第九十一話:三連星はやめてくれ
試験を突破した俺たちには、いくつかの特典がもらえるようになった。
第一には、前にも言ったとおり個室が広くなったこと。
第二に、いくつかの新しい施設が使えるようになったこと。
そして第三に――。
「お風呂、広くなりましたよねぇ……」
身体の前にタオルを当ててくれているアリスが、そういった。
「そ、そうね……」
同じように身体の前にタオルを当てながら、俺。
その視線はアリスにもクリスにも、もちろん聖女アンにも向かないようにしている。
第一期の時の共同風呂は正直言って入る人数に対して広さがあまり足りておらず、お互いに譲り合って使うようにしていた。
だが、第二期からはたとえ全員が湯船につかっても、それなりに余裕があるようになっていたのだ。
「試験をひとつ通過しただけでここまで待遇が変わるとは、ちょっと想像できませんでしたね」
と、クリス。
こちらも身体の前にタオルを当ててもらっている。
『私のなんか見ても、別に劣情なんて抱かないんじゃないですか?』
というのが本人の弁であったが……。
そこはそれ、これはこれ、だ。
「やっぱり、お風呂はゆったり入りたいものですよね」
「そ、そうね……」
聖女アンから、ことさら目をそらせて、俺。
そう。聖女アンだけ、身体の前にタオルを当てていないのだ。
アリスとクリスには半ば頼み込む形でそうしてもらっているが、聖女に対しては事情を話せない以上、そういうわけにもいかなかった。
「あの、マリスさん? どうしてあらぬ方向をみつめながら話しているんでしょうか?」
「そ、それは――」
目の前に無防備な裸体があるからですとは、とてもではないが言えない俺である。
「ア……アヤさん、実はマリスちゃん、他の人とお風呂に入るのが苦手なんです」
アリスが助け船を出してくれた。
「そんな、別に男性と一緒に入っているわけじゃないんですから」
俺が、男性なのだが!
「それに、マリスさんの身体ってとても綺麗ですよ」
「と、突然なにをいいだすの!?」
「ですから、そんなに恥ずかしがる必要は無いと思います」
「いや、そういう意味じゃなくて――」
なにか、あらぬ誤解をしているような気がする。
「まぁまぁ」
反論しようとする俺を、クリスが後ろから押しとどめた。
そして俺の耳にそっと口元を寄せると、
「(都合がいいです、その設定で行きましょう)」
お、おう……!
いやまて、いいのか?
どうなっても、しらんぞ……!
「で、でもやっぱり恥ずかしくて……」
意図的に少しだけ顔を赤らめさせて、俺。
「そんなことないですよ。私が言うのもなんですけど、もっと自分に自信を持ってください……!」
「あ、ありがとう……」
「せっかくですから、お背中流しても、いいですか?」
「お、おねがいします……」
背後でアリスとクリスが盛り上がっている気配をしっかりと感じ取りながら、俺は背中を聖女アンに預けた。
「それでは、失礼します」
そう言って、聖女アンが俺の背中を流してくれる。
その手は意外にも力強く、それでいて、とても丁寧だった。
「いたくないですか? マリスさん」
「ええ、大丈夫……」
「それはよかったです。……それにしてもマリスさん、お人形さんみたいに綺麗ですね」
お人形さんです。
「髪もさらさらで、絹糸みたい……」
髪の原料は、絹糸です。
「それにしてもお肌がすべすべでうらやま——きゃっ!?」
なにか大きくて柔らかいふたつのものが、背中に当たった。
これはもしかして——いや、もしかしなくてもアレだろうか。
「あ……ご、ごめんなさい。手が滑って、背中に胸を当てちゃって」
「う、ううん、気にしないで」
悲鳴がでなくて、本当に良かったと思う。
それよりも、先ほどまで盛り上がっていたアリスとクリスの気配が、殺気のそれになっているのは気のせいだろうか。
「はい、もういいですよ」
最後にお湯をひとかけして、聖女アンはそう言った。
「ありがとう、アヤ」
「いえ、どういたしまして」
本来なら背中を流し返すところなのだろうが、無防備な聖女の背中をずっと見つめるわけにもいかないだろう。
「マリスちゃんっ」
そこで急に、アリスが割って入る。
「な、なに? アリス」
「……えいっ」
「なっ!?」
アリスが無駄に、背中に胸を当てた。
聖女アンと同じくらいの大きさだが、弾力が微妙に異なる――って何を分析をしているのだ、俺は!
「マリスさん」
「クリスまで、まさか——」
「――ていっ」
「ちょっ!?」
クリスも無駄に、背中に胸を当てた。
ついでにいってしまうと、腹も尻に当たった。
それを自覚したのか――。
「――くっ!」
「悔しそうな顔をするなら、最初から当てなければいいじゃない……」
というかおまえたち、なにがしたい!
「三人とも、仲がいいんですね」
『ええ、もちろん!』
どこか見当外れなことを言う聖女アンに、アリスとクリスが、ぴったりと息を合わせる。
「いいですね……私も、一緒に……」
「いいんじゃないですか?」
「そうですよ、ア——アヤさんも一緒に!」
え、ちょ、ちょっとまて!?
おまえたち、もうちょっとこう——
自分の身体を、大事にしろっ!
「じゃ、じゃあ……えいっ」
「えーいっ」
「ていっ!」
「やめてっ! 三人連続はやーめーてー!」
次々と背中にのしかかられて——そして胸を押しつけられて——。
俺は、割と本気の悲鳴を上げたのであった。




