるようにな」

「は、はい……!」


 弱々しげながらも、聖女アンは一礼して教官を見送った。

 ——さて。


「マリスちゃんはそのままで。クリスちゃん、アヤさんをお願いします」


 アリスが、てきぱきと指示を出す。


「――そうですね。()()()()()()()()()()()()()()()()ほら、ア――アヤさん、行きますよ。お風呂場で冷たい水でも浴びれば、気分も落ち着くでしょう。大丈夫です、私もつきあいますから」

「ご、ごめんなさいクリスさん……」


 クリスとアリスの視線が交錯する。


「それでは行ってきます、マリスさん。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()では」


 そう言って、クリスは聖女アンの手を引き風呂場へと移動していった。


「マリスちゃん。もう、大丈夫ですよ……?」


 アリスが、そんなことを言う。


「——本当に?」

「はい。だから——」

「うん……」


 今度は俺が全身から冷や汗を吹き出す番だった。


「マリスちゃん、器用ですね……」


 わざとおどけた様子でアリスがそう言うので、俺は肩をすくめて応えてみせる。


「クリスも、気付いてた?」

「はい。たぶん」

「そっか……」


 手の甲で、額の汗をぬぐう。

 それだけで、手が汗でぐっしょりとなった。

 全身がどうなっているのか……あまり、想像したくない。


「アリス、先に言っておくけど――」

「ああいう歌は唄ったことがない、ですよね」

「本当に、きつかった……」

「わかります。自分がしていないものが流布されたら、つらいですもんね……」

「それもあるけど、振り付けが——」

「あー……両手を腰に当てて、お尻をふりふりしているのは……わたしも、真似できそうにないですね」

「そう、それ!」


 仮に俺が唄うのはまだいい。

 だが、あんな振り付けの当時の魔王軍の前で使用ものなら、卒倒者であふれかえったのではなかろうか。


「はい、こちらへそうぞ」


 アリスが床に座り、膝枕を促す。


「ありがとう、アリス……」


 普段なら遠慮するところだが、今回ばかりはアリスに甘える()であった。


「大丈夫ですよ。あしたからまた、頑張りましょうね」

「うん……」


 アリスの脚の柔らかさを後頭部に感じつつ、()は静かに目を閉じた。

 どうやらまた、越えるべき試練がひとつ増えたようである。

 俺が唄っていたという伝承は我慢ならないところがあるが、どうにかしてこの歌を唄えるようにしなければなるまい。

 ——やってやる。ここまで配慮してくれた、アリスとクリスのためにも。

 膝枕をしてもらいながら、俺は胸中でそう決心したのであった。

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